一流冒険者の僕が美少女令嬢に隷属することになりまして   作:月崎海舟

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第十一話 悪夢の大行進

 最低限の調度品が揃えられている待合室。

 私はその席で、テーブルを挟み一人の男と向かい合っていた。

 

 黒い髪に青い瞳で私のことを見据える、マサル・アルベルト卿の姿があった。

 その背後には護衛である赤と青の騎士が二人佇んでおり、私の後ろにも、護衛であるカレンとメイドのシャーロットが私の席の後ろで控えている。

 

「マサル卿のご活躍の程はかねがね。咎人の健康さえ気遣うその良心、感服いたします」

「いえ、オリビア様に比べれば、自分の活動などそんな大層なことではありませんよ」

「なんならドクターマサルとお呼びしたほうがいいかしら?」

「そんな滅相もない。自分はただの伯爵ですよ」

 

 そう言うと、マサル卿は苦笑いを浮かべた。

 伯爵とはいえ、医師免許を持てるほど精通しているのは素直にすごいと思うのだけど、この男はそれを謙遜しがちな傾向にある。

 飾らない態度はいいですけど、もうちょっと自信を持ってもバチは当たらないと思うわ。

 

「それで、刑務所の環境改善活動の方はどうなのかしら」

「どの領主も罪人を軽視する傾向があるので、意識改革から始めて言ったほうが早いかも知れませんね」

 

 終末教過激派シンパのように、一つの領を攻め落とそうと画策しようとする集団は稀だ。

 だが、それでも罪なき無辜の民を殺してしまう者や、法を犯してしまうという者は存在する。

 

 殺人が許可されるような事態ではなく、自分の損得の為に明確な意思を以て人を殺すのであれば死刑で問題ない。

 だが事故によって殺めてしまった場合、出頭の意思が認められた場合などは、罪を償う為に刑務所で過ごすこととなる。

 

 そんな刑務所をマサル・アルベルト伯爵は家督を継ぐまで医者として渡り歩き、心と体に傷のある罪人達と向き合い見聞きしてきた。

 その結果、『罪人が刑を執行する場所と考えても環境が劣悪過ぎる』と提唱し、各地の刑務所の環境改善をマサル伯爵は訴えているのだ。

 

「今日はその為の金融のご相談かしら?」

「……いえ、まあ、それもあるんですが……まずは別の話をしたいなぁ、と思いまして」

 

 私がまっすぐと見つめると、慌ててマサル伯爵は目をそらしてしまった。

 

 ちなみに、マサル伯爵はその活動をするために、クソ親父が当主をしている時に多額の借金をしている。

 返済は滞りなく進んでおり、私は追加でお金を貸しても問題ないと思っている位の信頼はあったのだけど……どうやら違うらしいわね。

 

「別件? 一体何のことかしら」

「先日の終末教過激派のシンパの一斉根絶の件です。これを見て下さい」

 

 マサル伯爵は一束の資料を取り出すと、私に見せてきた。

 軽く目を通した限り、この間討伐した終末教過激派シンパが売買していた武器や売買の記録をまとめた際の資料らしい。

 

「これ、あなたの領地だけの資料でしょう? それだけにしては明らかに多いわね」

「それだけじゃないんです。うちの騎士団が押収した武器が、明らかに少ないんです」

「少ない?」

「もうどこかに運ばれている可能性があります」

「……なるほどね」

 

 マサル伯爵の言葉に、私は顎に手を当てて思案する。

 

 実は他の領主からも、通信で似たような報告をされていた。

 集会場に在る資料と照らし合わせると、武器が足りない、人材が足りない、魔物が足りない……。

 

 ここまで報告が多ければ、既に私の領地に終末教過激派シンパの魔の手が伸びているのと言うことに他ならない。

 

 ……まあ、それはいい。よくないけれどまあいい。

 今ここで問題なのは、他の領主と同様に通信を使って報告をすればいいことを、なぜ態々私に会って話すかということだ。

 

 それはつまり、通信に載せたくない話があるのではないか?

 

 私は動揺する心臓を押さえつけながら、冷静さを装いマサル伯爵に話しかける。

 

「実はもう一つ、見てもらいたいものがあるのです」

 

 赤の騎士にマサル伯爵が目配せをすると、布を被せてある板のようなものを取り出させる。

 それをマサル伯爵が手に取ると、ゆっくりと布をめくった。

 

 そこには――――まっさらな姿でシャワーを浴び、窓から覗く赤い空を見上げる筋肉隆々な男の絵画だった。

 

「あら、これは……」

 

 私はこの絵画を知っている。

 表情筋は冷静さを保っているが、内心は興奮で今にも飛び上がってしまいそうな気持ちでいっぱいだった。

 

「誰の絵ですかねこれ?」

「英雄渡辺を描いた絵よ」

「えー……?」

 

 カレンが怪訝な表情で絵画を見つめる。

 まあそれも無理はないでしょう。顔とか全然似てないし。

 

 聖書には英雄渡辺の顔など描写されていないのだから、画家は想像で顔を描くしか無いのだ。

 本来であればアトリビュート……つまりは、英雄渡辺とわかるようなシンボル的な服装や持ち物でわかりやすくするのだが、この絵画は裸体なのでそれが少ない。

 

「それならおかしいじゃないですか。腰の傷がありませんよ?」

 

 確かに英雄渡辺の裸体であれば、その腰に傷があったほうがアトリビュートとしてはわかりやすいのだろう。

 しかし、これにはきちんとした理由がある。

 

「英雄渡辺の腰に傷があるのは、最後の魔神との戦いで付けられたものでしょう? これはそれより前の時系列の描写から描かれたものなのよ」

「あ、元ネタがあるんですかこれ。それってなんですかね?」

 

 カレンがわからないと言いたげに首を傾げる。

 聖書だけ読んでいても、わからないのは無理はない。

 

 なんと言おうかと言いよどんでいると、マサル伯爵が喜々として語りだした。

 

「聖書にはこうあります。『英雄渡辺が友人の見舞いを終えて、その汗を流していると、空が赤く包まれた。不思議そうに英雄渡辺が見上げれば、それは神々が人類に襲撃をした合図であった』と!」

「そこ!? そんな特に意味も教えもない一文を絵画にします!?」

「芸術家はいつだって、裸体を描くチャンスを狙っているんだ。彼らは変態だからね

「古今東西の芸術家に謝ったほうが良くないですか!?」

 

 マサル伯爵の言動に踊らされているカレン。

 でも、私もその見解に大方賛成だ。

 

 いつの時代だって、性的な物をそのまま出力されることははばかられる。

 その為に芸術家達は、建前を用意してその裸体を描くのだ。

 

 ――――これは魔物だからセーフです。

 ――――聖書の一節を表現したものなのでなんらえっちではありません。

 ――――ちゃんと聖書の行間を読み解いたものです。えっちに見えるのは考察が足りてないのでは?

 

 彼らは自分が裸体を表現がしたいがために、饒舌になって芸術を説いたのだ。

 

「芸術家は如何わしいものではなく、もっと美しいものを追い求めるべきではないでしょうか!?」

 

 カレンにはそれが分からないらしく、純粋無垢な自分の理想論を力説している。

 いや、まあそういう芸術もあるにはあるけど、これは絶対変態に分類される芸術家が描いたものだから、私はそれに賛同してあげることはできなかった。

 

 後でちゃんと教えてあげるから。本当、ごめんなさい。

 

「この道化、リアクションがいいですね……」

「道化ではありませんが!?」

「ハハッ、ナイスジョーク」

 

 道化と間違われているけど、マサル伯爵は特に気分を害されている様子はなかった。

 

 違うんですその子は護衛任務を請け負っている奴隷であって、道化ではないんです。

 どちらかといえば私も道化とか芸人だとは思うのですが、その子はちょっと前までは一流冒険者をしていたんです。

 

 でも『道化ではないのならこの子失礼すぎでは?』と言われるのも嫌なので、私はそっと口を閉ざす。

 貴族社会はマウントを取られたら終わりだ。ましてや爵位の低いものにマウントを取られたら一族の恥である。

 

 カレンと一緒に来たシリウスが、私との交渉の場にこの子を呼ばない理由が、少しわかった気がした。

 さすがにお客様に失礼過ぎるわ。後でちょっと叱っておかなきゃダメねこれ。

 

「それで、この『渡辺のシャワー』が何なのかしら?」

 

 タイトル直球過ぎません? とカレンが目で訴えているけれど、口には出していなかった。偉いわ。

 

「ほほう、話の邪魔はしない……いい買い物をしましたねオリビア様」

「……ええ、まあ」

 

 どうしよう。マサル伯爵にそう言われると、カレンが道化だった気もしてきた……。

 内心混乱していると、おずおずとマサル伯爵が申し出てくる。

 

「それで本題なのですが……こちらの絵画、オリビア様に買い取っていただきたいのです」

「確かこちらは、アルベルト伯爵家の家宝と伺っていたのだけど……そこまでお金の余裕無いのね」

「はい……」

 

 これ一枚でも展示会を開いてしまえば、見に来る客は山のように来るに違いない。

 だが、それでもコストの問題もあるだろうし、時間もかかる。そして盗難防止などの問題も在るだろう。

 

 何よりこんな価値の在る物を売りたいだなんて、早急にお金が必要に違いない。

 監獄の環境改善運動にコストをかけすぎてしまったのでしょう。

 

 そこまで困窮してしまった理由を問い正すべきなのでしょうけど、正直欲しい。とても欲しい。

 さっきまで態々私に会いに来たことを疑問に思っていたけれど、これを通信で商談を行うのは怖いのはよく分かるので、すっかり警戒心を解いていた。

 

「ご歓談中に失礼します!」

 

 そこへ、一人の兵士が急いで部屋に入ってきた。

 表情から察するに、余程の緊急事態らしいことがわかる。

 

「何事かしら?」

「実は――――」

 

 私は報告を聞いて、頬が引きつってしまうのを止められなかった。

 

 先程話していた終末教過激派シンパが、動き出したのだから。

 

 

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 

 ヴァルキュリア領の城下町、その中でも人通りが多い道を、僕ことシリウス・ウェザーコールドは歩いていた。

 人々は活気にあふれており、商売に精を出すものもいれば、商品を買取り楽しむものもいる。

 

 あまりに当たり前で、昔からよく見る光景だけれど、領民達の日常に不自由がないように仕事をしているのがヴァルキュリア家の領主だ。

 こうしてみると、先代のご領主から受け継いだオリビアのがんばりが見えてくるような気がする。

 

 経済学や領主の仕事に関しては不勉強な僕だけれど、これがどれだけ難しいことかはよく知っていた。

 ある領では領主が民に不満を保たれていたり、作物が不作で冬を越せなさそうになったり、魔物の被害に対して全てが冒険者頼りだったりと、全てが上手くいっているという場所は多くはない。

 

 けれど、ヴァルキュリア領ではそれらは全てうまくいっているように見えるし、何より商売や娯楽などの文化も盛んだ。

 この数日間、オリビアの隣で仕事を見てきたけれど、その仕事の量は凄まじいとしか言いようがない。

 

 城下町だけでなく、収めている領地も広くて大変だろうに、オリビアは顔色一つ変えずにがんばっている。

 ……ああ、いや。つい先日、終末教過激派シンパ達を掃討する際には、大分情緒が不安定だった。

 

 そう、僕はがんばっているオリビアの為にも、何か喜んでくれそうな物を探しに町に繰り出しているのだ。

 僕が甘やかしてあげるだけにも限度はあるし、何としてでも今日中に探し当てたいところだ。

 

 人間、贈り物を貰えば元気が出るからね。

 趣味とかもわかってるし、僕ならオリビアが喜んでくれそうなプレゼントも見つけられるはずだ。

 

 とりあえず僕は、ジョンに教えてもらった店に立ち寄ることにした。

 

 店の中はどこか黄色を連想させるような基調が施されており、商品棚にはアクセサリーが飾られている。

 客を見れば、半分以上がカップルで構成されているように見えた。

 

 ……アクセサリーショップとは聞いていたけど、カップルが多いとは聞いてないぞジョン。

 

 アクセサリーをじっくりと見れば、同じものは一、二個しか並んでいない。

 なるほど、この世に一つしか無い物をプレゼントしたり、この世に二つしか無い物をカップルでペアルックにしたりするのか。

 その分アイディアが枯渇しないか心配だが、それでうまくやっているのだから問題ないのだろう。

 

 ブラブラと店内を回り、良さげなものがないかを探す。

 花系統の造形は花言葉とかが怖い。造花で花言葉が違ったりしてカレンにとんだ勘違いをされたことが在る。

 ハートの造形は流石に露骨だしな……いや、それぐらいやらないとダメか?

 

 一つ一つ悩みながら見ていくと、青と黒に彩られた蝶の髪飾りを一つ見つけた。

 羽を閉じているところからして、花に留まっている様子を造形したものなのだろう。

 

 色合いや模様からして、モデルはユリシス――――オオルリアゲハに違いない。

 確か何千年も前に絶滅した種だったはずだ。その為なのかはわからないが、幸運のシンボルだとされている。

 前にそんな話をしていた依頼人の貴族がおり、それを僕はなんとなく覚えていた。

 

 金髪に青い蝶の髪飾り。いつも付けてる赤いカチューシャがあったとしても、オリビアには似合いそうだなと直感する。

 造形も細かいし、羽も閉じているのだから「羽が開いて止まってる(ちょう)……それはもう()じゃないかしら?」と言われる心配もない。

 割と値段が張っているが、一点物ならそうなるのも理解できた。

 

 僕は青い蝶の髪飾りを手に取り、レジまで運ぶ。

 

「こちらの青い蝶の髪飾りを一つ下さい」

「かしこまりました」

 

 滞りなく支払いは進み、ラッピングしてもらう。

 渡すのが楽しみだな、と思いながら品物を受け取ろうとする――――と、どこからともなく、子供と店員の声が聞こえてきた。

 

「店員さん、青いチョウチョの髪飾り知りませんか?」

「あー、ここになければもう買われちゃったかな」

「えー!?」

 

 ……青い蝶の髪飾り、僕が買ったこれしか該当物が無かったな。

 僕は一瞬躊躇ったが、これを知ったら「あら? シリウスはそんなに器量の小さな男だったのかしら?」とオリビアが言うに違いないと確信し、僕は買った商品を手に子供の方に歩み寄った。

 

「どうしよう……お母さんにプレゼントしたかったのに」

 

 見ればまだ十歳にも満たない少年が、今にも泣きそうになっている。

 こんなに値が張った代物を買うために、この少年がどれだけがんばったのかは知らないが、並大抵の努力ではないだろうということだけはなんとなく推測できた。

 

「あー……少年、ちょっといいかな?」

「何だよおっさん」

 

 少年が冷たく言い放つ。

 

 え? 僕ってば十七歳に見えない……?

 いつのまにか、アダルティな魅力をいつの間にか身につけてしまっていたらしい。照れるな。

 

 浮かれるのは心の中にだけに留めて、会話を続けることにした。

 

「実はおじさん、欲しい商品と間違えて青い蝶の髪飾りを買っちゃってね。よければ貰ってくれない?」

「いいんですかお兄さん!?」

 

 まいったな……どうやらこの少年の目には、僕がフレッシュさとアダルティな魅力が詰まった男に見えているらしい。

 

「いいのいいの。はいこれ」

「ありがとうございます!」

 

 少年は礼儀正しくお辞儀をすると、僕はラッピングされたそれを渡す。

 嬉しそうに僕に頭を下げると、少年は小走りで店から出ていってしまった。

 怒られないぐらいの速度を見極めている……中々のやり手だな、あの少年。

 

 僕が関心しながら少年の後ろ姿を眺めていると、少年に対応していた店員が頭を下げてきた。

 

「……本当に申し訳ありませんお客様。この御礼は――――」

「いえ、好きでやったことですから、店員さんが謝ることじゃありませんよ」

 

 僕はそれだけ言うと、オリビアに似合うアクセサリーを探そうと、店内を歩きだした。

 その時だった。

 

 店の外から、ドォン! と轟音が鳴り響いたのだ。

 

「――――ッ」

 

 僕が慌てて店の外に出ると、人々が逃げ惑うさまが目に映る。

 

 その次に目に入ってきたのは、――――全長一〇メートルはある魔物の姿だった。

 

 大まかな形は人のそれに似ているが、全身には赤い鱗が生え揃っており、長い尻尾が生えている。

 その顔には髭のような触手が生え揃っており、それが普通の巨人で無いことを表現していた。

 

 間違いない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()――――怪巨人だ。

 

「あ……あぁ……!」

 

 足元を見れば、先程の少年が腰を抜かしてへたれこんでしまっている。

 恐らく、肉が膨らみ魔物になってしまった様を目の前で見てしまったに違いない。

 そんな物を子供が見れば、怖くて何もできなくなってしまうのもしょうがないだろう。

 

 怪巨人が動き出す前にその足元に潜り込むと、すぐさま少年を左手で確保して距離を取る。

 距離にすれば百メートル。巨人であれば数歩で詰められる距離だが、その前に潰すことは決定している。

 

 案の定、こちらに気がついたのか怪巨人はすぐさま僕達の方へ一歩踏み出した。

 

「少年、目を瞑っているんだよ」

「う、うん」

 

 少年に忠告すると、僕は袖から弓と矢を取り出してすぐさま山なりに矢を飛ばす。

 火力でいれば、確かに火薬を使った兵器のほうが凄まじいだろう。だが、僕の我力天成(アブソリュート・ワン)である『伸縮自在(アトミックディスタンス)』と組み合わせれば、こういうこともできる。

 

 放たれた矢は、空中で巨大化し――――そのまま真っすぐ、真下にいる怪巨人を串刺しにした。

 矢の先端は地面に突き刺さっており、怪巨人はその場から一歩も動けなくなってしまう。

 

ぎゃあああああああああああああ――――!!」

 

 断末魔をあげて手足を動かすが、地面に串刺しにされていてはどうにもならなかった。更には素粒子の間をマナで補っているため、質量的にも並の魔物では壊せはしない。

 その姿は、切り取ったタコの足が動いているのを連想させる。

 

 矢はみるみる巨大化し、怪巨人の身体をあっという間に真っ二つに裂いた。

 火薬兵器であればもっと火力をあげられるんだろうけど、それでは被害が町の地面には収まらないだろう。

 

 この怪巨人を早期発見できて助かった。時間を与えれば我力天成(アブソリュート・ワン)も使いだし、大災害になってしまうところだ。

 

 少年と一緒に物陰にまで移動すると、僕はようやく少年に声をかけた。

 

「もう目を開けて大丈夫だよ」

 

 少年は目を開けると、すぐさま辺りを見回す。

 だがここは物陰。あんなグロテスクな産物が視界に入ることはない。

 

「あの魔物は? お兄さんがやっつけたの?」

「そうだよ。もう大丈夫……とは言えないから、すぐさま避難場所まで向かうんだ。ご家族と合流する避難場所は決めてあるかな?」

「うん」

「そっか。場所はちゃんと覚えてる?」

「うん、覚えてる」

「偉いね。それなら急いでそこまで逃げるんだ。大人の人が出てもいいと言うまで、絶対に避難場所から出ちゃダメだからね」

 

 言いながら僕達は裏路地を歩き、さっきの店があった通りとは別の通りに出る。

 先程の轟音で、何か事件が起きたのは察したのだろう。皆安全な場所まで逃げ出しているところだった。

 

「ここからでも避難場所までの行き方はわかる?」

「うん。わかる」

「さすがだ。じゃあ大人の人に蹴られないよう、十分気をつけて避難するんだよ」

「あの……これ、お礼」

 

 少年は何か言いよどみながら、先程プレゼントしてあげた青い蝶の髪飾りを僕に差し出す。

 

「子供が気を使わない。大人が子供を守るのに、お礼なんていらないよ。それはお母さんにプレゼントして、励ましてあげてね」

「……わかった」

 

 少年は力強く頷いた。

 

「よし。じゃあ避難だ。気をつけるんだよ」

 

 僕は少年の頭を撫でて、避難所に向かい出したのを見届けると、すぐさま着た道を戻る。

 

 その最中、僕は一つ引っかかっていた。

 

 誰が人を魔物に、怪巨人に変えてしまったのか。

 一年前に犯人に遭遇し、僕がとうの昔に燃やしたはずだが……まさか、生きてる?

 あんなことをできる方法が我力天成(アブソリュート・ワン)以外にあって欲しくないが、遺体を偽装されて生き延びたと考えるのはあまりに恐ろしかった。

 

 真っ二つになった怪巨人のところへ戻ると、既にヴァルキュリア家の騎士や兵士が十数名集まっていた。

 まだ発生から五分と経っていないと言うのに、優秀な兵士達で感心する。

 傍にはドラゴンが何匹かいたので、それに乗って現場まで急行してきたモノもいるのだろう。

 

「すいません。その魔物は僕が倒しました」

 

 と言いながら、騎士達に走り寄っていく。

 

「でしょうね。シリウスさんじゃなかったら逆に怖いですよこれ」

 

 どこか呆れたように、騎士の一人が言った。

 確かに物を大きくしたり小さくしたりだなんてするのは、僕ぐらいしかいないけど、別に彼らだって僕と同じく迅速に対処はできる。

 

「この魔物、元は人間です。恐らくですが、人を魔物にする手段を持つ人間が潜伏している可能性があります」

「なんだって!?」

「一年前――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、終末教の幹部でした」

 

 僕がそう言うと、騎士達は顔を暗くする。

 

「……戻す方法は?」

「現在解明されていないので、討伐するしか有りません。あの魔物――――怪巨人に時間を与えてしまえば、我力天成(アブソリュート・ワン)を使って暴れだすので、早急に討伐するしかありません」

 

 騎士達が憂鬱そうな面持ちで顔を伏せる。

 それもそうだろう。自分達が守る為の人々が魔物になってしまい、それを討伐するしかないのは、

 

「それで、そいつの名前と特徴は?」

 

 だが、リーダーであろう騎士が気まずい空気を払拭し、僕に問いかけてきた。

 もちろん隠す理由はないので、正直に答える。

 

「やつの名前はミスターアフロマン。巨大なアフロのピエロです

「「「なんて???」」」

 

「その遺体はもう燃やしたはずなんですが……一応参考までに」

 

 僕は懐から現像した写真を二枚程取り出す。

 そこには、緑色のアフロを頭にし、ピエロの仮面を被った燕尾服の男の姿が映し出されていた。

 もう一枚には、仮面を外したアフロピエロの姿が映し出されており、その顔は僕から見ても端正な顔立ちをしていた。

 

 それを見せると、女の兵士が手を上げて進言する。

 

「こいつ……見たことあります。城から投げ飛ばされてここへ来る際、噴水のある広場で男に話しかけてました」

 

 生きてたのかこいつ……!

 

「よし、すぐさま広場まで――――」

 

 話し合いはそこで一先ず終わった。

 

 なぜなら、大量の轟音が鳴り響いたからだ。

 

「なんだ!?」

「状況を確認しろ! それと精霊で怪巨人やミスターアフロマンについて情報伝達をしろ!」

 

 騎士達の会話を耳に入れ、嫌な予感がしながら、近くの建物のてっぺんにまで上って辺りを見回す。

 

 すると目に入ってきたのは――――怪巨人達が、城下町に現れた光景だった。

 大きさは一〇メートル級のもいれば、大きくて五〇メートル級のものもいる。

 

 僕にはそれが、悪夢の大行進の用に感じられた。

 

「……ミスターアフロマン。君は、もう一度殺す」

 

 魔物になってしまった人々の為に、これ以上犠牲を出さないために、僕は英雄に誓った。

 この悪逆非道を、必ず殺してみせますと。

 

 そこに、個人的な私情があるのは、否定しない。




・二〇〇メートル級の魔物災害
 一年前、シリウスとカレンが全長三〇〇メートル以上ある世界遺産を使って討伐した事件。
 その魔物はミスターアフロマンによって人が魔物になった姿だった。
 生前の姿を知っているのは、現在ではシリウスぐらいしかいない。
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