前回あらすじ>
テルパドールで一晩を過ごしたアベルとアリア。鞄から飛び出したルドマンの手紙には「チチキトク」の文字が! 慌てて【ルーラ】でサラボナへ帰還した二人を待っていたのは、相変わらず清楚なフローラと、衝撃の事実で……!?
て、天空の花嫁ぇ……。
では、本編どぞ!
「それより、お二人とも! 驚かないでくださいね。実は……ビアンカさんが四ヶ月前にご結婚されたんです!」
「えええええーーーーっっ!!?」
フローラの言葉に驚くなというほうが無理だ、アベルの叫び声がサラボナの街に響き渡った。
「け、結婚……って、あの山奥の村の、宿屋の息子さんと?」
そりゃ、婚約してるから、いずれは結婚するとは思っていたけど――と、アベルの胸の奥がズキズキと痛む。今の自分ではない、別世界の自分たちが傷ついているのがわかった。
「ええ! なんでも、式を早めなければならなくなったそうで、急に決まったのです。それで、アベルさんたちにも出席していただけたらと思っていたのですが……連絡がつかなかったもので。ふふっ、今はもう、お腹の中に新しい命も宿っているそうですわ」
「あ、新しい命……!?」
ビアンカが式を早めた理由を察し、アベルは絶句した。
自分たちが謎の神殿で「たった一晩」を過ごしていた間に、幼なじみは花嫁になり、そして母になろうとしていたのだ。
「アベル……私たち、本当に半年間あそこにいたんだね……」
アリアがそっとアベルの腕に触れる。
失われた時間は、あまりに重く、そして喜ばしい変化を運んできていた。
「今日はもう、お家でお休みになられますか? それとも、このまま山奥の村へ行かれますか?」
「あ……」
(山奥の村へ、ビアンカに会いに……?)
アベルはどうしようかと考えた。
「もし、お時間があるようでしたら、山奥の村へ顔を出して差し上げてはいかがでしょうか。父には、アリアお姉さまがいらっしゃったことを伝えておきますから。ビアンカさんも会いたがっていらっしゃいましたわ」
フローラの話を聞いていくと、ビアンカの式はサラボナで行われたが、式の最中に倒れたのだとか。
そこで妊娠していることが発覚し、町全体でお祝いモードだったのだが――どうもルドマンはビアンカの妊娠を知り、アリアが心配になって仕方ないらしい。
アリアが帰省してきたら、家から出さないようにするつもりだと息巻いているのだそうだ。
ルドマンがアリアに会うと、また軟禁しかねない……と、フローラは「家に泊まるのはあまりおすすめしません」と苦笑した。
「そっかぁ……ビアンカちゃん……会いたいなぁ……」
「せっかく近くまで来たし、会いに行こうか」
「だね……!」
アベルがにこやかに手を差し出し誘うと、アリアはそこに自分の手をのせた。
「ふふっ♡ お二人とも仲睦まじくてなによりです♡ アリアお姉さま。次の帰省ではぜひ、またお茶会をいたしましょうね! 約束ですわ♡」
「フローラさん……♡」
フローラがうっとり上品に微笑むと、アリアの胸がきゅんと疼く。
艶めく青い髪、白い肌、青い宝石のような瞳。清楚な気品が全身にあふれている。生フローラの破壊力はやばい。
アリアは女だが、フローラが大好きだ。
(くうぅ……! 可愛いっっ!! ハグしてもいい? ね、ハグしていいよね!?)
アリアは堪らずフローラに抱きつこうとしたが、アベルに手を引かれて止められた。
「っ!?(アベルっ!?)」
はっとアベルを見上げると、笑顔の彼の目が笑っていない。
「じゃあ、フローラさん、また次回!」
「ええ、旅のご無事をお祈りしておりますわ」
フローラから小さく、「ちっ」と音が聞こえたのは気のせいだろうか。アベルはアリアの手を引いて、来た道を戻っていく。
「アベル~? なんか怒ってる~?」
「ったく、油断も隙もない……アリアって、ほんっと、浮気者だよね!!」
頬を膨らませるアベルは浮気性な妻にお冠だ。
「っ、えぇ~~? 女の子同士じゃない。ハグくらいいいでしょ……」
だって、ヒロインですよ!?
そりゃ、ハグくらいしたくなりますよね!?
アリアが“ぶー”と、唇を尖らせると、アベルは立ち止まりアリアの頬を両手で挟んだ。
「だぁああああめっ!! 性別とか関係ないの!」
「アベルはやきもち焼きだなぁ……」
「男はもちろんダメだけど、そっちに目覚められても困るんだよ……」
不安そうな黒い瞳がアリアをのぞき込む。
(僕にはわかる。フローラさんは、アリアが大好きなんだ。女性同士、そういう仲になられたら困るんだよ……!!)
ようやくアリアと結婚できたというのに、自分の花嫁候補だった女性が、妻を奪っていくなんてことあってたまるか。
過度なスキンシップは控えてもらわねば――と、アリアの頬を挟んだ両手をぐりぐりと動かした。
「うにゅぅ~~そっちってなぁに? あ、アベル、ビアンカちゃんに差し入れ買って行こうよ」
「差し入れ?」
再び歩き出し、宿屋の前に差し掛かる。アリアは二階の酒場を指差した。
そこでは酒場のマスターがおいしい【ホットケーキ】を焼いてくれるのだ。
「うん、ほら、妊娠中だとつわりが気持ち悪くて、普通のご飯が食べられないかもしれないじゃない?」
「そうなの?」
「うん、前世で会社の人に妊娠した人がいて。お米は食べられないけど、お菓子なら大丈夫だって言ってたの」
「へ~。それでホットケーキ?」
“カイシャ”ってなんだろう……? と思いつつ、アベルは得意のスルースキルを発揮し、アリアの話に乗っかる。
話の腰を折らないのが自分流だ。
「イチゴソースとかかけたら美味しいよね!」
にこにこと微笑み、酒場の階段を駆け上がっていくアリア。
ビアンカは喜ぶに違いない。
そうしたら、またアリアはビアンカの笑顔にデレデレするのだろう。
「……はぁ、アリアって罪作りだよね……!」
ため息をつき、アベルはアリアのあとを追いかけた。
酒場へ上がると、気のいいマスターが快く【ホットケーキ】を焼いてくれた。
ふっくらと焼き上がった生地に、甘酸っぱい特製のイチゴソースを別容器で添えてもらい、アベルの【ふくろ】へと仕舞い込む。
時が止まる【ふくろ】の中なら、山奥の村に着くまで出来立てのホカホカだ。
ルドマンの「アリア軟禁計画」から逃れるようにサラボナの門を出た二人は、いつもの町はずれの桟橋から船へと乗り込んだ。
山奥の村は、なぜか上手くイメージができないため、【ルーラ】が使えない。川を遡るようにして船を進めるしかないのだ。
「つわり、軽いといいなぁ……」
船のへりに顎を乗せ、流れる景色を見つめながらアリアがつぶやく。
「アリアは本当に優しいね。……あ、見えてきたよ」
アベルが指差す先、緑豊かな山々に囲まれた小さな村――懐かしい山奥の村が姿を現した。
船を降り、穏やかな風が吹く村の坂道を上っていく。
村に着いて、真っ先にビアンカの家を訪ねたが、彼女は今、宿屋で義実家の手伝いをしているとのこと。
アベルたちはそのまま宿へ向かった。
宿屋の扉をくぐると、カランカランと素朴な鈴の音が響く。
「はーい、いらっしゃい……って、ええっ!? アベル!? アリア!?」
カウンターの奥から顔を出したのは、手に箒を持ったお腹がふっくらとした、エプロン姿のビアンカだった。
……かなりの大きさだ。
もう臨月と言われても不思議じゃないほどに大きい。
その大きなお腹を見て、アベルは本当に時間が流れていたのだと改めて実感し、瞬時に身体を硬直させた。
アリアは「ビアンカちゃーーん!」と嬉しそうに駆け寄っていく。
「よく来たわね~♡ 会いたかったわ♡ 結婚式に呼ぼうと思ってたのに、もう終わっちゃったわよ~」
「ごめんなさい~」
「いいのよ、アリアたちは旅をしてるんだもの。捕まらなくて当然だわ」
ビアンカはカウンターから出てきて、アリアを抱きしめ、頭を撫で回す。
アリアもお腹を圧迫しないように抱きしめ返した。
まるで、生き別れた姉妹が再会したようだ。
「ビアンカちゃん、結婚おめでとう! あと、赤ちゃんも……♡ おなか、触ってもいい?」
アリアがキラキラした瞳でビアンカを見上げる。
黙って頷いてお腹を少しばかり突き出すビアンカに、アリアは恐る恐る、そっと手を伸ばした。
(わ……すごい……力強い何かを感じる……。生命力っていうのかな、これ……)
触れた大きなお腹から、温かい命の鼓動を感じた気がして、アリアの胸がトクントクンと高鳴る。
「すごいね……赤ちゃん……ここにいるんだ……おめでとう……♡♡」
「うふふ♡ ありがとう♡ フローラさんに聞いてきたの?」
「うん、今何ヶ月なの?」
「もうすぐ八ヶ月よ」
「八ヶ月!? こんなにお腹大きくて、動いてて大丈夫なの!? 寝てなきゃ!」
「平気平気。運動もしないとお産によくないっていうから手伝わせてもらってるのよ」
「そうだったんだ。でも無理しないでね」
「ええ! 問題ないわ。今日もこうして元気でお掃除できちゃうくらい――」
ビアンカが掃き掃除を始めながら、その先を話そうとして、後ろから声がかかった。
読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!