月輪輪廻 作:六眼(目の数)
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生まれながらの気味の悪い子。それが彼、
当然と言えば当然で、生まれながらに気味の悪い痣があるだけでなく、殆ど、というか全く泣かないという事もまたこの気味の悪いという評価を助長していたのだろう。
普通の子供ならば、精神的に歪んで非行にでも走ってしまいかねない。事実、彼は至極あっさりと両親に捨てられ、拾われた児童養護施設でも腫物のように遠巻きにされていた。
だがしかし、生憎と朔月乾司は普通の人間ではない。その精神性は幼児のものではなく、前世の折れず曲がらず突き進む、猪突猛進がそのままに人型になったかのようなもの。
何より、
「折れる事は……許さん」
彼の内側には六つの目を持った鬼が居た。
眠りにつけば、毎夜毎夜刀をもって相対する。ご都合主義と言うべきか、夢の世界では彼は前世と同じ体格へと戻れていたから立ち合いに関しては何の問題も無かったのは唯一の救いか。
そこで鬼は、只管に朔月を刻み続けていた。
百や二百では足りない。一晩のうちで最低でも十は切り殺される。比例するように、現実世界の朔月の顔立ちは幼児とは思えないほどに鋭く、そして殺気立っていくばかり。そして、遠巻きにされるという負のサイクルが確立していた。
そんな生活が数年続き、心に体格が近づき始めた頃彼に転機が訪れる。その発端は、転生した彼に付随した能力?のような物にあった。
「お、おお、おかあああいいけっけけけ……」
内側の鬼とはまた違う、醜悪な化物。最早、人型だとか、獣型だとかそんな範疇に収まっていない代物。
幼少期より、朔月にはそれらが見えていた。
常人であったのなら、恐らくトラウマになる事だろう。だが、生憎と朔月は常人ではない。転生とか関係なく。
彼は前世の頃から
何せ、彼にとってみれば怪物は須らく、
左手を腰に添える。
「――――
肉の蠢く音が聞こえる。
ソレは、本来ならば朔月の宿した鬼の持ち物である。だが、今は彼の持ち物でもあった。
目を引くのは、やはり不気味或いは醜悪とすらも言えるかもしれない刀の見た目。だが、見るものが見れば、その刀としての拵えも少し変わっている事に気づくだろう。
刃が上を向いた状態で差すのだから、使い方としては打刀だろう。だが、その拵えは太刀のソレ、であり何より通常の太刀や打刀に比べてその柄は長い。
その鍔元に指が押し付けられ、鯉口が切られた。
独特の呼吸音。体が若干沈められる。
「――――月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮」
刹那の一閃。技の原理とすれば、居合切り。横一線の抜刀術。
単純なものだ。単純ではあるが、しかし単純であるからこそ、その破壊力は決して無視できるものではなかった。
全集中の呼吸と名付けられたその技法。多分に空気を、酸素を取り込んで肉体を活性化させるものであり、そこから剣術の型を繰り出すというもの。
その源流。起源にして頂点ともいえるのが、日輪を冠した【日の呼吸】。そこから多数派生した五代流派へと繋がっていく。
一方で、【月の呼吸】は朔月の内側に宿った鬼が、【日の呼吸】を目指し、そして体得した物。余談ではあるが、この体得した呼吸もまた、鬼を人ならざる者へと変える要因の一つになっていたりもする。
話を戻そう。朔月の一閃は容易く眼前の怪物を真っ二つに切り伏せ、その軌道に乗った三日月型の斬撃が切り刻んでいく。
恐るべき一撃だろう。だが、
「……ちっ、まだまだ、だな」
朔月の表情には苦みが走っている。
努力する事に一切の妥協も躊躇いも見せない彼の目標は、高い。それこそ、一生かかっても届かないのではと思えそうなほどの、高望み。
しかし、朔月乾司は決めたのだ。そして、一度決めた事を簡単に放り出せるほど、彼は器用でも軟弱でもなかった。
振り切った刀を鞘へと納めて消した朔月は、脳内で自分の動きを振り返る。
彼の今のところの目標は、鬼の振るう月の呼吸と同レベル。数百年の時を剣術に充ててきた人外の存在に真正面から並ぼうとしているのだ。正気の沙汰ではない。
「もう少し、強い相手なら……いや、違う、違うだろ!敵の強さは関係ない、気を緩めてんじゃねぇぞ、朔月乾司……!」
因みに、彼の内側ではうんうんと鬼が腕を組んで頷いていたりする。彼基準でも、まだまだ朔月に及第点すらも与えられないらしい。
朝起きて、針の筵のような生活を抜け、夜になれば夢の中で只管に殺し合う。
そんな殺伐、一歩間違わなくても精神が擦り減って死に絶えそうな生活を送る波乱に満たされた生活。
ここに、更なる一石は投じられる。
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呪霊の突然消滅。関東圏のとある一都市で起きている現象なのだが、その中身は読んで字の如く。
呪霊と言うのは、人々の負の感情を基に現れる呪い。日本国内での呪いによる被害者は一万人とも言われ、その多くが怪死あるいは行方不明。生き残れたとしても、精神の均衡を崩してしまって廃人となる場合もある。
人間がいれば、呪いは生まれる。それは避ける事の出来ない現実である、のだがどうにもその町は違う。
呪霊には、等級と呼ばれる階級があてはめられ、強ければ強いほどにその数字は小さくなる。そして、呪いは呪いをもって祓うもの。
さて、そんな呪いを祓う者たちが居る。
呪術師と呼ばれる彼らは、日夜呪いの対応に追われ続けていると言っても過言ではなかった。
それ故に注目される。呪霊が討伐されるという事は、その場所には呪いを祓えるだけの術師か或いは別の要因があるという事なのだから。
この調査に任命されたのは、1級術師である夜蛾正道。剃り込みのある強面の男性ではあるが、呪術師として見るならば
(残穢は確認できた。呪霊の亡骸も……しかし、)
調査の一環で確認した夜蛾は、その強面な眉間に皺を寄せて考える。
討伐されていた呪霊は準1級相当。当てはめられた等級で表すのなら、上から三つ目だ。その強さもさることながら、術式を用いる相手であるためにその厄介さは2級以下の呪霊と比べるべくもない。
だが、夜蛾が確認した範囲ではあるが、大きな戦闘の痕跡は見つからなかったのだ。
あったのは、強く踏み込まれた地面と、それからズタズタに切り裂かれた斬撃の跡。
すわ、呪霊の仕業かとも考えたのだが、感じ取った残穢の感覚から自分で却下を下してた。
こんな事ならば、全く手綱を握れない教え子の一人を動員すべきだったか、何て思ったものだがその後の被害その他を考えてこれまた却下。心なしか、胃がキリリと痛んだのは、きっと気のせいではないのだろう。
そんな調査を続けて、暫く。そろそろ上に突かれて成果を求められ始めていた頃、夜蛾はとある少年に目星をつけた。
量の多い黒髪を後頭部の高いところで纏めた目つきの鋭い少年だ。その顔には、刺青にも見える特徴的な痣が刻まれているのだから、一度見れば早々に忘れる事のない強烈な容姿をしている。
年の頃は、中学生程だろうか。曖昧なのは、歴戦の呪術師である夜蛾をして、
バレるようなへまをしたつもりはない。夜陰に紛れて仕事を熟す呪術師として、
「――――様子見は、済んだか?」
月を背にして佇む
2級呪霊を文字通り、瞬殺。そして、どう接触しようかと考えていた夜蛾へとかけられたのが、上記の言葉だった。
「俺に、用事があるんだろ?それとも、そのブッサイクな人形を差し向けるか?」
「……いや、俺はお前と事を構えるつもりはない」
勝ち負けの領域ではない。
生きるか、死ぬか。そして勝って生き残ったとしても、死なないだけで手痛い傷を受けることになるのは必定。そんな相手。
夜蛾は、血に拘る術師ではない。お家の歴史だとか、そんな物を誇るタイプでもない。
だからこそ、戦力差を冷静に見極める事が出来た。
目の前の少年は、修羅も同然。右手に握った歪な太刀に飲み込まれているのかとも思えるが、問題児を見てきた夜蛾の目からすれば、違うと直ぐに断じる事が出来た。
少なくとも、今は待ってくれている。夜蛾は慎重に、言葉を選んだ。
「俺は、東京にある呪術高専で教鞭を執っている」
「じゅ……?ヤクザじゃなくて、か?」
「ああ、違う。俺は、呪術師だ。そして、君もそうじゃないのか?」
「俺が?」
刀をそのままに空いた手で頭を掻く少年の姿に、夜蛾は目を細めた。
この時点である程度、彼には分かった。
まず、目の前の少年は呪術師ではなく、同時に呪詛師でもない。そもそも、呪術に関しては完全な素人であるという事。
呪術関連の人間で、ソレは珍しい事ではない。特に、一般家庭で呪術師としての素質を持って生まれてしまった者ならば特に。
だからこそ、先達の呪術師として、そして教師として夜蛾の次の言葉は決まっていた。
「君の名前を聞かせてもらえないか」
「俺の?……朔月乾司」
「そうか。なら、こちらも改めて名乗ろう。俺は夜蛾正道。東京都立呪術高等専門学校で教鞭を執っている。朔月乾司、君は高専に通う気はないか?」
「…お仲間になれって事か?」
「呪術師はいつだって人手不足。その面が無い訳じゃあない。だが、君のように才ある若者に道を示すのもまた俺達先達の仕事、という事だ」
「ふーん……」
真っすぐ見つめてくる目に、朔月もまた真っすぐに見返す。
自分が今まで斬ってきた
だがしかし、生憎と朔月乾司という男にとってそれら情報は
ただ、
「なあ」
「なんだ」
「呪術高専?って所には、強い奴が居るのか?」
「居る。これからの呪術界、ひいては日本の命運を握るであろう男たちが、な」
「へぇ……」
強者の存在は無視できない。
朔月から見ても、夜蛾は強い。強いが、しかし自分で戦うタイプではないのではないか。それが彼の見立てだった。
そんな男が言う、男たち。興味を惹かれない訳がなかった。
ついでに、現状朔月が直面していた問題も解決できるのだから、飛びつかない理由が無い訳で。
「力試しは、願ったり叶ったりだな」
刀を収め、
温い環境など御免被る。
狂人が求めるのは、純然たる死地なのだから。