一流冒険者の僕が美少女令嬢に隷属することになりまして 作:月崎海舟
応接室からシリウスの冒険者仲間が待っている待合室に向かう途中の廊下。
窓からは光が差し込み、私達が絨毯の上を歩く音だけが鳴り響いている。
隣にいるシリウスの顔を見上げながら、私―――オリビア・ヴァルキュリアは物思いに耽ていた。
金髪に染めた髪に、射抜くように真っ直ぐな眼差しを向ける黒い瞳が酷く愛おしい。
大きな体躯を黒いワイシャツ、青いチョッキと赤いネクタイ、白いロングコートで着飾っている。
ロングコートの隙間からは、黒い長ズボンとロングブーツで包まれた長い足を覗かせていた。
二年ぶりに面と向かって会いましたが、随分と大きくなりました。
……いや、本当に大きくなりすぎじゃないかしら?
身長とか一八五センチはあるでしょう!? 二年で二〇センチ大きくなったってことになるじゃない!
いくら十七歳だからといっても、限度があるでしょう限度が! 今現在でも私と頭一つ分くらい違うじゃない!!
……でも、そういう所もかっこよくて好きよ。
我ながら煩悩にまみれていると思う。
けれどもそこはヴァルキュリア家の現当主。ポーカーフェイスは完璧です。
いついかなる時であろうと、責任あるヴァルキュリア家の血筋として自覚を持ち、何事もそつなく完璧にこなさなければなりません。
「どうかした?」
昔のように気軽に話しかけて、心配そうに顔を覗き込んでくるシリウス。
……私のポーカーフェイスは完璧のハズなのですが!?
そっぽを向くように廊下の窓でさり気なく表情を確認する。
……ええ、大丈夫。すごく深窓の令嬢って感じの穏やかな顔をしているわ。
どうやら私がシリウスの顔を眺めていたことを、何事かと思ったらしい。
くっ! そんなことで私の心をかき乱すだなんて! 調子に乗らないことね!
顔がいい上に高身長になったというのに、「ん?」とか言いながらこんなに可愛らしい笑みまで浮かべて……!
何なの? 顔がいい自覚がないのかしらこの子?
「いえ、なんでもありません。図体だけは大きくなったと思いまして」
「幼い頃からヴァルキュリア家にはお世話になっているからね」
「……そうですね。私のお弁当をつまみ食いしたこともありましたから、これぐらい大きくなってもらわないと」
「え? どれのこと?」
「全部」
「すいませんでした……!」
申し訳無さそうに頭を下げるシリウスに、私は不敵な笑みを返すだけ。
やっぱりシリウスが困った顔は健康にいいわね。すごくいい。
これからは毎日これが摂取できるとか、幸せ太りしちゃいそうで困るわ。
しかし、シリウスが私に従順なようで何より。
昔はいたずらっ子でしたからねシリウスは……あのまま大きくならなくて何よりです。
昔の私の教育の賜物で、かなり紳士的になりましたし、そこは昔の私の手腕を褒めて差し上げましょう。私グッジョブ。
できるだけシリウスの意思を尊重してあげたいとは思っている。
ただ鳥籠に入れるだけでは、魂が腐ってしまいますからね。
ある程度の自由は許します。
もっとも――――私の掌の上で、という前提条件の上でですが。
当初の予定としては、城内の仕事を一つ任せる程度のことを考えていました。
護衛の依頼と違って、危険もありませんし、外に出る機会も少ないですからね。
でも、「24時間護衛をする」だなんて提案されたら仕方がないでしょう?
それって、私とずっと一緒に居たいってことでしょうし、つまり両思いでは?
……クールダウンよ私。
ヴァルキュリア家の現当主、落ち着きなさい。
あの男が思わせぶりなのは、昔からのことでしょう?
護衛の仕事に関しては、危険なことは極力させないつもりですが、他の人員だっていますしそこら辺は大丈夫でしょう。
何より守る対象が、この神聖渡辺帝国でも五本指に入る魔術師であるこの私なのです。
そうそう無茶はさせませんし、できもしないでしょう。
いつだってシリウスは、誰かの為なら自分の身を顧みない。
一年前の二〇〇メートル級の魔物が大暴れした事件だって、きっとそうだったのでしょう。
私と初めて出会った時から、あなたはそういう人でした。
――――くだらない。吐き気がする。
『それなら、彼女の分の借金も僕が請け負います』
今日、あんなことを言われて確信した。
昔からシリウス・ウェザーコールドの人間性は変わっていない。
嫌い。嫌い。大嫌い。
五〇年という月日を使って、その考えを改めさせてやる。
……ああ、私の愛しいシリウス。
これから先の人生で、あなたは見も知らぬ誰かの為に身を削ることなんてしなくていいの。
ただ私の掌の上で、穏やかな余生を過ごしなさい。
あなたには何の痛みもいりません。
あなたには何の苦難もいりません。
あなたには何の試練もいりません。
私の与える
もう、誰にもあなたのことを渡さない。
あなたを優しく飼い殺すことを、我らが英雄に誓います――――
「……元気なさそうだけど、大丈夫?」
うわ顔がいい!?
……落ち着きなさい私。シリウスが心配そうに顔を覗き込んでくれるからって、いちいち心臓爆発させてたらこれから先保たないわよ。
顎に左手を置き、心のなかで平静さを取り戻しながら笑みを浮かべる。
「……心配いりません、少し高揚しているだけです」
「高揚?」
「護衛ついでにどんな無茶振りをしてあげようかしら、とかね」
「あー……それは大変だ。お手柔らかに頼むよ」
少し困ったように笑みを浮かべるシリウス。
顔もいいし性格もいい。本当完璧生命体過ぎる……。
「なら、そうならぬよう仕事に励むことね」
「それはもちろん。君のことは必ず守るよ。マイロード」
真摯な黒い瞳で、シリウスは私を射抜くように宣言する。
それはまるで、お姫様の窮地を救う王子のようで――――
「……そう、せいぜい期待してるわ」
後ろ髪をかきあげて、私は頬がだらしなくなっている顔を見られるぬようそっぽを向く。
本当ッ、本当こいつっ!
天然で言ってることはわかってる。わかってるけど……!
あ~もうっ! かっこよすぎるのよバカっ!!
こんな調子で、今日だけで何度も心臓が爆発してしまいそうだった。
……シリウスを守る為の隷属契約だったけど、護衛の話を通してしまったのは私の判断ミスだった。
こんなの心臓が爆発しちゃうに決まってるでしょ!?
そうこうしているうちに、シリウスの冒険者仲間が待っている待合室へと到着した。
最低限の調度品が揃えられている部屋の真ん中。
そこに用意されているソファの上で、ピンと背筋を立てて、綺麗な姿勢で本を読む女性、カレン・ミルスが居た。
碧眼で本をじっくりと読んでおり、ブロンド髪をのサイドテールでまとめている。
軽装だが女騎士であることを連想させる格好をしており、白いサーコートは正面から見えるように設計されており、短パンにニーハイソックスでその長い足を着飾っている。
……正直、羨ましいくらい長くキレイな足だった。
更には私の自己肯定感が砕かれてしまいそうな、完璧なプロポーションをしている。
落ち着きなさい私。胸の大きさなら私に軍配が上がるわ。
足も長いしきれいな顔立ちだし、スタイルも身長もいいけど、私の方が胸は大きいからセーフよ。
心のなかでマウントを取り、平静さを取り戻す。
直でシリウスの冒険者仲間に会うのは初めてだったのだけど、写真で見ていた以上に綺麗だった。
でも大丈夫。私の方が胸が大きいから。
私達に気がついたのか、本から目を離してこちらを見る。
その視線が集中しているのは――――
「はじめまして、カレン・ミルスさん。私は――――」
「うわっ! 胸デカっ!?」
「喧嘩売ってるのかしら???」
自分の胸の大きさで私もマウントを取ってますけど、初対面で身体的特徴を口にするのはどうかと思うわ。
そういうのは心の中にとどめておきなさい。そうすれば誰も傷つかないのだから。
私も自分で誇るのはいいけど、他人に言われると怒りがこみ上げてくるのよ。
「このおバカレン!」
「なんとぉ!?」
シリウスが慌てて駆け寄り、カレンさんを立たせる。
足の長さからなんとなくわかってたけど、彼女も背が高いわね。
靴のヒールが4センチ、大体177センチってところかしら。
……シリウスと目線がほぼ同じで、少し羨ましい。
「本当に申し訳ありませんでした。カレンも悪気はないんです……!」
「あ、すいません。エロ漫画みたいなおっぱいをリアルに見たのは初めてだったものですから……」
「本当に悪気はないんです!!」
シリウスが必死にフォローしているから怒りは鎮めてあげましょう。
本気で怯えているシリウスは新鮮ね……かわいい。
「シリウス君シリウス君、こちらの方は?」
は? 君付け???
いくら冒険者仲間だとはいえ、親しさアピールしてくるのやめてもらえないかしら?
「ヴァルキュリア家の現当主、オリビア・ヴァルキュリア様だ」
は!? 様付け!?!?
私の心を何回射止めれば気が済むのかしらこの男。そろそろ本当に心臓が爆発しそうなのでやめてもらえないかしら?
それはそれとして、後でいくら渡せばもう一回そう呼んでくれるか聞いてみましょう。
いや、さっきのロード呼びも捨てがたいわね……。
「……あの、私達のスポンサー様の、ご令嬢の?」
「そう。それ」
「っスゥ~……」
一方、カレンさんはシリウスの説明でことの重大さがわかったのか、顔面蒼白させ汗を流している。
心なしか、指も震えている気さえもした。
……ああ、私を当主だと思っていなかったと。
まあ、それならしょうがないわね。庶民の出だし、そこらへんは寛大な心で許して差し上げましょう。
「本当に、申し訳有りませんでした……!」
「反省していれば結構です」
「何卒、スク水徘徊の刑だけは……!」
「私を何だと思ってるのかしらこの人」
びっくりして逆に落ち着いてきちゃったわね。
どういう価値観なのこの子。
十六である私より一つ年上だけど、そう言いたくなる私の気持ちも察して欲しい。
いつまでもこの子の調子に合わせると夕方になりそうだし、さっさと話を済ませてしまいましょう。
「スポンサー契約の話ですが、あれは無しになりました」
「へ?」
「借金のカタとしてシリウスを貰います」
「私が悪かったので彼を許してください!!」
「えっ」
一瞬何を言われたのかわからなかったけど、カレンさん視点で考えるとわかりやすい。
自分が不躾な発言をやらかしたら、借金のカタに相棒を連れて行くと言われた。
……ああ、うん。
これは私の話の切り出し方が悪かったわ。
「……シリウス、説明しておきなさい」
「かしこまりました」
シリウスに気苦労が伺える苦笑いを浮かべられ、私は酷く申し訳ない気持ちになった。
伝統感あふれる待合室の真ん中。
僕はオリビアの横で、これまでの話の経緯をカレンに話す。
「……つまり、世界遺産ぶっ壊した分の迷惑料を、シリウス君の五〇年分で負担すると?」
「そういうこと」
「いやバカでは?」
「カレンは何も言ってませんよ!?」
僕はとっさにカレンの口を抑えようとするが、彼女が得意とする瞬間移動で避けられてしまう。
……こいつ、僕のフォローを回避したってことは、今の発言は自分は悪いと思っていってないな?
「いえ、今はシリウス君に言ってます」
「……僕に?」
ソファに座り直したカレンは、怒ったように僕を見つめる。
僕も目線を合わせる為に、ソファの隣りに座った。
ちらりとオリビアを確認すると、彼女はテーブルを挟んで向かい側の椅子に座っている。
その顔からは、二人で話をつけなさいと言っているように見えた。
改めてカレンの方に目をやると、口を開いて話し始めた。
「いやいや、だっておかしいでしょう! 私が笑って次のスポンサーを探しにでも行くとでも思いましたか!?」
カレンの声色は静かだったが、酷く怒っているのが伝わってきた。
そんなことは僕だって当然思わない。
カレンは言動や行動こそ突拍子もないが、心優しい性格の持ち主だ。
「でも、二人で分けても二十五年分の借金だ。君の極東大陸制覇の夢は遠のくだろう?」
だから説得する。
僕の二十五年の為に、わざわざ自分の夢を投げ出すメリットなんて皆無だと。
「そういう所がバカだと、私は昔っから言ってるんです」
けれど、カレンは呆れたように一蹴した。
「自分の夢の為に、相棒の二十五年を売れるわけがないでしょうが!」
「……それは僕だって同じだ。僕の罪のために、カレンの二十五年を売れるわけがない」
「あの世界遺産を瞬間移動で運んだの私ですからね。罪の重さで言えば私の方がやばいですから!」
「突き刺したのは僕だ。僕がいなかったら、まず突き刺す発想すらカレンにはなかったよ」
「私がいなかったらシリウス君は運べなかったと思いますけど~?」
半分喧嘩腰で言っているが、カレンの言っていることは事実だ。
彼女の瞬間移動能力がなければ、僕は二〇〇メートル級の魔物に近づくことすらできなかっただろう。
それには深く感謝しているが、ここで引くわけには行かない。
僕であれば、好きな人の傍で働けるというメリットが少なからず存在する。
けれども彼女にとっては、そういったものは一切ない。
そんな環境に、カレンを二十五年間縛ると言うのは嫌だった。
「君の功績は認めるけど、君の夢はどうなる? 諦めるのか?」
「二十五年程度なら、まだ四十二歳です。なんとか冒険者やれますよ」
「冒険者稼業なんて四十前にはやめるものだ。危険過ぎる」
「危険はいつだって隣り合わせでした。そのくらいの年齢であれば、どうということはありません」
まずい。カレンなら本気で四十になってもやりそうだ。
ここはなんとしてでも説得しなければ、彼女は早死してしまう。
「ここでシリウス君を見放したら、あなたを相棒と呼べなくなる――――それってなんだか、とても悲しくありません?」
そう言ったカレンの顔は、酷く切なそうに見えた。
……そんな顔で言わないで欲しい。
嬉しくなるのに、罪悪感がでるじゃないか。
「それにシリウス君って、結婚したい人がいるから冒険者になったんですよね?」
「ここに来て最悪のカミングアウトしてきたな!?」
想定外の発言に、僕は思わず動揺した声を出してしまった。
「は?」
しかも静観をしていたオリビアまで反応してくる。
……ここで、僕は自分が動揺してしまったことが、大きなミスだとようやく気がついた。
僕はカレンに、結婚したい人がいるから冒険者になったと、確かに教えたことがある。
でもそれがどこの誰がとまでは、明言したことがなかった。
それがこの動揺でバレたのだろう。
彼女は面白そうな笑みを浮かべて、僕とオリビアを交互に見比べている。
一方でオリビアは、僕が動揺したことで、彼女の言う結婚したい程好きな人がいることが本当であると気がついたに違いない。
現に、視線が魔物のように深く僕を突き刺している。
「……カレンさん、それは一体どこのどなたなのか、教えて下さらないかしら?」
「え~、どうしましょうか? 推測の域でしか言えないですね~」
「それでも構わないわ」
まずい。二人の距離感がぐぐっと縮まったのを感じる。
これは何が何でも言わせるつもりだろう。
僕の愛する幼馴染だから、そうはっきりと断言できる。
もし、こんなところで暴露されたとしよう。
僕史上最高にかっこ悪い告白シーンの出来上がりだ。
絶対に「じゃあ結婚しましょうかダーリン!」という流れにはならないのだけはわかる!
なんとか、なんとかして回避しなければ……!
そんな僕に、
「シリウス君、好きな人を言われたくなければ、一緒に奴隷しません?」
「史上最低の脅しをしてくるな……!」
こうして、僕は自分の夢と尊厳を守るために、カレンの二十五年を売ることになった。
言われなくてもわかってる。
僕は最低だ。もう彼女を相棒と呼ぶ資格は僕にはない。
……こうなったら仕方がない。
早く借金を返して、カレンを自由の身にしなければ――――!
借金を早く返す理由が、また一つ増えた。
・シリウス・ウェザーコールド
まずカレンを自由にして、それから自分のコトをどうにかしようと考えている。
・オリビア・ヴァルキュリア
シリウスを犠牲にしようとしなかったカレンは、彼女的にはポイントが高い。
・カレン・ミルス
シリウスの唯一無二の相棒。二人揃えば最強無敵。
どちらかと言えば、自分はツッコミだと思っている。