ラウラとフィーの勝負から一夜明けた。一夜明けた後の二人の様子は仲が良さそうで、何も知らない人から見れば喧嘩していたなんて思わないほどだった。蟠りも無くなったB班が苦労することなんてほとんど無く、大きなトラブルも無く、特別実習を終了することが出来た。A班の方はまた何かが起こっていそうな気がするけど。
案の定、寮に帰って来てから、A班のみんなから聞いたことは想像を易々と超えるものだった。帝国解放戦線とかいうのが糸を引いたりしたことで、あわや共和国と戦争になる直前にまで行ったようだった。それを止めるって凄いな。毎回毎回リィンと一緒の班になるとトラブルに巻き込まれるように思える。俺はトラブルに負けこまれるのは嫌だけど、リィンばかりがそんな主人公のような活躍をしていると何とも言えない気持ちになる。俺とリィンなんかは境遇も割と似ているから、なんか置いていかれたような、もっと置いていかれるようなそんな気がする。
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あれからあっという間に夏になり、制服も夏服に変わった。授業でもプールの授業が入って来て、水泳部のラウラはもちろん、ガイウスもすごく早かった。俺はクラスではラウラと対決して負けたフィーより少し遅いぐらいの速さだった。クラスの中では上位だから、良いけど。フィーとラウラの対決はバチバチしているようなものでは無く、すごく和やかさがあり、良いライバルというのは誰が見ても明らかだった。
「ラウラとフィー、仲良くなれたみたいだな。ノクトが手助けしたんだろ?」
「少ししか出来てないよ。二人が頑張ったんだ」
このクラスへの貢献具合が一番高いリィン本人から笑顔で声をかけられた。マキアスとユーシスの仲を取り持ったリィンから言われるとちょっとむず痒い気持ちと親から褒められたみたいなそんな変な感覚がくる。
「ほんと、よくやってくれたわ。あの二人はもう少し時間がかかるかなって思っていたもの」
「いやいや、ラウラと一番付き合いが長いのは俺だから、俺がしなきゃ」
このクラスの中でラウラを知っているのは俺だ。これだけは誰にも譲れないし、譲る気も無い。親の意向や家に流されてしまう俺の中でここだけは最後まで残していきたいんだ。
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そして、また訪れた自由行動日。その前日には夏至祭と特別実習が被るだろうとはサラ教官から言われてた。夏至祭はラウラに連れられて行ったことが何度かあったけれど、行けなくて最悪良いかな。行かない年はクロスベルに家族で行くことが多かったし。
「何を考えておるのだ? ノクト」
「夏至祭のこと。今年は行けないとか、あいつは行くんだろうなとか」
「アベルのことか? 聖アストライア女学院に行っているのならば行くだろうな」
唯一仲の良い家族の妹のアベル。今は聖アストライア女学院に通って、貴族のお嬢様らしい日々を過ごしていると思う。家に男しか居なかった影響か男勝りなところがあるから、少しは可愛らしくなっているといいけど。
「ラウラもアベには会いたかっただろ? 割と仲が良かったから」
「ああ、久しぶりに会いたいな。妹の居ない私にとっては妹のようなものであったからな」
アベルとラウラは数える程度しか会っていないけれど、そんな中でも直ぐに仲良くなっていたから、多分相性が良い二人だと思う。
「そうだよね。あ、そろそろだね」
アベルのことで盛り上がっていたけれど、その内にいつもの集合場所である森林公園の中心に着いた。師匠の佇まい、雰囲気はいつもと変わらず、何だか帰ってきたなという感覚がしないこともない。
「待っていましたよ二人とも。前回言ったように今回は貴方達の実力を思います」
緊張した面持ちの俺とラウラを前に突如としてある少女が現れた。見た目は俺達と変わらないようだけど、持っている騎士剣や着ている鎧から見た目以上の経験や年齢なんだろうな。
「マスター。この二人に修行をつければいいんですわね?」
「ええ、手加減はいりません。その前に自己紹介を」
どうやら、師匠相手だと実力を測れないから、師匠の弟子で実力や測ってくれるみたいだ。この人がどれだけの実力かは分からないけれど、真剣にやらなきゃ死ぬ。
「師匠の元で学ばせてもらってますノクト・クロンダルトです。今日はよろしくお願いします」
「同じく学ばせてもらっているラウラ・S・アルゼイドだ。今日はよろしく頼む」
「聞いたことある家名ばかり。鉄機隊筆頭、神速のデュバリィ。せいぜい油断しないことですわ」
名乗りの後、デュバリィはその肩書きの通りのスピードで近づいて来る。まず構えるのが早い俺を狙ってきてくれたお陰で何とか初撃は防ぐことが出来た。
「変な武器を構えるのですわね」
「チャクラムと双剣の片方だ。あんた相手にはこれが良いと思った」
デュバリィの攻撃は早く、防戦一方にするのがやっとだけど、こっちはハンデで2人だ。負ける道理は無い。
「後ろからやれば勝てるとは思わないことですわ」
「そんなこと百も承知だ!」
俺にかかりきりだったデュバリィに剣を振るったラウラだったけれど、その刃は避けられ、逆にラウラに狙いを変えて剣戟を繰り出していく。ラウラは両手剣だから、ついていくのにやっとみたいだったけれど、それを補うように蹴りやアクロバットな動きを取り入れて喰らい付いていた。
「アルゼイド流の動きでは無いですわ!!」
「そうだ! 私は私の流派を築いてみせる!!」
ラウラの決意を俺の脳裏にも刻み、デュバリィへと迫る。俺とラウラが交互に攻撃することで、何とか主導権はこっちが握れそうだった。だけど、相手は師匠直々弟子だ……押し込めきれない。
「ラウラ。どうするこっから」
「やるしかなかろう。本気でな」
俺たちは最近、連携する時お互いの命を見ない。こうするって分かっているから、こう動くって分かっているから。だから、俺たちは相手を倒すことだけしか考えない。
「血迷いましたか!?」
ラウラが剣をデュバリィに向かって真っ直ぐ投げる。それは落ちる事なく真っ直ぐにデュバリィの元へと辿り着いたが、いとも容易く弾かれ、空中へと舞う。その弾いた隙に懐へと入り、両手に持った刃を振るうも盾と騎士剣に防がれる。
「ここで終わりじゃ無い!」
しかし、ラウラが空中で弾かれた剣をキャッチすると、そのまま剣先を光らせ、拮抗している2人の元へ大きく振り下ろす。
「やりますわ。少し侮っていました」
直前で離れた俺を見た瞬間、デュバリィも離れたようで、致命傷のようなものは負っておらず、鎧に少し傷が増えたぐらいだった。
「そこまでです。3人ともしっかりと休憩をして下さい」
師匠に止められて、俺たちはゆっくりと剣を下ろす。俺たちよりも従事している時期が長い彼女に負けたのはもっとやりおうがあったんじゃないかなど、色々と思ってしまう。
「まずはデュバリィ手を貸してくれてありがとう」
「いえ、マスターのご命令とあれば当然ですわ」
「ノクト、ラウラ、強くなりましたね。迷いも吹っ切れたようですし、改めて2人の目標を率直に言って下さい」
仮面を被っている師匠からは表情を読み取ることが出来ないけれど、声からは俺たちの成長をただ喜んでいるようだった。
「……俺は自分の運命さえ乗り越える力が欲しいです。俺の未来は家によって縛られています。俺は自分の未来を決められるぐらいの強さを、周りの人だけでも守れる力が欲しい」
他の剣に通ずる人間からすれば邪道な願いなのかもしれない、貴族の次男としては駄目な考えなのかもしれない。でも、俺は不条理で不公平な未来よりは自分で選んだ未来で後悔したい。
「……私はずっと高い壁である父上に憧れながら剣を道を進んでいた。あんなにも高い壁である父上にです。最初はそれで良かった。だが、学院に入って感じざる負えなくなっていった。このまま進んでも父上には勝てないと。父上が極めたアルゼイド流を極めるだけで良いのか分らなくなったのだ。だから、師匠の元で学ぶうちに自分の道を自分で作りたい……と今は思っている」
俺の目標の時とは違ってラウラの言葉は哀愁漂うような暗く、心から迷いのようなものを吐き出しているようなそんななけなしの言葉だった。
「ノクト、何処までもそのまま突き進みなさい。いずれはその力が身を結ぶ事もあるでしょう」
「ラウラ。それは大きな師匠がいるならば、誰もが悩むことです。その悩みの末、他の流派を習う選択肢もあるでしょう。自分だけの道を見つける選択肢もあります。それは貴方が選んで下さい。どれを選んでも弱くなることは無いです」
偉大な親父さんがいるラウラなりの悩み。俺には解決出来ないかもしれないその悩みを師匠はただただ大きく受け止めた。
「……ありがとうございます」
どんどんと俺たちは師匠が居なければならなくなっているのかもしれない。でも、それでもいいじゃないか。俺たちには頼れて、目標となるような大人が必要なんだ。
鉄機隊なんて部隊で正式なものは大昔のサンドロット様の鉄騎隊しか知らない。師匠とデュバリィは一体何処の味方で何処の敵なんだろうか。
「さぁ色々と話し合いましょうか」
「あたなたちの知らないマスターのことも教えてさしあげますわ!」
デュバリィも入れて四人で雑談に興じた。デュバリィは師匠ほどの内面の分からなさが無くて、少し年の離れたお姉さんとしゃべっているようなそんな感覚に陥るようだった。俺とラウラには姉はいない。だからこそ、師匠との間にデュバリィが入ってきても嫌じゃない。むしろ、家族の団らんみたいで俺には心地よい空間だった。
「では、また次の時に。楽しみにしています」
「次の時までに腕を磨いておくことですわ」
師匠とデュバリィはまた消えるように居なくなった。ただ近況を話し合っただけなのにこんなにも楽しいというというか嬉しいのは初めてだ。大げさかもしれないけど、自分の居場所だってそんな気がする。
「私はやはり師匠の元で上に昇りつめようと思う。誰よりも高く自分だけの剣の道を」
ラウラの決意はいつも以上だった。今日のことで自分自身の迷いとけじめがついたような感じだった。具体的にどの部分が響いたのかラウラ自身では無いから分からない。でも、自分のことだけをただただ俯瞰的に見てくれる師匠だからこそ思うところがあったのかもしれない。
「俺も師匠の元で自分自身をどれだけ強大な敵とか運命に勝てるだけの強さに高めたい」
この言葉は俺の本当の気持ちだ、でも、それ以上に俺はただただ人と違ったようになりたいだけなのかもしれない。普通じゃなくて誰かとは違う特別になれるように。
「これからもそなたを歩めることを嬉しく思うぞ。ノクト」
「俺がラウラと袂を別つ時は来ないよ」
自分の強さを知れ、自分の未来を形作った。今日は何て良い日なんだろう。
これでクロンダルト家は全員ですね