魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜   作:ラナ・テスタメント

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はい、入学編第六話をお届けします。今回も無謀編リスペクトなタイトルですが、ギャグが……ない……?(涙)
あれ、おかしいなぁ……。
ともあれ、第六話。どぞー。


入学編第六話「自分が嫌にならないの?」(By千葉エリカ)

 

 朝、オーフェンの起床は、主に二つの人物達によって方法が分かれる。

 一つは妹であるスクルド・フィンランディがそこそこまともに(たまにおかしな)。もう一つは、七草家住み込み故にいる七草の双子姉妹によってだ。

 七草香澄と七草泉美。この二人は、オーフェンにとって厄介な嵐のような存在だった――具体的に言うと、自分の娘達的な。

 そして本日。中学三年生の七草の双子は、オーフェンの部屋にこれでもかとニンマリと笑いながら入ってきた。オーフェンは部屋の鍵を基本的に閉めない為、何のひねりもなく侵入に成功する。

 

「……ふっふっふ、オーフェン相変わらず寝ぼすけだね」

「……ダメよ香澄ちゃん。こう言う時は静かにするものですわ」

 

 頷き合うと、抜き差し差し足でベッドへと近付く。そして、布団をむんずと掴むと、二人で一気に引き上げた。

 

「オーフェン覚悟――て、あれ?」

「いませんわね?」

 

 いつもならば上半身裸で惰眠を貪るチンピラ然とした男がいる筈なのだが、何故かどこにも居なかった。ただ、空のベッドがあるだけである。

 

「おっかしいな……今日こそは、奇襲成功すると思ってたのに」

「ほー……何か嫌な予感したと思ったら、そう言う事か」

 

 ぎくり、と背後から聞こえた声に二人は身を竦ませる。そろりと振り向くと、そこには寝起きだったのだろう、シャツにジーパンだけを身につけたオーフェンが居た。にやりと皮肉げな容貌を歪ませている。

 全く音も気配もしなかったのは、いつもの事だ。このボディーガードは、いつも音も気配も消して近付く。本人は無意識に行っているようではあったが。

 

「で? こんな早朝に、お前ら何しに来た」

「ええと……」

「起こして差し上げようと思いまして……」

「ほぅ、人を起こすのにお前達はCADを着けるわけだ?」

「「う……!」

 

 二人の左腕に鈍く光るは汎用型CADだ。そこに展開されている起動式から、なんとなくオーフェンは構成を読み取る。

 準備されている魔法はサイオン弾だ。二人が二人ともそれを用意している。とりあえずそのままと言う訳にもいかないので、オーフェンは即座に構成を編んだ。

 

「我抱き止めるじゃじゃ馬の舞」

 

 破裂したような幻聴と共に、二人の魔法が無効化される。この魔術構成を中和する構成は、この世界における高レベルの対抗魔法に匹敵する威力を有していた。

 オーフェンは起動式や魔法式を構成として読めるので、中和はさほど苦にならない。魔術構成と比べると、起動式はそれ程複雑でもない。

 

「全く、この嵐を呼ぶお転婆姉妹共め。贅沢は言わないから、もうちょっとおしとやかになってくれると助からんでもないぞ」

「ちょっと、お転婆って……!」

「心外ですわ!」

 

 そこまで言われて、流石に二人はオーフェンに詰め寄る。だが、彼は半目のままだ。ぎゃいぎゃいと五月蝿い二人を無視して、空を仰ぐ。まだ日も上らぬ空は薄暗いままだ。それを見て、なんとなしに予感する。

 

(今日も一日、静かに過ごせそうにないな。こりゃ)

 

 それは、昨日の挨拶の段階で既に分かりきってる事ではあった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 双子に起こされ、十分後。オーフェンは七草邸の庭で、その双子と向き合っていた。

 真由美の専属ボディーガードであるオーフェンだが、それとは別に七草家当主の弘一から、娘達の家庭教師も頼まれていた……実戦形式のものをだ。

 真由美は夕方から。そして双子は主に朝に稽古を付けている。戦闘訓練と言う程に激しいものでは無いが、実戦形式の稽古となると、オーフェンが採れるものは二つだ。魔法制御訓練と、魔法を使用した模擬戦だ。そして今は後者の時間だった。

 

「よし来い」

「言われなくても!」

 

 香澄が声を大にして言ってくるが、いちいち答える必要は無いだろうにとオーフェンは苦笑する。

 腰を落とし、重心を下げた。それだけ、それだけがオーフェンの戦闘姿勢だ。両手はフリーにする。

 それを見て取ってか、香澄が一気に高速で突っ込んで来た。移動、加速の複合魔法だ。

 中和構成で高速移動をキャンセルしてやる事も可能だが、あえてオーフェンはそれをしない。突っ込んで来た香澄の右掌を、左手で素早く捌き、後退する――しながら瞬時に構成を編み上げ、解き放った。

 

「我が指先に琥珀の盾」

 

 呪文の通りに、オーフェンが指し示す先の空気が硬質化する。それは香澄の足止めとなる。そして、言葉通り盾にも。

 香澄が後ろに下がると同時に、動かなかった泉美が魔法を放って来た。風の系統魔法か。しかし、硬質化した空気は風の打撃を防いでのける。

 この双子は、香澄が前へ、泉美が後ろと言うスタイルがある程度出来ている。七草は苦手な魔法が無いと言う特徴があるのだが、この双子も例に漏れず得意、不得意は無い筈だ。

 それにも関わらずこのスタイルなのは、単純に本人達の気質だろう。

 オーフェンは後退を止め、魔術を停止させる。それを見計らったように香澄が再びの高速移動。だが、今度はオーフェンも前に出た。香澄は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに打撃を放って来る。

 しかし、オーフェンの防御は崩せなかった。掌は捌かれ、肘は受け止められ、蹴りはなんなく躱される。接近戦における技量差はどう考えても明らかだった。

 しかもオーフェンは、攻撃を放っていない。この模擬戦において、オーフェンは一切の打撃と、致命的な攻撃を自ら封じている。双子はそんなハンデは要らないと訴えるのだが、彼は聞く耳を持たなかった。

 それを証明するように、香澄の打撃は尽く凌がれる。泉美の援護すらも適度に放った防御魔術が防いでいた。

 次第に焦れた香澄は、一気に後退する――と見せかけて、再び高速で迫った。フェイントだ。これで、オーフェンの防御を抜けるつもりだった。

 そんな香澄に彼は苦笑すると、足元から小さな石を蹴り上げた。それはちょうど、彼女の高速移動魔法の終了座標へと飛ぶ。慌てたのは香澄だ。思わず、目の前に現れた石を掴んでしまう。

 しまった――そんな顔をした彼女に、オーフェンは体を落とす。

 高速移動からの近接攻撃は、奇襲が主な目的だ。だが、このようにタイミングを逸らされた場合どうなるか。香澄は身を持って、その答えを示す。

 香澄の着地点を狙って放たれた足払いは、彼女を鮮やかに宙に舞わせた。それを見届けもせずに後方に小さく跳躍する。

 

(威力は最小、範囲も最低、構成を余裕を持って編み上げる――)

「我導くは死呼ぶ椋鳥」

 

 ぶあっと、オーフェンが指差した先から破壊振動波が香澄へと収束する。

 本来なら致命的な一撃ともなる振動波だが、当然オーフェンは威力を最低にして編んでいた。直撃しても、せいぜい衝撃で吹き飛ぶくらいか。

 転倒した香澄にこれを防御も回避もする手段はない。だが、振動波は寸前で防がれた。これは領域障壁か。

 

「香澄ちゃん!」

 

 叫び、障壁を展開した泉美が香澄へと駆けて来る。受け身をとった――そのくらいは当たり前だが――香澄はさっと立ち上がった。

 

「サンクス、泉美。やられちゃうかと思ったよ」

「ええ、でもまだ――」

 

 と、そこで双子はぎょっと、前に振り返った。そこには当然、オーフェンが居る。着地した彼は、悠々と構成を編み上げ、両手を天へと掲げていた。

 

(……三秒。こんなもんか)

 

 実はオーフェン、双子に黙っているのだが、後もう一つの制限を自分に課していた。

 それは魔術を連続で使う際、三秒程待つと言うものだ。

 魔法実技試験でも明らかだが、魔法式の出力プロセスはおよそ半秒以下が実用レベルとなる。オーフェンはこれより遥かに速く魔術構成を編み上げる事が出来るが、学生レベルだと次の魔法行使まで(どの魔法を使うかの思考時間含む)、ある程度時間が掛かるのだ。それがオーフェンの体感で、大体三秒程。まぁちょっとしたハンデである。双子には怖くて言えないが。

 三秒と言う時間をたっぷり掛けて編み上げた構成を、オーフェンは容赦なく叩きつける。

 

「我打ち放つ巨神の鉄槌!」

 

 直後、ドーム状に展開された障壁が確かに凹んだ。巨大な重力フィールドが上空から押し寄せ、障壁を押し潰さんとしているのである。さしもの双子も、これには絶句した。

 障壁はぎしぎしと軋みを上げている。いつ破られるか分かったものではない。

 二人は顔を見合わせ、すぐに頷いた。これを破り、勝利する為には切り札を使う必要がある。

 

「泉美!」

「ええ、やりましょう」

 

 だが、その決心はあまりに遅すぎた。オーフェンはなるたけ遅く、一、二、三と数える。右手を軽く上げた。

 

「ボクがシュート」

「わたくしがブースト」

「じゃあ――」

「ああ、二人とも。これは忠告だが、端っこに寄ってろ」

「「?」」

 

 唐突なオーフェンの忠告とやらに二人は怪訝な顔となる。しかし構わず、彼は手を振り上げた。

 

「真ん中、ぶった斬るから」

「「つ――――!?」」

 

 その言葉にようやく彼が何をしようとしているか悟り、二人は障壁の端に逃げる。同時に、オーフェンは手を地面に沿って振り放った。

 

「我撫でる――獅子の鬣!」

 

 手の動きに従うように地面を衝撃波の刃が走る! それは迷い無く、障壁も重力フィールドも真っ二つに斬って炸裂した。

 どぉぉぉぉん、と重い音と共に爆風が立ち込める。その中をオーフェンはふっと哀愁漂う顔で頷いた。

 

「勝利とて……虚しいものだ」

「「ひーとーごーろーしー……!」」

 

 そこはかとなくアンニュイな雰囲気を出していると、土煙りの中を、薄汚れた双子がよろよろと歩いて出て来た。こちらを恨めしそうに見る二人に、オーフェンはさも心外と肩を竦める。

 

「おいおい人聞きの悪い事言うなよ。怪我一つ無い筈だろ?」

「そう言った問題じゃなーい!」

 

 ついに堪忍袋の緒を切ったのか、香澄が怒鳴り声を上げた。泉美でさえも、睨みつけて来る。

 

「もうちょっと手加減してくれてもいいじゃない! こんなボロボロにしてさ!」

「今日は平日ですのに、こんなに汚すなんて、ひどいですわ……!」

「あのな、汚れた程度で済むくらいに手加減してるんだぞ、こっちは」

 

 苦笑し、怒り続ける双子を宥める。しかし、あまり効果はありそうに無かったので、続けようとして。

 

「大体だな、俺が手加減抜きでやったら――」

「おはようございます黒魔術士殿ォォォォォォォォ――――!」

「我は放つ光の白刃!」

 

 聞こえて来た声に咄嗟に編み上げた光熱波を叩き込む! 本日二度目の爆発が、庭を震わせた。

 手加減抜きの魔術を見せられ、双子が冷や汗を流す中、にょきっと直撃した筈のキースが無傷で起き上がった。

 

「何故です?」

「ああ……俺はまた無駄な事を……」

 

 この執事に光熱波なぞ食らわせてもダメージ無しと分かっていながらも、放たざるを得ないこのジレンマ。

 ともあれ気を取り直すと、オーフェンは双子と共に迷惑執事の名を欲しいままにするキースに向き直った。

 

「で、何の用だ?」

「いえ、朝のご挨拶を申し上げただけでございます」

「……カスミとイズミにはいいのか?」

「お二人は、先程挨拶をさせて頂いております。……黒魔術士殿の部屋に、お二人が入る直前に」

「止めんかい!」

 

 やっぱりかと思わなくも無いが、どちらにせよどうしようも無い。オーフェンは頭痛を隠して、キースに問い直す。

 

「他には?」

「ご当主がお呼びになられております。例の件でしょうな」

「……またか。懲りないな、コウイチも」

「我が主の性でしょう。で、いかがしますか?」

「すぐに行くと伝えといてくれ」

「承知しました。では」

 

 言うなり、キースが羽ばたくかのような音を鳴らして空へ舞い上がる。……重力中和の構成が見えなかったのは、魔術を使ってないからだろうが、だからどうやって飛んだのか、については気にしない方がいいのだろう。

 それに、弘一の呼び出しとなると、さらに頭痛が酷くなりそうだった。朝一から厄介な事である。

 

「さて、じゃあ本日はここまで。さっさとシャワー浴びて制服に着替えな」

「「は〜〜い」」

 

 最早怒る気も失ったのか……キースが来るとそうならざるを得ないのだが、双子はとぼとぼと七草邸に入っていく。それを見送りながら、オーフェンは嘆息を漏らした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「やぁ、オーフェン。よく来てくれた。娘達の世話を見てくれて、疲れたろうに――」

 

 部屋に入るなり、労いの言葉を掛けて来る。一見、エリートサラリーマンのような外見の壮年の男性だ。

 この時代には珍しい眼鏡を掛けているが、これは義眼を誤魔化す為らしい。ともあれ、オーフェンは部屋に入ると頭を下げた。

 

「おはようございます。ご当主――」

「やめてくれ、オーフェン。君に敬語を使われるとむず痒くなる」

「……対外的に敬語を使う練習くらいはさせろよ」

「それは余所でやってくれ」

 

 七草弘一。七草家当主の男だ。オーフェンの雇い主でもある。そして、もう一つ。

 

「で、どっちの用件だ?」

「まずは娘達の家庭教師としてからで行こう。香澄と泉美は、どんな仕上がりだ?」

「年齢を考えれば上等だろうな。同年代であの二人と対等にやれるのは日本国内じゃ十師族くらいなもんだろ」

「だが、何事も例外はある――そうだな?」

「否定はしない」

 

 十師族は最強たれ。その思想は理解出来なくもないが、あまりに閉塞過ぎる考えでもある。まだまだ魔法は黎明期で発展途上だ。今からそれでは先が思いやられると言うものだ。

 

「出来るなら真由美同様、君の魔術構成を翻訳した術式を二人に与えて欲しいのだがな」

「却下だ。あの二人にはまだ早い。そもそも、翻訳に成功した魔術構成はまだ多くもない。天世界の門の報告に毎度上げてる筈だが?」

 

 黒魔術をこちらの世界の魔法で再現する。それは、天世界の門として一つの活動事項でもあった。

 翻訳に成功したのは、光熱波と空間振動波。それにいくつかの魔術構成だ。

 そして真由美には魔術的な制御法と共に、最難度構成を一つ伝授している。まぁ、これは秘密なのだが。

 

(まさか、それを知っててと言う訳じゃないだろうな)

 

 分からない。だが、どちらにせよ知るつもりはオーフェンに無かった。弘一はいかにも演技臭く、頭を振って見せる。

 

「君が提供した魔術構成をこちらでも翻訳しているが、流石に複雑過ぎる。よくあんなものを平然と編めるものだ」

「慣れだな。それより、主題はそれじゃないんだろ?」

 

 さっさと本題に入れ。言外にオーフェンは言い放ち、弘一がフっと笑う。

 建前が長いのは、やはり部下のクレイリーを連想させた。しかし、上辺は似ていても本質は真逆である事も理解していたが。

 

「ああ、君の魔術と呼ばれる能力を、我が家は欲しい」

「……やっぱり、その話しか」

「真由美は気に入らないか? なんなら香澄か泉美でも構わないが」

「ふざけるな、と言っておこうか」

 

 うんざりとして、オーフェンは弘一にそれ以上言わせない事にした。

 先程オーフェン自身が言った通り、魔法師は未だ発展途上にある。そして、魔法の才能は遺伝する。これは数十年前から明らかになっている事だった。

 ならば、七草としてオーフェンの遺伝子を求めるのは至極当然と言えた。

 つまりこの男は、オーフェンを三人の娘と結婚させようとした訳だ。本来、自分の娘より年下の娘達と。流石に冗談ではない。

 

「俺は既婚者だ。これは前も言ったぞ」

「種だけでも構わない、とも言ったが?」

「だから、ふざけるなと今、言ってるんだ。俺にその気は無い」

 

 きっぱりと拒絶を告げる。この件については、如何なる条件を齎されようと首を縦に振るつもりは無かった。

 そんな気になれないのも一つだが、後もう一つ切実な理由がある。オーフェンは魔術士だ。当然、その血には天人、ウィールドドラゴン・ノルニルの血が混ざっている。その血を、この世界に残すつもりはさらさら無い。

 翻意する気が無いオーフェンに、弘一は大袈裟に肩を竦めて見せる。

 

「まぁ、気長に待つとしようか。さて、では次だ」

「今度はそっちか」

「七草の当主として、”天世界の門の最スポンサーとして”、だ。分かるな?」

 

 分かりたくも無かったが、頷くしかない。スポンサーが組織運営にどれだけ大事かは、オーフェンも二十年来で身に染みている。

 現在、七草は天世界の門の最大のスポンサーとなっているのだ。資金提供と、装備面での協力の見返りは、先にも言った魔術構成をこちらでも使えるようにする魔法式の開発。そして。

 

「我等が天世界の門は、一年前から賢者会議と紛争中にあるが――遺産は、手に入らないか」

「あれ程の大物、そう簡単に入手出来てたまるかよ」

 

 一年前。偶然、賢者会議の存在を知ったオーフェンは、当時の敵を打ち倒し、遺産を手に入れている。

 ノルニルの遺産。天人種族の沈黙魔術兵装だ。それはオーフェンにより魔術文字の解析が完了し、情報は七草に提供されている。

 だがそれ以来、沈黙魔術兵装はとんと見られ無かった。オーフェンが日曜大工のノリでいくつか再現したものはあったし、現在の科学技術と沈黙魔術の再現によって生み出された”鎧”もあるにはあるのだが。

 

「あの鎧も、君以外には使いこなせないのがな……もっと使いやすくは出来ないのか?」

「それは量産を考えてる、て事か?」

「無論、そうだ。あれ程の代物、試作品一つでは勿体無いだろう」

「コウイチ。何故、そんなに力を求める?」

 

 唐突に、オーフェンは話題の転換を図った。弘一の眉がぴくりと動いたのを確認しつつ、続ける。

 

「そんなにも四葉と対峙したいのか?」

「四葉? 彼女達なぞ意識してすらいないさ。七草には、君とスクルド”様”と言う絶対の切り札がある――」

「天世界の門は、七草の私兵じゃない」

 

 ぴしゃりと言ってやる。そもそも彼等ではなく彼女達と言ってる時点で、意識してないは強がりに過ぎない。

 

「七草は確かにスポンサーだ。だが、それだけでしか無いのも理解しておけよ」

「もちろん、理解しているさ。しかし、君達は七草に火が及べば力になってくれるのだろう?」

「七草に正当な理由と、専守防衛に限るのならな。後は知った事か」

 

 あくまでも七草と天世界の門は、利害の一致を見た関係に過ぎない。私兵になるつもりは、毛頭無かった。

 

「俺達は誰も支配しないし、誰にも支配されない。それが、天世界の門としての最後の責任だ」

「そんな無垢が、いつまで通じるかな?」

「通じる所までは通じさせるさ。無理矢理でもな」

 

 そこまで言って、ようやくこの話しは終わりとなったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 入学式から三日目、司波達也は早くも行動を共にするグループが出来上がりつつあるのを理解していた。

 自分、司波達也と千葉エリカ、柴田美月、スクルド・フィンランディ。そして、オリエンテーション前に友人となった西城レオンハルト。この五人で固まって行動する事が多くなっていたのである。

 さて、そんな五人が専門過程の見学を終えた放課後。達也は目の前の光景に嘆息する事となった。

 

「お兄様……」

 

 妹である司波深雪が、困惑と不安を視線に混じらせて自分を見る。そんな彼女に達也は、静かに頷いた。

 

「謝ったりするなよ、深雪。これは、お前のせいじゃないんだから……誰のせい、と言われても困るけどな」

「はい……」

 

 それでも申し訳なさそうな顔をする事は、止められない。

 達也は元気づける為に肩をポンと叩いてやり、前を見る事にした。深雪も、そちらに向き直る。

 兄妹が見る先では、一触即発の雰囲気で睨み合う新入生の一団が居た。片方は、深雪のクラスメイト。そしてもう片方は、言うまでもなく、美月、エリカ、レオだった。

 達也は思う――何故、こうなったのかと。いくつかの要因は、この事件の前にもいくらかあったが――。

 

「いい加減にして下さい。深雪さんは、達也さんと一緒に帰ると言ってるじゃありませんか。あなた達が文句を言う事じゃないでしょう?」

 

 

 兄妹で帰る事の何が悪い? そんなごく当たり前の事を、険しい表情の美月は懇切丁寧に言う。それは逆に、そんな当たり前の事も分からないのかと言外に告げていた。

 深雪のクラスメイトも、それが分からないでもないのだろう。だが、一度言い出した我が儘は、子供じみた意地で引っ込みがつかない。それが、見下している二科生(ウィード)に言われたとあっては尚更だった。

 

「僕達は、彼女に相談があるんだ!」

 

 声を大にして男子生徒が叫ぶ。しかし、それはあまりにも理由になっていなかった。

 さて、何故こうなったのかと言うと、それは放課後、深雪を待っていた達也と三人(スクルドは真由美とオーフェンと待ち合わせがあるらしく、放課後に別れていた)に、深雪にくっついて来たクラスメイトが難癖を付けたのが発端だった。

 要約すれば深雪は自分達と一緒に帰るべきだ。例え兄妹と友人と言えど、雑草と居るべきでは無い――だ。

 この時点で、達也は彼等から意識を除外し、深雪のご機嫌取りに走った。そうしなければ、ここら一帯が凍り付きかねないからだったのだが、そうこうしている内に、気付けば、対立は深刻な状況となっていたのである。

 どこから間違っていたのかを考えてみるが、むしろ必然かもしれない。一科生と二科生。在校生ならともかく、新入生にまだその差は、明確な区別となって現れていた。

 

「相談だ? そんなもんは自活中にやれよ。そんな事も出来ないのか、お前ら」

 

 呆れたように男子生徒の言い分を西城レオンハルトこと、レオが笑い飛ばす。

 それに便乗してか、やれやれと分かりやす過ぎるジェスチャーをエリカは見せた。

 

「そもそも、深雪の同意とったの? まさか、自分達の言い分は百パーセント聞いてくれるとか思ってないわよね? 高校生にもなって。そう言うの、何て言うか知ってる? ……自分勝手って言うのよ。良かったわね、勉強になって」

 

 一切の容赦が無い皮肉は、挑発となってクラスメイト全員に告げられた。流石に、これにはカチンと来たのか、男子生徒が見るからに顔を真っ赤にしている。あれは、そろそろマズイ。

 

「うるさい! ウィードごときが……! お前ら、アレだろ? 特別講師とやらの挨拶で、ちょっと調子に乗ってるんだろ? 勘違いするなよ、立場を弁えろよ劣等生!」

 

 すっと、エリカの目が据わる。レオも肉食獣を思わせる獰猛な笑みを浮かべはじめた。

 エリカとレオは、オーフェンの挨拶に懐疑的であった。言ってる事は分かるが、あまりに無茶な言い分だと。

 達也は、オーフェンが何を言いたかったのかを裏の意味も含めて正確に理解したので、そうでも無かったが、それでも何か感じ入る所はあったのだろう。二人は静かに怒りはじめていた。そしてもう一人、オーフェンの挨拶に感銘を受けていた少女が爆発した。

 

「勘違いって何ですか……? オーフェン先生が何を言ったのかも知らない癖に!」

「はぁ? 知るかよそんなもの。どうせ、一科生(ブルーム)に負けるなとか、そんなんだろ? 出来る訳が無いのに――」

「違います! オーフェン先生は、魔法は特別なものじゃないって、それだけが全てじゃないって言ったんです。それに、魔法は自分の半身だって、だから扱えるようになって当たり前だって言ったんです……!」

 

 そっと、眼鏡に美月は触れる。霊子放射光過敏症。その体質と向き合う為に魔法科高校に入学した美月は、オーフェンの挨拶に感激した。それは、彼女にとって天啓とも言えるもの。そして、彼はこうも言っていた。

 

「同じ新入生じゃないですか……! 同じ半人前じゃないですか! あなた達と私達に、学校の成績以上の違いがどこにありますか!?」

 

 君達はどこまで言っても半人前なのだと。半人前だからこそ、立場も関係無しに、学べる所から学べと。そこに、たかだか成績の違いなんて無いのだと。そう、言っていたのだから。

 だが、美月の訴えは新入生の一科生にとって、受け入れ難いものだった。決して、認められないものだった。

 自分達は一科生だ。魔法科高校と言う社会に認められた、言わばエリート。つまり、彼女達より明確に上なのだ。そんな下の奴らが、自分達と同じなぞ、認められる訳が無い。

 そう、”思い込んだ”彼等は、最早自分達を止められなかった。明らかにキレたのだ。男子生徒が怒りの形相で静かに呟く。

 

「同じだと? 俺達と、お前達が? ふざけるな! なら、その違いを見せてやる――!」

 

 叫ぶなり、男子生徒がCADを素早く抜き放つ。銃型のCAD、特化型だ。それをよりにもよって美月へと差し向ける。これに、レオがまず動いた。横合いから美月の前に出て、向けられたCADを素手で掴み取ろうとする。

 

「お兄様!」

 

 深雪が叫ぶ前に、達也は右手を伸ばしていた。一瞬だけ、想子の光が灯り――だが、すぐ消えた。必要無かったからだ。何故なら。

 

「――ダサ」

 

 本気で失望したような声と共に、光が一閃する。それは、男子生徒のCADをこれ以上無い程に、鮮やかに弾き飛ばした。

 呆然とする男子生徒とレオの前で伸縮警棒を振り抜いた姿勢でいるのはエリカだった。彼女は、どこまでも冷たい視線を男子生徒に贈る。

 

「呆れたわ、いくらなんでも。こいつや、あたしならともかく、美月に魔法使おうだなんて。あんた男の風上にも置けないわね。いっぺん、生まれ変わって来たら? 何なら手伝ってあげる」

「……っ!」

 

 先とは違う、凍りつくような殺気を向けられて、男子生徒が声にならない悲鳴を上げ、呆然となった。

 振り抜いた伸縮警棒の先で、レオが何か言いたそうな顔をしていたが(警棒はCADを掴もうとした彼の手の寸前で止まっていた)、空気を読んだか、何も言わない。そして――。

 

「お待ち下さぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」

 

 ……全てを台なしにする声を、その場全ての人物が聞いたのだった。

 

 

(入学編第七話に続く)

 




キースゥゥゥゥ! なラストを叫びたくなる第六話終了です。
おい、緊張感ラストで吹き飛んだぞ……?
恐るべしキース。次回、何をやらかすか、お楽しみにです。
ではでは、次回またお会いしましょう。

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