皐月賞。
『もっとも速い馬が勝つ』と言われる、クラシック1戦目のレース。
その皐月賞で、プレストウコウは……
「いたたたたた……」
筋肉痛に苦しんでいた。
たかが筋肉痛で、と言うなかれ。人間とほぼ同じ身体の構造をしながら人間以上の力・速度を出し続けるウマ娘は、とにかく筋肉を酷使する。ひとつ間違えば競技者生命を失う事だってありうるのが、ウマ娘の筋肉痛だった。
「大事を取って回避しようか」というトレーナーの意見を退け、プレストウコウは皐月賞への出走を決めた。バージは約束通り毎日杯を勝ち、皐月賞への出走を決めた。ルーラもヒシも、もちろん出走する。ここで私が回避するわけにはいかない!
(また4人で走ろうって、約束したんだ!)
悲壮な覚悟を持ってプレストウコウは皐月賞へと挑む。
1番人気はヒシスピード。朝日杯ではマルゼンスキーに大差で敗れたものの、マルゼンスキー以外のウマ娘には3バ身差をつけた事、年明けから重賞を2勝した事などを評価された形だ。ラッキールーラは4番人気、ハードバージは8番人気につけていた。
(それに比べて、私は11番人気かぁ……ま、仕方ないけど)
筋肉痛のせいで追い切りでのタイムが伸びなかったプレストウコウは人気を落としていた。けれど、言い訳は出来ない。今この時あるものを全部使うだけだ。
とはいえ、それで勝てる程クラシックは甘くない。
レースはラッキールーラが引っ張る形で最後の直線。プレストウコウはとても追いつけそうにない。必死に足を伸ばすが、これはラッキールーラで決まったか……
その時だった。
「……ここだぁ!」
内側に居たはずのルーラのさらに内側、わずかに開いた隙間を縫うようにしてバージが突っ込む。小柄な体を活かした見事なすり抜け、一気にハードバージが先頭に立った。
『先頭はラッキールーラ、インコースからアローバンガードが来る……いや、その更に内側からハードバージ、ハードバージが突っ込んで先頭! 先頭はハードバージ!』
プレストウコウは目を疑った。ラチの内側にはほとんどスペースが無かったはず、ラチの上を走ったのではないかと一瞬疑った程だった。
『勝ちましたのは、ハ、ハードバージ! 伏兵のハードバージが優勝です!』
ゴールしたハードバージは、右手を高々と掲げた。
「いやぁ~、まるでゴツンと殴られたような感じだったよ。『幻の右』ってあんな感じなのかな」
中山レース場からの帰り道。悔しそうなのか嬉しそうなのか、いまいち分からないような表現でラッキールーラがハードバージを誉める。プレストウコウもウンウンと頷いた。
「運が向いてる時は、ああいう積極的なレースが出来るもんだね」
謙遜しながらもハードバージは本当に嬉しそうだった。
皐月賞はクラシック1戦目で、仕上がりの早いウマ娘が勝つと言われている。8戦目でようやく勝ち上がったウマ娘が皐月賞を取るのは、クラシックの歴史を紐解いてもなかなかある事ではない。
「とはいえ、ダービーはこうはいかないからね、バージ」
「私だって、このままダービーも……いや、3冠ウマ娘だって狙ってみせるよ、ルーラ!」
嬉しそうにライバル宣言をするラッキールーラとハードバージ。プレストウコウはひとつ、ため息をついて。
「私もダービーまでに治さないとなぁ」
「少しずつ良くなってるんでしょ……そういえば、ヒシは?」
ルーラの言葉に、プレストウコウはヒシスピードの事を思い出す。ヒシは1番人気にも関わらず7着。明らかに疲労が溜まっているようだった。ウイニングライブの後も、3人とはほとんど言葉も交わさずに去っている。
「ヒシ、大丈夫かな……」
心配そうに呟くルーラに被せるようにトウコウは言う。
「ほら、折角バージが勝ったんだし、お祝いしよ!」
「でも、これどこも混んでそうだよ」
皐月賞はクラシックGⅠだけあって観客も多い。道はレース帰りの人々で溢れ返っていた。とりあえず、今日は帰ってまた今度お祝いしよっか、とのルーラの言葉を遮るように、ファンの声が響く。
「いやぁ、今日のハードバージは凄かったなぁ、最後のあの内ラチギリギリの激走!」
「本当、良いもの見せてもらったなぁ!」
その声にハードバージが照れくさそうな、それでいて誇らしげな顔を見せる。ルーラもトウコウも、肘でバージをつついてからかっていた。
だが。次の一言が3人を凍り付かせる。
「あとはマルゼンスキーさえ出てればなぁ!」
「何言ってんだよ。マルゼンスキーが出てたらぶっちぎって終わりだろ」
「そりゃそうだけどさ、じゃあクラシックって何なんだよ」
「そうだなぁ……」
「マルゼンスキーの敗者最強決定戦だろ」