身体が小さい事を恨んだ事はない。
この身体の小ささで、一世一代の走りをできたから。
なかなか勝てなかった事を恨んだ事はない。
何度負けても、応援して、待っててくれる友達がいたから。
脚が脆いのを恨んだ事はない。
私はウマ娘として、自分のレースを精いっぱい走り切ったから。
でも……
皐月賞の後、ハードバージも人が変わったようにトレーニングに打ち込むようになった。
プレストウコウとラッキールーラは、「あんなファンの言う事なんて気にする事はない、バージの走りは誰をも魅了する凄いものだった、一緒にお祝いしよう」と誘ったが、無駄だった。
「三冠ウマ娘になって、ファンや世間を見返してやる」
ハードバージの目にはそれしか映らなくなっていた。
プレストウコウとラッキールーラにそれだけ言うと、ハードバージはダービーに向けて猛特訓を始めた。
それでも何とか気分転換を――
そう思った時だった。
心配するプレストウコウ、そして全ての同期に追い打ちをかける出来事が起こったのだ。
ニュースは連日ダービーについて報道していた。
ダービーウマ娘は誰になるのかとか、出走ウマ娘の状態などではない。
「何故マルゼンスキーはダービーに出られないのか」
マルゼンスキーのダービー出走を求める世間の声は、日増しに高まっていた。
ダービーは世代最強を決める戦いではないのか、最強の筈のマルゼンスキーを除外して何がダービーだ、こんなダービーに何の意味があるんだ……
そして、決定的な声が放たれた。
他ならぬマルゼンスキー自身によって。
「大外でも良い、名誉も賞品もいらない、他のウマ娘達の邪魔もしない。だからダービーで走らせて欲しい」
「そうすれば、誰が一番強いか分かるわ」
「……なんだよ、それ」
TVの前でプレストウコウは絶望し、そして怒りに震えた。
私達の努力も、クラシックに賭ける思いも、一生に一度のダービーも。
全てこの言葉に汚された。
アイツはよりにもよって、こんな言葉ひとつで私達のダービーを台無しにした。
「なんだよ、それ!!!」
プレストウコウも
ラッキールーラも
ヒシスピードも
そして、ハードバージも
この言葉によって怒り、そして絶望した。
けれど、どうにもならない。
傲慢なこの言葉を裏付けるだけの実績が、マルゼンスキーにはあった。
世間もこの言葉を是とした。
4人の誰もが、心の中でマルゼンスキーのダービー出走を求めた。
あんな言葉に汚されるくらいなら、何十バ身でもぶっちぎられる方がまだマシだった。
けれど、もう覆らない。
マルゼンスキーのダービー出走はURAがその威信に賭けて拒否し、そしてその瞬間第44回日本ダービーの1位は決まった。
「マルゼンスキーの幻影」
走るまでもなく、彼女こそが1位だ。
そして、悲劇はまだ終わらない。
「バージが……引、退……」
プレストウコウはダービー後、ハードバージが引退する事をトレーナーから聞かされた。
ダービー前の猛特訓、そしてダービーでの度を超えた激走に、小さなバージの体は耐えられなかった。屈腱炎というウマ娘にとっての不治の病によって、ハードバージはトゥインクル・シリーズを引退した。
プレストウコウは必死にハードバージを探したが、バージは既にトレセン学園どころか、首都圏からすら消えていた。「マルゼンスキーの幻影に負けたウマ娘」という風評は、皐月賞を勝った誇り高いバージに耐えられるものではなかった。バージは自らの出自を隠し、各地を転々とする事になる。
そして、何よりも不幸な事に。「ハードバージ」というウマ娘が後世に伝えられるのは、この流転を繰り返した半年の、あまりにも辛い日々によってであった。
最初バージは地方のレース場でトレーナーをしていたが、出自がバレてすぐに辞表を出しさらに地方へ。「出自不明のウマ娘」を雇うものは少なく、様々な職を転々とした後、最後には中世駆士のショーを見せる団体に居たという。そこでバージは重さ90Kgにもなる中世の鎧を着てショーアクターをしていたが、もともと体の小さなバージに耐えられる仕事ではなかった。彼女は体調を崩し、地方の病院に運ばれる。あと3時間搬送が遅れれば、間違いなく死んでいたというのが医者の見立てだ。
これらの記録は、たまたまハードバージを見つけた地方の記者のものだった。入院患者を皐月賞ウマ娘だと知った彼は、ハードバージの軌跡を追ってある記事を書く事になる。
そして、そこでハードバージというウマ娘の記録は途絶えた。レース関係者なら誰もが知る「皐月賞ウマ娘の悲惨な末路」という記事。それが、ハードバージというウマ娘の残したものだった。
でも、三女神様。
もし、許されるなら……
同期に「アイツ」が居た事だけは
恨んでも、良いですか?