話し終えたフジマサマーチは、食堂のおばちゃんが淹れてくれたお茶をゆっくり啜った。北原は胃のあたりが重くなった気がして(実際チキンカツは多かった)腹をさする。あまりにも重く、救いの無い話をどう扱ったものかと悩んでいた。
「……プレストウコウってウマ娘は、その後どうなったんだ?」
「――その後はシニア級でも走り続けましたが」
マーチは再び語り始める。
プレストウコウは有マ記念での敗戦後も変わる事はなかった。
翌年は春秋の天皇賞に狙いを定め出走。しかし春の天皇賞は途中で靴擦れがあった為に競争中止。普段履いていないタイプの靴を履いていたせいだという。
秋の天皇賞ではあのテンメイと再戦、プレストウコウは大逃げを打ったが最後の直線、今度はテンメイにかわされ2着となる。菊花賞とは逆の展開になったが、この時一緒に走ったテンメイは後にこう語ったという。
『あの時……パワーシンボリさんがゲート内で思いっきり気合を入れた時に間違ってゲートを殴ってしまい、開かなくなって再走となった時の事でした。飛び出したプレストウコウさんは完全に掛かっていて、先頭を思いっきり走っていました。ゴール前でかわした時も、こっちの事を全然見ていなくて……まるで、
秋の天皇賞以後、プレストウコウのレースは精彩をかき、そのまま引退。その美しい葦毛の銀髪は、まるで燃え尽きたように真っ白だったという。
「引退後の事はよく分かってはいません――本人も、きっと知られたくはないでしょう」
本人も。
やはり、マーチは……プレストウコウの事を何か知っている?
そうでなければ、あの憎悪の視線の説明が付かない。
プレストウコウとマーチの間には何か繋がりがあり、それがマーチにとって何か重要な原体験になっているのではないか。
「なぁ、マーチ。君は……」
北原が興味のままにマーチにたずねようとした時だった。
「何やってるんですか、ジョーさん」
「ここウマ娘専用ですよ、ジョーさん!」
マーチのトレーナーである柴崎、それに後輩の川村が食堂にやって来る。
二人が隣に座ったせいで完全に話は中断されてしまった。
「そういうお前らだって来てんじゃねぇか」
「僕らはもう昼食は済ませたので」
「そーそー、目的はアレなんで」
川村は食堂のTVを指さす。
そう、今日は……
「お、トレーナーがみんな揃ってる」
「もうパドック始まってるじゃん。ほら、ノルンが団扇とか買いまくってるから……」
「うっさい! 応援するんだから必要でしょ!」
騒がしく入って来るルディレモーノ、ミニーザレディ、ノルンエースの3人。
皆、目的は一つだった。
『さぁ続きまして本レース2番人気! 地方からカチ込んできた謎の転入生! オグリキャップ!』
「「「「「「オグリィィィィィ!!!」」」」」」
オグリキャップの中央初戦、第2回ペガサスステークス。皆がオグリを応援しに、TVのある食堂へと集まっていた。
北原も先ほどまでの話などすっかり忘れTVに喰いついている。
フジマサマーチも押し付けられた団扇を少しだけ振りながら、食い入るようにTVを見つめていた。
その光景を見て――三角巾をつけた『彼女』は、少しだけ安堵の息を吐いた。
自分はフジマサマーチというウマ娘に、呪いを残してしまったのではないか。
彼女の未来に、不要な物を背負わせてしまったのではないか。
それだけが、心残りだった。
マーチはひたすらに、ひたむきに走り続けた。
ただ純粋に強さを、勝利を求めて。
そして、敗れた。
あの日の自分のように、圧倒的なまでの力に敗れた。
けれど、マーチは自分とは違った。
ゴールドジュニアで敗れた彼女は、すがすがしい顔で言った。
『アイツが帰ってくる日まで、レース場に立ち続けます』
マーチはオグリキャップによって夢を壊され、
そしてオグリキャップに想いを託した。
それは、なんて幸せな事なんだろうか。あの日私がマルゼンスキーと話せていれば、有マ記念で走れていれば――そういう未来も、あったのだろうか。
『さあ準備が整いました、各ウマ娘続々とゲートへ向かいます!』
見ていろ、マルゼンスキー。うちの『怪物』は、お前の幻影をきっと越えてくれる。
それぐらい期待しても良いよなオグリキャップ、散々私らが作った飯を食ってったんだから。
「行けよオグリ、
『スタート!!!』
走り出すオグリとそれを応援するマーチを見て、プレストウコウは会心の笑みを浮かべた。
これにて終了となります。
お付き合いいただきありがとうございました。
プレストウコウ、ハードバージ、ラッキールーラ、ヒシスピード、そしてマルゼンスキー。1977年クラシック戦線を彩った多くの競争馬の事を少しでも知って、興味を抱いていただければ、これに勝る事はありません。
そして最後に。
プレストウコウの血を受け継ぐヤマトマリオン、そしてその産駒たちに幸のあらん事を!