FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得 作:秋の自由研究
「……戻って、来てほしい、ですか?」
そんな言葉は、自然と口から滑り落ちていた。
無言で、お互いに向き合って。それが、一体何の事なのか。誰の事なのか。私の事をただじっと見つめてくる彼は、きっと理解している、と思う。
直ぐには、答えなかった。口を引き結んで。瞳を閉じて。深く考えている。
禿げた頭を、軽く撫で。
僅かに、開いて、けれどやはり閉じて、と。繰り返すその口先に、先ほどまでの軽快さはまるでなかった。
「それ、は……」
「貴方にとっての私は……今の『私』ではないのでしょう?」
「あぁ。ずっと、共に駆け抜けて来たあの人が、俺にとっての……それは、そうだ。でもそうじゃなくて……」
歯切れの悪い言葉。先程も言っていた――貴女にとって、この村での思い出は、とても温かいものだから、と。
彼自身、矛盾してるのは分かっているだろう。もっと手っ取り早く、取り戻そうと、なりふり構わず努力しようとしても、誰も不思議には思わない……だというのに、彼は嘗ての記憶が戻って来そうな時も、喜ぶどころか。
……嬉しかった。きっと、その気持ちは本当だから。だからこそ今――胸が、どうしようもない位に痛むのだ。
「それなら……はっきりと、言ってください」
どうしても、歪んでしまう。そんな顔を見られたくなくて、少し俯いた。
でも……仕方ないじゃないか。だって彼にとってかつての私が取り戻したい相手だというのなら。今の『私』は、もう、どうしたって。
指先を、強く結んで――何とか、そのまま言葉を吐き出し切った。
一瞬。彼は、言葉に詰まった様に沈黙し。
「……ごめん。ごめんよ」
返って来るのは……ぽつり、と。あまりにもか細い声。
「貴女の言う通りだ。戻って来てほしい……相棒の彼女に。貴女ではなくて。そう思ってるのは、事実だ」
……ぎゅっと、唇を噛む。
あぁ、良かった。彼が本気でそう思ってくれているのなら……せめて、本当に、最低限納得できるだけの理由はあるのだと知れたなら、それで。
顔を上げる。きっと笑顔では、いられないけれど。せめて、最後位は彼の姿を見ながらで。そうじゃないと、寂しかったから――
「……それなら――」
「あぁ――安心してくれ。もうお別れだから、さ」
――目の前で、彼の指先が、燐光となって解け始めた。
「……えっ?」
「ま、記憶の歪みから生まれた残像みたいなもんだ。しゃーねぇ……にしたってもうちょっとでもいいから持ってくれりゃ――」
言葉にしようとしたその先を、口を引き結んで。彼は、その喉の奥へと呑み込んで。それからまだ解けてない方の手を見つめてから。
「ごめん。やっぱり黙るわ。貴女を傷つけるだけだ」
その手が、此方へとひらひら振られる。突然の事で、あっけに取られてしまって――何か言う前に、もうその身体は半分以上、空間に解けて消えてしまっていた。
此方を見つめながら。彼は少し悲しそうに微笑んで。
「大丈夫。俺が消えても、本人には影響ねぇからさ」
「あ……ま、待って……まっ――」
「ありがとう。最後に――貴女と、話が出来て嬉しかった」
咄嗟に静止の言葉を口にしたけれど。
もう次の瞬間には――目の前に居た筈の彼は、風に攫われたかの様に何処かに消え失せてしまって。そして……ここに立っているのは自分だけ。
消えるのは、自分だと思った。だってこの記憶も偽物なら、あの英霊としての『私』が戻って来たのなら、今の私はきっと、ここでって。
でも。先に虚空へと消えてしまったのは……彼の方で。
呆然と、その場に立つ事しか出来ない。周りの景色は、いつの間にか何処までも真っ白な何もない、寂しげな景色になってしまっていて。
「……」
辺りを見回しても、何もない。先程まで、彼と一緒に居たのに。今は、自分一人。
このまま目が覚めてしまうのだろうか、と。ぼんやりと思ったが……何時まで経ってもそんな様子は無くて。ぺたん、と。何もない空間に、腰を下ろした。
「本当は……なんだったのでしょう」
もう、何も考えられなくて……ただ、そう呟く。
彼は、確かに何かを言いたそうにしていた。けれど、その先を深く呑み込んで。聞く事は出来なかった。彼の本音は、聞けた。なら、その先までぶちまけてくれれば良かったのに、と。自分勝手にも、そう思ってしまう。
どうせ自分は、ここで消えてしまうのだから。全て包み隠さず言ってくれればそれで良いのに――
「――うんうん!! かおるっちの!! 言う通りじゃな!!! 知らんけど!!!」
突然後ろからバズーカが飛んできてひっくり返った。
……違う。そんなレベルのとんでもない声量が飛んできた。不意打ちで若干物理的な痛手を受けたように錯覚してしまった。いや、実際強かにお尻を打ち付けてしまったが。お尻を擦りながら、何とか立ち上がる。
振り返れば――カラフルなメッシュ入りのツンテールが目に入った。そこに立っていたのは……本来、此処居る筈の無い少女。
「やっほ、かおるっち♪」
「な、なぎこさん!? なんで、ここに……」
「うちの切り札で! 固有結界のちょっとした応用……って奴!」
いやー、上手く行って良かった、と言いながら。彼女は周りを見回して……怪訝そうに顔を顰めて見せた。その身に纏っているのは、見覚えのない黒いセーラー服にちょっとごつめのジャンパー。何時もよりなんというか、ギャルギャルしい見た目になっている。
「あり? 兄貴居ねぇの?」
「あ……あの、康友君は……その。というか、こ、こゆ……?」
「……げっ!? もしかしてちゃんと思い出させないままバイバイした!? チクショーやられた、あのクソヘタレ兄貴め!」
そう言えば。彼女はうがーっ、と両手で抱えた頭をぶんぶんと振り回す。いや、もうぐるんぐるん、と言った感じで。勢いはもう殆ど獅子舞と言っても良いレベルだった。
うがー、とか。一しきり唸り散らかしてから……なぎこは、その場で大きくため息を一つ吐いて。顔と腰に手を当て、眉間に深い皺を刻んだ。こんなに真剣に悩む顔は初めて見たかもしれなくて。
「やられたなー……」
「な、なぎこさん?」
「あ、待ってゴメン、詳しい話は後で! 急がないと兄貴の奴、このまま普通にどっか行っちゃうからその前に止めないとマズいからさ!」
手を取られ、引っ張られるまま立ち上がる。
状況が呑み込めなくて、困惑して――でも、なぎこさんのその言葉だけは、そんな中でも妙にはっきりと聞こえて来て。その言葉と、先程の彼の様子が、一本の線で繋がった様な気がした。
……先ほど、彼が消える直前の……あの、寂しそうな笑顔は。
「あの……自分は、残像だから、影響は、ないって……」
「それは無いかもしれんけどな! でも結局本人が行方くらますか、死ぬかしたら関係ないっしょ! 兄貴は――この村から生きて帰るつもりないんだよ!」
――ドクン、と。重たい鼓動が、身体を貫く。
「大丈夫、身を委ねて――ウチの『枕草子』で、かおるっちの記憶を、揺り起こす!」
「あっ……え、えっと……っ」
「ちょっと頭パンクするかもしれんけど、耐えてくれな!」
手元に取り出される携帯。そこへとなぎこが何事かを高速で打ち込んだ――その直後の事だった。
周りの白い景色が、次々と移り変わっていく。
先程までの、戦いの景色とは違う――でも。同じ。彼のモノじゃない。それは、前線に立つ彼を、ずっと隣から見ていた『私』の。
立ち向かう背中。思い悩む横顔。そして……満面の笑顔。
――解けていく様な感覚がある。
内から湧き上がってくるそれが、今の記憶と溶けあっていく。
消えて行く訳ではなくて。かちり、と。今の記憶が、あるべき所に戻って行く様な、そんな……酷く心地の良い気分すら感じてしまう。
……今は、ただ知りたい。
彼が――本造院康友と言う少年が。どうして『私』とこうして語り合ったのか。何故自らが消える選択肢を選んだのか。彼の、胸の奥の思いを。
そんな気持ちが、滾々と湧き上がって来る。
そうだ、私は――人の想いに寄り添う英霊なのだから。
「――大丈夫、消えないっしょ?」
「――えぇ。この地での思い出も、全て」
顔を上げて。目の前の彼女と顔を合わせる。やっぱり『今でも』苦手意識は拭えないのは確かだ……それでも。
「なぎこさん――いいえ、お久しぶりでございます。清少納言様」
「うん。早速力貸して貰うぜいかおるっち。ド派手なコラボじゃ!」
大 難 産