一流冒険者の僕が美少女令嬢に隷属することになりまして 作:月崎海舟
「――――私に隷属してもらえないかしら?」
大きな城の豪華絢爛な応接室。
質素ながらも高級感あふれるテーブルをはさみ、向かい側で椅子に座っている公爵家当主であるオリビア・ヴァルキュリアは、開口一番にそう申し出た。
長く美しい金髪にはカチューシャしか備わっていないが、彼女を引き立てるにはそれで十分。
大きな胸をフリルの付いた白いブラウスで身を包み、長く黒いティアードスカートの中では足を組んでいる。
普通は足を組むだなんて行儀の悪い行為だが、彼女がそれをしてしまえば、たちまち完成された芸術品のように感じてしまう。
吸い込まれそうな赤い瞳で、まっすぐシリウス・ウェザーコールド……つまり僕を見つめていた。
そんな瞳に見つめられても、言われた言葉の実感がわかなかった。
いや、だっておかしいだろ?
僕は冒険者パーティーの支援の延長を頼みに来たんだ。どうしてこうなる。
僕とオリビアとは幼馴染だ。
孤児院に居た頃、彼女の父親である先代当主が孤児院に支援をして下さっていた。
その縁もあってか、そのご令嬢であるオリビアもよく孤児院に来て僕達の遊び相手や、勉強なんかを教えてくれていた。
色々と教えてもらっていたし、それにはとても感謝してる。
それに僕はオリビアのことが大好きだったから、彼女と会う機会が増えて色々と嬉しかった。
……今思えば、一つ年下であるオリビアに遊んで貰っていたのだけは、ちょっとだけ恥ずかしいかもしれない。
その後、
つまり僕は、感謝してもしたりない程の恩がヴァルキュリア家にある。
一般的に言ってしまえば、冒険者稼業においてスポンサーという役割は必須ではない。
商人であれば自分の商会以外の道具を使ってはならないとか、貴族であれば自分の領地以外の仕事を受けてはいけないなど、色々と制約をつけられることもある。
そういった制約を嫌って、声がかかっても断ってしまう冒険者というのは存在する。
だが、有名になってしまった冒険者だと話は別だ。
50メートル級の魔物を討伐したり、テロ行為阻止の貢献などをすれば一躍有名人となってしまう。
そんな有名人の話を、面白おかしく騒ぎ立てる人種というのはどこにだって存在する。
冒険者といった職業は常に荒事がついて回るもの。
たとえどれだけ厳しく、その場においての最適解であろうと、その判断が大げさに非難されることもあるのだ。
その為、スポンサーが付いているという冒険者は、スポンサーである貴族や商人が信用している証明でもある。
それが大きければ大きな相手であるほど、新聞会社も敵にしたくないだろうし、もし新聞会社のスポンサーも兼用していれば悪く書かれることはないだろう。
つまり、
けれどもつい最近、僕達のスポンサーである先代ヴァルキュリア家当主が亡くなった。
人はいつか死ぬ。こればっかりはしょうがないことだ。こればかりはどうしようもないことだ。
そんな訃報を聞いた際、家を継いだオリビアが『本来であれば契約を続けるのが慣習なのですけど、色々と契約を見直したいので会いに来てちょうだい』と言ってきた。
それを承諾した僕は、冒険者パーティーの代表(とは言っても、僕以外には一人しか居ないが)として、こうして応接室で話し合いをしているわけだ。
……そう、そういった契約の話をしに僕は来たんだ。
そりゃあオリビアだって、先代ご当主が突然に亡くなって大変だったと思う。
彼女からすれば、一冒険者パーティーの支援だなんて必要のない行為かもしれない。
先代当主との価値観の違いだろうし、ここで支援を打ち切っても文句は言えない。
そういうことであれば理解できる。興味のないことのスポンサーだなんて僕だって嫌だしね。
とは言えだ。
どうして隷属だなんて話になる!?
オリビアとは話したかったけど、こんな話をしたかったわけじゃない!
もしかして、先代ご当主の葬儀に来れなかったことを怒っているのか?
いや、前に行けないと通信で報告した際、地理的な問題や魔物の発生規模的に仕方がないと言われた。
前言を撤回するような女性ではない。
では何だ? 何なのだ?
オリビアの方を見れば、僕の顔を見て楽しそうに笑みを浮かべているばかり。
……もしかして、からかってるのかな?
昔からイタズラするのが好きだったし、可能性としては一番高い。
「……いや、待ってよオリビア。それは流石に冗談でも笑えないよ。幼馴染だからって、言って良いことと悪いことがある」
「冗談などではありません。シリウス、これぐらいしないと、こちらとしても採算が取れないのよ」
ぴしゃり、と笑みを浮かべながら僕の言葉を否定するオリビア。
一体何だ。どういうことなんだ?
「一年前に、東部の都市で二〇〇メートル級の魔物が大暴れする大規模災害があったでしょう?」
「……あれは、僕達の力が至らなかった案件だ。力になれずに申し訳ないと思っている」
確かにあった。
僕達は魔物の大群から都市を守る為に奮闘したが、結果は散々なものだった。
町中に侵入を許してしまい、犠牲者も出してしまった。
「シリウス……あなたその時、世界文化遺産を魔物に突き刺したんですって?」
「……はい」
あれは仕方がなかったのだ。
三〇〇メートル級の質量をあそこで使わなければ、二〇〇メートル級の魔物に都市が蹂躙されていた。
だが、それは言い訳だ。
やってしまった事実に変わりはない。
先代当主に報告した際は、『これぐらい大丈夫』と軽く言っていたので重く受け止めなかったのだが……。
「批難するマスコミやら連合やらを封殺する為に、私まで駆り出される始末。お陰で我が家は火の車です。おわかりシリウス?」
「本当に申し訳ありませんでした!」
どうやら僕の想定を遥かに上回る一大事だったらしい。
オリビアに、僕はその場で土下座するしか選択肢が存在しなかった。
けれどもオリビアは、僕の顎にそっと触れて、怒り心頭と言った様子で顔を覗き込んできた。
「謝罪は結構です。人命を救うという点では、シリウス・ウェザーコールドという人間は全力を尽くしました。それは誇りに思いなさい」
……どうやらオリビアは、僕が命を救ったというのに頭を下げたのが、心底気に入らないらしい。
正しいことをしたのであれば胸を張れ――――彼女は昔から、そういう人間だった。
「……ありがとうございます」
「謝礼も結構よシリウス。父が契約通りにあなたの風評被害対策をしただけですので。わかれば席に着きなさい」
「はい」
僕は返事をすると、失礼の無いように席についた。
……素直にお礼を受け取らないのもオリビアらしい。
二年ほど顔を合わせていなかったけど、彼女の素敵な部分は健在のようだ。
「その後もまあ色々とやってくれる始末。正直に言ってしまうと、これに対応できるのは我が家の権威と軍力があってのことでしょう」
「そこで軍力は必要ですか……?」
「すごく必要です」
きっぱりとオリビアは断言する。
そこまで言う程なんだ……。
「とはいえ、正直に言ってしまえば、我が家にもう余裕はありません。だからシリウス、私に隷属してくれないかしら?」
「話が繋がっていないように聞こえるのですが!?」
僕は契約の見直しの為にここに来たというのに、なぜいきなりそんな話に跳躍するのか?
一介の冒険者である僕には、一切理解ができなかった。
「単純な話です。これ以上あなた達の冒険者活動に支援をしても、我がヴァルキュリア家には旨味がありません。かと言ってあなた達を野放しにすれば、たちまち悪い大人たちに骨までしゃぶられるのは目に見えています」
「僕を何だと思ってるんですか?」
「……面倒事焼却炉とか?」
「面倒事焼却炉!?」
僕はそんな言葉初めて聞いたぞ!?
何だそれは!? 取り敢えず面倒事を僕に投げておけばいいや、的なサムシングなのか!?
「冗談ですよシリウス。あなたは大切な幼馴染です。ええ、とても大切な、ね? だからこうして、双方が得になるよう話し合っているんじゃありませんか」
「……そうだね。ありがたい話だ」
顎に手を当ててクスクスと笑うオリビアに、僕は騙されてやるしか無かった。
だってどう考えても、隷属しろというのは僕の得にはならないだろう!?
色々と言いたいことはあったけれど、取り敢えず彼女が何を言おうとしているのかを聞くことにする。
言及などはその後にすればいい。
「そこで私は考えました。『それなら見張れる場所で働かせればいいのでは?』と」
……彼女の元で働いて金を返す、というのはわかる。
けれども、隷属というのはいただけない。
僕らはなりたくて冒険者になった。僕は目的のために地位や名誉が欲しい。相棒は極東大陸制覇の夢がある。
人権をそう簡単に彼女には委ねられないのだ。
「僕らが奴隷ではなく、別の仕事で働いて返すという手段は、何か無いかな?」
「こういう時他の家は、臓器を売らせるのよね」
「それだけは勘弁していただけないでしょうか……!」
冒険者に戻れたとしても、体が資本なのだから臓器なんて売られたらたまったものじゃない。
それなら自分を買い戻せる奴隷扱いのほうがまだマシだ。
「そう。ならこちらの書類はいらないわね」
オリビアはどこからともなく書類を取り出し、
彼女の手の中で燃えている紙の一部には、『臓器』と言った物騒な単語が書かれているのがちらりと見えた。
……その所作が、僕にはわざとらしく映った。
おそらくだが、オリビアは本気で臓器を売らせるつもりはないのだろう。
これで僕に『隷属するしか無い』『こちらの退路は絶たれた』と視覚的に訴えかけているに違いない。
確かに、僕ら庶民がイメージする奴隷というのは、酷い扱いを受けながら仕事をするといったものだ。
だがそれは遥か昔の話で、奴隷の扱いでその所有者の品格を求められる風潮が貴族間では存在する。
わかりやすく言えば、『ペットを大事にしてないやつの人格を信用できる?』という話だ。
この城にも奴隷の従者なんてものがゴロゴロいるが、ちゃんと十分な給料や休みも貰っている。
中には自分を買い戻す者もいるが、僕達の場合は値段がかなり高くなり、苦労することになるだろう。
僕達の価値が高いというわけではなく、簡単に言ってしまえば借金の量が多すぎるのだ。
今回の場合だと、一年前の事件での費用分ぐらいは働かされるのかもしれない。
衣食住などは確保されるだろうが、給料にそんなに多くは期待ができないのが現状だ。
買い戻すのに苦労することは目に見えていた。
その扱い方が多岐に渡るように、隷属すると言ってもその使い方も数多く存在する。
家事だったり警備だったり、単なる力仕事だっていう可能性もある。
僕の場合はそのあたりどうなるのだろうか。
お金を早く稼ぐためにも、ボーナスが出やすい使われ方が望ましい。
「もしも……もしも僕が、隷属することを受け入れた場合、何をすればいいのかな? 24時間護衛するとか?」
「えっ!?」
「え?」
予想外とでもいうかのように動揺するオリビア。
……まさかそこら辺を考えてなかったわけじゃないよね? こんなことを言っておいて、何も考えてないわけないよね!?
驚愕のあまり魔法の制御を誤ったのか、灯していた火が火炎放射器の勢いになっている。
僕は彼女の手を取り、炎を小さくして絡め取る。
「気をつけてね」
「は、はい」
幸い簡単な術式だったので、すぐに鎮火できた。
僕は彼女に火傷が無いのを確認すると、その手の中にある灰を紙に包んで僕のポケットにしまう。
「……手、シリウスに手を握られちゃった……! やったやった……!」
オリビアは顔を赤くして惚けており、手を大切そうに握りしめている。
小声で何かを言っているようだが、小声過ぎて僕にはよく聞こえなかった。
先程の火がよほど暑かったのか、頭の変なところでも熱してしまったのかもしれない。
ちょっと心配だな。
「……大丈夫?」
「べ、別に大丈夫ですけど!?」
彼女の具合を見る為に顔を覗き込もうとすると、オリビアはすぐさま気を取り直した。
この切り替えの速さは見習いたいものだが、後でこの城の侍女に様子を見ておくよう言っておいたほうがいいかもしれない。何か大きな病気にかかっていたら大変だ。
「ま、まあそうですね! シリウスにできることなんてそれぐらいでしょうし? 私に隷属するならば、護衛任務を任せましょうか……ナイスアイディア過ぎるわねこれ」
顎に左手を当てながら、深く思案したように頷くオリビア。
絶対ウソだこれ。別の運用法を考えていたけど、彼女にとっては僕の提案の方が魅力的だったらしい。
「その場合、お給料等はどうなりますか?」
「月給で考えてるけど……これぐらいでどうかしら」
オリビアが紙に書いて僕に金額を提示すると、一流の冒険者が一年働いても手が届かなそうな金額だった。
……こんなに貰えるなら、すぐに借金を返せるのでは?
「ちなみに、僕達が頑張って稼がないといけない金額って……」
「提示した月給の六〇〇倍でいいわ」
「……ろっぴゃく、ばい?」
それはつまり、今回提示されている給料の五〇年分というコトになるわけで。
衣食住は向こうから支給されるとはいえ、それ以外の趣味などに手を出すことを考えると、それでもまだ足りない可能性がある。
「……もう少し、なんとかなったりは――――」
「半年前の事件を収拾させた費用、その月給の五千倍はかかったのだけど?」
「ありがとうございます!!」
僕は相当に恵まれているらしい。
オリビアの英雄的判断に応えられるよう、僕は尽力しなければならない。
……ああ、でも許されるなら、もう一つだけわがままを言ってみよう。
「この借金というのは、僕達冒険者パーティー……つまり、二人分ですか?」
「そうなるわね」
「ああ、ならよかった」
これで倍とか言われたらどうしようも無かったが、それならなんとかなる。
「それなら、彼女の分の借金も僕が請け負います」
「――――はあ!?」
オリビアが大きな声を荒げて驚愕している。
そこまで驚くことじゃないと思う。
世界遺産を魔物にぶつけたのは、僕の判断によるものだ。
彼女には極東大陸制覇の夢がある。僕の判断で、その夢を壊さなくてもいいだろう。
僕が一生を使えば、彼女に迷惑はかからないだろう。
僕も目的のために地位や名誉は欲しかったけれど……他人の迷惑をかけては、目的を達成しても喜べやしない。
「シリウス……あなた、本気のようね」
「はい」
「そう。なら、彼女の意思確認をしてからそうすることにしましょう」
「ありがとうございます」
僕の顔を見て、オリビアは察してくれたらしい。
こういう時、幼馴染だと話が早くて助かる。
「……そういうところ、本当に嫌い」
「え? すいません、今何か……?」
「別に、何でもありません」
顎に片手をあてて、オリビアは不機嫌そうにそっぽを向いた。
「詳細は後で決めていかなければなりませんが――――今日からあなたは、私に隷属してもらいます」
オリビアは不敵な笑みを浮かべて、僕にそう命じた。
……正直に言ってしまえば、オリビアの側にいれることは嬉しかった。
それが奴隷であったとしてもだ。
けれど、僕だって冒険者として、地位とか名誉とかがたくさん欲しい。
それぐらいの実績がなければ、貴族と結婚だなんてできやしないからだ。
僕の冒険者としての先輩も、名を上げて王族と結婚までしたのだ。
だったら、今の僕にだってできると思うじゃないか。
特に――――目の前の公爵令嬢と、とか。
……そうだよ。僕はオリビアのことが好きだ。大好きなんだ。
オリビアのことは決して諦めない。
自分を買い戻すことなんて、僕であればなんとか切り抜けられるだろう。
そう思うことにした。
だけど、今はとりあえず――――
「……かしこまりました。ロード・オリビア」
僕はこの幼馴染に隷属するしかないらしい。
・シリウス・ウェザーコールド
この物語の主人公。
実は今回、オリビアといい雰囲気になれるのではないかと期待していた。
・オリビア・ヴァルキュリア
この物語のヒロイン。
シリウスのことが好きで、もう手放すつもりは毛頭ない。
・先代ヴァルキュリア家当主
シリウス曰く大の恩人。
オリビア曰くクソ野郎。
・相棒
待合室で本を読みながらシリウスを待っている。