一流冒険者の僕が美少女令嬢に隷属することになりまして   作:月崎海舟

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第十話 悪夢の始まる日

 早朝の鍛錬を終えて、僕は大浴場で体を洗っていた。

 周りには同じように鍛錬を終えた者や、仕事終わりの人間で溢れている。

 

 汗は流せる時に流すに限る。突然何か事件が起これば、汗だくのままで出勤しなくちゃいけないしね。

 

 僕が頭を洗っていると、ジョンがメガネを外して僕の隣でシャワーを浴び始めた。

 

「やあジョン。仕事終わり?」

「……いや、休憩がてら汗を流しに来ただけだ」

「大変だね。僕達が遠征している間に、内通者がでてきたんだっけ?」

「配達業者の新人が安置所に貼っている結界の術式をこっそり解析していた上に、逃げ足まで早いと来た。俺がいなかったら逃げられていただろうな」

「さすがジョンだ」

 

 シャワーを止めて、ジョンは頭を洗い出す。

 つられて僕も体を洗うことにした。

 

「そういうお前は?」

「今日は休みを貰ってるんだ。鍛錬を終えた後の朝風呂だよ」

 

 ちなみにカレンは違う。

 今日はマサル卿が来るとか聞いたし、何か粗相をしないか少し心配だけど、超えてはならない一線や常識といったものは弁えている。

 深く考えないほうが互いのためだろう。

 

「はー、昔は風呂が嫌いだったのに、変わるもんだな」

「昔は裸見られるのが嫌だったからね」

「もしかして、まだあるのか? 腰の痣」

「あるんだよなぁ……」

 

 シャワーで髪の毛の泡を洗い流すジョンを尻目に僕は唸った。

 

 そう、僕の腰には奇妙な痣がある。

 孤児院にいた頃は水着が小さかった為に隠しきれず、孤児院の同年代の少年達にからかわれるので、風呂に入るのが嫌いだった。

 

 今となっては腰まで隠せる水着を買えば隠せてしまえるので、風呂に入れる時は入れるようにしている。

 何より冒険者時代は、野宿をするだなんて事もあったものだから、体を清潔にすることのありがたさを叩きつけられた。

 

 以前カレンに見られたこともあるが、「まんま呪いじゃないですか。お祓いに行ってこないとダメでは?」と迷信的なことまで言われる始末。

 検査をしたことはあるが、「蒙古斑の類ですね。付ける薬はありません」で片付けられてしまった。まあ異常がないからいいんだけど。

 

 僕が嫌な顔でもしていたのか、メガネを掛け直したジョンが話題を変えて振ってきた。

 

「そういえばカレンって、休みの日は何をしてるんだ?」

「……んー、部屋をゴロゴロしてるか、ショッピングじゃないかな?」

「お前ら隷属してる身なのに、ショッピングの余裕とかあるのかよ。いや、ちゃんと給料払われてるのは知ってるけどさ。それにしたって自分を買い戻す為に金を貯めないか普通?」

「だからってストレス溜めたら仕事の効率が落ちるしね。お金使って発散できるなら、発散するに越したことはないよ」

「そういうもんか……?」

 

 メガネを掛け直すジョンに、僕はふと疑問が湧いた。

 

「で、なんでカレンの休日の過ごし方なんて聞くのさ」

「……きょ、興味本位」

 

 どこか恥ずかしそうに言うジョン。

 ……ははーん、さてはこれは、あれだな?

 『れ』で始まって、『い』で終わるあれだな?

 

「そうか……カレンにも、ようやく春が来たのか……」

「おいお前、壮絶な勘違いをしているな???」

「いやあ、初めて会った時はスク水で徘徊してたんだけど、ジョンのハートを射止めるまでに成長して嬉しいよ」

「どんな出会いだよそれは!? それに違うと言ってるだろうが!」

「ボゴボゴボゴボゴ!?」

 

 シャワーを僕の顔にぶっかけて否定してくるジョン。

 僕はまだ体を洗ってる最中なんだから辞めて欲しい。

 

「ぷはぁ! じゃあ何だっていうのさ」

 

 シャワーの柄を払い再度ジョンに問いかけると、非常に気まずそうに言葉を絞り出した。

 

「…………まだ、謝れてなくて」

「嘘でしょ???」

 

 ジョンがカレンに謝ることなんて、狂戦士化(バーサクモード)で襲いかかったことぐらいしか無い。

 むしろそれ以外にジョンが謝ろうとしていることは、何一つとしてないのだ。

 

「え? そんなことある? かれこれ二週間ぐらい経ってないかあれから!?」

「アイツ移動する時瞬間移動だし、仕事してると合わないし喋れる空気じゃなかったり、こう、ズルズルと……」

 

 あー……確かにカレンは、建物の構造や地理を把握すると、瞬間移動で移動してしまう。

 何回もこなすことにより、瞬間移動の精度が上がる気がするとはカレン談。

 

 確かに我力天成(アブソリュート・ワン)は使用頻度が上がれば使いこなしやすくなるけど、だからといってカレンは使いすぎな気もする。

 

「じゃあ今度、僕の方からジョンに言いたいことがあるらしいよって言っておくよ」

「助かる……」

 

 ジョンはホッとしたような表情を浮かべて、体を洗い出した。

 つられて、僕も自分の体を洗うのを再開する。

 

 さて、ジョンの悩みは解決したようで何よりだし、僕の悩みも聞いてもらおうかな。

 

「代わりと言っては何なんだけど、ジョンは女性が好みそうな物を売っている店を知ってる?」

 

 ヴァルキュリア城の城下町は、僕の馴染みの町だ。

 でも、女性に贈り物をするのに最適な店はどこかと聞かれれば、どこにあるのかさっぱりだった。

 昔はそんなお店に興味もなかったからね僕。

 

「唐突にどうした」

 

 急な話の変わりように、訝しむように僕を見るジョン。

 

「どうもオリビアの元気が最近無いから、何かプレゼントしたいんだよね」

「最近のオリビア様が欲しそうなものねえ……こいつ以外だと何がある?

 

 ぽつりと聞き取れない声で呟きながら、ジョンは思案してくれた。

 僕の悩みに真摯に聞いてくれるのはジョンの長所の一つだと思うよ。

 

「……オリビア様は、大抵のものなら持ってるんじゃないか?」

「それはそうかもしれないけど、気持ちのこもったプレゼントなら喜んでくれるんじゃないかなって思うんだ」

 

 見ず知らずの人間に渡されるプレゼントはさておき、仲のいい幼馴染の僕のプレゼントなら喜んでくれるだろう。

 吟遊詩人(アイドル)冒険者(スター)が、顔見知りのファンにプレゼントを送られたら嬉しいしね。

 

「お前、随分とロマンチストだったんだな……」

「そのセリフ、僕もよく言うよ」

「そこは言われるだろうが」

 

 ため息をつかれたが、ジョンはしょうがないと言った様子でおすすめの店を紹介してくれた。

 

「ありがとう。助かったよ」

「俺も頼んでる身だしな。俺の謝罪の件の都合を付けてくれればこれぐらいどうってことはない」

「え? 僕に何か謝れるようなことしたの?」

 

 ジョンの言葉に、僕は何もわかりませんと言った様子で答える。

 

「違うわ! お前わざと言ってるだろその顔!?」

「ハハハ! 正解!」

「この野郎!」

 

 この後、シャワーの掛け合いっこをして、古株の騎士団長にめちゃくちゃ叱られた。

 

 

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 

 反省文を書いた後、いつもの黒いYシャツに白いコートを基本とした服に着替え、城の廊下を歩いていた。

 朝日が昇り始めているが、どうも嫌な予感がする。多分オリビア辺りが悪夢でも見ているに違いない。

 というわけで、僕はオリビアの寝室に向かっていた。

 

「おや、シリウス君。今日はお休みじゃありませんでしたっけ?」

 

 そう僕の背後から声をかけてきたのは、ピンク色のパジャマ姿のオリビアだった。

 

「カレンの方こそ、なんて格好で城の中を出歩いてるのさ?」

「瞬間移動や空間把握能力があるんで、この程度の格好で襲ってくるやつからは逃げるのは楽勝です!」

 

 そんな心配は鼻からしていない。僕が問題視しているのは、あくまで風紀的な問題である。

 まあそれを言ってもカレンははぐらかしそうだし、ここは彼女の話に乗るとしよう。

 

「それはそうなんだけど、カレンは自分が美人だって自覚を持ったほうがいいと思う」

「シリウス君ぐらいのナルシストになるのはゴメンなので……」

「僕、そんなナルシストな所ある???」

 

 客観的に顔がいい自覚があるだけで、そこまで言われるほど自愛をしている自覚はないぞ。

 

「で、シリウス君は何をしてるんですか? こっちはオリビアさんの寝室ですよ」

「愛の力でオリビアが悪夢を見てると察知したんだ」

「シンプルに気持ち悪いので辞めてくれませんかそれ???」

「他に例えようがないじゃないか」

「第六感でよくないですかね。昔から人のピンチに察知し慣れてますし」

「愛の力の方がロマンあるじゃないか」

「そんな気持ち悪いロマンはいらないんですよね。オリビアさんも普通にドン引きすると思いますよ?」

 

 ……今後は、第六感って言おうかな。

 僕が反省している様子を察したのか、カレンは話を進めてくる。

 

「で、オリビアさんが悪夢を見てるんでしたっけ? 一応私が様子を見に行きますよ。今日私は仕事ある日ですし」

「え、僕が行きたいんだけど」

「年頃の女性の寝室に勝手に入る男は気持ち悪いと思うんですよ」

「…………」

 

 ド直球な正論に、我欲で動いていた僕は何も言えなかった。

 

「……じゃあ、カレン。お願い」

「相棒。それでいいのです相棒」

 

 魘されているであろうオリビアのことはカレンに任せ、僕は城下町まで降りることにした。

 

 

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 

 これは夢だ。

 

 それだけははっきりと分かった。

 だってそうでしょう?

 

 結婚式で使うような教会の前で、見知った二人――――タキシードを着たシリウスとウェディングドレスを着たカレンが、二人睦まじく階段から降りてくる光景。

 

「シリウス君と!」

「カレンは!」

「「結婚しま~す!!」」

 

 高身長な二人は、恐ろしいほどに絵になっていて。

 それを見れば、誰もがお似合いの夫婦だと嘯くことでしょう。

 

 ……ああ、本当嫌になる。

 

 私はあそこまで綺麗にシリウスの隣には立てないでしょう。

 方や一八五センチ、方や一七七センチ。

 ヒールも履けば、いとも簡単に一八〇センチに届く。

 

 対して私は、厚底ブーツを履いても20センチの差があるし、それも無ければ39センチの差がある。

 なんて惨めなちんちくりん。

 

 これを悪夢と言わずに何というのか。

 

 夢の中の私は、何も言えなかったし何もできなかった。

 現実で起こったとしても、私にはこうして見届けることしかできないのだと思う。

 

 シリウスが私の手から出ていってしまったら、私にはどうしようもできない。

 だから私は、シリウスを自分の手に収めるように、視力を尽くさなければならないのだ。

 

 視界が真っ黒に染まる。

 まるで私の心のゴミ箱のよう。

 

 そこから、何かを模した虚像が私に這い寄る。

 

 ――――それがどれだけ傲慢なのかわかっているのか?

 

 傲慢で結構。

 もう決めたことです。

 

 ――――その体を使えば、いともたやすく手に入れられるだろうに。

 

 クソ親父(お前)のような我欲の塊とは違う。

 

 ――――私と何が違う?

 

 私の行動には愛があります。

 あなたにはそれがなかった。

 

 シリウスのことは、私が必ず守ってみせる。

 それこそが、ヴァルキュリア家の――――

 

 

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 

「――――真の使命!」

 

 そこで、私は目を覚ました。

 体を起こして辺りを見回せば、確かに私の寝室。

 そしてそこには、いつもの格好をしたカレンが、お茶を持ってきている姿もある。

 

「あ、起きましたか? 魘されてたみたいですけど、どんな夢を見たんです?」

「……別に、なんでも無いわ」

「――――真の使命! キリッ

 

 一瞬、本気で殺意が湧いた。

 

「……私、どこまで言ってたのかしら?」

「私が聞いたのはそれぐらいですけど?」

「そう……」

 

 それなら、()()()()()()()()()()()

 

 カレンから差し出されたお茶を手に取り、カラカラな喉を潤す為に流し込んだ。

 最近、こんな日ばっかりな気がする。

 

「……シリウスは?」

「シリウス君なら、今日は休日なのでお出かけしてますよ」

「そう……」

 

 ここ二週間、起きればシリウスがいたから感覚が麻痺していた。

 

 どうせなら借金でも作ってきてくれないかしら。

 そうすれば私が支払って、どんどんシリウスが私から離れなくなるのに。

 

 ……ああ、ダメね。思考が短絡的過ぎる。

 最近、自分の中の衝動が抑えきれない気さえする。

 

 シリウスの人権はこの手の中にあるというのに、それでも私の心の乾きが潤うことはない。

 

 いえ、別に私のことなんてどうだっていいでしょう?

 愛しのシリウスさえ無事なら、それで私は構わないのだから。

 

「オリビアさんオリビアさん」

「あら、何かしら?」

 

 何か訪ねてきそうないつものカレンに、いつものように対応する。

 

 

 

 

 

「なんでシリウス君と結ばれようとしてないんですか?」

 

 

 

 

 

 突然()()()()()()、私はいつものような笑顔を浮かべられていたかのか、確信が持てなかった。

 

「何を、言って」

「だってそうじゃないですか。奴隷でも雇い主と結婚してるパターンはあります。なんでそれをしないんですか?」

 

 あれだけお茶を飲んだのに、声がうまく出ない。

 対してカレンは、いつものように弾むような口調で私に問いかけてくる。

 

「だから、それは、信頼関係を、気づく為に」

「信頼関係を築きたければ、隷属だなんて方法は悪手にも程があります。常識的に考えて」

 

 ああ、これは。

 

「それしか、方法が」

「ここ二週間程あなたを見てきましたが、常識的な判断力はありました。なぜこんな逸脱した方法を取るんですかね?」

 

 私が怯えているのか。

 

「最初はサイコパスかな? とかも考えたんです。でもあなたは、怯えている子供にしか見えなかった」

 

 今にも、私の中身を暴かれそうだから。

 

「それって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ――――今、なんて言った?

 

「どうして、それを」

「え? そりゃあ知ってますよ。東の都じゃ、英雄渡辺の銅像があるくらいですからね!」

 

 嘘だ。

 

 あの英雄渡辺の像は千年前に崩れてしまい、当時の芸術家がそれをなんとか修復したものだ。

 その為、本物の英雄渡辺とも、シリウスともかけ離れてしまっている。

 

 故に、英雄渡辺の本当の顔を知っているのは、ヴァルキュリア家とそれが許した特例のみ。

 そして私は、カレンには閲覧を許してはいない。

 

 なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……どこまで知っているの、あなたは?」

「私はシリウス君の相棒ですよ? それぐらい知ってますとも!」

 

 これも嘘。

 

 それは、シリウスでさえ知らない真実だ。

 

「……何が目的なのかしら?」

 

 探り合いがまどろっこしくなった私は、シンプルに問いかける。

 

「何か誤解してますけど、私はシリウス君のことを知りたいだけですよ!?」

 

 純粋な好奇心だなんて、今のカレンを見たら口が裂けても言えないだろう。

 

 その目に宿っているのは執念。

 私やクソ親父と同じ、何か目的を持って行動している人間の目だ。

 

「だったら、なぜそんな私に警戒されることを言うのかしら?」

「信頼関係を結ぶためですよ。カレンさんも私のことを結構信用してくれてるようですし、こちらもそれに応えなければならないと思っただけです」

 

 彼女の所作から、恐らく嘘の発言ではないと思われる。

 ……普段の所作が、騙し合いを想定しているのであれば別だけれど。

 

「そんなことを思ったことはないのだけど?」

「ドイヒー!?」

 

 私のは嘘だ。

 警戒している今になってわかったが、私は大分カレンのことを信用していたらしい。

 こんなことを打ち明けられて、裏切られたと思っているくらいには。

 

「いいかしらカレン」

「何でしょう?」

「あなたが何を考えているか知らないけれど、これ以上踏み込むようならあなたを殺すわ」

 

 これ以上知られたのであれば、国命を以てカレンを消さなければならない。

 それだけはしたくない。したいけど、絶対にしたくない。

 

 だって、シリウスが悲しむから。

 

 本当、ただの好奇心であれば、それに越したことはない。

 

「アッハイ、わかりました」

「あら、随分と素直ね」

「いつもこんな感じだと思いますけど!?」

「……それもそうね」

 

 いつもの空気が戻ってきて、少し安心している私がいる。

 

 彼女の隠している一端を私に見せてきたのは、本当に私を信頼しているからだと思ってもいいのかも知れない。

 でなければ、私に隷属している彼女が、そんな情報を開示する理由がない。

 

 奴隷は気分で殺しても、法的には何も問題ないのだから。

 

「今日はマサル卿と会談があるの。あまりその口は動かさないように」

「なんか冷たくなってません???」

「いつも通りよ」

 

 もし、シリウスを裏切るなら、ヴァルキュリア家に敵対するなら、それが判明した時に私が殺せばいい。

 それで、全ては解決する。

 

 自分にそう言い聞かせながら、久しぶりに自分で厚底ブーツを履いた。

 




・英雄渡辺
 二千年前に邪悪なる神々を討滅した半人半神の大英雄。
 魔法がなかった時代に魔法を行使し、人類滅亡の危機を救った。
 教皇ヤルダバオトとは生前に面識があるというのが、最近の学会の主な説である。

 その遺体は、現在ヴァルキュリア家当主が『聖なる遺体』として保管している。
 英雄に安らかな眠りあれ、と。
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