「もっとも強いウマ娘が勝つ」と言われる菊花賞。
ラッキールーラとともに京都レース場へと入ったプレストウコウは、とあるウマ娘に目を引かれる。雑誌記者たちに囲まれ、愛想を振りまく可愛いウマ娘。黄色のアイドル風勝負服に身を包んだテンメイという名前のウマ娘を見て、ルーラは言った。
「なんか、関西に来たって感じがするね」
当時、関東と関西には深い断絶があった。特に関西には「関西で人気のウマ娘」が関東とは別に存在し、ご当地ウマ娘として人気を博していた。先ほど記者に囲まれていたテンメイも、売れっ子関西ウマ娘の2代目として「ウチのお嬢」的な人気があるという。
「別に、関係ないでしょ」
プレストウコウは吐き捨てるように言うと控室へ向かった。
ヒシスピードとの別れ以来、明確にプレストウコウは変わった。ただ強さを、勝利のみを貪欲に求め、仲の良かったラッキールーラともあまり口を利かなくなっていた。
優しいルーラには、それが何より辛かった。バージは消えてしまい、ヒシは引退。もう仲良し4人組は自分とトーコしか残っていないのに、そのトーコまで変わってしまった。
とはいえ、トーコを追って話す事は出来なかった。ルーラはこの年のダービーウマ娘であり、菊花賞の1番人気。見かけた記者たちが次々と取材をしようと近づいてくる。巨体をあわあわとさせながら、ラッキールーラは取材攻勢にさらされていた。
控室で呼吸を整えていたプレストウコウは、静かに目を瞑る。
瞼の裏に、あの日の光景が蘇ってきた。
一瞬見える、泣きそうな顔のマルゼンスキー。その後背中はグングンと遠ざかっていき、ゴールする頃には遥か遠くに影が映るのみ。
目を開ければ、そこには鏡に映る自分の姿。まるで全てを憎んでいるかのような、憎悪に満ちた視線。そう、それで良い。あの日の屈辱が、2人の友を喪った怒りが、私を強くしてくれる。
ゲートインの時間になっても歓声はやまない。
「お嬢、頑張れよー!」
「関西のアイドルの底力、関東モンに魅せてやれー!」
多くの応援にテンメイは手を振って応える。9番人気のウマ娘とは思えない人気ぶりだ。プレストウコウは3番人気、京都新聞杯レコードの割には人気薄と言えるだろうか。ひとつの原因は、プレストウコウの髪色だった。「葦毛は走らない」……当時はまだそんな迷信が残っていた頃だけに、プレストウコウへの期待は低い。この迷信が破られるのは、とある2人の葦毛ウマ娘の登場を待たなければいけなかった。
ゲートが開き、クラシック最後の戦いが始まる。
先頭を行く逃げウマ娘に続いてラッキールーラ、少し下がってプレストウコウ。レースは順当に、第3コーナーまで続いて行く。菊花賞はスタミナ勝負、ここから誰が抜け出すか……それは意外な、あまりにも意外なウマ娘だった。
「第3コーナー、ここで抜け出したのはなんとテンメイ!」
9番人気のウマ娘、ご当地アイドルウマ娘、テンメイ。彼女は必死の形相で先頭に立ち、直線へと入ってくる。
アイドル的な人気があるとはいえ、テンメイの成績は決して褒められたものではない。春の成績は条件戦すら勝ちきれず、重賞勝利経験も無し。菊花賞も滑り込みと言って良いくらいの出走順で、ファンも応援しているとはいえ精々「良い走りをしてくれよ」ぐらいの気持ちであった。
そのテンメイが、先頭に立った。1番人気のダービーウマ娘ラッキールーラは見るからにバテている、最後の直線、もしかしたら……!
「お……お嬢、いけ、いけぇぇぇ!」
「いける、行ってくれテンメイ、テンメイぃぃぃ!!!」
必死の応援に応えるように走るテンメイ。実況も興奮気味に叫ぶ。
『テンメイ先頭、テンメイ先頭、テンメイが先頭だ!』
何度も繰り返し叫ばれるテンメイの名前。会場中が奇跡を確信した、その瞬間だった。
(――行くよ、バージ、ヒシ)
静かに中団で控えていたプレストウコウは最後の直線、進出を開始する。しっかり脚を残していたトウコウはみるみるうちにテンメイとの差を詰めていく。会場からは悲鳴が上がった。来るな、頼むから来ないでくれ……!
願いも虚しく、ゴール板まで残り200mを切った所でプレストウコウはテンメイを捕らえ、並ぶ間もなく抜き去った。クラシック最後の1冠を得たのは、プレストウコウだった。
「プレストウコウ今、先頭でゴールイン! 菊花賞はプレストウコウが取りました! テンメイは2着!」
会場中の落胆と悲鳴も、実況の祝福もプレストウコウには関係なかった。
トウコウの視線の先に居たのは、ひとりのウマ娘。ターフに膝をつき、涙を流すテンメイの姿だった。
(あぁ、そっか……)
その時、プレストウコウはようやく悟った。
マルゼンスキーのあの顔の意味を。
(私、この子の夢を壊したんだ)