前回あらすじ>
東を目指し荒れ狂う嵐へと突入したアベルたち。無限ループする謎の海域で、時空を歪めていた異世界の力を宿す超巨大マリンワームと遭遇するも、虫嫌いのアリアが
山越え前のひと休み。
では、本編どぞ~。
◇
新大陸の沿岸へ接岸したのは夕方――。
「じゃあ、留守を頼みます」
「お任せください。お気をつけて」
ストレンジャー号の船員たちと船長に見送られ、アベルたちは未知の大陸へと一歩を踏み出した。
海風に揺れる歩み板を下っていると、後ろからタッタッタと軽快な足音が聞こえ、アベルを勢いよく追い越していく。
とん、と真っ先に新大陸へ降り立ったのは、アリアだった。
「ふふっ、一番乗り~♪」
「あ! ずるい!」
「でも、どんな魔物が出るかわからないから、私、馬車に乗ってるね!」
威勢よく地に足を着けたものの、アリアは辺りの鬱蒼とした景色をキョロキョロと警戒し、すぐにアベルのそばへと身を寄せてくる。
怖いのだろうか……アベルのマントの端をちょこんと摘まみ、上目遣いで笑顔を見せた。少しだけ不安そうな顔をしているが、傾きかけた夕日に照らされたプラチナブロンドは今日も美しく輝いている。
新しい土地だ、警戒して当然だろう。
アリアが、自分から馬車に乗ると言ってくれてよかったとアベルは胸を撫で下ろした。
「プッ。はははっ! うん、そうして」
大人しく馬車に乗り込むアリアを見届けて、アベルは手元の【ふしぎな地図】を確認し、家屋のシンボルを目指す。
そう離れた場所ではない。もうすぐ夜の帳が降りてしまうが、このペースで少し歩けば見えてくるはずだ。
何度かの魔物との遭遇を経て、あたりがすっかり闇に包まれた頃、ようやく目指す家屋のシンボル――【ネッドの宿屋】へと辿り着いた。
「アリア、着いたよ~」
アベルが馬車に声をかけると、パサリと幌が開いてアリアが顔を覗かせた。
「はーい! じゃあマッド、馬車でいい子にしててね!」
「グオーン!」
今さっき仲間になったばかりのドラゴン――体の色が青く、目が離れていて、どこか間の抜けた愛嬌のある顔をした【ドラゴンマッド】のマッドが、アリアに鼻の下をポンポンと叩かれると、嬉しそうに喉を鳴らして返事をした。
「仲間になったばかりなのに、もう懐いたの!?」
驚くアベルの手を借りて、トンと馬車から飛び降りたアリアは満足そうに幌を閉じた。
「ん? あ、マッドっていい子だね。お手とお座りしてくれたよ。強そうだし、もう少ししたら戦闘に出してみてもいいかもしれない」
(……というか、マッドは体が大きいから、馬車の中だと窮屈そうでちょっと可哀想なんだよね……)
実際のところ、キャビンの中のマッドは巨体を丸めて動きづらそうに縮こまっていたのだ。
スラりんが、「おい、新入り! お前はデカいんだから隅っこでじっとしてるんだぞ! お前が動き回ると、アリアちゃんが潰れちゃうんだからな!」と必死に注意していた姿が思い出される。
スラりんの先輩風を吹かせる威風堂々たる姿を初めて目にしたアリアだったが、そういえばキングスたち(分裂した【スライム】たち)にも似たような強気な発言をしていたっけと、くすりと口元を緩めた。
「……はー……さすがアリア。君って魔物の扱い、本当うまいよね」
「えへへ♡ アベルほどでは……でも、褒めてくれてありがと、うれしいなっ♡」
「フフッ。僕の奥さんは頼もしいね!」
「も~! そんなに褒めたって、何にも出ないんだからね~!?」
ストレートに褒められて照れたアリアは、ほんのり頬を朱に染めると、パタパタとネッドの宿屋へ向かって駆けて行った。
「フフッ。照れたアリア、かーわいい~♡」
アベルもすぐさま愛おしさに目を細め、アリアの後を追いかける。
その少し後ろから、ピエールとプックルが「やれやれ」と言いたげに顔を見合わせ、静かについていった。
「わぁ~。ツリーハウスだ~!」
アリアがネッドの宿屋を見上げて目を輝かせる。
夜空に聳え立つ巨木の枝に寄り添うように建てられ、木組みの回廊が張り巡らされたその佇まいは、まるで絵本の中に飛び込んだようなツリーハウスだった。
「珍しい建築だね」
「ね~!」
二人して感嘆の声を漏らし、見上げる。
アベルは(クリエちゃんならこれくらい簡単に作れそうだな……)と思いを馳せ、また彼女に会えたら、これから生まれくる自分たちの子供たちのためにツリーハウスを作ってもらおうと、密かに心に決めるのだった。
「いらっしゃい! ここはネッドの宿屋。今ならキャンペーン中よ!」
ツリーハウスの入口で、華やかな衣装で呼び込みをしているのは、一人のバニーガールだ。
軽く会釈をして、アベルたちは木組みの階段を上がり宿屋へと向かう。
「バニーさんが呼び込みしてるんだね~。アベル、なんだかうれしそう。バニーさん好きだよねぇ?」
「えっ、いや!? そんなことないけど!?」
(今、僕は君との子供のことや未来のことを考えてたんだけど!?)
なぜか急に横からジト目を向けられて、アベルは慌てて首を横に振った。
ツリーハウスに【ブランコ】を付けたら子供が喜ぶだろうなぁ……なんて、バニーの後方に下がる枝を見つめながら将来の妄想を膨らませていただけなのだが、自然と頬が緩んでいたのは紛れもない事実だ。
もちろんバニーガールの衣装が嫌いなわけではないが、アベルにとって、アリアのバニー姿に勝るものなどこの世に存在するはずもない。
そんな彼の脳内を知る由もないアリアの瞳は、いかにも懐疑的だ。
「ふぅん?」
「っ、僕にはアリアのバニー姿が一番だよ!」
「ちょっ、バニー姿って……もう! この間は、踊り子の服を着た君がいいって言ってたくせに~」
「アリアなら何着ても似合うよ♡ 全部大好きだ」
「アベル!? ちょっ、ちょっともうっ! こんなところでなに言ってるのっ!」
ここぞとばかりに妻を褒めちぎり、溢れる愛を隠そうともしないアベルに、真っ赤になって俯いたアリア。アベルはその華奢な手を取ると、優しく引いて宿屋のドアを叩いた。
◇
宿の中は控えめな夜間照明がほの暗い室内を照らしており、木の温もりが漂う温かい空間だった。すでに数人の旅人がベッドで横になり、静かな寝息を立てている。
ただ一人、旅の詩人だけが寝付けない様子で、ランプの光の下をうろうろと歩き回っていた。
カウンターでは店主が揉み手しながら、にこやかな笑顔でアベルたちを迎えてくれたため、アベルは先に宿泊の手続きを済ませることにした。
「ようこそ旅の宿に。夜道を歩かれてさぞやお疲れでしょう。ひと晩、80ゴールドですがお泊まりになりますか?」
「ええ、お願いします」
「それでは、ごゆっくりおやすみください」
空いたベッドに案内されアベルは、この宿には大部屋のみで、個室がないんだなと残念に思いつつ、腰を下ろした。
「ふぅ……」
アベルの口から安堵の吐息がこぼれた。大部屋とはいえ、長い船旅の後に横たわる宿屋の柔らかいベッドは、当然だが、海上のような揺れもなく、ただただ心地よい。
ふと隣のベッドに目をやると、同じように腰掛けたアリアと視線がぶつかった。
「アベル、一日おつかれさま~」
「アリアもお疲れさま」
「肩でも揉もうか?」
「いや、大丈夫。肩は凝ってないよ。アリアこそ、ずっと船室や馬車にこもり切りだったから、凝ってるんじゃない? 揉もうか?」
「ホント!? うれしい♡」
アベルは立ち上がるとアリアの隣へと移り、その細い肩へそっと手を伸ばした。
アベルの掌にすっぽりと収まってしまうほど華奢な肩。少しでも力を込めれば折れてしまいそうな頼りなさに、思わず胸が締め付けられる。
こんな小さな体で過酷な冒険をさせていることに罪悪感が募るが、それでも片時も離れたくはないのだ。
(苦労をかけてごめんね、アリア)
心の中で深く謝罪しながら、アベルは心を込めてその肩を解し始めた。
指先から伝わるアリアの肩は……少しどころか、かなりカチコチに凝り固まっていた。
「だいぶ凝ってるね……」
慎重に力を加減しながら、優しく円を描くように揉み解していく。
「そう? やっぱり、緊張感がずっと続いたからかなぁ。ん……ぁあ~~♡ 気持ちいい~~♪ アベル上手~♡」
「フフ、気持ちよさそうでなによりだよ」
アリアから脱力した声が聞こえ、アベルはよかったと目を細くした。
「ご夫婦ですか? いいですね、ご夫婦で旅とは……」
「あ、はい」
ふいに静かな声で旅の詩人に話しかけられ、アベルは穏やかに返事をする。
隣のアリアも肩を揉まれながらぺこりと丁寧に会釈した。
「ここから北にゆくとグランバニアの国。しかし、高い高い山を越さねばなりません。もし山越えする気なら、ここでひと休みしてゆくといいでしょう」
詩人の言葉によれば、彼自身もかつて山越えを試みようとしたものの、果てしなく続く険しい道のりに恐れをなし、踏み出せずにいるのだという。
今ではここで旅立つ人々を見送り、アドバイスを送りながら、いつか自分も……と機を窺っているのだとか。
「山越えには、数か月はかかるそうですよ」
「そうなんですね。地図ですごい山だなと思ってはいたんですけど、数か月ですか……」
「山には魔物も多く出ると聞きました。今晩はしっかり休んで、英気を養ってくださいね」
「ありがとうございます」
アベルが頭を下げると「こちらこそ、話を聞かせてくれてありがとう。私もいつかは――」と、詩人も静かに頭を下げ、ようやく眠くなったのか、自分のベッドへと戻っていった。
こうして前進していく旅人と触れ合うことで、彼自身も少しずつ勇気を蓄えているのかもしれない。
いつか彼が無事に旅立てることを願いながら、アベルがアリアの方へ視線を戻すと、彼女はいつの間にかどこから取り出したのか【スライム肉まん】を頬張っていた。
「…………アリア、それは?」
「あ? これ? エソスキーさんが持たせてくれた、スライム肉まんだよ~。アベルもお腹減ったよね、食べる?」
「あ、ああ……もらう、けど……」
「長旅になるからって言ったら、いっぱい作ってくれたんだ~♡ 私も手伝ったんだよ!」
アリアは小さな鞄の中から大切そうに【スライム肉まん】を取り出し、アベルへ「はい!」と笑顔で手渡した。
【スライム肉まん】とは、その名の通り【スライム】の愛らしい形を模したホカホカの肉まんだ。
ぎゅっと詰まった肉餡は、一口噛み締めるたびに豊かな肉汁と旨味が口いっぱいに広がる絶品である。
(……エソスキーさんが、スラりんを見て思いついたって言ってたっけ)
そういえば、あの奇妙な海域を抜けてから、アリアが厨房へ行っていたのをアベルは思い出した。これを作っていたのかと合点がいき、思わず頬が緩む。
何を食べても心から美味しそうに頬張る愛妻は、今夜もたまらなく可愛い。
「……フフ。アリアは何でも美味しそうに食べるね」
「ふふふ♡ そう? あ、ピエール君とプックルにもあげるね!」
お腹が空いちゃうと夜中に目が覚めてよく眠れないからね――と、アリアはピエールとプックルにもホカホカの【スライム肉まん】を分けてあげていた。
「ごちそうさま。じゃあ今夜はもう休もうか」
「うん、おやすみなさい♡」
温かい肉まんで小腹を満たし、一行は眠りにつくことにした。
今夜は大部屋のため同じベッドで抱き合って眠ることはできず、アベルとしては少し残念だったが、アリアにとっては久しぶりにゆっくりと身体を休められる最高の夜となったのだった。
読了お疲れ様でした、そして読んでいただきありがとうございました!