前回あらすじ>
幸せそうなビアンカ夫婦の姿に、別世界の自分たちの記憶が押し寄せ胸を痛めるアベル。だがアリアの温もりに救われ、己の選んだ道を確信する。温泉や夜更かしで思い出を作った一行は、新たな目的地へ旅立つのだった。
どんぶらこっこ。
では、本編どぞ~。
第八百二十二話 はるかなる東の大陸へ
◇
あれから山奥の村をあとにして、アベルたちは名産博物館まで【ルーラ】で向かった。
せっかくなので名産博物館に立ち寄り、山奥の村の井戸でちゃっかり手に入れた【秘湯の花】を【展示台】に飾り付けてから船に乗り込む。
「ふふふっ♪ アベルって記憶力がいいのね。砂漠のバラと交換で秘湯の花がもらえるなんて……よく覚えてたね。すご~い!」
「まあね~♪」
船の上で海風に吹かれるなかアリアに褒められ、アベルは照れくさそうに鼻の頭をかく。
その場その場で、必要になるものを忘れずにいられるのは、おそらく別世界の自分たちの記憶のおかげだ。こういうときの集合意識は頼もしい。
「アベルさん! このまま東でいいッスか?」
「はい、お願いします。ある程度進んだら地図を確認するので、東に大陸が見えてきたらまた指示しますね」
「わっかりました!」
アベルは舵を取るアジスキーに、東へ向かうよう頼み、大海原を見渡す。
今はまだ水平線しか見えないが、そのうち大陸が見えてくるはず。
手元に広げた【ふしぎな地図】にもまだ大陸は映っていない。
アイシス女王に聞いた、東の国・グランバニア。
その先の記憶も毎度のことながら、都合よく降りてはきてくれない……が、もし、そのグランバニアが自分の生まれ故郷だというのなら――。
「父さん……。父さんは、本当に王様だったの……?」
眼前に広がる大海原を見つめながら、アベルの黒い瞳ははるか東へ向けられていた。
そんなとき、マントを引かれた気がした。
「アベル……」
「あ、アリア……。風が冷たいから部屋に入ってなよ。身体を冷やすとよくないよ?」
アリアは身重なんだから……。
まだ本人に自覚がないだけかもしれない。アベルはそんな気がしてならなかった。
昨夜、山奥の村でビアンカにお祝いと称し、キャシーとパペックに習った踊りを披露していた彼女。アベルは転んだりしないか、ハラハラしながらそれを見ていた。
踊り終えると、アリアはビアンカのお腹を嬉しそうに撫でて、一瞬だけ……落ち込んだ様子が見えた気がした。
「心配ないよ」と言っても、きっとアリアは気にするだろう。
アベルはビアンカの、「二人はまだ子ども作らないの?」という悪気のない言葉に愛想笑いで返すしかなかった。
(アリアが気にしているから、過度に心配するのは逆効果かもしれないけど……赤ちゃんがいてもいなくても、僕が君を心配するのはしょうがないんだ)
どちらにしても、妻に負担をかけたくないアベルは、アリアの肩に手を添え、船室へ戻るよう促す。
魔物が出たら戦闘になるのだから、早く船室に避難していてもらわないと。
アベルの心配をよそに、アリアが首だけ振り返って見上げた。
「うん……アベルの故郷に行ったら、きっとご親族の方たちと会えるよ。そうしたら、きっとみんな味方になってくれると思うの。勇者さま探しもきっと進展が見えてくると思う」
(ドラクエの主人公って王族が多いもの! たぶんアベルはグランバニアの王子さまだよね!)
……根拠はない。
これは、ただの勘だ。
けれど、これまでプレイしたシリーズの傾向として――と、ゲーマー目線ながら、アリアはグランバニアがアベルのふるさとだと確信していた。
「だから、これからも大変だと思うけど、一緒にがんばろうね!」
「アリア……♡ うん……!」
明るい笑顔を見せるアリアに、アベルの胸がきゅんと疼く。
常に死と隣り合わせ――体力の少ない彼女を旅に連れ回しているだけでも申し訳ないのに、「一緒に頑張ろう」などと言ってくれるとは……。
(ああ、もう、僕の奥さん、愛おしすぎる……!!)
船員たちが皆甲板に出ているタイミングで、堪らずアベルはアリアを後ろから抱きしめた。
「わっ!? っ、ちょっ、アベル、みんなの前だからっ……!」
「アリアっ、大好きだっ……!」
「もぉ~~! わかったからぁ~、離して~~!」
「やだ」
「やだじゃないよ~~! ほ、ほらっ、魔物が来ちゃうよ!?」
顔を真っ赤にして自分の腕から逃れようとする妻を、アベルはしばらく離そうとしなかった。
そうして船はしばらく順調に東へと向かっていた。
【ふしぎな地図】に映る様子も、東の大陸の端が現れ始めた頃――。
突如として、突風が船体を大きく揺らした。
「うわっ!? 何ごとッスか!?」
さっきまで穏やかだった海が一変し、目の前には天を埋め尽くす黒雲と、荒れ狂う高波が広がっている。奇妙なことに、東から少しでも離れるように舵を切ると嘘のように雲は晴れ、波が収まるのに、再び東を向くと、まるで拒絶するように嵐が吹き荒れるのだ。
「アベルさん! どうするッスか? これ以上進むとコンパスがぐるぐる回っちまって……方角を見失っちまうッス!」
舵を必死に抑えるアジスキーから、悲鳴のような報告が上がる。
「もう一度お願いします! 地図ならこれがあるんで!」
アベルは【ふしぎな地図】を広げ、こまめに位置を確認すれば突破できるはずだと、嵐への突入を試みた。
しかし、激しい雷光が走った瞬間、手元の【ふしぎな地図】の光がすうっと消え、ただの白紙に戻ってしまう。
「地図の表示が……消えた……!?」
動揺するアベルを嘲笑うかのように、荒波を割って魔物の群れが甲板へと這い上がってきた。
「主殿、敵です! アリア嬢は私が船室へ!」
「頼む、ピエール! プックル、メッキー、僕に続け!」
激しい揺れの中での死闘。プックルが鋭い牙で魔物を引き裂き、メッキーが上空から炎を吐いて応戦する。アベルも剣を振るってどうにか敵を退けたが、これ以上の進軍は不可能だった。
アジスキーが西に舵を切り、どうにか嵐の区域を脱出すると、船はまた驚くほど穏やかな海のど真ん中でピタリとストップした。
「こんなこと、今までなかった気がする……」
肩で息をしながらアベルが呟くと、アリアを船室へ避難させて戻ってきたピエールも、神妙な面持ちで深く頷いた。
その頃、船室の窓から外の異常な嵐を凝視していたアリアは、ベッドの上で腕を組んでいた。
(不自然すぎる……ただの自然現象じゃないよね。どうやってあの嵐を越えたらいいんだろう……。もしかしてまた、クリエちゃんたちの影響かな……? “カケラ”……だったっけ……)
テルパドールで巻き込まれ、連れて行かれた謎の洞窟といい、この海域といい……わかってはいたが、なかなかのんびりまったり旅とはいかない。
幸いなのは、先の洞窟とは違い、現れる魔物が知っている魔物ばかりだということ――。
けれどもし、魔物の中に【ガオン】のような存在がいて、偶然“カケラ”を取り込んでいたのだとしたら?
「……はは……中ボス的な個体がいる……? まっさか~~」
嫌な予感がして、アリアは胸の前で手を握る。
「アベルが来たら話してみよう……それまでは、みんな……怪我しないように……」
アリアは船室で、回復呪文を使うための魔力を集中させておくことにした。
……しばらくして、アベルが部屋にやって来ると、アリアは駆け寄った。
「アリア……!」
「アベル! あのね……! あっ、大変!」
彼を見ると、あちこちに傷を負っている。すぐに回復呪文をかけ、回復させた。
二人はベッドに並んで腰かけ、アリアの話にアベルは目を瞬かせる。
「――じゃあ、アリアは、あの嵐は魔物が起こしてるんじゃないかと思ってるんだね?」
「うーん、その可能性もあるかなって」
ただの勘だから、実際そうなのかは知らないけれど――とアリアは頷いた。
「なるほど……だとすると、そいつを倒さない限り、嵐を抜けられないってことかな……」
「嵐を起こすような魔物って、海にいた?」
「うーん……どうだったかなぁ……」
腕組みをしてアベルは首を捻るが、思い当たる魔物は特にいない。
ひょっとすると、嵐の中の空間が歪んでいて、見知らぬ魔物があの海域に住みついてしまっているのかもしれない。
「そういう魔物がいないか、注意しながら戦ってみるよ」
「うん、気をつけてね」
一刻も早くグランバニアに行きたいというのに、ままならないものだ。
だが、今日はもう――。
「……アリア♡」
アベルの手がアリアの両肩を掴む。
「ん? あ……もう今日はおしまい?」
「うん、聖水振り撒いてきた。今夜はゆっくり休んで、また明日東を目指そう」
「……ゆっくり休む……ねぇ……。ゆっくり……」
「へへっ♡」
アリアにジト目を向けられながら、アベルは彼女のマントの留め具を外していく。
戦いの緊張がほどけた今だからこそ、二人だけの時間を大切にしたい。
戦いに疲れた体も心も癒してくれるのは、いつだって愛しい妻のアリアだった。
読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!