月輪輪廻   作:六眼(目の数)

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始まりの始まり

 決して満ち足りた、素晴らしい人生ではなかった。それは、彼自身も自覚している事。

 それでも、諦めたくなかったのだ。

 才能で劣り、体格で劣り、技量で劣り、己の百の努力を、一以下の努力であっさりと二歩や三歩どころか十歩以上進んでしまう様な才能マンが相手であったとしても。

 

 いつしか、彼は天才に対して唯一()()()()()()挑戦者だと称されるようになった。

 

 決して対等ではない。どれだけ挑みかかっても勝利へは決して手が届かない、万年二位止まり。

 そして、

 

 

「――――くそっ……!」

 

 

 彼はベッドの上に居た。

 鍛えに鍛えた体は、今ではまるで枯れ木のようにやせ細り。呼吸の一つだって、機械が無ければ難儀する。

 それでも、その瞳に宿った闘志だけは一度だって燻ることなく燃え続けていた。

 難病指定の病気に罹ってしまった彼は、治療法も無く、しかしその鍛えた体のお陰かギリギリまで現役であり続けた。

 その最後は、文字通りの背水の陣。死力を振り絞った乾坤一擲は、しかし天才に傷を残せど、ついぞその膝を屈させることは無かった。

 病が何だと奮起しようとするが、しかし心に反して体がついてこない。

 暫くして、一人の男が天へと召された。

 

 だが、その道筋は、決して途切れた訳ではない。

 

 

 

 

 

 

「何故、諦めない」

 

「あ?」

 

「どれだけ手を伸ばそうと、天に我々の手が届く事はあり得ない。何故、諦めない」

 

 

 真っ暗な空間に浮かび上がる様に立つ、異形の人型。

 黒い髪を高めで結い、六つの目を持った怪物。だが、彼は一切怯むことは無い。

 

 

「どこの誰だか知らねぇが、テメーの事も知らねぇくせに言ってくれるじゃねぇか」

 

 

 メンチ切るその姿は完全に、輩のソレ。だが、怪物が怯むことはあり得ない。

 

 

「届かぬ光に手を伸ばし続けて、無様ではないか?」

 

「無様?……ハッ!ふざけるなよ」

 

 

 彼は一気に怪物へと詰め寄ると、その胸ぐらを掴んだ。

 

 

「知ってんだよ!才能も!体格も!技術も!力も!悉く負けてるってな!!俺が一番知ってんだよ、そんな事は!」

 

「……」

 

「だから、諦めろって!?()()()()()()()()!?」

 

 

 唾を散らして怒気をそのままに叩き付ける彼は、しかし知っている。

 決して、天才ではない。どれだけ努力しても、その力は決して秀才を超えることは無いだろう。

 そんな事は、本人が一番分かっている。周りから見れば、彼もまた才能あふれる存在であったとしても。

 

 だが、

 

 

「――――下らん」

 

 

 胸倉を掴まれていた怪物の姿が掻き消え、両者の間に数メートルの間が開く。

 

 

「貴様も剣士ならば、見せて見ろ」

 

 

 怪物の手に現れるのは一振りの刀。だが、普通の金属製のものではない。

 異質なのは、その刀身。漆黒ともいえる刃と、色の悪い肉がそのまま寄り集まり、怪物と同じ目がまるで紋様のように幾つも連なったを持つ代物だ。

 その一方で、彼の手には普通の刀が一振り。

 どこから現れただとか、何故刀があるのかだとか、この場所は何なのかだとか、そんな事は一切彼にとっては関係ないらしい。

 ただ、今は目の前の、相手が只管に気に入らない。

 切りかかる彼。しかし、

 

 

「あ」

 

 

 突然、目の前の怪物の腕がブレたかと思えば視界が回転した。

 同時に()()()()()()()()が崩れ落ちる。

 何のことは無い、彼が怪物の動きに欠片も対応できなかっただけの事。

 

 一つ情報を明かせば、彼は剣道の有段者という奴で、全国大会では万年二位と言われるもののその実力は天才であった一位以外には一度として有効打をとらせないどころか、籠手の一つも打たせずに勝利するというもの。

 だがしかし、ソレはどこまで行っても人間業の域を出ない。

 彼と相対する怪物は、四百年の時を修練に当て、加えて才覚を持った存在。高々人間の剣道レベルで傷を負う事など無かった。

 

 

「――――……はっ」

 

 

 彼が起き上がる。斬り飛ばされた筈の首はいつの間にかつながっており、着ている服には血の跡も無い。

 

 

「どうした、終わりか」

 

「ッ、誰が!!!」

 

 

 挑発でもない怪物の言葉に再び切りかかる彼は、しかしまたしても一刀のもとに切り伏せられる。

 そして、再び戻ってくる。この繰り返し。

 

 怪物は、試していた。目の前の彼は、自分と似たような境遇であったから。

 彼もまた、どれ程努力しようとも敵わない存在が居た。詳細は省くが、最終的には勝ち逃げされてしまったような幕引き。

 受け入れるには、彼の心は脆かった。

 

 どれ程の時間が経っただろうか。

 

 

「はっ……!当たったブッ――――!?」

 

「着物を裂かれた程度では……赤子も死なぬ……」

 

 

 三日月を多数内包した斬撃が、彼の体を切り刻む。

 崩れ落ちる肉塊。だがその僅かに残った手は、刀を決して放さない。

 程なくして修復された彼の体。そして、立ち上がる。

 

 

「はぁー……!ふぅー……」

 

(この男……)

 

 

 その変化は、半ば必然だったのかもしれない。

 優に三桁は切り殺され続けた。だが、それも只管無為に殺されたのは二桁前半位のもの。

 彼は気付いた。目の前の怪物が刀を振る時、妙な音が聞こえる事。その後二十回ほど切り殺されて、その音の正体が呼吸音であると気付く。

 そこから、殺される中で彼は、その呼吸、そして目の前の圧倒的な上位者の剣士の動きをトレースしていった。

 何より、その目は一切折れない。

 

 

「ホォォォオオオオオオオオッッッ」

 

 

 向かってくる。不完全ながらも呼吸の活性化を行いながら。

 勝てるなどとは、思っていないのだろう。現に、今の彼の実力は最初に怪物に切り殺されてから月と鼈ほどに違うが、それでもその技量に届くものではないのだから。

 だが、

 

 

「……」

 

 

 刃が噛み合う。そして、視線が真正面からかち合った。

 

 

「何故、諦めない」

 

「逆に聞いてやろうか、何で諦める」

 

「届かないものに手を伸ばす事ほど、不毛な事はあるまい……」

 

「だから!何で!諦める!」

 

 

 火花を散らして、彼は刀を押し込む。

 

 

「ああ!凄いさ!天才はすごい!俺がどれだけ努力したってはるか先を行ってる!でも!それでも!」

 

 

 刀を超えて額がぶつかる。

 

 

「――――勝ちてぇだろうがッッッ!!!」

 

 

 怪物が目を見開いた。

 それは、ありふれていて、ありきたりで、そしてどんな願いよりも根源的で。

 

 

「……ふっ」

 

 

 怪物は、笑う。まるで付き物が落ちたかのように。

 成程、とその内心で頷く。確かに、最初は自分も勝りたいと思った。その起点に関して、彼と怪物に差は無いだろう。

 分かれたのはその後。怪物はその才気を前にして、心が折れた。自分の理解及ばぬ存在に蓋をして目を逸らし、しかし焦がれる気持ちを捨て去る事は出来なかった。

 だからこそ、歪んだ。だからこそ、人を捨てた。それでも、(天才)に対する嫉妬(憧憬)を捨て去る事だけは出来なかった。

 だから、刀を振るった。だから、その瞳は、六つに分かれた。だから、己の血肉より現れる変幻自在の刀を用いた。

 

 一方で、彼は違う。数える事すらも億劫になるほどに負けに負け続け、それでも勝ちたいから、その一心で只管に進み続けた。

 相手が理解の及ばない存在であることなど、何の関係も無かった。

 

 

「勝ちたい、か……」

 

「それ以外に理由なんて要らねぇだろ!」

 

「……成程……貴様は、馬鹿、だな」

 

「軟弱に賢しいよりもマシだろうが!!」

 

「違いない」

 

 

 口角が僅かに上がる程度の微笑を浮かべながら、怪物は頷く。

 なまじ頭が良いからこそ、相手を自分の見識の範囲内に留めたいと思ってしまう。しかし、所詮それは人一人のキャパでしかない。容量には限界があり、ソレを超えれば理解のできない何かになってしまうだろう。

 だが、馬鹿は違う。

 馬鹿には馬鹿の容量があるが、例えその限界を超える情報であろうとも、()()()()()()()と受け入れてしまえる余裕がある場合が多い。

 怪物は、軽く押し込んでくる彼を押しのけると、そのままその切っ先を下してしまう。

 

 

「貴様、名は?」

 

「あ?朔月乾司(さくつきかんじ)

 

「朔月……朔の月、か……これも、因果」

 

「ぶつぶつ言ってんじゃねぇよ。何だ、終わりか?」

 

「ああ……()()()

 

「あん?」

 

 

 怪物は刀を鞘へと納める。

 

 

「これから、お前には新たなる旅路が与えられる」

 

「はあ?つーか、ここ何処だよ」

 

「聞け。そして、見せてみろ。お前がどこまで行けるのかを」

 

「何、言っ……て……」

 

 

 再び詰め寄ろうとした彼は、しかし急激に遠退いていく意識にその足を大きく揺らがせた。

 手から刀が零れ落ちて、前のめりで倒れていく。

 完全にうつ伏せになった彼を見下ろし、怪物はその右手の平を差し向ける。

 その掌から、赤い雫が滴ると彼の背中を汚していく。

 雫はやがて流れへと変わり、汚れは更に広がっていった。

 

 赤がその体を完全に包み込むとき、怪物の体もまたまるで熱されたガラス瓶のように蕩けて行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日。一人の赤子が生まれた。

 幼いながらも端正と言えるであろう顔立ちに、しかし生まれながらに持ち合わせるには奇抜と言う他ないモノを背負って。

 

 その赤ん坊顔には、奇妙な痣が浮かんでいた。箇所は二ヵ所。

 一つは、右目の上。まるで燃え盛る炎にも、風に巻かれて千切れ飛ぶ雲にも見えるそんな痣。

 もう一つは左の頬。鰓の辺りから、まるで空を舐めるように燃え盛る炎のような痣。

 

 この日、一人の化物は生誕する。

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