「おばちゃん、コロッケ定食ひとつ」
「はいよ、コロッケいっちょう!」
威勢の良い食堂のおばちゃんの声を聞きながら食堂を見渡すと、北原は見知った顔を見つけた。フジマサマーチ。オグリの笠松におけるライバルで、その実力はこの学園でもトップクラスのウマ娘だ。
出て来たコロッケ定食をお盆で運びながら、北原はマーチの目の前の席に座る。
「よう、ここ良いか?」
「……どうぞ」
マーチはあまり表情を表に出さない。オグリが居る時は別だが、常に物静かでストイックだ。北原は気にせずコロッケ定食を食べ始める。
「柴崎はどうしたんだ?」
「トレーナーは外で昼食を――あまり学食を利用されるトレーナーは居ないと思いますが」
「良いじゃん、安くて量あるし、何よりここの飯は美味い!」
「それには同意します」
言いながらマーチも焼き魚定食を食べ始める。
オグリが中央へ転校してから、食堂の食事が売り切れるという事は滅多になくなった。そのせいか、食堂は落ち着いた雰囲気だ。ふと北原は、マーチが横に置いた本に目を止める。
「――『クラシックの歴史⑤』?」
「ちょうど図書室で見つけたので」
「そういやマーチって読書家だったな。けど、それ中央の歴史だろ?」
「……アイツが中央に行ったので、もう一度勉強し直そうと」
「偉いなぁ、俺なんて勉強してもチンプンカンプンなのに」
中央トレーナーの資格試験の為に北原は一から勉強をやり直していた。
トレーナーとしての技術、ウマ娘の生体、そしてトゥインクル・シリーズの歴史。
トゥインクル・シリーズは遡れば戦前から開催されている。いろいろなウマ娘のレース団体が統合され、最終的にURAが生まれた。その発足時に制定された、いわゆる「七大競争」(後に有マ記念が追加され八大競争となる)。この中から帝室御賞典(春秋の天皇賞)を抜いた「五大競争」、すなわち皐月賞・日本ダービー・菊花賞・桜花賞・オークスがクラシックの元となった。クラシックはトゥインクル・シリーズの花形であり、誰もがその栄誉を掴もうと過酷な競争に身を投じている。だからこそ、その勝者にはあらん限りの賛辞が送られ、世代を代表するウマ娘と認められる事になる。
「華やかなりしクラシック戦線か。東海ダービーですら夢だった俺にとっちゃ、遠い世界の話だったんだけどなぁ」
「――華やかなりし、ですか」
北原の言葉に、マーチはふと手元の本に目をやった。
「いやまぁ、そりゃ競争の世界だからな。ドロドロしたもんだってあるし、勝者は敗者を産む。でも、クラシックがトゥインクル・シリーズの看板で華やかな舞台だってのは……」
「そうでない時が、あったんです」
「……は?」
北原はキョトンとしながらマーチを見る。彼女は俯きながら、静かに語り始めた。
「誰もが憧れ、目指し、過酷な競争の末にその栄光を勝ち取るクラシックの世界。その華やかなりし栄光を、たった1人で虚栄に堕としてしまったウマ娘が、ひとりだけ居ました」
顔を上げたマーチの視線に、北原は息を呑んだ。
そこにあったのは、間違いなく――憎悪、怨念。そういった類のものだったからだ。
「そのウマ娘の名前はマルゼンスキー。彼女の世代のクラシックは、こう評されました」
「マルゼンスキーの敗者復活戦、と」