前回あらすじ>砂漠のバラをクリエと競争で採ることになりました。
砂漠のバラ、後編です!
では、本編。
「アベル、私絶対ゲットするね!」
「あ、ああ……。がんばって!」
――前屈みになると、谷間がすごい……! 溢れそうなんだけど!?
妊娠しているかもしれないのだから、走ってはいけない――とはいえ、アリアが準備運動する姿を見ている内に、アベルはそのことを思考の隅に追いやってしまい、遂には忘れてしまう。
“いち、にっ、さん、しっ!”
健康的な体操をしているというのに、妻のぷるぷると震える 零れそうな白い【スライム】を捉まえたくて仕方ない。
「……にぃ、にっ、さん、しっ、ごーろく、しち、はち……と。ふぅ~」
「……念入りだね」
妙ちきりんな体操を終えたアリアが、息を深く吐き出す。
気付けばアベルはアリアの真正面に位置を取り、シドーが真似して身体を動かす中、三角座りで準備運動が終わるのをじっと眺めていた。
アベルが見上げる恰好だからか、時折ミニスカートの合間から下着が見え隠れする。
……今日のショーツはピンクのレースだ。レース部分が透けているデザインで、色っぽい。
今朝は早かったため、【ステータスウィンドウ】はまだ見ていなかったが、直接見られたアベルは僅かに笑みを含ませ、二度、三度としみじみ首を縦に下ろした。
にしても、アリアのしていた準備運動はなんなのだろう。
訊けば“ラジオ体操”というものらしい。
アベルからすれば“ラジオ”とは なんのこっちゃであるが、体操を終えた妻が薄っすら汗を掻いている姿は艶かしく、クリエたちさえいなければ押し倒しているところだ。
「絶対に負けられない戦いが、そこにはある! 私、クリエちゃんに勝つんだから」
「ん? あ、うん! アリアならきっと勝てるよ!」
「でしょっ☆ 応援よろしくね!」
「ああ 任せて!」
アリアを走らせてはいけないことなど すっかり忘れたアベルは、クリエから【勇者のはた】なる、鳥を模した不思議な模様の入った青い旗を手渡され、下手に構える。
それを見たアリアとクリエが、それぞれスタートを切るために身構え、黙り込んだ。
遊びだというのに、女の子二人の顔は真剣そのもの。
こんな競争がたまにあってもいい。
アベルの目は勝手に緩み、アリアを優しく見守る。
……この時のアベルは、愛する妻が楽しそうにしているから、うっかりしていたのだ。
あとで死ぬほど後悔することになるなど、思いもせずに……。
「じゃあ二人とも、位置について……」
アベルはスタートを切る前の確認で、辺りを見回す。
辺りに魔物の気配はない。
多少の風は吹いているが、砂嵐も発生していない。
距離は約二十メートル。すぐに勝負はつくだろう。
「よーい、ドン!」
掛け声とともにアベルの手が【勇者のはた】を振り上げると、アリアは走り出し、クリエもうつ伏せ状態から身体を起こし、後に続く。
二人は【さばくのバラ】に、一目散で駆けていった。
さて、どちらが勝つだろう。
いい勝負のように思える。
スタート地点から二人を見守りつつ、アベルは「アリアがんばれー!」と声援を送ろうとしたが、それは掻き消された。
「ん……? っ、おいアベル 来るぞっ! クリエッ! アリアッ! 戻れっ!!」
近くで競争を見ていたシドーの目が見開き、駆けていく二人を呼び戻しながら自身も駆け出す。
たった二十メートルの距離だ。
なぜ、戻れなどと……?
……アベルがそう思った時だった。
【さばくのバラ】がある場所で、大きな影が一瞬見えた気がしたかと思うと、ビュゥウウウウッ!!
突如、アベルの目の前で旋風が巻き起こる。
「えっ!? あっ……!! アリアッ!! うわっ!?」
「クリエーーっ!!」
旋風は周囲の【砂】を巻き上げ、小さな砂嵐となって、駆け寄ろうとしたシドーを足止めしつつ、【さばくのバラ】に到達しようとするアリアとクリエを呑み込んだ。
紫のマントが前方からの猛烈な風によって舞い上がり、アベルも無数の砂粒を浴びせられ、ピエールとプックルも同様、旋風の中心に近付けない。
向かってくる強い風に両腕で顔を保護し、耐えるのがやっとだった。
「「きゃーーっ!!」」
“アベルー!”“シドーくーん! ……ケラー……!”
旋風の中から微かに声が聞こえたが、風が治まると、そこに女の子二人の姿はなかった。
「っ、アリア? ……っ、う、嘘だ……、ア、アリアぁあああーーっ!!」
……旋風が止み、アベルはすぐさまアリアたちのいた場所に駆けつけたが、さっきまで地面にあった【さばくのバラ】も消えている。
どこかに吹き飛ばされたのだと思い、辺りを見回した。
だが、どこを見ても二人の姿はない。
旋風は瞬時に現れて二人を呑み込み、瞬時に消えた。
まるで人を拐う意思を持っていたかのように、綺麗にアリアとクリエを呑み込んだのだ……。
それはあっという間の出来事で、アベルもシドーも何もできなかった。
「っ、クリエ……、ケラ……? カケ……ラか……?(あの魔物は……)」
シドーが遅れてやって来て、【さばくのバラ】があったであろう場所の、足元に目を落す。
地面には小さな“カケラ”が落ちていた。
「……見つけたのか……?」
落ちていた“カケラ”は、以前見つけたものだ。
クリエはあの僅かの間で、“カケラ”を地面に落としていったらしい。
確かに旋風が現れた時、“カケラ”の気配を感じた気がする。
とはいえ、どうやって連れて行かれたというのか……。
「アリアぁああああ……!! プックル頼む!!」
「がうっ!!(合点承知の助!)」
アリアは【砂】の中にいるかもしれない、そんな希望を抱き、アベルはプックルを駆り出し、ともに周辺の【砂】を掘り始めた。
プックルの背後に、掘り起こされた【砂】がどんどん山となっていく。
「……アベル、砂の中にアリアは埋まっていない。一度城に戻るぞ」
……取り乱すアベルとは対照的にシドーは冷静で、自身の背後、遠くに見えるテルパドールの城を親指で示した。
「駄目だ! アリアを捜さないと!」
「……拐われたんだ、連れ戻すために戻るんだよ」
「早く捜さないと、アリアが死んでしまう……! あの子は蘇生呪文が効かないんだ。虚弱だし……」
「クリエが一緒だから大丈夫だ。それに、アリアもすぐ死ぬほどヤワなヤツじゃないだろ?」
シドーが淡々と返すが、アベルには届かない。
……どうもアベルは冷静さをなくしているようだ。
いつもならここまで取り乱すこともないはずだが、初めての経験、しかも愛妻を巻き込んでとなると、平静ではいられない。
「っ……、けどアリアは妊し……っ、あああああっ! しまった! 僕はなんで止めなかったんだぁあああっ! ウァアアアアッ!!」
――いつも気を付けてたのに……!!
自らの発言で、アリアの身体の状態を思い出し、アベルが頭を抱えて自省するも、後の祭りである。
嘆いたところで、起きてしまった事実は変わらないわけで……。
その内不安に呑まれたアベルは頭を掻き毟り、紫のターバンが地面に落ちた。
アベルの嘆きはしばらく続き、風の音しか聞こえない砂漠に虚しく溶けていく。
そんなアベルの姿を見ていたシドーだったが、しばらく経ってからそろそろ落ち着いたかと、静かに告げる。
……アベルが静かになるのを待っていたらしい。
「……まあ、そう騒ぐなよ。恐らく二人は無事だ」
そう話すシドーの片手には“カケラ”が握られ、アベルにニッと不敵な笑みをみせた。
「え……」
「……気のせいかとも思ったが……、さっき旋風が起こる直前に魔物を見た気がする。二人はどっかに連れて行かれたんだと思う」
「っ、どこへ!?」
「それを訊きに城に戻るんだよ」
「え?」
「そこの城の女王なら、知ってるだろ」
「女王が……?」
……シドー曰く、テルパドールの女王が何か知っている――とのこと。
そんな話、朝食時にしていただろうか、聞いていないのだが……。
もしかしたら嫉妬にかられて、聞き逃していたのかもしれない。
アベルは妙に落ち着いたシドーが頼もしく思え、ここは彼の言う通りテルパドールに戻ることにした。
「アリア……、きっと助けに行くから、無事でいて……」
【さばくのバラ】があった場所に向け一言残し、アベルたちはテルパドールの城へ向かった。
砂嵐に拐われたアリアとクリエはどこへ行ったのか……。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!