マルゼンスキーの幻影【完結】   作:ぼっちクリフ

8 / 13
第五章 第26回日本短波賞

その日、レース場は異様な雰囲気に包まれていた。

マルゼンスキーのダービー出走が叶わなかったファンたちは、今日こそその走りを見れると思い中山レース場へと押しかける。「残念ダービー」とまで言われたGⅢレースで、会場の熱気はまさにGⅠ級であった。

 

プレストウコウは静かにゲートへと入る。目的はひとつ、マルゼンスキーを倒す事。

勝てるか勝てないかなどもうどうでも良かった。マルゼンスキーに一矢報いなければ気が済まなかった。

 

ダービー13着だったヒシスピードはダート路線への転向を表明。かつて「マルゼンスキーを除く世代最強」とまで言われた彼女の姿は、今は見る影も無かった。

 

今年のダービーウマ娘となったラッキールーラを語る時、皆が一様に言うのは「マルゼンスキーさえ出ていれば」だった。中には堂々と「マルゼンスキーの空き巣」とまで言うレース関係者さえいたと言う。一度も対戦した事もないのに、世代を代表するダービーウマ娘なのに、彼女を評価する者はほとんど居なかった。

 

そしてハードバージ。消えてしまった皐月賞ウマ娘。

 

 

許せなかった。

どうしても許せなかった。

 

 

たとえこの1戦で足が折れても良い、命が尽きたって構わない。プレストウコウはその覚悟を持ってゲートに入る。

 

『さあマルゼンスキーがゲートに入ります。中山の1800m。足元悪い中、どういったタイムで、どういった走りを見せてくれるのか、非常に楽しみです!』

 

実況すらすでにマルゼンスキーの勝利を確信しているかのような物言いの中、ゲートが開く。

 

やはり今日もマルゼンスキーは早かった。向こう正面に入るまでにすでに大差をつけている。

 

『マルゼンスキーがぐんぐんと、思い切っていきました! さぁ、この差はゴール板前を通過する時何バ身に開いているのでしょうか!?』

 

実況がどれ程マルゼンスキーの勝利以外を見ていなかろうと、もはやそれに抗議する者は居ない。それ位にマルゼンスキーというウマ娘は多くのレースファンを魅了している。

プレストウコウは身を焼くような怒りを覚えながらもまだ後方に付けている。先行しても朝日杯のヒシのようになるだけだ、まだ、まだ抑える!

 

 

しかし向こう正面から3コーナーにかけて、マルゼンスキーの速度が緩まった。

逃げの定石、引きつけてスタミナを貯めてから突き放す作戦か、それとも何か起こったか。

 

違う。

 

プレストウコウは見た。

 

後ろをちらりと振り返るマルゼンスキーの顔を。

 

その顔は……まるで

 

『3コーナーです、マルゼンスキーが……何か止まった!? 何か止まった! まさか故障か、マルゼンスキー失速!!!』

 

悲鳴のような実況の声ももうどうでも良かった。

 

 

振り返ったマルゼンスキーは、まるで泣きそうな顔をしていた。

怒られた子供のような、悲しみと慙愧に満ちた顔。

 

 

その顔を見て、プレストウコウは……

 

(……同情、してる?)

 

もう限界だった。

レース中だと言うのに、プレストウコウはマルゼンスキーの左肩に向かって吠える。

 

 

「バカにするな、バカにするな、バカにするなぁぁぁぁ!!!」

 

 

弾かれたように前を見たマルゼンスキーは再び加速し始めた。

第3コーナーを超えて直線へ。

 

追いつかない。

どれ程走っても、怒りに任せて限界を超えて足を動かしても。

 

マルゼンスキーはスピードを上げて最後の直線を疾走する。その姿を見て観衆は安堵と歓喜の叫びをあげた。

 

『もうマルゼンスキーの勝利は間違いないでしょう! 完全な横綱相撲です! マルゼンスキーが先頭です、マルゼンスキー先頭! 今、ゴール板前を通過しゴールイン! 2着にプレストウコウ!』

 

 

マルゼンスキー、プレストウコウに7バ身差をつけてゴール。

人々は熱狂し、このレースを語り継いだ。一度完全に失速して相手が並んでから、再び加速しての圧勝。通常、一度失速したウマ娘が再び加速しようとすれば、相当のタイムとスタミナをロスする事になる。後世、圧倒的強さを持つ3冠ウマ娘が一度失速してから再度加速して勝負を挑んだレースがあったが、その時ですら2着が限界だった。それをマルゼンスキーは、7バ身差をつけて圧勝して見せたのである。

 

とある日本を代表するレース解説者は、後にこの日本短波賞をもってマルゼンスキーを「トゥインクル・シリーズ史上最強のウマ娘」として挙げている。

 

「このレースは決して名勝負ではありませんよ、それは認めます。けれどね、このレースがあるから僕はマルゼンスキーこそがトゥインクル・シリーズ史上最強のウマ娘だと思うんです。何故ならね、重賞を必死に走って勝つウマ娘はいるけど、『遊んで勝ったウマ娘』はマルゼンスキーしかいないんです」

 

遊んで勝った。

そう見えても仕方のないレースだった。

一度理由もなく3コーナーで速度を緩め、止まってから再度加速して勝つ。しかも当日は不良バ場。加速するにも相当なスタミナとパワーを消耗する筈なのに。

 

こうしてマルゼンスキーにまた新たな伝説が生まれ、またプレストウコウの評価も決まった。

 

 

「マルゼンスキーに遊ばれたウマ娘」

 

 

それが、トゥインクル・シリーズ史に刻まれた、プレストウコウの消えぬ汚名であった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。