前回あらすじ>
クリエとシドー、そしてゴーレムの献身により、アベルたちは異空間から脱出を果たす。懐かしい砂漠の月夜に戻った二人だが、魔力は枯渇し、現在地も不明。不安に包まれる中、遠くから旗を掲げた迎えの馬車が現れた。
時の流れは早いもので…。
では、本編どぞ!
第八百十六話 失われた半年間
◇
あれからアベルたちは馬車に乗り、兵士たちの守護の下、テルパドールの城へと戻ることになった。
夜の闇が次第に白んで、朝方――。
「アベルさん、アリアさん、もう少しで城に到着します。お支度をお願いします」
馬車の外から兵士の声がした。
昨夜、やって来た兵士たちから聞いた話だ。
『女王様より、こちらにいらっしゃると伺い、お迎えに参りました。テルパドールのお城までは我々がお供致します。到着まで、皆さまはキャビンにてお休みになられてください。なぁに!
……とのことで、心身ともに疲れ切っていたアベルとアリアは、お言葉に甘え、そうすることにした。
少々気になる発言はあったものの、兵士たちが言っていた通り、大陸内の魔物の相手は慣れているらしい。何度か魔物の群れと遭遇したが、アベルたちの出番はなく、朝までゆっくりと身体を休めることができた。
「ん? ……はぁい! んん……重い……アベル、もうすぐ着くみたいだよ? ほら、離れて」
「んー……いいじゃん。もう少し」
「もぅ。なに言ってるの。みんなもいるんだから……」
アベルの腕の中でアリアが身じろぎをする。
兵士たちに囲まれた馬車の中だ。さすがに夫婦の営みはできなかったが、マットレスの上で一晩中妻とくっついて眠り、アベルの精神はすっかり安定。魔力もすっかり回復していた。
「ねえアベル、アイシスさまはお元気かな?」
「……忘れてた」
さぁっ、とアベルの顔が青ざめる。
すっかり忘れていた、アイシス女王。アリアを翻弄する美女。
ビアンカとフローラがいない今、彼女はアベルにとって、現時点での最大のライバルだ。
「アリア、浮気はダメだよ?」
「も~、またそんなこと言って……」
アベルはアリアの寝ぐせをそっと撫でて直す。
「女王さまはあくまで憧れの人だよ?」とアリアはそう言うが、女王の前では借りてきた猫のように大人しい癖に――と、アベルは身体を起こそうとするアリアを抱きしめて離さなかった。
「アベル、苦しいっ」
「……ギリギリまで寝てようよ」
「今、兵士さん、支度してくださいって言ってたよ?」
「むー……」
アベルの頬がぷくっと膨らむ。
約一週間、離れ離れだったというのに、ただくっついていることさえ許されないなんて、あり得ない。
そんな、見るからに不機嫌なアベルの頬を、アリアの両手がふわりと包み込んだ。
「ふふふっ♡ 早くごあいさつを済ませて、今日はすぐ宿に行こうか?」
「っ……行く!!」
アベルの瞳がキラキラと輝く。
「いい子ね、アベル。愛してるよ♡」
「僕も……♡」
ふにっと乾いた唇がそっと重なって、二人は上体を起こした。
「は~、よく寝た~! アリア! 僕、先に降りて歩いていくね。アリアはゆっくり準備してね。ピエール、プックル、モエール出ておいで」
「あ、うん!」
アベルには、特にこれといった支度は必要ない。
さっさと女王に挨拶して宿に行きたい彼は、腕を上げ伸びをして、キャビンから降りて行った。
「本日も大変仲がよろしいようで……」
「がうがう(我の目の前でちゅーとは大胆だな!)」
「や、やだピエール君、プックル、見てたの?」
アリアの前を、アベルに呼び出されたピエールとプックルが横切る。
冷やかされた彼女の頬が赤く染まった。
「ぶるぶるっ、寒いなあ……。アリアさまは熱そうですね、ボボッ」
「っ……も、もぅ、モエールさんまで!」
(女王さまの前だから綺麗にしておかなきゃ……)
ピエールとプックルに続き、外に出るモエールにまで冷やかされ、櫛を手にしたアリアは髪を
ふと手を止めて、仲魔たちの前でアベルといちゃいちゃするのに慣れてきてしまったなと頬をかいた。
「ピキー! アリアちゃん、ボクにもちゅーして~!」
「あ、スラりん起きた? ふふふ、いいよ~♪」
プルプルと震えながらスラりんがそばにやってきて、アリアの膝に乗ってくる。
アリアは請われるままにスラりんを抱き上げ、“ちゅっ”と頬にキスを落とした。
スラりんはアリアからのキスを受けると、ほう……と一瞬顔をうっとりさせてキッと顔を引き締め、アリアの背後をにらみつける。
「キングスはダメだよ!!」
「へ?」
そういえば……キングス。彼もまた、分裂した状態で馬車に乗っているのだ。
背後から視線を感じ、アリアは振り返る。
そこには八匹の【スライム】たちが、期待に満ちた目を
「…………こわっ!! ふふふっ♡」
キングスの安定した変態っぷりにアリアはくすくす笑う。
いつもの日常が戻ってきたなと感じた。
「アリア、着いたよ。モエールと交代しよっか」
しばらくして、馬車がテルパドールの城の前に止まり、アベルがキャビンを覗くと、髪をしっかり整えたアリアは返事をして馬車を降りた。
◇
テルパドールの城、地下庭園でアベルたちはアイシス女王と対面していた。
城に着いて早々、女王の前で汚れた身なりのままでは――と、湯浴みをさせてもらい、一息ついて今、女王の前にいる。
「大変な旅でしたわね、あのお二人が……。ですが、おかげさまで、こちらは安定を取り戻しました。とはいえ……魔物の強さは日に日に強くなっているようです。引き続き、兵士たちにも鍛錬を怠らないようにとお願いしましたわ」
目の前には豪華な料理が並び、一週間ぶりの朝餐会だ。
アベルから報告を受けた女王は、優雅に紅茶の入ったカップを手に、アリアににっこり微笑みかけた。
「……しばらく見ないうちに、アリアは綺麗になりましたね。お元気でしたか?」
「しばらくって……一週間くらいですよね……? そんなに変わらないと思うんですけど……」
アベルから聞いた話では、テルパドールを出たのは確か一週間くらい前だ。
一週間は修羅場だったが、見た目に何か変わるようなことは特にないはず。
けれど、女王は首をかしげた。
「……? どういうことでしょうか? あなた方がいなくなって半年……ずっと捜索を続けていましたが、見つからず……絶望していたところ、一昨日夢を見たのです。それで、あの場所に使いの者を送ったというわけなのですが……」
「え……」
「は、半年っ!!?」
アリアが目を丸くする。
アベルはガタッとテーブルに手をつき立ち上がった。
「ええ……。どうやらあなた方の居た空間と、こちらでは時間の流れが違ったようですわね」
「そんな……じゃあ、アリアは……」
アベルたちが謎の神殿に行っている間に、ここでは半年もの時間が流れていたそうだ。
つまり……。
アベルはアリアに目を向ける。
「……半年、かぁ……」
(洞窟内の体感だと一日くらいだけど……もし、身体だけ半年経ってるんだとしたら……ほらっ! やっぱり赤ちゃんできてなかったじゃない……!? ごめんね、アベル……)
アリアはアベルの視線を受け、しゅんと落ち込むように縮こまってしまった。
そんな中、女王がテーブルの上に置いていた一通の封筒を手に取り口を開く。
「ああ、そういえばアリア……こちらを」
「へ……?」
「サラボナの、ルドマンさんという方からだそうで、私が預かりました。……いえ、正確には、私が預かっただけでも、この半年で十数通。城の門番に届けられたものを含めれば、その倍は下らないでしょう。最後の方は、使いの方が泣いておられましたわ」
「じ、十数通っ!? しかも、倍……!?」
言葉を失う二人の前に、続いて女王がテーブルの脇から取り出したのは、上質な紙でできた封筒の“束”だった。どれもこれも同じ筆跡で、しかも後になるほど筆致が荒ぶっており、送り主の焦燥と執念が滲み出ている。
「あ、あはは……。ルドマンさん、元気そうでよかったね……」
引きつった笑いを浮かべるアベル。女王の手元にある“ルドマン・タワー”とも呼ぶべき手紙の山は、もはや凶器に近い圧を放っていた。
「読んだらその通りにするように……と」
「……お父さま……」
女王から手紙を受け取り、「はて? なんだろう」とアリアは何気なく開封しようとしたが……その手をアベルが止めた。
「アリア! その開封、ちょっと待った!」
「う、ん?」
「……内容はわかるから、それはちょっとあとにしよう」
「え? そう?」
どうせ、中身は「里帰りはいつになるのかな?」みたいな内容だろう。
ルドマンのことだ。もしかしたら「チチキトク・スグカエレ」なんて仮病を使っているかもしれない。
そんなものを見れば、優しいアリアはすぐにでもサラボナに行きたがるはずだ。
容易に想像できたアベルだが、里帰りの前にやりたいことがある。
まずは腹ごしらえしながら、アベルはその時が来るのを待つことにした。
そして、その時は来た。
読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!