前回あらすじ>
クリエの穿った穴の先は、雲を突く未知の神殿だった。強敵を退け、迷宮の如き回廊を彷徨う中、アリアは道標として【ビアンカのリボン】を柱に結ぶ。アベルが運命の予感に震えた瞬間、床が溶け、一行は再び白き光の渦へと呑み込まれていく。
引っ張っられるぅぅ。
では、本編どぞ!
……再び目を開けると、そこは先ほど【コーヒー】を飲んでいた「時空の歪み」の中。
しかし、何かがおかしい。
「……嘘でしょう? あの子、さっき倒したはずじゃ……」
アリアの声が震える。
白い虚無の中に、先ほど倒したはずの【ゴーレム】が、無傷の状態でゆっくりと立ち上がっていた。
それも、以前よりもさらに禍々しいオーラを纏って。
「……倒したはずの敵が復活している……? 違う、これは“再生”じゃない」
アベルは剣を構え直し、アリアを背後に隠した。
「時間が……巻き戻ってるのか……?」
「ううん、違う。座標がずれた。歪みが戻ってきてるみたい。ほら、あそこ!」
ピリピリと空気が震えている。
クリエの視界の隅に、黒く小さな点が見え、それがゆっくりとではあるが、確実に大きくなっていく。
そのとき、黒点に向けてひゅっと風が吹いた。
「あっ」
アリアの鞄から覗くメモ帳の一部が千切れ、黒点に向かって飛んでいく。
黒点に近づいた【メモ】の動きは、不自然にゆっくり渦を描きながら、吸い込まれるように消えていった。
「な……」
「シドー君! 大至急、もう一回ぶっ壊すよ! 圧縮が始まってる!!」
「圧縮だと!!?」
【メモ】の様子を見たクリエとシドーが慌てた様子で別の場所を探り、ハンマーを振り下ろした。
前にしたのと同じように、小さなひびが、何もない空間に入っていく。
「クリエちゃん……! ゴーレムはどうしたら……!」
「ごめん、そっちは構ってらんない!! こっちのほうが大事!! このままだとボクたち潰されちゃう!!」
アベルが【ゴーレム】とにらみ合う中、アリアが話しかけるが、クリエはそれどころではない。
このままこの空間にいれば、あの黒点にすべて呑み込まれる。
アリアはクリエから黒点に視線を移した。
「あ……。あの黒点、洞窟に入ったときの闇に似てる……?」
【ガオン】に連れてこられてすぐに見つけた、漆黒の闇の横穴。
あのときのような不快な臭いはしないが、重苦しい気配はそっくりだ。
「っ、ブラックホールってあんな感じなのかな……」
「アリアーーッ!!」
「え?」
アベルの叫び声にアリアははっとした。
いつの間にかアリアの身体が、黒点に引き寄せられるように動いている。
「えっ、ウソ……! 引っ張られてる……!!?」
アリアが自分で動いた記憶はない。
……勝手に吸い寄せられているのだ。
アベルはすぐに走りだそうとしたが、アリアの位置が【ゴーレム】――正しくは、【ゴーレム】の左側奥に位置する黒点に近づいている。今、自分が下手に動けば【ゴーレム】がアリアを襲いかねない。
【ゴーレム】の視線が自分に注目するよう、険しい目を向けるしかできなかった。
「ピエール! プックル! アリアを頼む!!」
自分が行けないならピエールとプックルに頼もう。
アベルは指示を出した。
ところが――。
「アベル殿っ! 無理です!! 動けませんっ!!」
「がぁああうう!!(無理んゴ!!)」
「なんで!? っ、クリエちゃん!?」
アベルが後ろを見ると、ピエールとプックルはクリエの【ロープ】でぐるぐる巻きにされ、シドーがその場に留まらせようと、【ロープ】を掴んでいた。
「っ、ごめんっ! アリアお姉さんまで手が回らなかった……!」
重苦しい風が、大きく育ちゆく黒点に向かって吹き続けている。
アリアが、ゆっくりとそこへ……。
『わ、わ、わ……? な、なんで!? どうして……!?』
身体が勝手に黒点へと吸い寄せられていく。
アリアはアベルに向かって走っているようだが、その動きはゆったりしており、スローモーションのように見えた。
「僕が行く……!」
目の前の【ゴーレム】は気になるが、アベルに迷いはない。
彼はアリアに向けて走り出した。
それと同時、目の前の【ゴーレム】が動き出す。
「っ!!?」
攻撃をしてくるつもりかとアベルは身構える。
だが、違った。
【ゴーレム】の歩みはアリアの元へ一直線だった。
(アリアを狙うつもりか……!?)
きっと自分のほうが足が速い。
アベルも急いでアリアの元へ向かうが、【ゴーレム】の一歩は人間のそれとは異なる。
「なっ……! させるか……――え?」
当たり前だが、【ゴーレム】の一歩は大きい。そして速い。
アリアのそばへとあっという間に追いつき、腕を振り上げ彼女を――。
「わわっ……! ………………?」
「……………。」
「え……?」
「……………。」
「た、助けてくれるの……?」
返事はなかった。
【ゴーレム】は黒点に近づくアリアの目の前に大きな腕を差し出し、彼女の動きを止めたのだ。
「……まさか……ゴレムス……?」
アベルが呆然と呟く。
かつての旅で、共に戦い、背中を預けた石の巨人の面影。
すると、【ゴーレム】はアベルのほうへと一瞬視線を向けた。
「……………。」
「きゃっ!?」
【ゴーレム】は答えなかったが、すぐにアリアへと視線を戻し、彼女をそっと掴むと、黒点に背を向け歩き出す。
彼女を包み込むその大きな掌は、決して傷つけまいとする慈しみに満ちていた。
後ろに引っ張られる感覚がするのだろう。
動きはゆっくりだが、アリアとは違って【ゴーレム】の脚力なら戻って来られそうだ。
「ありがとう……ゴーレムさん……!」
アリアがしがみつくと、【ゴーレム】は一歩、また一歩と、自分を飲み込もうとする黒い引力に抗って歩みを進める。
背後の黒点は今や巨大な口を開け、空間そのものをバリバリと咀嚼し始めていた。
白い空間が、黒く染まってゆく……。
「アリア!!」
ようやく引力圏を脱した【ゴーレム】から、アベルがアリアを奪い取るように抱きしめる。
二人の体温が重なった瞬間、背後でクリエの咆哮が轟いた。
「おらああああっ! 開いたよ!! 全員飛び込んで!!」
クリエが打ち破ったのは、まばゆい光が溢れ出す“出口”だった。
その奥に、かすかに藍色の空と、金色の砂山と思しき色彩の世界が見える。
シドーがピエールとプックルを引きずり、光の向こう側へと
アベルとアリアもそれに続く。
「ゴーレムさん! 早く、こっちへ!!」
光の中でアリアが叫び、手を伸ばす。
だが、【ゴーレム】は動かなかった。
黒点に背を向けたまま、アベルとアリアを光の穴へと押し出すように、その巨大な腕を突き出したのだ。
「……………。」
“行け……”
そう、伝えてくれた気がした。
そうして【ゴーレム】は、穴に背を向け、黒点をにらむと両腕を広げる。
まるで、自分が壁となって、二人をあの黒点から守ろうとするかのように。
読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!