月輪輪廻   作:六眼(目の数)

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 風を切る。ただ振り回すのではなく、遠心力と踏み込んだ時の地面からの反発をできうる限り殺すことなく破壊力に上乗せする事で、速度と威力は共存できる。

 期間限定の師弟関係が結ばれた河川敷。朔月は九十九へと必死に食い下がっていく。

 

 

「良い蹴りになって来たじゃないか」

 

「だったら、当たれよ……!」

 

 

 空を切った蹴り足を、膝を動かす事で無理矢理上から下へと叩き伏せるような軌道へと変更。だがこれも、体はおろか髪の先端、影すら捉えられない。

 改めて、目の前の女の底知れなさに、朔月は舌打ちを隠す事が出来なかった。

 

 呪力操作の取得。というか、呪力の自覚を終えれば比較的スムーズに朔月はその操作法を体得していった。もちろん、まだまだ拙く粗が目立つ仕上がりで、とてもではないが九十九からの合格はおろか、及第点も貰えないようなレベルではあったが。

 そこから始まった体術の特訓は、しかし九十九の全戦全勝。

 今も、

 

 

「そこ!隙が大きい!」

 

「ぶべっ!?」

 

 

 突き出した前蹴りを、そのまま柔術か合気道の要領でひっくり返され、背中からひっくり返されてしまう。

 大の字で転がる朔月。そんな彼の頭の方に立って覗き込むように九十九が顔を向ける。

 

 

「当たらないからと言って、荒くなるものじゃないよ少年。剣を使うのなら分かるだろう?」

 

「……分かってんよ」

 

「よろしい。まあ、最初に比べれば幾分かマシ。2級位迄なら素手で制圧できるだろうね」

 

「あの熊は、2級だろ?」

 

「呪霊は、馬鹿正直に向かってくる奴ばかりじゃない。あんなド田舎に居るものに比べて、街中の呪霊は狡猾で残忍なのさ。さて、少年。君が負けたついでに、座学の続きといこうか。ああ、そのままで構わないよ。別にペンをもってノートをとれ、だなんて言うつもりは無いからね」

 

「……チッ」

 

 げんなり、と舌打ちを零して顔を歪める朔月だが、そんな事は九十九には関係ない。

 上下関係の刷り込みは、細かな部分が大切だった。

 

 

「術式の運用には、順転と反転の二種類がある。前者は、術式に呪力を流す事で順当に発動する術式の事。後者は、それとは反対にプラスのエネルギーを流し込む事で発動する術式の事。ここまでは大丈夫かな?」

 

「おう」

 

「順転に関しては、使えて殆ど当たり前。逆に反転は使える人間が殆ど居ない。何故かな?」

 

「あ?……そのプラスのエネルギー?とやらが使えないからじゃねぇのか?」

 

「その通り。呪力はマイナスの力。このマイナスを掛け合わせてプラスを作るんだがね、それは個人の感覚に依存している。このプラスのエネルギーが使えるようになれば、より戦闘の幅が広がるんだけどね」

 

「それ、俺も出来るのか?」

 

「それは、分からないな。言っただろう?個人の感覚に依存しているって。要は、センスがあるのか、無いのか。その一点だよ。もっとも、術式反転が使えなくとも強くなる者も居るけどね」

 

「ほーん」

 

 

 気の抜ける返事だが、朔月とて何も考えていない訳ではない。

 今の彼は、大分風呂敷を広げている状態だ。

 剣の腕、呼吸、呪力、体術。どれもまだまだ極めたとは到底言えない状況で、更に手を伸ばすのは、それは単なる貪欲、向上心ではない。

 

 

「さて、授業を続けようか。呪術師の戦闘で多用される術式だけど、何もそれだけで勝敗の全てが決まる訳じゃない。何故かな?」

 

「……術式の相性とか?」

 

「それもある。が、最たる理由はフィジカルによるところが大きい。どれだけ強力な術式を持っていても、呪力を消耗して発動できなくなればただの的。だからこそ、術師は体を鍛え、体術を身に付けていくのさ」

 

「今みたいに、か?」

 

「君ほどストイックに熟す人間は少ないかもね。特に、術式至上主義の嫌いがある御三家とか」

 

「ポケモンか?」

 

「そんな可愛らしいものじゃないよ。呪術界を伏魔殿にしてる元凶、って所かな。もちろん、そこだけじゃなく上層部は全体的に腐ってるけどね」

 

「権力者って、何処でもそんな感じなのか……」

 

「なまじ、力があるから余計に厄介なんだけどね」

 

 

 朔月が思い浮かべるのは、前世の老害たちではあるが九十九の言う上層部や御三家は表の世界の権力ばかりを持ち合わせた者たちよりも遥かに厄介。

 彼らは自分たちに厄介だと思えば、何の躊躇いも無く手を下す。それこそ、そこらの羽虫を叩いて潰すかのような気楽さで。

 呪術界は日本国内ではあるが、その一方で国の法律では縛り切れない部分でもあった。

 

 程々に話し込んだところで、九十九が手を叩く。

 

 

「さて、休憩は終わり。続きを始めるとしようか」

 

「おうッ!」

 

 

 返事をしながら、朔月は左足を思いっきり振り上げ逆立ちになりながら、九十九の顔面狙いで蹴りを放っていた。

 

 

「その意気や良し。まだまだ甘いけどね」

 

「べっ!?」

 

 

 右腕で蹴りは止められ、代わりに九十九の振り抜かれた足が、強かに朔月の腹部を強襲。

 蹴り飛ばされ、水しぶきが舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血しぶきが、舞う。同時に、光源の無いはずの真っ暗な空間に、黒い刃が舞った。

 

 

「チッ!……ゼアッ!」

 

「重い蹴りだ……だが、まだ拙いな」

 

 

 迫ってきた上段廻し蹴りを軽く片手で弾き、切り伏せる。

 得物を握った右腕が切り飛ばされた瞬間に、硬直するのではなくすぐさま体術に切り替えるあたり、昼間の鍛錬の成果だろう、と鬼は内心で頷く。

 威力はまだまだ、それでも人骨を蹴り砕くには十分な破壊力を有した蹴りは今後の鍛錬次第で更なる発展を見せる事だろう。

 

 数分とかからずに起き上がる朔月。そして始まる剣劇。

 月の呼吸、いや全集中の呼吸における型は、その多くが戦局をひっくり返すだけの破壊力を有している。

 だがしかし、型さえ習熟すれば良いのかと問われれば、ソレは否だ。無論、必殺の破壊力を有した型と言うものを身に付けることが間違いという訳ではないが。

 威力云々の話ではない。()と言うのは、動きが決まっている。そして、決まった動きと言うのは得てして隙を見つけられたとしても、早々には修正できるものではないのだ。それも骨身にまで染みついたものであるのなら猶更。

 

 朔月もそして鬼も、()()なのだ。ただ只管に型()()を習熟するものではない。

 

 朔月の鋭い踏み込みからの振り下ろし、からの振り上げ。流派によっては、“燕返し”などと呼ばれるソレは、しかし着物を捉える事もない。

 振り下ろしも振り上げも、どちらも縦の攻撃だ。どうしても、その攻撃範囲は細く、しかし上下に大きなものになってしまう。

 裏を返せば、見切って左右へと一歩動くだけでその刃は届かない場合が多い。刃の厚みが比較的薄い刀ならば猶の事。

 そして、鬼はそれが出来るだけの技量を有している。

 朔月から向かって右側へと、鬼は一歩だけ動いていた。刀の握りと振り上げの動作上、朔月の右側は空白地帯となっている。

 その脇腹へと、容赦なく横薙ぎの一閃が振るわれた。

 

 

「ほう」

 

 

 空を切った一閃。体の動きについてこれなかった跳ねた髪が幾つか切り飛ばされてしまうが、朔月の知った事ではない。

 今の彼の両手に刀は無い。それは、空中にあり今まさに落ちてこようとしている。

 得物への固執の払拭。体術の習得は、戦う人間としての選択肢を広げてくれた。

 しゃがむと同時に、足払い。狙いは踏み込みならず、あらゆる動きに重要なファクターとなる利き足。が、これを鬼は滑るような後退であっさりと躱してみせた。

 

 

「チッ」

 

 

 落ちてくる刀を左手で掴む、と同時に前へ。

 刀自体を体の後ろに置き、切っ先は前。右手を前に突き出して親指と人差し指の間に刀の峰を置いた突き技。

 柄頭辺りを握り、その柄自体も軋むほどに固く握りしめられた渾身の突き。斜め下から抉るような角度で放たれるそれは、しかしあっさりと切り払われる。

 右斜め上へと向けて刀を振るった鬼により、突きは甲高い音を立てて逸らされる。

 大きく弾かれる左腕。しかし、それだけだ。突っ込む体勢はそのままであるし、刀を握った手は痺れているが、突進を完全に止められたわけではない。

 朔月は突き出した右手をそのままに、鬼の首を掴まんとそのまま前に突っ込んでいく。

 その手が、病的に白い肌へと触れ――――

 

 

「甘いな」

 

 

 その前に、袈裟切りに朔月の体は両断。鬼の両脇を通る様にして切り分けられた体が通り抜け、そして空間に転がった。

 

 

「今のは、良い動きだった。だが、体術を習ったからと言って、今のお前の技量は下の下。私には、届かん」

 

「……んな事、分かってるっての……あー、くそっ」

 

 

 体が残っていたからか、今回の復活は数秒で済んだ。だが、朔月はそのまま大の字で空間に転がったまま。

 考えナシに突っ込むのも悪くは無いが、彼は時折こうして自分の動きを思い返す時間を作っている。

 剣技の技量も上がっているが、しかしまだまだ届かない。

 人によっては折れそうな、遥かなる高見だ。だが、

 

 

「――――うっし」

 

 

 勢いよく起き上がると同時に立ち上がり、朔月乾司は構えた。

 

 

「もう一本。まだまだ夜は長いだろ?」

 

「来い」

 

 

 高ければ高いほどに、彼は燃えるのだ。

 それこそが、彼の彼たる所以であるのだから。

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