魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜 作:ラナ・テスタメント
まずはお詫びを……いや、本当すみませんでした。
まさかここまで遅くなろうとは(汗)
しかも案の定前後編ですし。く、足りねぇ。
ともあれ、入学編第十話、お楽しみにです。では、どぞー。
「さて、皆、集まったな?」
昼休みの件で制服を焦がしたせいか、シャツとスパッツと言う出で立ちで渡辺摩利はじろりと周りを見回す。
放課後の風紀委員本部だ。そこで、達也も機嫌が悪そうな表情をしていた。
さにあらん。あの後、服部副会長も騒動を起こし、達也以上の事態になった挙句、それにも巻き込まれたからだ。もちろん最後には爆発が待っており、警戒していたのに巻き込まれた。なお、深雪のサマンサスーツは達也がホスト並の美麗字句を並び立てて没収したのだが。
「では、諸君。今年も例によって例の感じで馬鹿騒ぎの一週間が来た」
若干投げやりな言葉遣いで摩利は言う。それに集まった風紀委員の皆も頷いた。しかし誰も気負った様子は無い。
部活勧誘期間における騒動が予想される週間である。だが例の執事のせいで、皆はこのように落ち着いていた。彼が巻き起こす騒動は、大抵この週より酷いものだからなのだが。
達也は何となくそれを理解しつつ、正面からのきつい視線を無視する。
一年A組の森崎駿。深雪と同じクラスの男子生徒だ。一昨日の放課後にいちゃもんをつけて来た少年でもある。
(通称、モブ崎――)
「今、お前なんか失礼な事思わなかったか!?」
「何をバカな。俺の目を見てみろ」
いつものポーカーフェイスで第六感ばりに感付いた森崎の問いを躱す。しかし森崎は全く納得していなさそうな表情をしていた……まぁ、失礼な事を思ったのは事実だが。
「こら、一年坊主ども騒ぐな!」
『『はい!』』
ぎろりと睨まれ、二人は即座に返事をする。会議中の私語だ、摩利の対応は当たり前であった。彼女はやれやれと嘆息する。
「全く……まぁちょうどいいと言えばいいか。新しく入った新入生を紹介しよう。二人とも、立て」
言われ、達也と森崎は揃って立ち上がる。すると、幾つかの視線が集中した。自分を見る目が若干値踏みしているようなのは、執事の騒動のせいだろうか。
森崎は緊張を隠せず、達也は逆に緊張を全く見せずに、視線に晒される。全員が彼等を見た事を確認して、摩利は頷いた。
「1−Aの森崎駿と、1−Eの司波達也だ。森崎は、あの森崎家の長男と言えば分かるな? そして司波はあの執事絡みの騒動で知ってる者も多い筈だ」
「待って下さい」
摩利の紹介に、達也が即座に抗議する。いやいや、周りの先輩方もうんうん頷かないで欲しい。
「俺の紹介、おかしくないでしょうか?」
「いや、少しもおかしくなんてないぞ? 何故なら君には対執事として存分に働いて貰うつもりだからな」
「歓迎するぞ司波!」
「お前のような逸材を俺達は待っていた!」
「…………」
もう何を言っても無駄らしい事を悟り、達也は天井を見上げる。その先の空はきっと青いのだろう。そうやっていないと、何か目から汗が零れそうだった。
「……調子に乗るなよ」
森崎からぽそりと声が漏れ聞こえる。そう思うなら是非とも変わって欲しい。まぁ、無理だろうが。
ともあれ、全員の反応を見遣って摩利はようやく続ける。
「そんな訳で、今日から早速彼等にもパトロールに加わってもらう」
「誰と組ませるんですか?」
「それについては――」
岡田と言ったか、二年の男子生徒の問いに摩利が答えようとした所で、がらりと扉が開く。全員がそちらに視線をやると、開いた扉から皮肉気な容貌の講師がおっと、と苦笑いして入って来た。
オーフェンだ。確か、生徒会、風紀委員兼任で顧問をしているのだったか。
「話しの途中だったか、悪いな」
「いえ、ちょうどいい所でした、オーフェン師。今、新入生二人を誰と組ませるか話しをしていた所でして」
「ああ、その話しか。俺に案があると言っておいたんだったな」
そう言って、黒のジャージ(やはり二回も爆発に巻き込まれたせいでスーツが焦げた)姿のオーフェンは摩利の後ろに来るとパイプ椅子を引っ張って座り、こちらをじろりと見た。
「タツヤと、モブ崎――」
「森崎です!」
「そうだったか? 悪い、キースの騒動を聞いた時にそっちで覚えててな。いや、俺もおかしいとは思ってたんだが」
「それよりオーフェン師、話しの続きを」
「ああ。タツヤと森崎――めんどくさいな、シュン。二人には組んでパトロールしてもらう」
「はぁ!?」
「…………」
オーフェンが告げて来た指示に森崎があからさまな驚愕を、達也も叫びこそしなかったが目尻をぴくりと動かした。
そんな二人の反応、特に森崎の叫び声に摩利が叱責を飛ばそうとするが、オーフェンが片手を上げて制する。この程度でいちいち怒っていては、それこそ話しが進まない。
「一科生と二科生とは言え、同じ風紀委員だ。連携が求められる事もある。だが、お前達はお世辞にも仲良しとは言い難いと思ってな。別に仲良しこよしになれとは言わないが、しこりを残さない程度にはなって貰う」
「ですが、こいつは……!」
「ウィードか? 二科生か? どっちでもいいが、風紀委員になったからには関係ないと思え。いいな、これは命令だ」
「了解しました」
「な、この……! 分かりました……」
上からの命令は絶対。それを理解してるが故に、即座に了解する達也に文句を言おうとして、しかし無駄であると分かったのだろう。いかにも不承不承とばかりに森崎も頷く。それにオーフェンは肩を竦めて摩利へと目で先を促した。
「新入生についてはこれで決まりだ。他に何か聞きたい者は?」
「例の執事が出て来た場合はどうしますか?」
「その場合はオーフェン師に――」
「待てマリ、何で速効で俺なんだ」
「達也君は風紀委員としてまず仕事を覚えて貰わないといけませんから。なら必然、オーフェン師が適任となります」
「……風紀委員が仕事丸投げでいいと思ってんのか」
「オーフェン師、この国には良い言葉があります。適材適所」
「…………」
有無を言わさぬ摩利に、オーフェンはついに頭を抱えて黙り込む。そんな彼を見て、達也は同情の念を禁じえなかった。……まぁ、後に自分もそちら側となるのは確定そうなので、これも一瞬だけだろうが。
「よし、他にはいないな。では最終打ち合わせを行う。巡回要領については前回までの打ち合わせ通り。いいな?」
即座に自分と森崎以外が頷く。ここで前回までの打ち合わせ内容を自分達に伝えないのは後で説明するからだろう。森崎は何か言いたそうだったが、目配せして制した。文句を後で言われそうだが、その程度ならどうでもいい。
「よろしい。早速行動に移ってくれ。レコーダーを忘れるなよ。司波、森崎両名には私から説明する。以上だ。では、出動!」
全員一斉に立ち上がると踵を揃えて、握った右手で左胸を叩いた。後々に聞いた所によると、代々風紀委員会が採用している敬礼らしい。ちなみに挨拶は時間を問わず「おはよう」だったりする等、細々としたルールもあるが今は関係ない。
風紀委員六名は次々と本部室を出て行く。その際、前日で知り合いとなった辰巳鋼太郎と沢木碧が声を掛けてくれた。それを黙って見送っていると、横から森崎のきつめの視線を感じ、分からないように嘆息する。そんな事だから組まされる羽目になったのだろうにと。
「さて二人とも、こっちに来い」
全員が外に出た事を確認し、摩利が呼ぶ。達也と森崎は頷き、彼女の前に並んだ。すると、腕章と薄型のビデオレコーダーを手渡してくる。
「今渡したのは、風紀委員必須の装備だ。パトロール中は必ず携帯するように。レコーダーは胸ポケットに入れておけ。レンズ部分が外に出る大きさになってるからな。スイッチは右側面のボタンだ。確認してみろ」
言われた通りに胸ポケットに入れ、確認すると、その通りになっていた。森崎も問題無いようなのを確認して、摩利が頷く。
「違反行為を見つけたら、すぐにスイッチを入れろ。ただし撮影を意識する必要は無い。風紀委員の証言は原則として証拠に採用される。念の為、くらいに考えてくれればいい」
「分かりました」
「了解です」
即座に頷く。いちいち睨んでくる視線が鬱陶しいが、流石に天下の風紀委員長の前で文句を言う程、分別が無い訳でも無いらしく森崎もすぐに頷いた。その返答を待って、摩利は自分の携帯端末を出すと自分達にも出すように指示する。
「委員会用の通信コードを送信するぞ。確認してくれ」
「届きました」
「よし、報告の際は必ずこのコードを使用する事。こちらからの連絡もこのコードを使うので、確認してくれ。最後はCADについてだ。風紀委員はCADの学内携行を許可されている。使用についても、指示を受ける必要は無い。だが不正使用が判明した場合は、それなりに覚悟しろ。委員会除名の上、一般生徒より厳重な罰が課せられる。一昨年はそれで退学になった奴もいるからな……いいな?」
「は、はい!」
きろり、と睨まれ、文字通りに森崎が震え上がる。まぁつい先日にやらかしているのだから当たり前か。
達也はそれについては構わず、オーフェンへと目を向ける。この間も今日の昼もだが、彼は気軽に魔法をぶっ放していたのだが。
「ん? なんだ?」
「いえ、オーフェンさん――師は、魔法使用の許可があるのかと」
「ああ、キース絡みと言うか不法侵入者に対しては無制限で魔法使用が許可されるんだよ。これはお前らもだから覚えとけ」
「……不法侵入者だったんですか、あの執事」
「そうなんだよ、実は」
頭が痛いと摩利も嘆息しながら答える。その割には毎度侵入され過ぎな気もするが、やはりあの執事だからなのだろう。細かい理由については気にしない方が幸せだと納得する。
「それより、お前らも師呼ばわりは止めろ」
「何故です?」
「単に柄じゃないからだ。呼ぶなら先生にしとけ。マリ、お前もだ」
「私の場合は直接師事してるじゃないですか。オーフェン師と呼ばせて頂きます」
「……何度言ってもこれだ」
やれやれと頭を振るオーフェンに小さく苦笑して、達也は棚に向かう。そして委員会の備品扱いとなっている汎用型CADを二つ手に取った。
「ん? 達也君、君はそちらを使うのか?」
「ええ。このCADはエキスパート仕様の高級品ですよ。俺のCADは特化型に過ぎて自由度に欠けますから。こちらを使わせて頂きます。モブ崎が使うのは特化型でしょうし――」
「さらりとモブ崎呼ばわりするな!」
「悪い、何故か語呂が良すぎてな。森崎は特化型だろう?」
「……まぁな」
不承不承な顔で森崎はホルスターに納まっているCADを見せる。早撃ち(クイックドロウ)に特化したCADに頷き、達也は摩利に視線を戻した。
「では、この二機をお借りします」
「二機か……面白い。いいだろう」
にやりと笑う摩利に肩を竦め、達也は左右の腕に汎用型CADを装着する。そんな彼に森崎はふんと鼻で笑うように息を吐き、二人は揃って先輩達に倣い敬礼をした。
「よろしいんですか? あの二人を組ませて」
達也と森崎が揃って出て行った扉を眺めながら、摩利は窓際に座るオーフェンに聞く。すると、彼は苦笑を返して来た。
「ああ、あの手の奴らは早目に組ませた方がいい」
「相性がいいようには見えませんでしたが。特にモブ……じゃなかった、森崎は」
「そりゃあんな事があったんだ。ぎくしゃくもするだろうよ。一科生と二科生と言うこだわりもある。これはシュンだけじゃなくタツヤもだな」
森崎を間違えて呼びそうになる摩利に苦笑を微笑に変えて、オーフェンは答える。
森崎も一科生にこだわっていたように見えたが、それは達也にも同じ事が言えるとオーフェンは見ていた。恐らく彼は自己評価が凄まじく低い。森崎に若干ながら苦手意識を持つ程度にはだ。そこらはまだ若いなと思う。
(俺とハーティアのようには、まぁならないとしてもな)
かつての自分とよく組まされていた一個年上の相棒を思い出す。チャイルドマン教室に入って最初に組まされた時はどんなだったかと思っても、もうぼんやりとしか思い出せない。まぁ、あまり仲は良く無かったのだけは覚えているが。
「男ってのはな。最初に多少仲が悪い程度の方が相棒には向いてるのさ」
「そう言うものですか」
「そう言うもんだよ」
不思議そうな顔をする摩利に、にやりと笑みを返し、オーフェンは立ち上がる。顧問を受け持っているのは何も風紀委員だけでは無い。生徒会もだ。そちらの様子を見ておかねばなるまい。
「後は任せた。俺は生徒会に詰めてるから、こっちは頼む」
「はい。代わりに執事が出た場合はよろしくお願いします」
「……そっちで対処するとかは?」
「不許可です。では」
こうもきっぱりと言われればもうどうにも出来まい。それを悟り、嘆息しながらオーフェンは風紀委員本部を後にしたのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なんでお前がここにいる!」
「なんであんたがいるのよ?」
「…………」
やっぱりこうなったか、と達也は諦観を込めたため息を吐きながら、睨み合う二人を見る。
部活勧誘で人がごった返している校庭、そこで待ち合わせしていた千葉エリカ(なお待ち合わせ場所とは違う場所で見付けた)と森崎は出会い頭に、前述の台詞をぶつけ合ったのだ。とは言え、唐突に激昂した森崎に比べると、エリカは呆れと嘲りを半々で混ぜた表情ではあった。
多分こうなるとは知りつつも、待ち合わせをしていた彼女との約束を一方的に破るのに抵抗があったので睨んで来る森崎を無視する形でここに来たのだが……やっぱり失敗だったのかも知れない。
「おい、司波! どう言うつもりだ!?」
「私も聞きたいわね。どう言うつもり?」
「……二人とも落ち着け。順番に説明させてくれ。まず、エリカを探していた理由は待ち合わせをしていたからだ。待ち合わせ場所は違ったけどな」
「あぅ……それは、ごめん」
「いや、俺も遅刻したから同罪だ。で、モ――森崎と来た理由は」
「おい、なんで言い直した」
「気にするな。森崎と来た理由は委員会からの指示だ。新人同士組んでわだかまりを無くせって事らしい」
「はぁ? こいつとー?」
「指差すな!」
明らかに馬鹿にしたようなエリカの態度に森崎は更にボルテージを上げる。だが、ふふんと笑いつつも視線を鋭くした彼女に、うっと呻いて引く。一昨日の事を思い出したのだろう。こほんと咳ばらいすると、再びこちらを睨みつけて来る。
「どう言うつもりだ、司波?」
「理由はさっき説明しなかったか」
「ボケたの?」
「違う! 聞きたいのはそうじゃない! 風紀委員のパトロールに女連れってのはどう言うつもりかって聞いてるんだ!」
喚くように叫ぶ森崎に達也は成る程とようやく理解する。なんだ、そんな事かと。エリカは視線の内嘲りの度合いを増やしていたが、何も言わない内はほっとく事にした。
「森崎、委員のパトロール中に他の生徒と連れ立って行ってはいけないと言われていない」
「はぁ!? お前何言ってるんだ、俺達は――」
「風紀委員よね、ただの」
「……それは」
冷静に言って来る二人にようやく頭が冷えたのか、森崎の声が小さくなる。エリカが追撃しようとするのを察して前に出ながら制すると、達也は苦笑して見せた。
「確かに俺達は風紀委員だが、一生徒でもあるんだ。そうギチギチに固く考える事も無いと思うぞ」
「ウィ――二科生ごときが僕に指図するのか」
「指図する積もりは無い、提案だ。どうしてもと言うなら彼女とはここで別れよう。埋め合わせもしなくてはならないが、何、お前が気にする必要は無い。時間も金も掛かるだろうが、心を痛める必要は無いとも」
「脅すつもりか!?」
「まさか。で、どうする?」
「く……!」
呻き、エリカと自分を交互に見る。やがて歯ぎしりせんばかりにに強く噛み締め、睨みながら森崎は告げた。
「……同行を認めてやる」
「すまない。さっきのお前の声で、耳が痺れてよく聞こえない。なんだって?」
「同行を認めるって言ったんだ! 早く行くぞ!」
惚けた達也の台詞に半ギレしながら吠えると、森崎はずんずんと前に進んだ。それを見て、やれやれと肩を竦める。
「と、そうだった。エリカ、森崎も一緒に行く事になるがいいか?」
「別にいいわよ、もう。……それより達也君、性格悪いって言われるでしょ?」
「まさか。人が悪いや、悪い人やら悪魔とか言われた事はあっても性格悪いなんて酷い事を言われたのは、エリカが初めてだぞ?」
「そっちのが悪いよ! 絶対、性格悪いって!」
「実はそうなんだ」
「ここで!?」
まさかのボケ倒しに、がっくりとエリカがうなだれるのを見て、達也はニヤリと笑うのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その後、部活勧誘の荒波に合って一悶着ありつつも(色々あってエリカが脱げたあげく、達也は脛に蹴りを、森崎は頬にビンタを貰う羽目になった。なお、森崎は「差別だ!」と喚いていた)、三人は体育館に到着する。
校庭は例の如く人で溢れかえっているので一時避難した形だ。そこも警邏範囲に含まれているのだ。
外から人目が入らない体育館等の室内は、騒動が起きやすい。実際、先程もバレー部とバスケ部で一悶着起きた連絡が来ていた。今は、剣道部のデモンストレーションの時間の筈だが。
「剣道部と剣術部、合同でやるのか?」
「そうらしいな」
先程、エリカに剣道部と剣術部の違いについてレクチャーを受けた達也は、森崎の少し驚いたような台詞に頷く。
魔法競技系統のクラブと非魔法競技系統のクラブの合同試合。それが、今行われているものだった。
剣術部は、一部の殺傷設定以外の魔法使用を許可されての試合。一方的な試合になると思いきや、意外に剣道部と勝敗は五分五分だ。これにはエリカも目を見開いて驚いていた。
「いくらスポーツの試合だからって、これはびっくりね」
「そうなのか?」
「あれ、達也君意外じゃないの?」
「いい動きをしているとは思うが。剣道部員は剣術部員に魔法を使わせない戦い方をしているように思うな」
「そうなのよ。対魔法戦の訓練を受けてるような動きなのよね。ほら、また一本取った」
自己加速術式を発動しようとした剣術部員より一足速く接近し、竹刀を打ち払う。それだけで汎用型CADを操作しようとした剣術部員の竹刀はすっ飛び、間髪入れずに面が叩き込まれる。
鮮やかな一本に、観客となる生徒(主に新入生)がどよめいた。
魔法科高校であるが故に、魔法使用が有利に働くと言う前提があるからだろう。それは達也にも分かる。だが逆に言えば、魔法師は魔法を使わない対魔法技術も求められるものだ。特に現場においてはそれが顕著になる。
剣道部は主にその技術を重点的に鍛えているように達也には見えた。剣術部は逆に魔法を使用しての実戦的な技術を鍛えているように見える。これは競技として似ていても、将来的は全く別の技術と言える。
剣道部は、例えば警察等の魔法犯罪を取り締まる側の技術を。剣術部は魔法を使用しての実戦、兵士としての技術だ。
魔法を使わない技術を一級品として持つ達也は、何故魔法科高校にこの二つのクラブがあるのかを理解する。将来的に求められる技術の違いで、どちらかに分かれているのだろう。実際、ここから見ると剣道部員と剣術部員は和気あいあいとしている。実質、二つのクラブは同じクラブと言えた。
「特に、あのポニーテールの先輩が凄いな」
「お、達也君、お目が高いですな。彼女は、壬生紗耶香。二年前に全中で二位になった実力者よ。マスコミは剣道小町とか呼んでたけど」
「二位? 一位じゃないのかよ?」
「……一位の娘は、ルックスがね。分かんなさいよモブ崎」
「モブ崎言うんじゃねぇよ! 喧嘩売ってんのか!?」
「ちなみに森崎、CADを先に使ったら不正使用の現行犯だぞ」
「……お前ら嫌いだ」
ついにはふて腐れたようにそっぽを向く森崎に苦笑する――しながら、なんやかんやと彼ともそこそこ会話出来る自分に、少し驚いた。存外、人付き合いと言うのはやってみなければ分からないものらしい。
まぁ、まだ森崎とコンビを組んで数十分程度では何とも言い難いが。と。
「……何かあったか」
「ん、ちょっと揉めてる?」
「何?」
こちらの声を聞いたか、森崎も視線を戻す。自分達がいるのは二階部分で上から見下ろす形となる。そこでは、例の壬生紗耶香が一人の男子生徒に食ってかかっていた。
「桐原君、貴方全然本気出してないじゃない!」
「壬生、落ち着け! 俺は本気でやった! それで負けたんだぞ?」
「あれが本気? 笑わせないで!」
桐原と言う男子生徒と壬生紗耶香の試合は、合同試合でかなり白熱したように見えたが、彼女はお気に召さなかったらしい。確か、あの試合は。
「……桐原と言う先輩が、振動魔法を使って体勢を崩し、壬生先輩に打ち込んで――」
「逆に打ち込まれたのよね。確かに、一瞬迷ったように見えたけど」
エリカが難しそうな顔で言う。自分もそう見えたのだが、彼女の見立てなら間違いはあるまい。
更に激しくなる二人の言い合いに、どうしたものかと両部の人間も対処に困っているようにも見える。これは、少しマズイかもしれない。
「森崎、下に降りるぞ」
「摘発するのか?」
「いや、今の段階では何とも言い難いな。風紀委員は、あくまでも魔法使用について摘発するものの筈だ」
「……分かった。お前は余計な真似をするなよ。もし何かあったら、俺が取り押さえる」
「あんたね……!」
「いいんだ、エリカ。……森崎の早撃ち、期待させて貰う」
「フン、格の違いを見せてやるよ」
鼻で笑うように言うだけ言って、森崎が階段に向かう。文句を言いたそうなエリカに微苦笑だけをして、達也もそれを追い掛けた。
森崎はすでに一階に降り、風紀委員の腕章を見せて、人混みの中を進んでいた。一応とは言え、相方がああしているならば自分も続くしかない。達也もポケットの腕章に腕を通すと、森崎を追う。
するとすぐに野次馬達もこちらを通してくれた。ちゃっかりとエリカも着いて来ているのはご愛嬌だが。そして、ようやく一番前で森崎に並ぶ。
「状況はどうだ?」
「……一触即発って感じだな」
「へぇ、面白くなって来たじゃない」
「お前な」
「エリカ……」
いかにもワクワクといった風情のエリカに不謹慎なと、森崎と達也は同時に思う。彼女の危なかっかしい性格は一昨日で存分に知ってはいるが、何もこんな時にと思わずにもいられない。
そんなエリカに呆れつつも二人はレコーダーのスイッチを入れ、視線を戻す。そこでは、ついに二人が竹刀を突き付けあっていた。
「いい加減にしろ壬生! 言っていい事と悪い事があるだろう!?」
「何よ、私が悪いって言うの!? 本当の事を言っただけじゃない! 貴方達は真剣勝負を謡ってるけど、本気も出さずに負けるなんて、舐めてる証拠だわ! 貴方達の剣は真剣じゃない!」
「壬生、お前……!」
桐原がついに顔色を変える。それに、壬生はフンと嘲るように笑った――ように見えた。
(いや、違う? 壬生先輩は嘲ってなんかいない。怯えてる? だが、実際にはそう見える――)
そこではたと気付いた。気付いて、絶句した。今、この体育館を凄まじい規模の魔法式が覆っている事を理解したから。これは……!
(精神干渉系の系統外魔法? いや、この干渉レベルはそれでは済まない。これでは、”精神支配”のレベルだ)
洗脳が一番近いが、今体育館を覆っている魔法式はそれでは済まない規模と干渉力だった。ここまでのものは、そう見れないだろう。
そこで再び気付く。体育館を丸ごと覆う規模の魔法式と言う事は。
「森崎! エリカ!」
並ぶ二人に振り向くと、森崎はCADを取り出さんとしている所だった。エリカも、何かを構えるように手を差し延べている。なのに、二人とも目が虚ろ。いや、二人だけでは無い。体育館に居る全員が、思い思いに戦闘体勢に入ろうとしていた――と、そこで気付く。自分も、汎用型CADに指を伸ばそうとしている事に。いつの間にか、自分も干渉を受けていたか。ならば。
【自己修復術式、オートスタート】
【コア・エイドス・バックアップよりリード】
【魔法式ロード――完了。自己修復術式――完了】
「再成」が即座に成り、達也は精神支配されていない自分を取り戻す。そしてすぐに森崎とエリカへと手を伸ばし「再成」。二人も、はっと己を取り戻した。
「い、今のは、何だ!? 俺は何をしていた!?」
「た、達也君!?」
「……術式は、完全には読み取れないか」
復帰したものの、訳が分からないと目を白黒させる二人は達也へと問うが、彼はそれに構わず周りを睨みつけていた。
「精霊の目」、そう呼称される特異な能力を使って、達也は魔法式を読み取るが、あまりに膨大な魔法式にすぐに読み取り切れなかったのだ。これでは対処療法的に「再成」を使い続けなければならない。それも自分を含めた三人程度ならともかく、体育館に存在する全員となると、さしもの達也でも無理があった。
「く、何これ……!」
「う、く……!」
再び二人が精神支配されかける。それにはすぐに「再成」で復帰させつつ、必死に達也は術式を解読する。魔法式を把握さえ出来れば、「分解」で魔法式を分解出来るのだ。だが、時間があまりに足りない。そして。
「壬生――――!」
「きゃ……!?」
ついに桐原が左腕のCADを起動させ、魔法を発動し、壬生に切り掛かる。同時にガラスを引っ掻いたような不快な騒音が鳴りはじめた。
振動系・近接戦闘用魔法「高周波ブレード」。その斬撃を壬生は躱すが、胴を掠めていた。そこには一線の切り傷が走っている。高周波ブレードは、切れ味を大幅に上げるBランクの殺傷性の高い魔法だ。壬生は初撃こそ避けたが次も回避出来るか分からない。だから達也は解読を一旦中止し、前に出る。同時にCADを着けた左右の腕を軽く交差させ、想子を送り込んだ。
非接触型スイッチによる操作で、CADが起動式を出力し、複雑にパターン化された想子波動そのものである無系統魔法が放たれた。
それは精神支配されていようと効果があったか、見物人に口を押さえる者が現れ、更に倒れる者も出る。しかし、代わりに高周波音が消えていた。
高周波ブレードが停止していたのである。そこを逃さず、達也は叫ぼうとして、その意味が無い事を悟った。
次の瞬間、桐原の竹刀が吹き飛ばされる。今のは服部も使っていたエア・ブリットか。
「余計な真似をするなと言っただろうが……!」
「流石だな、森崎」
いつの間に魔法を発動したのか、森崎は自前の特化型CADを桐原に向けていた。もちろん達也は「精霊の目」で起動式を感知したから叫ぶのが無駄と理解したのだが、それでも惚れ惚れとするくらいの早撃ちだった。
これで桐原は無力化出来たが――しかし。
「ちょ、ちょっと……!」
エリカが顔を青ざめさせて、飛び出したこちらに来る。何故なのかを達也は聞くまでも無かった。
一度は達也の魔法で倒れた見物人や、剣道部、剣術部の者達も幽鬼さながらの無表情でこちらに近付いて来ていたから。やはり、あれでは精神支配は解けないか。
「何なんだ、この状況……!」
「謎の精神干渉系魔法の攻撃だ。ここに居る全員、精神支配に晒されている」
「精神干渉系!? 馬鹿な、そんな事は」
「現実見なさいよモブ崎! この状況見たら、達也君が嘘ついてない事くらい分かるでしょ!?」
「モブ崎じゃねぇ! くそ、こんなの!」
「無駄口を叩くな。来るぞ……」
達也がそう言った直後、その場にいる全員が一斉に彼等へと殺到したのであった。
(後編に続く)
はい、入学編第十話(前編)でした。
まさかのモブ崎と達也を組ませるオーフェン。けど、新入生が風紀委員に入って速攻一人で警邏っておかしくね? と言う考えと仲悪いままなのどうなのよ? そして原作だと一巻でライバル感出しまくりだったのが嘘のようなモブ崎に愛の手を、と言う事でこうなりました。暫くは、達也とモブ崎は風紀委員でコンビを組む事となります。
さて、オーフェンのせいで大体仲良くなってた壬生と桐原ですが、そうは問屋が卸さないとばかりに精神支配下に。どうやってこんな事が起きたのかは次回後編をお楽しみにです。……オーフェンもちょっとだけ出るよ。ほんのちょっとね!(笑)
キース? 論外です。シリアス終わるじゃない(笑)
では、次回もお楽しみにー。