前回あらすじ>
神殿と洞窟が同時に崩壊。アベルとアリアは瓦礫を避け脱出を試みるが、道は塞がれる。絶体絶命の中、クリエが笑顔で現れ、ビルダーハンマーで突破口を切り開く。
コーヒーブレイクしましょ。
では、本編どぞっ!
“ドォォォォォンッ!!”
後ろで破裂音が轟き、天井が一気に崩れ落ちる。
粉塵が爆風のように押し寄せ、熱風がアリアの頬を打った。
「きゃっ!」
「アリア! こっち!!」
アベルはアリアの手を引き、横穴へ。ピエール、プックルもそれに続く。
クリエとシドーもすぐ後ろに続いた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
「振り返らずに走るんだよーーっ! キャッホ~~☆」
背後では洞窟の崩壊が続き、“ドォン!”“ドォオオオオン!”と崩れる音と振動が伝わってくる。
いつの間にか【たいまつ】を手にしたクリエが先導し、横穴を進む。
たまに行き止まりがあったが、シドーが壁に耳を当て「ここだ」と位置を定めると、クリエが【ビルダーハンマー】で壁を破壊――通路を確保していった。
……やがて、少しだけ明るく広い空間に出る。
「はぁ、はぁ……ここは……?」
「はぁ……なんにも、ない……?」
岩壁に手をつき呼吸を整えるアリアとアベルの前に、真っ白で広大な空間だけが広がっている。
洞窟内部だというのに、ぽっかりと空いた空洞は光源もないのに、明るい。
先ほどまで聞こえていた崩落の音も止み、静かで、アベルたちの足音だけがやけに響く。
歩みを進めるたび、周りの岩肌が真っ白に埋め尽くされ、後ろを振り向くと来た道が遠くに見えた。
そうして、何もない真っ白な空間にたどり着く。
「ここ……混ざってるね」
「だな……」
アベルとアリアがキョロキョロする中、横を歩くクリエとシドーが難しい顔をした。
「カケラの影響かな……」
「さあな。そうとも言えるし、そうでないとも言える」
「ふぅ……てことは、あ~……。まー、とりあえずちょっと休憩でもしようか?」
「そうするかぁ……」
周囲を見回しながらアベルたちにはわからない会話が二人でなされ、ビルダー二人は頭の後ろで手を組み、のんびり歩き出す。
「ちょ、クリエちゃん、早く抜け出さないと」
「うんうん」
アベルがクリエにそう言うと、隣のアリアも頷いた。
(ここ、どう考えても異空間じゃない!?)
アリアは上げていた手の違和感に目を瞬かせる。
……急に白んだ景色もそうだが、先ほどまで確かにあった岩壁がない。
走り疲れて、確か壁に手をついて歩いていたはずなのに、途中からその感覚が消えた。
「うん? ああ、うん。まあ、そうなんだけどさ。なんか変なとこ出ちゃったみたいでさ。前もって休憩しておこうと思って」
少し歩みを進めると、クリエは自らの【ふくろ】から大きな【ラウンドテーブル】と【石のいす】を取り出し人数分並べた。
【ラウンドテーブル】の上には【コーヒーセット】が置かれ、テーブルの周りに【コーヒー】のいい香りが漂う。
用意ができると「どうぞ」とアベルたちに座るよう促した。
アベルとアリアは「こんなところで!?」と驚きつつ、クリエの落ち着いた様子に静かに席に着く。
シドーも黙って席に着くと、湯気の立つ【コーヒー】に息を吹きかけ飲み始めた。
「どういうことだい?」
アベルの質問に、ふぅ……。
クリエがため息混じりに苦笑する。
「……説明するのが難しいんだけど……。簡単に言うと、時空の歪みに入り込んじゃってるから、“壁”ぶっ壊して元の位置に戻らなきゃなんだわ」
「??? それって、大変なことだよね?」
時空の歪みがどうのという話は、アベルには理解が難しい。目を瞬かせて首をかしげた。
「うん、まあ、大変なんだけど、ボクなら問題ないから、そこは気にしなくて大丈夫。ただ、結構疲れるから先に休憩したいなって思って」
「そ、そうなんだ……?」
「そうなんだよ」
クリエは頷くが、なるほど、わからん……!!
ここは【コーヒー】でも飲んで――と、アベルはカップを手にしてズズズと啜る。
初めて飲んだ【コーヒー】の味は苦くて、アベルの肩がビクリと揺れた。
びっくりした。
こんなものを飲んだら、しばらく眠気がきそうにない。
アリアも驚いたんじゃないかな……と、アベルは隣のアリアに目を移す。
彼女は黙ったまま、まだあたりを見回していた。
「アリア……キョロキョロして、どうしたの?(真っ白で何もないけど……)」
「あ、アベル……。ね、この空間、すごい魔物の気配がするんだけど……」
(気のせい……? でも確かに近くで足音が聞こえるんだよね……)
姿は見えないが、テーブルの周りには強力な魔物たちの気配が漂っている。
“ズシン、ズシン”と地面を踏み鳴らす音と、“パカパカ”という馬の蹄が鳴る音。
神経を研ぎ澄ませれば、かすかにだが、ゾウのような鳴き声も聞こえるような……。
「えぇっ!?」
「でも、姿が見えなくて……」
少々怖いが、アリアは【コーヒー】の香りに誘われ、一口。
そのほろ苦い味に懐かしさを覚えた。
「さっすが、アリアお姉さん! そうだろうね。ここには見えない魔物たちがあちこちにいるもん。今はお互い、干渉できていないだけ。アベルお兄さんも感じようとすればわかるかもよ?」
クリエはカップを傾けながら、「ん~、いい香り!」と続ける。
言われた通りに、アベルも何もない場所を見つめ“感じ取る”ように努めた。
「なんか……不思議な空間だね……」
「……本当だ。姿は見えないけれど、空気がひりついてる」
アベルはアリアのほうへ身体を寄せ、周囲を警戒するように視線を走らせる。
だが、クリエとシドーが緊張感なくコーヒーブレイクを楽しむ様子に、わずかに肩の力を抜いた。
「アリア、少し顔色が悪いよ。……やっぱり、さっきのガオンのことが気になる?」
アベルが小声で囁くと、アリアはコーヒーカップを握る手に力を込めた。
姿は見えないが、隣を通り過ぎていく強大な魔物の気配。
「……うん。私、なんだか怖くなっちゃって。今回のって……ひょっとしてアベル、初めてのことなんじゃない……?」
「ん? どうしてそう思うの?」
「んと……なんだかアベル、いつもより余裕が無い気がしたから……?」
「あ……うん、そうだね……未知の体験ってやつだね」
――アリア、僕のことちゃんと見てくれてるんだね……。
アリアの言葉に、アベルの胸がじんわりと温かくなる。
初めてのことで戸惑っている様子を、彼女に見せたりはしていなかったはず。
……我が妻は、ちゃんと自分のことを見てくれている。
まだまだ自分のほうが想いは強い気がするが、結婚してよかった。毎日が幸せだ――。
そんな想いでいる、穏やかな顔のアベルとは裏腹に、アリアは視線を手元に落としていた。
「……私がここにいることで、アベルの旅を無茶苦茶にしてるんじゃないかな、って思っちゃって……一介のモブの私に何かできるとは思ってないんだけど、もし、私のせいで世界まで壊しちゃったらと思うと……」
(バタフライエフェクトが起こることだって、あるかもしれないじゃない……?)
アリアの呟きは、コーヒーの湯気に紛れて消えてしまいそうなくらい弱々しかった。
だが、アベルはそれを逃したりしない。
彼は手を伸ばしてアリアの肩を抱き寄せ、自分の胸元に引き寄せる。
「……無茶苦茶でいいよ。というか、それがいいんだ」
「え……?」
「何度も繰り返してきた“決まった結末”なんて、もう飽き飽きしてるんだ。……君と出会ってから、世界は別の顔を見せ始めた。……コーヒーだってそうだよ。苦くてびっくりしたけど……、君が隣で懐かしそうに笑ってるなら、悪くないって思える」
アベルは優しく目を細めて、アリアの指に絡みつくように自分の手を重ねた。
「だから、自分のせいで世界が壊れるなんて思わないで。もし壊れたら、また僕が……今度は君と一緒に作り直せばいいだけなんだから」
その言葉は、アリアの心を温かく溶かしていく。
アリアは顔を上げると、アベルの黒い瞳を見つめ返した。
彼の瞳の中に、自分がいる。
そこには、数多別世界を渡り歩き、擦り切れた「お疲れモード」の影はなく、ただ目の前の愛しい人を守ろうとする一人の男の熱があった。
「……アベル。……大好きだよ」
「……知ってる。……でも、後でもっとしっかり聞かせてもらうから。……いいよね?」
アベルが少しだけ意地悪く囁き、アリアの耳たぶを指先で弾く。
アリアは顔を真っ赤にして【コーヒー】を飲み干すと、「ムッツリ!」と小さく抗議した。
「おい、アベル。いつまでイチャついてんだ。……クリエ、そろそろやるぞ」
シドーが空になったカップをテーブルに置き、ガシガシと頭を掻きながら立ち上がる。
クリエもまた、楽しげに【ビルダーハンマー】を担ぎ直した。
「はーい! 休憩おっしまい! アベルお兄さん、アリアお姉さん。準備はOK? この空間が壊れたら、元の世界に戻るからね。魔物たちも見えるようになって戦うことになると思うよ。しっかり準備しておいて」
休憩を終えて、クリエは出したテーブルと椅子に【ビルダーハンマー】を振り下ろす。テーブルと椅子が壊され――と思ったら【ふくろ】に回収されていった。
きちんと回収するところがしっかりしている……。
「じゃあ……元の世界に戻るための“特大工事”、はっじめっるよ~~!!」
テーブルセットがなくなり、クリエが一人、皆の前をトコトコと歩き出す。
数歩歩いて手袋を嵌めた手を、何もない空間へとかざした。
読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!