原作:The Elder Scrolls V: Skyrim
タグ:R-15 ボーイズラブ ガールズラブ オリ主 Skyrim The Elder Scrolls V: Skyrim スカイリム テルドリン・セロ ドヴァキン 恋愛 ギャグ オリジナル展開 原作改変 キャラ崩壊
----注意事項----
・二次創作小説です。版権元とは無関係です。
・キャラクター同士のカップリング(恋愛)が軸となる場合は章タイトルの隣に記載しています。それ以外の作品においてはカップリング要素なしまたはストーリーの進行に必要となる描写のみ行っています。さらに、軽微な性的描写またはグロテスクな描写がある場合にはR-15と記載しています。
・原作にはないもの(キャラクターの過去・得意なこと・苦手なこと、キャラクターのカップリング(同性同士を含む)、ロケーションの構造、独自のキャラクター・魔法、歴史的事実の行間など)を妄想・捏造しています。また、The Elder Scrolls(エルダースクロールズ)シリーズ他作品のキャラクター・魔法が出てきます。
・作者は原作英語版のみをプレイしているため、日本語版とは用語の表記や人物の口調、人称等が異なっている場合があります。
・pixiv、フォレストページ+にも同じ作品を掲載しています。
途中でルート分岐があり、恋愛ルートとギャグ(?)ルートに分かれます。
私はなぜ、こんなところにいるのだろうか。不意にそんな疑問が頭をよぎった。
天気の良い昼下がりだった。緩やかな起伏のある盆地を望む、丘の上の邸宅、ヘリヤーケン邸。その傍で、私は薪割りをしていた。今日にも帰ってくると便りをよこしたこの邸宅の主人を、温かい食事と暖炉の炎、それに清潔な蒸し風呂で迎えるためだった。
私は、このヘリヤーケン邸の主人であり私の雇い主たる若者から、邸宅の執事に任命されている。その点には最近なんとか理解が追いついた。問題は、なぜモロウィンド一の剣士を標榜するこの私が、人里離れた土地に建つ物寂しい邸宅の執事など務めなければならないのか、ということだ。
私は薪割りを終え、薪の一部を風呂焚き釜の脇に置き、残りの薪を何往復かで家の中に運び込むために、正面の扉を開けようとした。その時ちょうど、扉は内側から開いた。坊主頭のいかつい男が扉の間から顔を出した。男は顔に似合わぬ人懐こい笑みを浮かべた。
「やあ、テルドリン。従士様をお迎えする準備だな。ご苦労様。手伝おうか?」
私は兜の中で渋面を作った。だが勿論、態度にまでは出さない。雇い主の従者であるこの男、グレゴールとは、主に私の努力によって、これまで良好な関係を保ってきた。何せ、この邸でかなり多くの時間を彼と共に過ごさざるを得ないのだ。下手に対立してしまっては精神衛生上よろしくない。
「ああ、頼む。薪を暖炉の前まで運び込むだけでいい」
グレゴールは邪気のない表情でにかっと笑った。
「料理まで手伝えって言われたらどうしようかと冷や冷やしたよ」
手伝ってもらいたいのは山々だ、お前にまともな料理を作れる腕があればだがな。私は心中でそう毒づいた。初めて手伝わせた時、雇い主のために大枚はたいて買った最上級の鹿肉を真っ黒な炭にされ、これまた高級な小麦粉をキッチン中にばら撒かれてから、グレゴールには絶対に料理をさせまいと誓ったのだった。
私は薪運びをグレゴールに任せ、ヘリヤーケン邸の中に入った。玄関ホールは雇い主の物置になっている。使い道のよく分からない杖やら、ノルドの遺跡で拾ってきたという気味の悪い仮面やらが、壁際の武器用のラックや棚に収納されている。私はホール内を一巡して、収蔵品に埃が積もっていないかを確かめた。一昨日掃除したばかりなので問題ないとは思ったが、念には念を入れたかった。与えられた仕事は――例えどんなに不本意な仕事でも――きちんとこなさないと気が済まなかった。
私はそのままメインホールに入った。中央の大テーブルは、モロウィンドから取り寄せたこじゃれたテーブルクロスで覆い、ハイロック製の銀の燭台を立てている。ここにも埃は積もっておらず、綺麗なままだ。が、昨日使っていた帳簿とマズテの瓶が出しっぱなしになっていた。
私は舌打ちをした。今月分の収支の計算がどうにも合わず、やけくそになって呑んだくれていたのだった。いったいぜんたい、なぜ私が雇い主の財産の管理まで行わなければならないのだろうか。今回はここが間違っているよ、と、意地の悪いニヤニヤ笑いと共に毎度帳簿の中身を指し示されるのは、極めて屈辱的だ。
こんなことを間違えずにできるのなら、傭兵なんざやっていないさ、と言い返してやったことがある。雇い主はくすくす笑い声を上げて、テルドリンがレドラン家の財務係にならなくて良かった、と言った。あれはどういう意味だったのか……いいや、そんなことはどうでもいい。きっと今日も、雇い主はオーガの首を捕ったような顔で、帳簿の誤りを指摘してくるだろう。
私は帳簿とマズテの瓶を階段下の収納箱に片付けた。グレゴールが薪の山を抱えてよいせ、ほいせと歩いてきた。私は奴を避けざま、メインホールの左側の温室に足を踏み入れた。
温室は他の部屋よりも分厚い壁で造られているためにいくらか温かく、また雇い主の好きな薫り高い薬草が植わっているために良い匂いがした。どの植物も、私の甲斐甲斐しい世話のおかげで鮮やかな色合いを保っている。私はこの邸の中で、風呂とベッドの次にこの場所を気に入っている。目を閉じ、ゆったりと息を吸う。
いきなり、ブーンと唸る小さな塊が兜のレンズにぶつかってきた。私は罵声を上げ、頭を左右に振って追い払った。それはまたブーンと唸りながら、温室の隅に勝手に作り出した住処へ戻っていった。あれは先日、雇い主がゴールデンなんとか農園から貰ってきたという蜂だ。初めは数匹だけだったのがどんどん増えた。すぐに蜂蜜が採れるようになるよ、そしたら蜂蜜酒を作って二人で飲もうね、と雇い主は嬉しそうに言った。その蜂蜜採りとやらは誰がやるんだ、と聞いても、雇い主はニコニコするばかりで何も答えなかった。当然のように私の仕事になるのだろう。
私は料理に必要な香草を集め、そそくさと温室を出た。グレゴールは次の薪を取りに出たようだった。私はグレゴールの置いていった薪を一抱え持って、温室とは反対側のキッチンの扉を開けた。
オーブンと暖炉に薪を詰め、火炎の魔法で火をつけた。既に下準備はあらかた済ませてある。オーブンと暖炉をしっかり温めてからが本番だ。雇い主の大好物の、鹿肉のステーキと、マッドクラブとジャガイモのグラタンと、トマトスープと、スノーベリーのクロスタータと、小麦粉のプディングと……我ながら、よくぞここまで様々な料理を作れるようになったものだ。雇い主が買い揃えた美食家のレシピ本のおかげだ。しかし、決して自ら進んでこのような技能を身に付けたわけではない。私は傭兵だ。料理人ではない。私の作った料理を雇い主が幸せそうに頬張っている姿を眺めるのは、まあ、悪い気分ではないが。
私はキッチンを出た。ふと、大テーブルの左右から上へ続く階段の一方に、自然と意識が向いた。よくよく見れば、階段に土くれがこびりついていた。グレゴールだ。あの男ときたら、上階の裏口から呑気に散歩に出て、ブーツの汚れも落とさないまま邸の中を歩き回るのだ。勘弁してもらいたい。
私は階段下の収納箱から雑巾を取り出して、収納箱の隣の水瓶に浸し、階段を上りながら大きな泥の足跡を拭いていった。
「おう、また汚しちまってたか。悪い悪い」
薪を抱えてやって来たグレゴールが階下から私を見上げた。私はわざとらしい溜め息を聞かせたくなるのをこらえた。
「出入口にマットが敷いてあるから、次からそれで汚れを落としてくれ」
「分かってる。やあ、つい気が緩んじまってなあ。俺が拭こうか?」
「大丈夫だ。すぐ終わる」
それに、お前が拭いたらかえって汚くなりそうだ、と私は心の中で付け加えた。ノルドという奴らはどいつもこいつもがさつで困る。
私は階段を一番上まで上がり、黒々と続いている泥の足跡を、丁寧に拭き取りながら逆向きに追っていった。足跡は私とグレゴールの寝室を通り、裏口から出て、バルコニーを横切って階段を降りたところでようやく終わった。烏の鳴き声が夕暮れの色を帯び始めた空に響いていた。
井戸水を汲んで雑巾を洗い、農園の仕切り板に引っかけて家の中に戻った。ふと、上階のことが再び意識に上った。グレゴールも雇い主の部屋にみだりに立ち入ることはないだろうが、念のために確認しておこう。
私は、私たちの寝室と対になっている雇い主の部屋の扉を開けた。例の雇い主好みの薬草の匂いがマスクを通り抜けて鼻をくすぐった。乾燥させた薬草を袋に入れて部屋の要所要所に置いてあるのだ。部屋の様子は今朝確認した時と変わりなかった。中央のベッドのシーツは今朝私が整えたまま、皺ひとつなかった。尤も、今夜も、雇い主が常のごとく、今回冒険を共にした客人を連れてきて、すぐに台無しにするのだろうが。
いったい雇い主は羞恥心というものを持ち合わせているのだろうか。私とグレゴールが壁を一枚隔てた隣で眠っているのに、客人を招いた夜は鎧や武器を床に置く音、笑い声、ベッドの軋む音、それから場合によっては金切り声や嗚咽まで聞こえてくる。それを毎度違う相手と、老若男女エルフ人間獣人を問わず、時には複数人を連れ込んで繰り返すのだから、呆れを通り越して乾いた笑いさえ湧いた。
彼らは、私が作った料理を食べ、私が焚いた風呂に入り、私が整えたベッドの上で睦み合う。感心なことに部屋の後始末だけは自分たちでやっていくが、それでも拭い去りきれていないのが、部屋全体に残っているあの臭いだ。私にもそれなりの経験がある。どんなことをすればあの類の臭いが生じるかはよく知っている。
何より我慢ならないのは、グレゴールも一度、雇い主と冒険に出掛け、この部屋で夜を過ごしたことがあるということだ。客人たち同様、私の用意した全てを当然のごとく享受した上でだ。翌朝のグレゴールはなんだか勝ち誇った表情をしているように感じられた。
最近のノルドは随分な軟弱者に成り下がったようだ。そうでなければ、一度は己が腕に抱いた者が別の者と睦んでいるのを見せつけられて、黙っていられるはずがない。私が奴であれば、現場に踏み入って正義の鉄槌を下すか、絶縁状を突きつけてこのふざけた邸を出るだろう。いいや、そもそも、あの恥知らずな雇い主の誘いなどきっぱりと断ってやる。もし私が同じ立場になれさえすれば――
胸の底にふつふつと湧き上がるものがあった。雇い主とはソルスセイムで苦楽を共にし、互いの実力を認め合った。レイヴン・ロックの船着き場での見送り際、スカイリムまでついてきてほしいと真剣な表情で引き止められた。だから、私を恃みにして難攻不落の砦でも攻略に行くのかと期待していた。それなのに、私が連れてこられたのはこの新築同然の邸宅で、任されたことはこの邸の切り盛りだった。さらには小間使いを雇うことはなぜか雇い主が拒否するので、私自らが小間使いのように振る舞わざるをえない。
こんなことを許して良いのか。否、良いはずがない。うまいこと言いくるめられて今日までこうして過ごしてきたが、さすがに堪忍袋の緒が切れた。今夜こそ、新しい相手に鼻の下を伸ばしながら帰ってきた雇い主にはっきり伝えてやる。この雇用契約は解消すると。
雇い主のベッドの傍らに立ち尽くしたまま決意を新たにした私に、背後から声が掛かった。
「なあ、テルドリン」
グレゴールだ。私は憤慨したままの勢いで奴を睨めつけた。グレゴールは太い眉を戸惑ったように上げて、私に視線を注いだ。
「実は俺、今日からしばらく実家に帰るんだ」
私はマスクの中でぽかんと口を開けた。グレゴールは、散歩や巡回に出かけることはあれど、ヘリヤーケン邸を正式に離れたことは、雇い主に同行した時を除いてなかった。
「どういう風の吹き回しだ」
「どういうって、従士様のご厚意だよ。たまには親孝行をしてやれっておっしゃるもんで」
グレゴールは背負っていた荷物を担ぎ直して、片手を上げた。
「従士様をよろしく頼むよ。お寂しい思いをさせないようにな」
こうして、私は突然ぽつんと一人、ヘリヤーケン邸に取り残された。しばらく経ってから、私は呟いた。
「……フン。くだらん」
寂しい思いも何も、雇い主がまた誰かを連れてきて、必要以上に賑やかになるだろうに。違うことがあるとすれば、同室のグレゴールがいない分、私が思う存分悪態をつけるくらいだ。
私はキッチンに戻ることにした。そろそろトマトスープの材料を火にかける頃合いだ。最後の仕事は完璧にこなさなければならない。
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キッチンのガラス張りの窓の外が暗くなってきた頃、玄関ホールの方で、硬いものがぶつかり合うやかましい音がした。雇い主が帰ってきたのだ。雇い主にはありとあらゆる扉を豪快に開ける癖がある。ダンジョンであれば扉の向こう側にいる者に感づかれるし、この家でやるといつか自慢の収集品が雪崩を起こすぞ、と文句を言っているのに一向にやめない。
私はメインホールにマッドクラブとジャガイモのグラタンを運び込もうとしていた。雇い主はメインホールの扉を壊れそうな勢いで開け、私の姿を認めるなり、満面の笑顔で駆け寄ってきた。
「テルドリン! ただいま!」
グラタンを台無しにされるのを防ぐために皿を頭上に掲げた私の胴に、雇い主の両腕が巻き付き、スタルリムの鎧が私のキチンの鎧とぶつかってガチャンと音を立てた。毛皮と薬草と甘酸っぱい汗の匂いが私の鼻をくすぐった。いつもと同じ、無駄に元気いっぱいのご登場だ。だが、いつもとは違うことが一つあった。
「なんだ。一人なのか」
いつもは、ばつの悪そうな顔をした男か女が一人もしくは複数人、メインホールの入口に突っ立っていて、私に会釈をするものだった。今日は誰もいなかった。
雇い主は兜を脱いで傍らの床に放ると、私のおんぼろの服に頬をすり寄せ、私の背中に回した腕に力を込めた。
「うん。ホワイトランで別れてきた」
私を間近から見上げる形になった雇い主の瞳は馬鹿に潤み、頬には熟れたリンゴのような赤みが差していた。柔らかそうな唇の間から白い歯が覗いていた。私の耳の奥で、何かがどくんと脈打った。雇い主の瞳を縁取る睫毛が、今日はやけに妖しげな陰影を帯びて見える。
私の頭の中に何やら妙な感情が湧き上がりつつあったその時、雇い主の鼻がひくひくと動いた。
「あ。この匂い。ねえ、グラタン作ってくれたの?」
雇い主は、私が頭上に掲げているグラタンを目がけて、届くはずもないのに背伸びをした。鎧同士が擦れるギリギリと危うい音がした。その音が私を正気に引き戻した。
「おい、やめろ。すぐに食わせてやるから、その馬鹿げた鎧を外せ。私の鎧に傷が付いたらどうしてくれる」
雇い主は唇を尖らせた。
「邸の中でまでそんな鎧着てるのが悪いんだよ」
「そんな鎧とはなんだ。これは私の幾多の武勲に感銘を受けたかのアシン・サレシが、名匠グレンディス・ロロヴォに作らせたもので――」
「あーはいはい、分かった分かった。鎧脱ぐから。テルドリンも席についてよ」
私は兜の中から、きょとんと雇い主を見下ろした。
私はいつも、雇い主と客人を残して、さっさとキッチンに引っ込んでいる。次に出す料理の準備をしなければならないこともあるが、執事たる者、主人の歓談の邪魔をするのは良くない。それに、雇い主が客人と、それから無遠慮に彼らの仲間入りをしたグレゴールと、冒険の話で盛り上がるのを傍から眺めていると、やるせない気分になるのだ。雇い主の隣や向かい側に座り、冒険譚に花を咲かせるのは、本来は私であるべきなのに、という思いに苛まれた。
私は喉の奥から声を絞り出した。
「私がお前と一緒に食べるのか?」
「そうだよ。いつもそうしてって言ってるよね」
「しかし、いつもはお前の客が」
「じゃあ、今日はいないからいいでしょ。ほら、座って。ああ、飲み物がまだ出てないのか。取ってくるよ」
見る間に鎧を脱ぎ、身軽な服装になった雇い主は、私の横を早足で抜けてキッチンに入っていった。それからすぐ、ひょいと顔を出した。
「うわあ、すごいね! グラタンだけじゃなかったの? こんなに食べきれるかなあ」
目をキラキラ輝かせている。私は鼻を鳴らした。
「お前の客が来ると思って作りすぎたんだ。先に言っておいてくれれば、もっと面倒が少なくて済んだ」
「あははっ、ごめん。でも、これで何日かは料理しなくていいじゃん」
確かに、温め直せば何日かは食べられるだろうが。雇い主は明日には新しい冒険に出かけてしまうだろう。残りは一人で食べろということか?
私は盛大な溜め息をついた。雇い主が不思議そうに首を傾げた。
「どしたの」
「なんでもない。そこの棚にワインがある。エールと水は樽の中だ。好きなのを選べ」
「テルドリンは何が飲みたい?」
「あ? 私は水でいい。酔っ払ったらお前の面倒を見られないからな」
「遠慮しなくていいのに」
雇い主は木のコップを二つ持って戻ってきた。私の背中を押して長椅子に座らせ、自分はそのすぐ隣に腰を下ろした。渡してよこされたコップの中身を見て、私は低く唸った。ワインじゃないか。
「それじゃ、かーんぱーい!」
まだ一滴も飲んでいないはずなのに、既に出来上がってしまったかのような調子っ外れな声で雇い主は言い、木のコップをコンと叩き合わせた。
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雇い主は饒舌だった。ホワイトランで別れてきた今回の仲間とどのような冒険をしてきたか、ステーキやグラタンを頬張りながら、私に語って聞かせた。今回の仲間は新人だったらしい。自分が気づかなければ、ノルド系の遺跡の初歩的な罠に掛かって二人して死んでいたところだったと、雇い主は自慢げに言った。
そんな者となぜ冒険に出掛ける気になったのか、そしてそんなことがあったのになぜ上機嫌なのか、私には理解できなかった。私ならば雇い主の足を引っ張るようなことは決してしない。ソルスセイムでは何度も盾代わりになった。ハルメアス・モラの領域に心を飲まれそうになったのを救い出した。最後のドラゴンボーンたる雇い主に比肩する実力を持っていると、自信を持って言える。それなのに、私をこの忌々しい邸の執事に押し込め、その頼りない新人を冒険の供に選んだのは、なぜなのか。
「どうして私じゃないんだ」
頭の中で呟いただけだと思っていた。実際には、口に出してしまっていた。
雇い主は、ん、と首を傾げて、私を覗き込んだ。私は既に兜を外していた。雇い主の焦点の定まらない眼差しと、一段と赤くなった頬が直接視界に飛び込み、酒臭い息が鼻についた。
「聞こえなかった。もっかい言って」
誤魔化すべきかとも思った。しかし、何杯もワインの入った頭では、そこまでの知恵が回らなかった。
「どうして私を連れて行かないのかと聞いたんだ。天下のドラゴンボーンなら、供にはもっと相応しい者を選ぶべきだ」
雇い主は、あっけらかんとした表情で答えた。
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→A. 「だって、テルドリンは執事だから。ここにいてもらわなきゃ困るよ」
→B. 「テルドリンは確かに強いよ。でももう年を取りすぎてるとは思わない?」
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--Aルート--
「だって、テルドリンは執事だから。ここにいてもらわなきゃ困るよ」
当然のように言い放った雇い主に、私は苛立って言い返した。
「こんなところでじっとしているのは性に合わない」
「そう? お金の計算はともかく、他は才能あるよ」
「才能があろうとなかろうと、どうでもいい。私は傭兵だ。誰かの隣で戦うことが私の生き甲斐であり、使命なんだ」
雇い主は困り顔で自らの両掌をすり合わせた。
「そんなこと言われてもなあ。テルドリンが一番頼りになるから、大事なこの邸を任せてるのに」
それは、結構な不意打ちだった。胸の奥がこそばゆくなり、体全体が軽やかに空中に浮かび上がった心地がした。
雇い主は、何を思ったのか、眩しそうに目を細めて、私の頬に掌で触れた。触れられたところが見る間に蕩けていってしまいそうだった。私はその妙な感覚を振り払うために、雇い主の手首を掴んで掌を降ろさせた。
「財産は大切だ。だが、何より優先して守るべきは、お前自身の命だ。お前が留守の間、私がどんな気持ちでいるか、お前には分からんだろう」
「う~ん? 分かんないね」
雇い主は非常にあっさりと言い放った。次に私の喉から漏れたのは、思ってもみなかったほど拗ねた声だった。
「そうだろうな。お前は普段、私のことなど忘れているのだから」
雇い主は目をぱちくりさせた後、私の腕に甘えた猫のように頬を擦りつけた。
「忘れてなんかいないよ。いつもテルドリンのこと考えてるよ」
どういう意味だ、その言葉は、その振舞いは。否、意味などない。酔いどれて適当な愛想を振りまいているだけだ。私は頭の中で繰り広げられそうだった余分な憶測を打ち消すために、雇い主の胸をぐいと押しやって距離を取り、言葉を継いだ。
「奇遇だな。私もいつもお前のことを考えている。お前がどこかの遺跡で罠にかかっていないか。ごろつきどもの餌食になっていないか。ろくでもない奴にたらし込まれていないか。私を連れて行ってくれさえすれば、そんな心配はしなくて済むというのに」
話が妙な方向に進みつつあると思ったが、酒で軽くなった口は止まらなかった。
「しかも、お前ときたら、ようやく無事に帰ってきたと思っても、毎度余分な連中を連れてくる。ほんの何日か一緒に行動しただけの相手だろう? 食事をするだけならまだしも、よく恥ずかしげもなく誰も彼もベッドに誘えるな。私をどこまで惨めな気分にさせたら気が済むんだ」
雇い主は、胸元に押し付けたままだった私の手を両手でそっと挟み、私を生真面目な表情で見つめた。
「そんなことしてないよ」
あんなに堂々と見せつけておいて、白を切るつもりか。私は、挟まれた腕に心地良い温もりが集まるのを落ち着きなく感じながら、反論した。
「嘘をつけ。隣の部屋まで声や音が聞こえてくるぞ」
「ほんとだよ。盤上ゲームとか腕相撲とかで遊んでるの。あとは、恋愛相談とかね」
……なるほど、そういうときに出る声や音だと言われれば、そんな気もする。私が勝手に想像を逞しくしていただけなのか? いや、そんな言い訳を信じてはならない。まだこちらの手札は残っている。
「それなら、翌朝のお前の部屋がなぜあんなにくさいのか、説明してもらおうか。お前が客人と一晩中何かをしていたのでなければ、どうしてあのような臭いがする?」
雇い主は眉をしかめた。
「え、臭い? 全然気にしてなかった。なんの臭いだろ? 最近夜食にしてる魚の干物かな。おいしいけどくさいんだよね。今日も買ってきたよ。ほら、これ」
雇い主は私の腕を離し、腰のベルトにぶら下げていた革袋の一つを外した。雇い主が私の鼻先に突き出した袋の中身を嗅ぐなり、私は強烈な刺激臭の直撃を受け、ぐわっと叫び声を上げ、もう少しで長椅子から転げ落ちそうになった。
「なっ、なんだこれは! 早く袋の口を閉じろ、鼻がもげそうだ!」
雇い主は、私の大袈裟な反応が可笑しくてたまらないといった様子でけらけら笑いながら、革袋の口を紐で縛った。私は周囲に広がった強烈な臭いを両腕で追い払った。相当な努力の末、臭いが薄くなってくると、それは確かに、雇い主が客人と部屋で過ごした翌朝のあの臭いと同じだった。まったく、紛らわしい。
私は首をぶるぶると左右に振り、マスクを鼻の上まで引き上げて、雇い主に向き直った。
「そんなものを食べる奴の気が知れん」
「虫の卵を食べる人種には言われたくないね」
「今度、モロウィンドから取り寄せてオムレツでも作ってやろう。きっと考えが変わる」
「へえ、そりゃ楽しみだ」
雇い主は挑むような調子で言った。それから、ふわりと柔らかく微笑んだ。雇い主はテーブルに俯せになって、手の甲にこめかみを載せ、傾けた顔を私に向けた。艶やかな丸みのある唇が動いた。
「ところでさ。どうして惨めな気分になったか、教えてくれる?」
私は、心臓を誰かに優しく鷲掴みにされ、愛撫されているかのような錯覚に襲われた。それは雇い主の手だった。ソルスセイムでは必要に迫られた時だけその手を取り、寒さをしのぐためだけに抱き合って眠った。それ以上のことは考えたこともなかった。この邸でひもすがら、雇い主の帰りを待つ身になるまでは。
ああ、なるほど。私としたことが、まんまと飛び入り、囚われてしまったというわけだ。雇い主が、意識的にせよ無意識にせよ、作り上げた鳥籠の中に。
私はマスクの中で静かに笑った。
「教えていいのか? 後悔するぞ」
雇い主はゆっくりと頷いた。
「うん。いいよ。教えて。全部」
まろやかな囁き声が私の耳に入り込み、全身へ行き渡り、燻っていた炎に新鮮な空気を送り込んだ。私は雇い主に身を寄せると、その背中を一方の腕で抱え、もう一方の腕を太ももの下に滑り込ませた。
「あ、あの! ちょっと待って」
雇い主が唐突に、せっかくの雰囲気をぶち壊しかねない素っ頓狂な声を上げた。ここまで来ていったい何事だ。雇い主の顔を覗き込んで、私ははたと固まった。これまで自信満々な態度を決して崩さなかった雇い主が、今になって急に、初めて巣から飛び立とうとしている鳥の雛のように、心細そうに震えていた。
「こういうの、実は、初めてで……優しくしてくれる、よね?」
心細そうとは言ったものの、その表情の端々には、恍惚とした期待が滲んでいる。私の中で、何かがぷつんと焼き切れた。私は雇い主の耳に意地悪く吹き込んだ。
「私を散々焚きつけておいて、それは道理が通らないな」
それから何日もの間、訪れる者のない人里離れた邸で、私は雇い主に、モロウィンド一の剣士を飼い殺しにした報いをたっぷり与えてやった。雇い主がこれに懲りて私を冒険に連れ出す気になったか、それとも相変わらずこの邸に押し込めておくつもりかは、まだ分からない。しかしいずれにせよ、契約を解消するという意気込みはすっかり消え去り、代わりに、他の誰よりも苛烈に雇い主の心身に己を刻みつけたいという欲望が私の心に根を張っていた。そしてそのためならば、あえて飼い殺されてやり、後に愉しみを取っておくのも悪くはないと思うのだった。
-Aルート:『飼い殺し』了-
--Bルート--
「テルドリンは確かに強いよ。でももう年を取りすぎてるとは思わない?」
「はあ!?」
予想の斜め上の返答に、裏返った怒声が迸り出た。雇い主は私のしかめ面などまるで意に介さず、平然と肩をすくめた。
「だってもう三百歳超えてるでしょ? おじいちゃんじゃん。危険な冒険は次世代に任せてゆっくり余生を過ごしてもらいたい。そう思って僕はきみをここに連れてきたんだ」
「おじ……!?」
頭に一気に血が昇った。私はテーブルを叩いて立ち上がった。
「ふざけるな。そんな自分勝手な思い込みで、私をここに押し込めていたのか!?」
「うん。そうだよ。執事も名目だけのつもりだったんだけど。真面目にやってくれてるから、まあ、老後の手慰みにはちょうどいいのかなあって」
「な、なにを、おま、お前って奴は!!」
あまりに突然で急激な憤怒に襲われたせいで、私はろくに言葉を発することもできなかった。雇い主は私の腕をぽんぽんと呑気に叩いた。
「そんなに怒らないで。血圧が上がっちゃうよ。それでね、今、スカイリム中の友達のおじいちゃんをここに呼び寄せてるの。ほら、僕っておじいちゃん子じゃん? だから、優しいおじいちゃんたちに囲まれてほのぼのした毎日が送りたいってずっと思ってたんだ」
ほら、とか言われても、初耳だ、そんなのは。だから私に対して最初から妙に馴れ馴れしかったのか。年齢的に老人の範疇に入るのは否定しないが、私のこの見た目で「おじいちゃん」呼ばわりされるのは心外だ。せいぜい「おじさん」だろうが。
邸の外で複数の馬のいななき声が聞こえた。私は何が何やら分からないまま、雇い主に手を引かれて外へ出た。邸の前に詰めかけた馬車のそれぞれから、年老いた男たちが降りてきて、互いに挨拶を交わしているところだった。
「やあ、初めまして。儂はトルフディル。ウィンターホールド大学の変性魔法の教授です。いや、でした、と言うのが正しいですかな。そこにいる儂の教え子に、いいかげん後続に道を譲るべきだと諭されましてな。隠居するのにぴったりの場所があると言うから、見学に来た次第です。あなたはどこから?」
「ハイ・ロスガーから。アーンゲイルだ。最近寒さが骨身に堪えるようになってね。弟子の勧めで思い切って引退することにした。弟子とは、そう、そこにいる、貴方の教え子のことだが」
「ほう。あなたがたもですか。私もあの子から素敵な招待状をもらって、ファルクリースから来たのです。後任の者の司祭への叙階が済んで肩の荷が降りたところへ、渡りに船でした。ルニルです。以後、どうぞよろしく」
「ちょっといいかね。この邸の地下にドゥーマー遺跡が眠っているという噂を耳にした。お前さんがたは何か知っているか? うん? 名前? カルセルモだが」
「白い小瓶! 白い小瓶はどこにある、ドヴァキン! まさか、また見間違いだったと言うんじゃなかろうな!? いいかげんに、う、ゲホッゴホッ!」
「大丈夫かな? ああ、これはいかん。回復魔法を……ん、トルフディルか、そこにいるのは」
「サヴォス! あなたもいらっしゃるとは。アーチメイジの座はどうするつもりです?」
「はっはっは、お得意の物忘れだね、トルフディル。アーチメイジはとっくの昔にそこの若者に譲ったよ」
「おお、おお、そうでした! マグナスの目事件であの子に庇われて突き飛ばされ、ぎっくり腰になられて、引退されたのでしたなあ。正直、あなたはあの子に対しては複雑な感情を抱いていると思っていましたが」
「ふむ、当時は少々恨んだがね。今はあれで良かったと思っている。あの時突き飛ばされなかったら、なんだか私は死んでいたような気がするよ」
「そんな、縁起でもない。まあ、ともあれ、これからは儂らで末永くあの子を盛り立てていきましょうか」
「うむ、そうしよう」
「……おい、あんたら。回復魔法を、なんて言っておいて、わしを放り出すなー!」
そうこうしている間にも、新たな馬車が、あるいは徒歩や騎馬の老人たちが、夜も更けてきたというのに続々と邸に近づきつつあった。私は邸の前が数多の老人で埋まっていくのを呆然と眺めていた。そして、雇い主の頭の中では私もこのうちの一人に数えられているということに、相変わらず不満を覚えていた。
しかし雇い主はといえば、私の隣で実に幸せそうににやけていた。
「えへへへ。嬉しいなあ。おじいちゃんでいっぱいだ。アルドゥインやらヴィルスールやらミラークやら、よく分かんないけど色々倒しまくった甲斐があったよ。ねえ、テルドリン。僕、きみたちを養うためにいっぱい頑張るからね!」
健気に両拳を握った雇い主を前にして、唐突に、奇妙な感情が私の胸の内に湧いた。この、腕は立つがどこか間が抜けている雇い主に、己の能う限りの幸運と能力と財産を譲り与え、いつまでも見守ってやりたい、という思いだ。友情とも慕情とも異なるそれは、慈愛とでも呼ぶのが適当だろうか。子を持たない私には、ついぞ縁のない感情だと思っていた。
先ほどまでなんとなく期待していたこととは方向性が全く違う気がする。それでも雇い主の溌溂とした姿が見られるなら、養われてやるのも悪くないと私は思うのだった。
-Bルート:『4E20X ヘリヤーケン養老院創設』了-