前回あらすじ>
五日前にアリアとクリエは坑道の奥、小さなほこらに無事到着。
エスターク神殿へと向かったらしい?
遅れてアベルも坑道にやって来ましたよ、と。
では、本編どぞ!
◇
一方で、アベルは女王に予告された期日までテルパドール周辺にて戦いを繰り返し、経験値を増やした。
その間朝から晩まで戦いに明け暮れ魔物討伐を繰り返したため、テルパドール周辺では魔物の数が減少したとかしていないとか……。
皮肉なことにアリアがいない分、戦いに集中できたおかげで彼女を除くパーティーメンバーのレベルが底上げされた。現時点でテルパドール周辺はアベルたちにとって危険な場所ではなくなったと言っていいだろう。
満を持して五日目――。
アベルはシドー、ピエール、プックルとともに【ガオン】の起こした旋風――砂嵐に巻き込まれ坑道へ。
砂嵐の出現を咄嗟に察知したパトリシアによって馬車が巻き込まれることはなく、四人のみで見知らぬ洞窟へと赴くこととなった。
クリエ同様シドーが目が回るという理由で旋風に漂う途中で暴れてしまい、【ガオン】を攻撃。【ガオン】を仕留めることはできずに砂嵐は途切れ、同じ坑道ではあるものの、アリアたちとは違う場所へと落された。
今彼女たちはいったいどこにいるのだろうか……。
アベルは妻の無事を信じて坑道を進む。
「っ、またハズレ……! じゃあこっちだ!」
もうこれで何度目か、魔物との遭遇でアベルが【パパスのつるぎ】を振り下ろすと薄グレーの有翼竜が霧となって消える。
どうやら実体のない魔物だったらしい。
アベルはすぐさま別の個体に向かって走り出した。
……どこを歩いているのかアベルにはさっぱりだ。
なにせこの場所の記憶がまったくない。
別世界で来たことがあるならば、その場所に行けば記憶が降りてくるというのにそういった感覚をここでは感じない。
つまり今いるここは初めて来た場所であり、右も左もわからない未知の洞窟というわけで……。
襲ってくる魔物も見たことのない魔物だらけで、しかもかなり手強い。
今のところ片っ端から相手をしているものの、攻撃を入れた瞬間に消える魔物には困惑せざるを得ない。
とはいえ稀に実体だけの群れもあったり、何匹かに一匹くらいは実体が紛れているから、幻に戸惑いつつも現れる魔物を確実に倒していった。
「おい、アベル! 全部を相手にするのは無茶だ。さすがのオレも疲れてきた」
「わかってる! だけど帰りにここを通るなら少しでも数を減らしておきたいんだ!」
「馬車はないんだぞ!」
「わかってる!」
アベルの背後で魔物を相手にしながらシドーが口を挟むが、彼の戦い方は基本的に襲ってくる相手に反撃し叩きのめすというもの。向かってくる敵には容赦しないが、敵意のない魔物かこちらが先に手を出すかしない限り、進んで攻撃を加えることはない。
だからシドーはさっきからアベルに付き合ってくれているのだ。
諫めるシドーに返事をしつつ、アベルは再び【パパスのつるぎ】を魔物目掛け振り下ろしていく。
「……ふう。疲れと実入りが合ってないな」
戦闘は無事終了。大きな【こんぼう】を地面に突き立て、柄に手を突いたシドーがひと息。
戦いが終わりどれだけ疲れようとも、倒した魔物の数が少ないために戦利も当然少ない。
出遭った数は三匹だったというのに内二匹は幻で、手に入れたゴールドは一匹分、たったの116ゴールド。
見掛けだけはしっかり実体と変わらず咆哮やらもそのままで、威圧感はしっかりと感じるし、たとえ幻の炎であろうとも攻撃を受ける直前までは見分けがつかない。
猪突猛進で片っ端から突っ込んでいく作戦も一度は考えたが、不意打ちでもない限り外れた時のダメージが大きく現実的ではなかった。幻に武器を振り下ろしている間に実体に攻撃されては堪ったものではない。
一匹だけでも実体が強敵だけに、見破れなければ大怪我は必至というわけだ。
攻撃をするか受けるかしないとわからないというのは、無駄に体力も精神も消耗させる。
「お疲れさま、シドー。怪我はなかったかい?」
「おう、すぐ治るから問題ない」
シドーはどうやら自然治癒力が高い人間らしく、回復呪文を掛けずとも勝手に回復するそうな。
アベルが気遣うと首を横に振り振り、口角を上げて白い歯を見せた。
「……分かれ道だな、どうするんだ?」
「シドーはどっちだと思う?」
「さあな、こういう時はいつもクリエが決めてる。オレは付いて行くだけだ」
「へえ、そうなんだ」
坑道の分かれ道に差し掛かり、左右どちらに進むか迷うところだ。
シドーに尋ねてみれば行き先を決めるのはいつもクリエのようで、この洞窟に見覚えはあるものの道順などは憶えておらず、今回はアベルに任せるとのこと。
――シドーは将来クリエちゃんの尻に敷かれそうだな……。
くくっとアベルの口から思わず笑みが零れる。
「アベルもそうなんじゃないのか? オマエ、アリアの言いなりだろ?」
「言いなりって……まあ、アリアが望んだら……、うん」
シドーの言葉にアリアが「次はこっち!」と笑顔で指し示す様子が浮かび、素直に従う自分がありありと思い描けて頷く。
アリアがあっちへこっちへと行く先を決めることはそうないが、大好きな妻の希望とあらば聞いてやるのが夫の務め。
「フッ、尻に敷かれてるんだな」
「なっ、そんなことないけどっ!?」
――むしろ敷かれたいんですけどね……、物理的に!
鼻で嗤われアベルは否定したが、本当は尻に敷かれてみたいのである。アリアの我儘も聞いてやりたいし、彼女の椅子にだってなりたい。
ところで“尻に敷かれる”なんて慣用句、シドーがよく知っていたなとアベルの脳裏に一瞬過ぎったが、特にツッコむことはしなかった。
……ただ今は先を急ぐのみである。
「……よし、じゃあ右に行ってみよう。早くアリアたちを見つけないと」
記憶の中のアリアを想うのはあと。すべては彼女の安否確認ができてからでいい。
アベルは分かれ道の右手へと進路を定める。
視線の先に遠目で魔物の群れが歩いているのが見えた。
「だな。……さて、行く先に魔物の群れか……、まだこっちに気付いてないみたいだが、先に仕掛けるか?」
「そうだね」
こちらから不意打ちを仕掛ければ、運が良ければまどろっこしい幻を掻き消せる。実体に当たったら当たったで、先手を打てる。
一匹一匹どの魔物も強敵だから少々緊張するが、先手を取るのが一番効率の良い戦い方なのかもしれない。
シドーの問い掛けにアベルの首が縦に振れた。
「よし、じゃあ先に行ってる。オレが引きつけておくから、アベルは後ろに回り込んで急襲してくれ」
「わかった。怪我しないようにね、僕もすぐ追い付くよ」
互いに拳を突き出し、かち合わせてからシドーが走り出す。
見つけた魔物の群れは青い有翼竜に乗った戦士の魔物が四匹。一度戦ったことがあるが、背に乗る戦士が有翼竜に【高熱のガス】を吐き出させて全体に攻撃を加えてくるから実体が一匹だけだとしても厄介だ。
魔物の名前がわかれば良かったが、生憎シドーの記憶には戦った記憶しかないらしい。
クリエなら憶えているのではないかということだった。
この洞窟に来て何度か、切り込み隊長を買って出てくれるシドーには感謝しかない。
力が強く素早さも言うことなしの彼は、アベルの【ステータスウィンドウ】で数値を見ることはできなかったが、とにかくタフである。
魔物の攻撃を受けて倒れても、しばらく横になっていれば治るのだから驚きだ。
本人曰く、倒れたらしばらく放っておいてくれればいいのだそうで、実際一度ダウンしたことがあったのだが、放っておいたら本当に復活を遂げていた。
倒された恐怖もあるだろうに復活したらすぐに戦闘に復帰し、参戦してくれるのだから頼もしいことこの上ない。
「ピエール、プックル。僕らも行くよ」
「はっ! かしこまりました」
「がうっ!(おかのした!)」
シドーにだけ任せるわけにはいかない。
アベルはピエールとプックルに声を掛け、魔物の群れを囲うべく駆け出す。
……結果、今回の遭遇は実体が三匹でかなりの苦戦を強いられた。
「い、今回復を……っ、ベホマ……! ハア、ハア……」
「っ、はあっ、はあっ……アリア……!」
戦闘は辛くも勝利を収め、ピエールの回復呪文がアベルの身体に刻まれた深い傷のすべてを癒す。
幻以外の青い有翼竜に乗った戦士の魔物が全員で斬り掛かってきたあとに、【高熱のガス】を吐き出した時にはさすがのアベルも死を意識した。
アリアがこの場にいたら庇いきれずに死んでしまっていたかもしれない。
痛手を負ったアベルはアリアが心配で堪らず唇を噛みしめる。
……クリエが一緒なのだ、運悪く魔物の群れの実体が多く現れたとしても倒す倒さないはともかく、逃げるくらいはできているはず。
彼女が死んでいるとは思わない――。そう自分に言い聞かせながら乱れた呼吸を整える。
――アリア、頼むから無事でいて……!
気ばかりが焦るが、自らも死ぬわけにはいかない。
現れる魔物を確実に退治しつつ、アベルは慎重に洞窟の奥へと進んでいった。
「準備って大事だな……。薬草、たくさん買っておいてよかったよ……」
「本当ですね」
幾度目かの戦いを経て、魔力温存のため呪文を使うのは必要最小限にとどめ、アベルたちは呪文をなるべく使わず戦闘後に【やくそう】を噛み噛み傷ついた身体を回復させる。
テルパドールで足止めされた五日間でたっぷりと買い込んだ【やくそう】は、たとえ魔力が尽きても体力を多少なりとも回復させることができる便利なアイテム。必要な分だけ使えば全快も可能。
長い洞窟探検にも耐えられるよう、いつもの三倍多く買っておいたのはいい選択だった。
いざ行動に移す前は念入りな準備が大事なのだ。
(もしかしたらアリアも魔力が尽きてるかもしれないし、合流したら【やくそう】を食べさせないとな……【まほうのせいすい】も一応取ってあるし、魔力も多少回復させてあげられる。)
【ふくろ】の中に詰められた大量の【やくそう】を見てアベルは思う、備えあれば憂いなしとはこのことだと。
「アリアは……たしか薬草が苦手だったよね」
「ははは、ええ。以前から工夫しないと食べてはくれませんね。傷はお得意の呪文で回復させてしまいますから」
「ハハッ。薬草を食べるなんて冒険の基本だってのに、好き嫌いしちゃって面白いなあ……はは……」
いくつか【やくそう】を食していると、苦みとえぐみに気付いてアリアが「おいしくない」と嘆いていた姿が浮かぶ。疲れ切って表情を失くした顔が自然と綻んだ。
再会してからほぼ一緒にいたためか今この場に居なくとも、どんな場面においても彼女の姿をすぐに思い出せる。側にいるのが当たり前、今のアベルにとってアリアはいなくてはならない存在。
暗い坑道をひたすら下って行く初めての展開ながら、やはり自らの運命は過酷なのだと思わざるを得ない。
苦しい洞窟探検の最中にもほっと心を和ませてくれる妻に、アベルは早く会いたかった。
シドーは名前や道順など細かいことは憶えていません。
懐がでかい男ゆえに、こまけーこたあどーでもいいんだよの精神です。
とにかく人間とは視点が違うの。
クリエやからっぽ島の仲間たちに関係していないことは憶える気がなさそう。
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読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!