月輪輪廻   作:六眼(目の数)

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 木枯らしが吹き抜けるような沈黙。

 

 

「女?」

 

「ああ、そうだよ。性癖には、その人の人となりが現れる。さあ、君の好きな女のタイプは?何なら、男のタイプでも構わないよ?」

 

 

 投げキッスすらしてくる女性に、朔月の目が死んだ。どれだけ切り殺されても折れる事のない精神性を持つ化物染みた男だが、しかし理解が追いつかなかったらしい。

 しかし、同時にこの場でだんまりを決め込む事も悪手と言うのは察せられる。

 

 

「……強い奴」

 

「ふむ、面白みの欠片も無いような答えだけど、まあ、良いだろう。少年、名前は?」

 

「……朔月乾司」

 

「私は、九十九由基。さて、少年。君は、呪術師を知っているね?」

 

「……夜蛾のオッサンが言ってたぞ」

 

「夜蛾正道?あちゃー、先越されたか……で、君は呪術高専へ?」

 

「おう。強い奴が居るって聞いたからな」

 

 

 頷く朔月に、九十九は接触の失敗に眉根を寄せていた。

 彼女は、呪術師の一人である。あるのだが、しかし籍こそ一応呪術界においても、任務にはまず出ない。とある目的のために、世界中を飛び回っていた。

 

 

(面白そうだからと接触するべきじゃなかったかな……?いや、しかし、こうも()()()()な様を見せられちゃ、ねぇ?)

 

 

 内心でそんな理由を連ねながら、改めて九十九は目の前の少年を見た。

 年の割に鍛えられている、と言ったがぶっちゃけそんなレベルではない。文字通り、桁違い。

 過去に一度、フィジカルギフテッドのとある男と接触した事があったが、アレとはまた違う、一つの人体の極致に手が届きそうな、そんな肉体。

 雰囲気もまた戦う人間としては十分すぎる程。

 だが、その一方で、その体に巡る呪力の操作性は、拙いと言う他ない。ついでに、側だけ整えた様な体術も拙過ぎた。

 

 

「君、何で素手で戦ってる?」

 

「あ?」

 

「得物があるんじゃないかい?そういう足運びなら、猶更」

 

「だったらなんだよ。アンタには関係ねぇだろ、()()()()

 

「へぇ?」

 

 

 空気が変わる。九十九の目が細められ、同時にその姿が掻き消える。

 刹那、朔月の体が勢いよく後方へと吹き飛び、先程まで彼が居た場所には右足を振り抜いた九十九の姿が。

 

 

「あまり、大人を舐める物じゃないよ、少年?」

 

 

 彼女の声は、しかし川まで吹っ飛ばされて着水した朔月には届かない。

 川幅はあるものの、それほど深い川ではない。川ではないが、しかし仰向けに沈めばとっぷりと見えなくなる程度の深さはある。

 下手すれば溺れるが、勿論九十九としても高々子供の悪口一つで殺しにかかるほど大人げなくない。例え、蟀谷の青筋が消えなくて、内心でブチコロスとか考えても、だ。

 何より、

 

 

「……イッテェな、オイ」

 

 

 川の中央辺りが勢いよく盛り上がり、そして大きく弾け飛ぶ。

 水が舞い上がって川底が露出する中心で、抜刀した朔月は立っていた。無論、そこは川の中心だ。少しの水量を吹き飛ばした所で、次から次に流れ込んでくる。

 朔月は、跳んだ。川底から脱出し、右足が再び水面へ、つくと同時に更に力強く蹴り込む。

 水と言うのは、自在にその形を変える事が出来る。湯船に浸かった時水嵩が増えるのは、お湯がその中に入った人の形に、その形を変化させているから。

 この変化、もとい変形は一定以上の速度や力、範囲になると間に合わなくなる。プールの飛び込みなどで腹打ちして悶絶するほど痛い思いをするのは、水の逃げ場が無いから。硬度の例としては、先端を塞いで水を込めた注射器。どれだけ押し込んでも水は凹まず変わらず、壊れるのは注射器になるだろう。

 

 話を戻そう。水面を足場に川岸へと戻ってきた朔月は、水の滴る前髪をかき上げて息を吐く。

 

 

「やってくれるじゃねぇかよ」

 

「ふふっ……女性に向かって年齢の話題を出すからさ。何より、私は手加減をちゃんとして、君は確りと私の蹴りをガードした。骨は折れてもいないし、ヒビも入っていない。どこにも、実害は無いだろう?」

 

「川の水、飲んじまったよ」

 

「正〇丸位なら、奢ってあげるさ」

 

 

 気の抜けるようなやり取り。朔月が殺気立っても切りかからないのは、偏に実力差というものを確りと理解しているからだった。

 夢の中とは違う。死ねば終わりの現実。

 だからこそ、冷静に。ついでに、九十九が言ったように蹴りは本気でなく、殺気の一つも乗っていなかった事もまた、彼が矛を突き出さない理由の一つでもあった。

 

 

「君、その刀が術式かな?」

 

「じゅ……?」

 

「ああ、そういえば一般の出だったね、少年。得物を呼び出す術式……その為の体術、か」

 

「何だよ」

 

「いいや?それよりも、その刀を収めてくれるかな?届かないと分かっていても、首を狙われ続けるのは私も気分が悪いからね」

 

「……チッ」

 

 

 不毛な睨み合いなど、朔月だって望まない。刀を鞘へと収め、そのまま消す。得物が有ろうと無かろうと、目の前の女は自分を確殺できるのだから、いっその事開き直った結果だった。

 

 

「時に少年、君は体術の師は居るのかい?」

 

「あ?居ねぇよ」

 

「だろうね。さっきの刀を握ってる時と違って、随分と拙かったから」

 

 

 朔月の蟀谷に青筋が浮かぶが、しかし彼女の言う事は尤もであるため言い返すに、返せない。

 青筋の浮かんだ蟀谷と軽く引き攣った頬を見ながら、ニンマリと笑う九十九も性格が悪いと言わざるを得ないが。

 

 

「どうだい、少年。私とゲームをしないか?」

 

「ゲーム?」

 

「これから、そうだな……一ヶ月、君に呪術師としての技術を仕込むとしよう」

 

「……で?」

 

「その代わり、君は一ヶ月の間に、黒閃を決めてもらう」

 

「こく……?何だよ、ソレ」

 

「黒閃。打撃との誤差0.000001秒以内呪力が衝突する事で発生する()()の事さ。空間が歪み、呪力が黒く光る事から、黒閃と呼ばれる。その破壊力は、通常の打撃を1、呪力を乗せた打撃を2とするなら、後者の凡そ2.5乗が平均的な破壊力となる」

 

「ソレが出来なきゃ、どうするってんだ?」

 

「そうだね……その時は、私のパシリ(奴隷)でもしてもらおうか」

 

「はあ?」

 

「なあに、養うぐらいはしてあげるさ。ただ、ほんの少し()()()()をしてもらうだけで、ね?」

 

 

 絶対ろくでもない事だ。朔月は、この短い間で目の前の女が心の底から信用できるような存在ではない事を察していた。

 しかし、同時に提示された条件と言うのは、実に魅力的だ。今の彼は、呪術のじの字も知らない。つまりは、戦うための土俵にも立てていないという事に他ならないのだ。

 

 

「一つ、聞かせろ」

 

「何だい?」

 

「何で、そこまでする?」

 

 

 解せないのは、そこだった。

 目の前の女は、強い。現状、勝つのが難しいと、勝ちに執心する朔月をしてそう思わせるほどには。

 そんな彼女が態々時間を割いてまで自分の面倒を見ようとする。それは余りにも、奇妙に彼の目には映った。

 

 

「ああ、その事か」

 

 

 一方で九十九は、気の無い返事。

 彼女にしてみれば、今回の申し出は特段深みのあるものでも、裏のあるものでもなかったのだから。

 

 

「単に、面白そうだと思ってね。君のちぐはぐっぷりに興味があるだけさ、少年」

 

「変な奴」

 

「おいおい、これから私は君の師匠になるんだからね?その辺り、分かってるかい?」

 

「師匠(自称)だろうが」

 

「あっはっは!負けん気の強さは、及第点。その調子でガンガン強くなって、私への任務も持って行ってね」

 

「アンタ、最後の奴が本音だろ」

 

「ちょっと、何言ってるか分からないね」

 

「何が分かんねぇんだよ。張り倒すぞ」

 

「出来もしない事を言うものじゃないよ、少年。さて、時間は有限だ。早速始めようじゃないか」

 

 

 こうして、期間限定の師弟関係は始まった。

 一ヶ月という短い時間でどこまで行けるのか。それは、当の本人たちですらも知らない事。

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