FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得 作:秋の自由研究
「――」
それは、信じられないものを見る眼だった。
自らの胴体から真っすぐに突き出た、薙刀の切っ先を。リンボは、ただただ、大きく瞼を開いて見つめていた。理解自体は出来る。サーヴァントという存在の恐ろしさは自分達も良く知っている――そんな彼らに、神秘という物の存在すら知らなかった人物が、一撃を通したのだから。
「ば……婆っ!? 何やって――」
「喧しい。さんざ虚仮にしてくれたんだ、これ位しないと収まりも付かんわっ!!」
しかし、そんな混乱から真っ先に立ち直った康友の言葉にも。お婆さんは、此方の腹にどすんと響く様な太い声で吠えて返した。ビリビリと此方の肌を震わせる、そのド迫力の一喝たるや!
呆然と『うそでしょ』と呟いていたロマニが、通信先でぴしっと背筋を正しているのが見えなくても分かる。面白そうに『ワーオ♪』とダ・ヴィンチちゃんが笑っていた。
全員の想像をはるかに超える事態の中で――ほんの僅かに先んじて動いたのは、突きさされた当人のリンボであった。
「……これは、これは――まさか」
突き出たその薙刀の切っ先を、がっしりと。団扇のように広い掌でつかみ取る。
そこで初めて気が付いた。アレだけ鋭い刃で深々と貫かれているというのに。ぬぅと真っすぐに立つ陰陽師の鳩尾からは……血の一滴すらも零れ落ちていない。白い面には、僅かな歪みすら見て取れない。
このリンボは――本体じゃない!
「如何にこの身が『分身』とはいえ……成程、三条の業物とはァ!」
「かの『岩融』にも比する逸品さ、ただの骨董品だと思わない事だね。ったく、これで偽物の身体とは、つくづく出鱈目なもんだっ……!」
「ンンン……しかし! 不可解!」
貫かれたまま、リンボの視線が背後のお婆さんの方へと向かう――マズい、と思った時には既にリリィが二人の間に割り込む様に切り込んでいた。
弧を描く剣の切っ先。鈍い音と共に、突き刺さった刃と柄が切り離され、踏ん張っていたお婆さんがたたらを踏んで倒れそうになった所を、康友が回り込んで支え。その目の前にリリィがカリバーンを構えて、リンボと向かい合う
あと一歩遅れていれば――陰陽師より繰り出された獣の如き鋭い爪が、間違いなくお婆さんの喉首を掻っ切っていただろう。
「どうして其方が正気を保てているというのか――此方の企みが見抜かれた様子も、特に無かったのですがねぇ!」
事が上手く運ばなかったのを見て取ってか、即座にリンボは一歩飛び退いて……お婆さんに向けて、何処か忌々しそうに、しかし興味深そうに、そう口を開いた。
「なんだと……!? 婆に、何か仕掛けてやがったのかテメェ!」
「そう驚く事も無いでしょう。そも、この村そのものが貴方を絡め取る為の罠であるとというのは、記憶を取り戻した今なら、理解できているのでは?」
――この伽藍洞の地を生み出したのは、貴方なのだから、と。
「っ……」
踏み出そうとした康友の足が、止まる。その一瞬、リンボの口元が死神の鎌の如き禍々しい弧を描いて。
「いえ、今は無駄にそこを論じる時間でもありませんか――致し方なし!」
リンボが、懐に手を伸ばす。
そうはさせじ、と。警戒を緩めていなかったリリィが瞬間、その動きに呼応して再びその手の刃と共に切り込んだが――しかし、分身とは言え、流石はリンボ。その動きに反応して、樹上の猛獣の如き身体の発条で跳び下がり。
そのまま、背後へと取り出した呪符を叩きつける。自分と共に、挟撃の体勢を取っていたマシュの盾へ向けて。
「見抜かれていたっ……!?」
「手緩い、手緩いィ!」
怯んだ一瞬を狙って、マシュの背後へとその大柄な身体が跳ぶ。
裾から取り出したのは、札ではなく……人型の様な紙の形代。
「最早ここへ至ったならば、些か強引に事を進めるしかありませんか! 幸い『もう一つの札』は未だ我が手中にあり!」
展開される形代――それが、黒い鎧武者の形を成す!
この村に来て、幾度目かの衝突になるだろうか。相馬陣営の兵隊、シャドウサーヴァント。如何に影法師の『影』とは言え、式神の様にこうも容易く呼びだせるものなのか、と目を見開いてしまう。それとも、これこそかの大陰陽師と競り合った術師の本気だとでもいうのか。
自分達の前にマシュとリリィ。その間に壁の様に並んだ無数の敵。その向こうから朗々とした声が響き渡る。
「もう一つの、札?」
「左様――真の一流という物は、幾重にも策を張り巡らして、如何様な『トラブル』にも対応できてこそ、という物で御座いますれば。伏せ札……まだ御座いますよ?」
リンボは、絶対の自信あり、と言った様子で嘯く。
伏せ札。隠した刃。この村が罠――考えた時に、背筋に冷たいものが走る。
お婆さんが相手方なら、分身とはいえ、リンボへと刃は突き立てていないだろう。
式部さんの離反の可能性。やるんだったら素直に敵として引き込んだ方が良いんじゃないか。記憶喪失にして、村人として扱う意味はない。多分だけど、これも違う。
……康友の本当の妹さん、健千代さんは、既に荼毘に伏している。
それじゃ、今まで彼の妹と思われていた『彼女』は、一体誰だったのか。そんな疑問が胸を過ってしまう。
「どんな罠だって、使わせなければ大丈夫ですっ!!」
「――待って、リリィっ!」
その嫌な予感が、自分にリリィの足を止めさせた。
「ま、マスター? どうして……」
「ンン――流石は、カルデアのマスター。見抜かれましたか」
「……なぎこさんに、何をしたんだ」
腸が煮えくり返りそうになりながらも。なんとか絞り出したその問いに……リンボはいっそ苛立たしい位に愉し気に口を歪めてみせた。
「いえ何も。元よりかの娘は我らが陣営――そちらの老婆とは根本から立ち位置が違う」
「なっ……!?」
「なぎこさんが……貴方達の、仲間っ……!?」
……嫌な予感が、的中してしまった。
あまりにもなじみ過ぎていたからか、考える事すらしなかった。自分の陣営の黒武者に襲わせるような真似をしてまで……仲間を何だと思っているんだ、という怒りも同時に湧き上がって来る。
だが、目の前の呪詛を操る魔術師が、そんな事を気にする訳もない、という。嫌な確信もまた、今までの戦いから抱いてしまった。
そして……その、あまりにも人道に外れた策は、結果見事に自分達への楔として作用しようとしている。
「えぇ。事が全て恙なく運んだ場合は……そちらの鬼の子の『妹役』としてやって頂く事もあったのですが。そちらがお釈迦になっってしまった今、もう一つの役割の方を優先しているかと」
振り返れば。そちらには……式部さんの寝ている部屋。そして今、その部屋で彼女の具合を見ているのは。
「くくくっ――幸い、此方は仕事を見事に果たした模様で。さぁお出でなさい。我らが第三の将……清少納言殿!」
――からん、と。
下駄の音が、鳴り響く。
リンボの更に後ろから……歩み寄る、人影。先程までの、シンプルな装いではない。黒いセーラー服に、白いジャンパー、柿色の下駄。そして、特徴的なその髪色。
手に構えた『番傘』をゆらりと垂らしたまま。酷く虚ろな表情で……彼女は、リンボの隣へと立った。
「……」
「なぎこ、さん……っ」
『サーヴァント反応!? まさか、ここまで偽装してたっていうのか……!?』
「まぁ複数は兎も角、一人であれば……このように。造作もなく」
若草色の瞳に、影が降りる。
ドクターの悲鳴染みた声に、リンボは鼻高々に答えて見せた。傍らの――清少納言と呼んだ少女へと目を向けながら。
「清少納言って……紫式部さんと同じ」
「はい。平安時代を代表する作家のお一人です」
清少納言。平安時代の偉人。現代にまで残り、そして海外にまで通じる様な大作を書き上げたという一点において、日本において最高クラスの知名度を誇る女流作家。同じ中宮に仕えた文人、紫式部さんが唯一ライバル視していた人物。
一見すれば、こういった荒事の場には不向きな様に見えるけど……リンボがこうして前に出して来る、という事は。そう言った部分込みでもここに出す理由がある、という事なのだろうか。
……そして。彼女が、リンボの側に立った場合。最悪なのは。
「ンンン……さて。これで此方に、人質が一人!」
「しまった、式部さんをっ!?」
そうだ。
先程までなぎこさんが、式部さんの面倒を見ていたのだから……いとも簡単に、その身柄を抑えられてしまう。最悪だ。今の意識の無い彼女は、戦う事も出来ない一般人同然の状態である。寝首を掻くことなど容易いだろう。
「たかがサーヴァント、と見捨てますかな。それならそれで……構いませぬが?」
奥歯を強く、噛みしめる。そんな事、出来るわけがない。今まで、特異点を一緒に駆け抜けて来た仲間だ。それを……簡単に切り捨てる、だなんて。
マシュも、リリィも、武器を下ろしてはいないけど。でも、その場から動く事は出来ていない。黒武者達は、そんな二人を前に、大太刀を構えてにじり寄り始めている。
どうすればいい――考えても、どうあがいても手が足りない。
巌窟王が居てくれれば。酒呑童子が、ゴルゴーンさんが居てくれれば、と。しかしここまで完璧に敵に舞台を整えられえては。
「さて、これで漸く話し合いの場が整いましたかな?」
今回も短い間ながら、出来る限り投稿して行こううと思います。