魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜   作:ラナ・テスタメント

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はい、テスタメントです。何とか書けた――!
GW最終日……を3時間ばっかし超えてお届けです。
今回は中編。いよいよ魔境ブランシュに突入と相成ります。お楽しみにー。
ではでは、第十四話中編どうぞー。


入学編第十四話「名前には意味があると信じて」(中編)

 

 にやにやと笑う坊主に、オーフェンは訝しむような表情を向け――とりあえず、試してみる事にした。鎧の機能を使わず、飛び掛かる。

 

「おいおい」

 

 いきなり襲われ、八雲が苦笑するのが見えたがそれは無視。真っ直ぐ突っ込む、と見せ掛けて特殊な足捌きでそれとわからぬような速度で持ってジグザグに踏み込みながら左の拳を突き出す。八雲は身を翻し、あっさりと躱すも直線では無い軌道の踏み込みでオーフェンに回り込まれる。この時、初めて彼の表情から笑みが消えた。

 

「と……!」

 

 大きく振りかぶられて放たれた右の拳を、八雲は掌で捌く。サイオンの光が見えたので魔法を兼用したか。だが、オーフェンの本命は最初から拳では無い。防御の為に残った軸足へと凄まじい勢いで踵を叩き込む。が、これをどう察したのか、八雲はオーフェンの右拳を掴み、重心を移動させた。それだけで姿勢が崩れ、狙いが外れる。ついでとばかりに投げを仕掛けて来るが、流石にそこまでオーフェンは甘くなく脇腹へと拳を触れさせた。

 これに接触を嫌ったか、八雲は身を離そうとする。しかし、それこそが狙いだった。オーフェンは後ろへと下がる八雲の懐へ先の倍の速度を持って潜り込んだ。そして肩を鳩尾へ接触させると突き上げる。これも寸打の応用だ。急所へと抉り込まれた一撃は八雲を悶絶させるに足る――筈だったが、瞬間、八雲の身をサイオンが照らす。同時、オーフェンは彼の重みが消失した事を悟った。

 

(自重を消したか)

「恐ろしいね、君……間一髪だったよ」

「ふざけんな。余裕で躱したろ、あんた」

 

 小さく後方に飛び退いた八雲が先程の笑みを取り戻した事に嘆息し、ジト目で見る。まさかあれが本気ではあるまい。それはこちらもだが、今ので試しは終えた。オフローダーに乗る二人を任せても、問題無さそうだと。

 オーフェンは呼気を吐き出して戦闘体勢を解いた。

 

「九重ヤクモ……あんた、そう言ったな? 確かミユキが言っていた忍術使いとか言う」

「そう。ついでに言うと、達也くん達に体術の手ほどきをしてるのも僕だ。今は仏門だけどね」

「その生臭坊主がこんな所に何しに来た」

「忍びが簡単に己の目的を明かすと思うかい?」

「今の続きをやってもいいって言うなら好きにしろ」

「いやぁ、それは困る。今度はただじゃあ済まなそうだしね」

 

 快活に笑う胡散臭い坊主に、うんざりとしながらもオーフェンは油断はしない。彼は鼻歌混じりに心臓を抉り出せるタイプの人間だ。ある意味、自分と戦闘スタイルが似ていると言える――つまり暗殺技能者と言う事だが。そんな相手に油断なぞ出来よう筈も無かった。やがて肩を竦めると、八雲は言って来る。

 

「ここに来たのは達也くん達を止めにだ。今回、かなりヤバい存在が絡んでいる事が分かったからね」

「賢者会議か」

「そう。そして君達もだ、天世界の門のクプファニッケル殿――悪魔の銅とは洒落た名だね」

 

 自分がクプファニッケルだと分かっていて接触して来たのか。オーフェンは視線の温度を少しばかり下げる。そんな彼に慌てたように(もちろん見た目だけだ)八雲は手を振った。

 

「おいおい、もう僕は君とやり合うつもりは無いって」

「なら発言には気をつけろ。必要なら口を封じるのはやぶさかじゃないぞ――物理的にな」

「それは困る。これでも僧侶なものでね」

「さっさと本題に入れよ。タツヤを止めに来たって? あいつは賢者会議の介入を」

「そう、知らない。仄めかしはしたんだけどね。だから介入を許さず叩くつもりだったんだろう。まさか、僕も最初から賢者会議とどっぷりとは思わなかったし」

 

 まぁ、それについては無理も無い。今回、オーフェンがブランシュと賢者会議に繋がりがあると見たのは、自身の経験故だ。賢者会議自体、滅多に出て来る存在でも無い。それを達也に求めるのは、流石に酷であった。

 

「今回の賢者会議の介入は君達のせいと見ても?」

「どうだろうな。半分はそうで、半分は遊びと見てるが」

「つまり、今回『ドラゴン』は――」

「来てない。来てたら俺達と全面抗争開始だ。折角揃えた奴らを生きるか死ぬかの賭けに出す程、可愛い性格してねぇよ。奴らのトップはな」

「ふむ……」

 

 八雲はそこまで聞いて考え込む仕種をした。実際はどうなのかは知らない。だが、すぐに彼は頷いて見せた。

 

「君も達也くん達を止めに来た立場と見ていいのかな?」

「そうなる。もちろん、痛い目を見て貰ってな。痛みを伴わない教訓に意味は無いってのは至言と思わないか?」

「全く同感だが、同意はしたくないねぇ。……よし、分かった。ならここの状況を君に伝えよう。彼等を頼みたい」

「……後者は元よりそのつもりだが。なんだ、ここの状況って」

「実はここ、ブランシュ日本支部はまともじゃない」

「なに?」

「各部屋毎の空間が組み替えられているようなんだ。僕も先程達也くんを追っていったが、再びここに戻って来てしまった」

 

 どうも一つ一つの部屋が空間的に分離しており、転移装置で組み替えられているらしい。オーフェンはそれを一度見た事があった。キエサルヒマの聖域、あの施設がこの構造をしていた。つまり――。

 

「連中は仲良く迷子の最中って訳か」

「モンスターに襲われながらね。あれ、動作が人間的に見えたけど、君達は正体を知っていたりするのかな?」

「さぁな」

 

 そこまで情報をくれてやるつもりは無いのでオーフェンはしらばっくれる。それに気を悪くもせず、八雲は肩を竦めて苦笑した。

 

「中々ガードが固い。まぁ、それはおいおい聞いていこうか」

「まるでこの後も会うような口ぶりだな」

「それはそうさ。君も気になっているんだろ? 僕は『ドラゴン』の一人と接触した事がある」

 

 やはりそれを出して来たか。明確に舌打ちする。昨夜、彼等の会話を紐から盗聴した時に、八雲が始祖魔法士の一人……おそらくディープドラゴン=フェンリル、レンハスニーヌと邂逅した事をオーフェンも聞いていた。その情報は確かに是が非でも欲しい――この世界では始祖魔法士と接触した存在は誰もいないのだ。いや、キースは居たが、あれの情報はあまり参考にならない。だとすると、こちらも情報をちらつかせて上手く交渉して行くしかない。こっちでもそんな事をやらなければならないのかと、内心げんなりとしながら、オーフェンは八雲に頷いた。

 

「……分かった。そっちは、今回の件が終わったら話し合おう」

「そうしてくれると助かるね。ところでそれはクプファニッケルとしてかい?」

「ああ、そうなる」

「了解だ、クプファニッケル。さて、後は彼等の件だが。先程君が言った通り、護衛は任されよう。存分に行って来るといい」

 

 そう言って首をしゃくるようにオフローダーを示す。残った懸念もこれで無くなり、オーフェンは頷き、正面を向いた。

 聖域と同じ状態なら、ネットワークと繋がる事で空間の連結状況は把握出来る筈だ。そこから空間転移すればいい。問題は、やはり達也だ。

 

(あいつの「目」はネットワークに繋がってる。空間の連結なんざ、全く苦にしないか)

「ああ、ちなみに彼等は二組に別れて中に入ってるよ。達也くん、深雪くんペアと、十文字家当主殿と桐原くんと言う先輩ペアだ」

「ご丁寧にどーも」

 

 投げやりに礼を言って、オーフェンは鎧の機能を演算処理モードで起動し、ネットワークに接続した。すると、ここから先の空間状況が良く分かる。そして、中の人の状態も。

 案の定、達也たちはずんずんと先を進んでいる。どうも、人目につかないので「分解」を全力で使ってブランシュ製の巨人の尽くを潰しているらしい。巨人は天然で魔法に対する防御――領域を持つので、そこそこ苦労しているようではあった。だが、克人たちはそれどころではなさそうだった。と言うより、戦力の殆どを集中されている。こちらは、かなりマズイ。

 

(まずはカツト達からだな)

 

 そう決めると、オーフェンは演算処理モードを最大にしながら構成を編み上げた。偽典構成だ。再びの空間転移、座標は克人達の元である。八雲が展開される偽典構成に、ほぅと息を漏らすのが聞こえたが構わない。構成を極めると直ぐにそれを解き放ち、再度オーフェンは世界から消失した。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 桐原武明は、ぜぇと息を荒げながらも高周波ブレードを展開した刀を振り切る。その先には芋虫を巨大化したような、名状しがたい何かが居た。刀が胴を薙ぎ斬り、緑色の血がしぶく。吐き気を催しながらも桐原は止まる事が出来ない。止まれば死ぬ。それが分かったから。

 転倒するように後ろに下がった桐原の眼前を、何か細いものが通り抜ける。それを放ったのも化け物だった。全身から太い針を生やしている。あれを飛ばしたのか。

 

(冗談じゃねぇぞ……化け物屋敷かここは!?)

「桐原、下がれ!」

 

 叫び声が背後から聞こえたと思ったら、針を生やした化け物が上から潰される。荷重系の魔法だ。それを放ったのは、十文字克人。彼は持ち前の魔法力で十文字家の秘術、ファランクスを展開し、化け物共十数体を同時に相手していた。正直、彼が居なければとっくに桐原は殺されていただろう。それくらいに、ここの化け物は厄介であった。

 泡をくったように慌てて下がる後輩に頷き、克人はファランクスを攻撃に転化。障壁を連続打撃として使い、化け物――巨人達を壁に減り込ませる。しかし、そこまでだった。異形化した巨人達は圧倒的な防御力を発揮し、耐えてのける。これには表情には出さないものの、克人は内心でぞっとした。

 異形化した巨人を克人が見たのは一年前だ。あの時は、オーフェンが全て薙ぎ払った。別にあれを真似出来ると思った訳でも無いのだが、まさかここまで頑丈とは。

 

(オーフェン師から、もっと話しを聞くべきだったな)

 

 今の所、こちらは無傷だ。桐原も大したダメージは無い。だが、決定力に欠ける状況なのも確かだった。このままでは、遠からずオーフェンが来る。そして、全ての成果を持っていってしまうだろう。流石に彼に勝てると思いあがる事は出来なかった。

 

「会頭、すみません」

「気にするな。それより桐原、突出し過ぎだ」

「ですが、俺の高周波ブレードなら――」

「だから、合わせろと言っている。俺が奴らを抑えよう。お前は尽く斬り倒せ」

 

 克人は一気にこの場の片をつける事に決める。ファランクスでひしめく巨人を全て抑え込み、桐原に斬り殺させる事を。元より手加減出来る状況でも無い。オーフェンに追い付かれる事を警戒し、そう決めた克人だったが、その焦りはこの場に於いて致命的だった。

 空間把握力に長ける彼でも、焦りがそれを妨げる。ましてや巨人は予測不可能な現象だ。つまり――。

 

「ぐ……っ!?」

「会頭!?」

 

 唐突に克人が顔を苦痛に歪める。桐原が振り返って来るが応える余裕は無い。痛みは足から来ていた。視線を落とすと、右足を”床から伸びた手”が掴んでいるのが見える。だが、ただの手では無い。まるでゴリラのような分厚く巨大な手に、しかも指の一本一本にキッチンナイフのような細長い刃が取り付けられていた。それが、克人の足に埋め込まれている。また、掴んでいる手も尋常で無い握力をしていた。冗談では無く、足が握り潰されかね無い。

 桐原が気付き、刀を突き込むと、それは床に溶けるように消えた。克人が崩れる。足はあの一瞬で骨折していた。

 

「会頭、これは……!」

「俺に構わず前を見ろ桐原! 来るぞ!」

 

 今の手による攻撃で集中力が乱され、ファランクスが途切れてしまった。その好機を逃さず、巨人達が殺到して来る。直ぐファランクスを再展開するが、何体かは間に合わ無い。桐原も相当な使い手だが、異形化した巨人はそれこそ化け物の如き身体能力をしている。真っ正面からでは、二、三体斬った所で囲まれ惨殺がオチだ。自分の落ち度に毒づきながら、克人は痛む足を無視し、ファランクスを攻撃から防御にシフトさせ、桐原を守ろうとした所で。

 

「我は放つ光の白刃」

 

 声を聞いた。だが、いつも聞いている筈のその呪文は、今は意味不明なものにしか聞こえない。だが、放たれた光熱波は見間違いようが無かった。

 空気を帯電させる程の光熱波は巨人数体に直撃し、爆散させる。そしてそれを放った存在が二人の前にふっと現れた。

 全身を真っ黒な戦闘服と思しきものに包んだ青年。彼はちらりとこちらを見て、巨人達へと視線をやる。その装備は見た事が無いが、誰なのかは見当がついた。

 オーフェン・フィンランディ。または天世界の門のクプファニッケル。彼はまるで睥睨するかのように、巨人達の前にたちはだったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

(ギリギリだったな)

 

 内心冷や汗を掻いたのは何も克人と桐原だけでは無い。オーフェンもぞっとしていた。後少し遅れていれば、最悪桐原は死んでいた。

 

「あんたは……?」

 

 いきなり現れたオーフェンに、誰か分からず――認識阻害が掛かっているので当たり前だ――桐原が尋ねて来る。だが、それを無視してオーフェンはひょいとその場で飛び上がった。すると足があった位置を手が掴む。

 これにオーフェンは見覚えがあった。ある意味最初に戦った巨人にして、クリーチャー。その一体である。確かに名はケンクリムだったか。前は克人と同じく奇襲を受けたものだが、今更喰らう訳も無い。空振りした手に対し、指を差し向ける。

 

「我導くは死呼ぶ椋鳥――」

 

 放たれるは破壊振動波。それは手が床に沈む暇を与えず、一瞬で砕いてのける。同時に再び突っ込んで来た巨人達に、オーフェンは心が冷えていくのを自覚した。巨人達相手に後ろの二人を守りながら、殺さずに済ます。それは不可能だ。だから決心した、巨人達を鏖殺する事を。

 腰の星の紋章の剣を抜きながら、まずは先頭の槍のようなものを突き出して来る蛙のような巨人を見る。その槍自体、体から生み出したものだろう。穂先が濡れているのは毒に違いない。それに全く慌てず、オーフェンは構成を編み上げ、放った。

 

「我は築く太陽の尖塔」

 

 直後、一瞬で蛙の巨人が火に包まれた。即座に炭化し、燃え尽きる。そしてオーフェンは炭となったそれを蹴倒しながら、次へと素早く視線を巡らせた。横だ。今度は円盤のような形の巨人である。やたら滑らかな質感を持つが、もはや原形である人型ですらも無い。それが円盤を高速回転させて突っ込んで来ていた。オーフェンは、自身を両断せんとする円盤を星の紋章の剣を縦にして受け、下から蹴飛ばす。この手のものは側面からの衝撃に弱い。案の定、ろくな抵抗をせず倒れ、オーフェンは躊躇なくそれに光熱波を叩き込んで止めを刺した。そして止まらず、星の紋章の剣を発動。文字列の刃を伸ばし、上から襲おうとしていた蜘蛛のような巨人を貫く。悲鳴を上げるそれに構わず、星の紋章の剣を薙ぎ、いくつかの巨人を巻き込んで引き倒した。そこを逃さず、構成を放つ。

 

「我は見る混沌の姫」

 

 校庭の時のように手加減はしなかった。巨人数体を一気に凝縮し、引き潰す。断末魔の声が部屋に響き渡る中、やはりオーフェンは惨殺を止めない。続いて再びのケンクリム型の接近を察知し、星の紋章の剣を床に突き立て、持ち上げた。手の中央を貫かれた手は二の腕でぶつ切りにされ、そこから伸びたチューブに脳がついている。オーフェンは星の紋章の剣を戻すなり脳を掴むと握り潰した。

 血と脳漿に塗れた右手をすっと伸ばし、瞬間的に編み上げた構成が魔術を発動させる。

 

「我は放つ光の白刃」

 

 光熱波が容赦無く巨人の一体に炸裂し――そこで終わらない。鎖状変換構成で、複数に散らばった光熱波が、後ろの巨人をさらに数体纏めて屠った。そして、逆側から襲って来た半人半蛇の巨人――クリーチャーの時はキュキュイームだったか――は口を開いた瞬間を逃さずに伸ばした星の紋章の剣で、脳を穿つ。そしてラスト、鎧に鋼線を伸ばして来る巨人――アクセルだった筈――三体に対し、スローイングダガーを同数抜くと投げ、同時に構成を解き放つ。

 

「我は踊る天の楼閣」

 

 たちまち、スローイングダガーは亜光速の弾丸と化した。一瞬で鎧をぶち抜き、エネルギーを解き放つと爆裂する。そして……それを最後に、巨人はもういなくなっていた。全て、オーフェンが殺し切ったのである。

 桐原と克人は二の句も告げずに立ち尽くす。どうしろと言うのだ、こんなものを見せられて。だが、とりあえず敵では無いと判断して桐原は声を掛けようとし――直後、振り向いたオーフェンに殴り飛ばされる。

 

「が……!? く、てめぇ!」

 

 何をしやがる。と、桐原は言いたかったのかも知れない。違うのかも知れない。だが、オーフェンは構わなかった。滑るように下がる桐原へ踏み込むと、拳を放つ。それは吸い込まれるように鳩尾へと埋め込まれた。意識を一瞬で奪われる。

 克人は倒れる桐原とこちらを見て来るオーフェンに理解する。彼は今回、味方では無い事を。最初からそう言っていたでは無いか。

 

(勝てるか、俺に――)

 

 いや、勝たなくてはならない。十師族、十文字家として。そう決意し、克人は痛む足を無視してファランクスを最大数展開してオーフェンへと放った。

 いくら彼と言えど、一気にこれを破る事は出来まい。絶え間なく紡ぎ出される連続障壁はオーフェンを倒すまでいかなくとも、攻撃を寄せつけなくは出来る。後は繰り返し、それをするだけだ。そう、克人はオーフェンの足止に徹する事を決めたのである。別動隊の達也たちに後を任せて。

 放たれたファランクスを目前に、オーフェンがゆっくりと手を上げる。ここからは我慢比べだ。そう、克人は思っていた。だが、オーフェンは違う。彼は一瞬で決着をつけるつもりだった。その構成を放つ。

 

「我は歌う破壊の聖音」

 

 次の瞬間、ファランクスの一枚目が砕け――それを皮切りに、波のように連鎖し、ファランクスが砕かれ切る。

 自壊連鎖。あるいは、連鎖する自壊と呼ばれる構成だ。最も難度が高い構成の一つでもある。これは、対象を強制的に自壊させ、それに隣接するものも巻き込んで自壊を波のように広げると言う構成である。つまり、ファランクスの天敵となる構成であった。もちろん、克人は見た事が無い。見せ無かったのだ、オーフェンが。

 ついに自壊連鎖は克人の元に辿りつき、伸ばしたCADを装着した左手を巻き込む。ぐしゃりと、凄惨な音が響いた。

 

「がぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ――――――!?」

 

 さしもの克人と言えど、これには絶叫する。左手がぐしゃぐしゃに潰されたのだ。だが、そこで自壊連鎖は終了する。オーフェンが制御し、強制的に霧散させたか。脂汗を滲ませ、それだけでショック死しかねない痛みに喘ぎながらも、克人は何とか意識を保つ。それを見遣り、はぁとため息を吐いて、彼は腕を下ろしてこちらへと来た。手を口元に当てるとマスクが消える。すると顔が認識出来るようになった。その顔を見ながら、にぃと克人は笑う。

 

「……オーフェン師、お見事でした」

「馬鹿が。加減出来なかったろうが」

 

 苛立ちを隠そうともせずに彼は言い放ち、オーフェンは克人を冷たく見据えた。そして鎧を演算処理モードで起動し、治癒魔術を掛けてやる。

 

「我は癒す斜陽の傷痕」

「ぐ……!」

 

 強制的に治癒され、戻される苦痛に克人から声が漏れる。だが、オーフェンの治癒魔術は克人の傷を癒してのけた。手の巨人にやられた足の傷も合わせて消えている。それを眺めながら、オーフェンは言ってやる。

 

「それに、今は天世界の門のクプファニッケルとして来てる。この意味は分かるな?」

「……はい」

「なら桐原連れて帰れ。空間転移させて、入口まで送ってやる」

「しかし」

「俺は失せろと言ったんだ。三度は無いぞ」

「……はい」

 

 もはや頷くしか無く、克人はうなだれる。そして桐原の元に歩き、気絶した彼を担いだのを見計らって、鎧を起動し、オーフェンは偽典構成を展開していく。

 

「オーフェン師、それは」

「今はクプファニッケルだと言っただろうが。もちろん、これも教えん」

 

 もう語る事は無い。説教は後回しだ。オーフェンは偽典構成が完成するなり、桐原と克人を入口まで飛ばした。それを確認し、重いため息を吐く。教え子を叩きのめす機会はそこそこあるのだが、今だ慣れんなと。だが、まだだ。後一組いる。

 司波達也、司波深雪。二人は、最早施設の最深部間際に居た。襲い来る巨人全てを片付けたらしい。

 恐ろしい一年共だなと苦笑し、オーフェンは再び偽典構成を展開していく。

 これは、予感だ。予測でも予定でも無い。だが確信として言える事。達也は言葉では止まらない。

 そう、オーフェンは予感していたのだ。多分、入学式の時からずっと。

 やがて偽典構成が完成し、オーフェンは空間転移を発動しながら、呟いた。

 

 ――タツヤと戦う事を、きっと俺は予感していた――。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第十四話中編でした。
……なんだ、この緊張感に満ちた終わり(笑)
次回は、ガチバージョンお兄様たる達也VSこちらもこちらで本気モード大人気ないオーフェンとなります。
ええ、ガチ殺し状態の達也とタイマンすると言うそれは一巻でやる内容じゃねぇだろ! と思われそうですが、そこはテスタメント。やります(笑)
そんな訳で、次回もお楽しみにー。

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