もうすぐ4月だというのに、朝6時というのは未だに肌寒く感じる。目覚めて歯磨き、顔を洗って着替える。毎朝のある種ルーティンを済ませて下駄箱の上の帽子を手に取りながら靴を履き自宅兼店舗のシャッターを物音を最小限にとどめながらゆっくり開ける。
さて、今日も頑張りますか!と朝日を浴びながら体を伸ばそうとすると、
「ん?」
蠢く黒い集団が目の前に存在した。それはバサバサと音をたて、カーカーと目の前のエサに歓喜するかのように声を上げ、なにかをついばんでいた。その蠢く集団の様子に、ある種の怖いもの見たさ、好奇心でつい、そのエサの方に目をやってみると、
(店前で轢かれてしまったか。可哀想に)
多分白かったであろう毛並みを真っ赤にし、体があるべき形では無くなったネコの亡骸があった。
(帰ったら片付けないとな、いや、むしろやってくれてるかな?)
と、目の前の凄惨たる景色を見ながら、そろそろ起きるであろう愛する妻のことを脳裏に過ぎらせ、仕事のための車に数歩向かわせた。すると先程よりかは小さい塊ながらバッサバッサと動く別の集団が目線に入った。
(パーツの奪い合いでもしてるのか?)
また興味本位でその獲物へと目線をもっていく。
そしてその獲物を見た瞬間、考えるよりも先に、早朝のご近所迷惑なんて関係ないと言わんばかりに、
「おいおい、まだ生きとるやないかい! おんどりゃ! お前ら弱いもんイジメやめろや!!」
叫び、ソコへ走り出した。
突然の人間の来訪に驚き飛び去っていくカラス達。
そしてその飛び去っていった場所にポツンと残された小さな、本当に小さな子ネコ。白い毛並みは突かれたせいか、所々から出ている血のせいで赤くなっている。
この小さな体では相当のダメージだったのだろう、息も絶え絶え、震えながらか細く鳴く。
(これはマズイ)
すぐさま震える小さな命を抱え、もう片方の空いた手でポケットからスマホを取り出すと、名前検索から一人の知人をピックアップし、すぐに発信する。それと同時に先程丁寧に閉めたシャッターを激しく開け放ち、下駄箱前に靴を脱ぎ散らかして、洗面所へと走りカトラリーからタオルを取り出し小さな震える体に巻き付けた。そのタイミングでコール音が途切れ相手に繋がった。
『なんしたぁ? 朝早くに?』
「今からお前んとこ行くから!」
『はぁあ!? 朝っぱらからなに言っ―――』ブツッ
言いたいことだけ言って直ぐに電話を切る。
「どうしたの!? そんなに朝からバタバタして!
「ごめん! でも急がないとコイツ死んじゃうから!」
遠慮なしに開かれたシャッターの音と夫の声により、先程目が覚めたばかりの覚醒しきれない頭に響いたイライラで、何事かと強く問いかけることとなったが、返ってきた言葉と必死な顔に“コイツ”、とは何かがよくわからなかったが、夫が何かタオルに包ませて大事に抱え込んでいるそれを見てなにか大事が起きていることを察した。そして、今目の前でバタバタと飛び出し車に乗り込み走り出した夫に、
『落ち着いたら連絡して』
と、メッセージを送るのであった。
「随分とイジメられたみたいだな。ひとまず傷口の処置をしてはみたけど、なんと言うか、衰弱しきってるからあとはコイツの気力次第かな」
処置室から出てきた友人もとい、動物医から告げられたのは希望の言葉とは決して言い難いものであった。そしてなお、こちらの顔を見ながら真剣な表情で口を開く。
「野良のネコに対してお前がどこまで面倒みるのか知らねえけど、とりあえず一旦これ以上治療はしないぞ。動物治療は一時のエゴの為に払うにしては決して安価じゃないし、お前には自分の子どもが居るんだから野良の偶然助けた子ネコに金を落とすより、息子にお金使ってやったほうが良いだろ?」
朝から騒々しく駆け込んだ友人の家、もとい動物病院では至極迷惑そうながらも、タオルに包まれながら来院した小さな子ネコを目にし、時間外ながらもため息一つ、治療を行ってくれた友人。そんな相手からはぐうの音も出ない正論を浴びせられることとなった。
「ひとまず、お前は今日の仕入れに行かないといけないだろ? その間だけ診ててやるから早く行ってこい。目が覚めたから俺も開院時間までやることねぇしな」
「すまん。助かる。仕入れ終わったらすぐ引き取りにくるよ。ちなみに傷の手当の治療費どんぐらいなる?戻ってきたついでに持ってくるわ」
「いらねぇよ。ただ傷薬塗っただけだし、その程度でお前の優しさに漬け込みたくねぇわ」
言いながら少し照れくさかったのか体を先程出てきた処置室の方に向け歩き出した友人に対し、「ありがとう」と伝え仕事に向かうこととした。若干後ろ髪をひかれつつではあるが。