急募:ラスボスに転生した一般人が平和に生きる方法   作:鬼怒藍落

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化生の王

 何かがおかしかった。

 戦意を失ったただの人間の子供。

 格下であるそれを恐れる必要なんて無いのに、何故か体が動かないのだ――いや違う。動かないじゃなくて動けない。

 

 決して屈するはずのない本能が鳴り止まぬほどに警鐘を鳴らしている……殺せと、今すぐあの子供を殺せと、喚いているのに何故か体が動いてくれない。

 そんな事を吸血鬼の男は感じ、今すぐに殺せと体に指令を出した。

 だけどどういうわけかいくら動こうにも動けない。

 

「あーテストテスト、ひふみっと……よし、俺の声だな」

 

 何かが変わった。

 先程までは見下せる遊び相手だった人間の何かが決定的に。

 例えるならば羽化だろうか? 蛹が蝶に変わるようにその存在そのものが別種のモノに。だけど違う、これは羽化なんて生易しい物ではない。

 

 そうだ……これは昇華だ。

 存在そのものが別種のモノへ変わるというそんな現象。

 

「しっかしまぁ、なんでこんな場所に吸血鬼がいるんだよ。俺が出るのはもっと後だと思ってたんだが、まあこれも運命って訳で飲み込もうか。そだそだ犬っころは休んでな」

 

 子供の声が違った。

 いや厳密には同じなのだが、その声に含まれる圧が違った。思わず平伏したくなるような王の如き圧に気配。

 何よりその声を聞いた途端に魂が震えた。

 この方になら全てを差し出しても構わないと思える程に、命を使い捨てられても構わないと言えるくらいに。

 

「なあお前、こんな場所で何してるんだ?」

 

 にっこりと子供とは思えない笑みを浮かべながらそう聞いてくる得体の知れない化物。答えなければいけないのに、上手く言葉が出てこなくてただ口をパクパクさせるだけで終わってしまう。

 

「あー圧が強いか? まあいい、どうせ吸血鬼特有の剥製趣味だろ。フェンリルの剥製とかなら人気出そうだしな。当たりか?」

 

 当たりだ。

 今回吸血鬼達は自分らの主に頼まれてフェンリルを剥製にする為にこの森にやってきていたのだ。集団でなら狩ることが出来るフェンリルを殺すだけの単純な仕事の筈だったのに、どうしてこんな化物が。

 そんな事を思うがもう遅かった。

 

「おっその反応なら当たりのようだな。流石俺よく覚えてる-」

 

 けらけらと自分を褒めるように嗤い子供はこう続けた。

 

「正直に言えばな、俺はこいつが生きてればそれでいいんだよ。だって目的あるし、でもな俺ってさ……ゲーム感覚で命を奪う奴とか嫌いなんだよな。だから今回は仕方ないって事で諦めてくれ」

 

 申し訳なさそうに……だけどそんな事を微塵も思ってなさそうな表情で笑う怪物は、ぱんっと一度手を叩いた。

 

「喰らえ■■」

 

 そして何かの名前を呼んだとき、しゃくり……とそんな音が聞こえてきたのだ。

 何かがモノを喰らったときのような、小さな小さな咀嚼音。

 だけどそんな音がこんな森の中で聞こえるわけがなく――そこまで考えた所で、何故か動くようになった体。見てはいけないと分かっているのに、何故か顔を動かしてしまったのだ。

 

「……え、あ?」

 

 状況が理解出来ずに発することが出来たのはとても間抜けなそんな一言だった。

 そこにあったのは仲間であった女吸血鬼。全身を見渡せば一切傷はない、だけどそれには首がなかったのだ。首以外のパーツは全て綺麗に残っているのに、最初からなかったように首だけを失っている。

 そして数秒もしないうちに地面に体を落とし地面に池を作りだした。

 地面に広がっていく血は静かに周りに広がっていき、やがて自分の元まで流れてきた。何が起こったか分からないという恐怖に支配されるまま、反射的に体を動かせばぴちゃりという嫌な音が聞こえてきて――――。

 

「ひっ」

 

 それがこの吸血鬼の最期だった

 直後にばっくんという間抜けな擬音が響いて、男の体は何処かに消えた。跡形もなく呆気なく、最初からなかったように姿がなくなった。

 

 

 

「でさ、お前はどうするんだ?」

 

 化物に変わったクラマはその吸血鬼から興味をすぐに失って。

 この状況で何もアクションを起こさない老人風の吸血鬼に話しかける。

 

「まさか私如きが貴方様に何かが出来るとお思いで?」

 

 嗄れた声だった。

 だけどその声音は嬉しそうで、我が子の誕生を祝うような形相でクラマを見ていた。

 

「いやそこは仲間の仇だーって感じでやろうぜ? もしかして吸血鬼様はそんな感性は持ってないのか?」

「ご冗談をただ殺される道など選ぶわけがないでしょう」

「はぁつまんな。まあいいか、でだお前の目的は何だ? 俺を知っているという事は剥製目的ではないだろ」

「貴方様を迎えに来たのですよ。我らが主がお待ちです異形の王よ」

 

 丁寧に紳士風な態度で畏まる老吸血鬼はそう言い手を出してくるが、それを無視したままクラマは何かを考え数秒後に納得がいったようにこう言った。

 

「あーそっか、吸血鬼には星詠みの姫がいるんだったか。そりゃバレるな」

「流石は王、姫の事もご存じでしたか。それなら話が早い、我らが吸血鬼の繁栄の為にどうかそのお力を」

「めんどい、他当たってくれ」

 

 興味がないと一瞥しそう言った彼は、しっしと虫を払うかのような動作で手を動かし、そのまま倒れるフェンリルの元に歩き出した。

 完全に老吸血鬼から興味を失っているようで、今は目の前のフェンリルを助ける以外の事は考えていないようだ。

 

「どうせ今回はただの確認だろ、俺がここに来るって予言に従っての。だから帰れ、俺はまだここでやることがある」

「そうですか、なら私はこれで失礼します。私が借りた夜もそろそろ限界ですので」

「ん、それじゃあな。でさ、一つ言い忘れたことがあるんだけどよ――――」

「はてなんでございましょうか?」

 

 フェンリルを治療しながら振り向かずに手を振った彼は、何かを思い出したかのようにそう言って、

 

「俺は見逃すけどよ、この森の主はそうじゃないっぽいぞ?」

「ッ――――」

 

 クラマの圧のせいで今まで認識できていなかった殺意が老吸血鬼を襲い出す。

 幾万の牙に襲われるような幻覚と拭いきれない死の気配がその老人に襲いかかり、彼の体が動かなくなった。

 だけど腐っても永き時を生きた吸血鬼である彼は、その場から逃げようとしたのだが、周りから吹き始めた刃の如き風が老人を切り刻み、

 

「おー残酷、流石は神殺しの聖獣だ。容赦ねーな」

 

 すぐにその吸血鬼を塵へと返したのだ。

 再生能力が意味をなさないほどの斬撃に、吸血鬼は殺されその命をこの世界から消した。それを見送ったクラマはひゅーっと口笛を吹いた後で独り言を呟いた。

 

「ご苦労さん、じゃあ後処理頑張るか」

『何をするつもりだ異形の王?』

 

 風が吹きそれに乗って威厳のある雰囲気を宿す声が流れてくる。

 聞くだけで平服しそうになるような声を聞いたのにもかかわらず、様子を変えないクラマは軽い口調でこう言った。

 

「そんなのこいつを治すだけだよ牙の王様」

『……嘘はないようだな。では任せるぞ』

「その代わり後で俺の頼みを聞いてくれよ、家族を治すのは立派な借りになるだろ?」

『……我に何をさせるつもりだ?」

「それは後でのお楽しみってな」

 

――――――

――――

――

 

 

 ありとあらゆる異形を並べた空間に玉座に座る男が一人。

 彼の背には黒い球体いや、巨大な瞳が鎮座しており、ソレからは悪意と呼ばれるモノを感じる事が出来て見ているだけで狂いそうになるのに、何故か落ち着くという感情がやってくる。

 大百足に二つの頭を持つ四本腕の鬼、山犬に白骨化した大蛇、自分の尾を飲み込む龍のような化物に、炎の巨人、醜悪な怪物に、羽を持つ悪魔達、他にもありとあらゆる異形達。

 その全てが彼に跪き、なんの言葉も発しない。

 

「今回は俺が出たが、俺もそうそう出れるわけじゃないからな、まっ頑張れよ」

 

 それは誰に向けての言葉だったか、ぽつりと聞こえてきたその一言。

 不意に呟かれたそれを最後に、浮上していく景色。何かに引っ張られるように感じながら光に俺は包まれて……。

 

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