正体不明の謎の少女こと天宮千鶴から諸々の説明を受けた放課後から数日が経過した。
その間大した進歩はなかったものの、俺が日常生活においてやるべきルーティンはだいたい把握することができた気がする。
先週から今週にかけてまでの日数で計算した場合、登校前に青島が自宅前まで迎えに来るのは三日に一度程度だ。
起床時に自室の二階から窓の外を確認するのを忘れなければ、青島の人形みたいな無表情づらを朝っぱらから見る羽目になっても変に驚くことはなくなる。あれは特に心臓に悪いから念入りに確認すべき項目だろう。
次によくあるイベントが赤嶺との昼休みで、これは青島よりも間隔が短くほぼ二日に一回。運が悪いと連日になることもあるのが特に悩みどころか。
赤嶺が個別ルートの赤嶺──通称”さくら”になっている場合は、決まって四限目終了直後に教室の前で待機している。
俺のクラスの授業が終わったのを見計らい、チャイムとともに開放された教室の扉の隙間からパチンとかわいいウィンクをしたらそれが合図だ。
さくらがあの空き教室へ向かった五分後に俺は席を立ち、近々手品部の部室にされてしまうであろうあの場所で落ち合うまでが一連の流れである。
……とりあえずあの二人に関してはそれくらいだろうか。
天宮曰く個別ルートの彼女たちは一人で生きていた共通ルートと違い、如月大我という心の支えを獲得したことで逆に精神が少しばかり不安定になっているらしく、変に刺激するのはNGということになっている。
彼女たちが気がつかないうちにこっそり成仏させる──そういった算段だ。
なの、だが。
日を追うごとに冷静さが増していき、客観的に自分を見られるようになったとき、俺はなんでこんな理不尽にさらされているのかとごくごく真っ当なはずの憤りを覚えてしまっていた。
別に昔馴染みでもなければ新しくできた友達でもなく、それこそただの同級生程度の間柄でしかない少女ふたりの精神を、なにゆえ俺が守らなきゃならんのだ。
赤嶺と青島は皆が認める美少女だという事実はわかる。そこはすでに受け入れている。
優れた容姿と誰に対しても物怖じせず対等に接する中身の良さも相まって、読者モデル兼SNS上での有名人である赤嶺だけでなく、ほぼすべての人間に対して距離感が近い青島もまた、高校の生徒たちからの支持は熱い。
何が言いたいかというと、つまり彼女たちが『助けて』と希えば手を差し伸べるヒトなど山ほど存在するということだ。
これは男女問わない。
実際に身近に存在する有名人と縁を繋げたい層や、普段から青島の艶やかな髪の毛を結ったりしてかわいがっている女子、またあまりにも近すぎる距離感の青いほうが『こいつ俺のこと好きなんじゃね?』と勘違いさせまくっている男子たちに加え、彼女たち二人に対して純粋に憧れや好意を抱いている生徒などなど、例を挙げればキリがないほどだ。
なのに、なんで俺が。
有名人であったり多数から好意を寄せられている存在と、とても大変にしぶしぶ不本意ながらつながりを持ったわけだが、残念ながら他の生徒たちに対しての優越感など皆無に等しい。
事あるごとに『やれやれ』とぶつくさ文句を口にしながらヒロインたちとの物語を歩むライトノベルの主人公たちの気持ちが、ほんの少しだけだが理解できた。
一度しかない青春真っ盛りな高校生活だぞ。
普通なら自分の好きな人──相性のいい人間とだけ過ごして思い出を築いていくはずだろう。
なにが悲しくて転校したばかりの自分が一番大変な時期に他人の重い事情を背負って手を差し伸べなければいけないんだ。
一人友達ができただけでウキウキしながら一緒に帰ろうとしちゃうくらいコミュニケーション能力最弱なの。
まじ勘弁。
スズね……スズさんはなんともなくて本当に助かった。
いまのところ唯一の心の拠り所だ。
またあんまん買って帰ろうかな。
「……だりぃ」
とある公園のベンチに横たわってそう呟く。
世界が真横になっとるわ。
「おつかれですね、先輩」
「そりゃまあ精神的にな」
学校が終わった帰り道。
めずらしく赤青ふたりが人格の主導権を未来のさくらとヒナミに渡しておらず、普段通り過ごしていため俺も巻き込まれることなく一人で帰ることができた。ちなみに中嶋は部活。
平和な放課後に喜んだのもつかの間、こうして自分を俯瞰した結果、俺自身の最悪な現状を自覚してこれから先のことが不安になりナイーブ真っただ中という経緯である。
天宮がいる理由はしらん。
「おいストーカー、なんでいる」
「ブランコにのってる私の目の前でベンチに倒れこんだのは先輩のほうですよ」
「えっ……ごめん」
「やーいストーカー」
「ゆるして……」
こいつとの接し方はこの数日間で把握した。
ズバリ、適当。
答えは適当だ。
天宮千鶴という少女の接し方は適当でいいのだ。
協力者である彼女にまで気を配ってたら俺のメンタルが先にやられるので、これが正しい。適当いちばん。
「なぁ……天宮。なんでこれから先のことを全部教えてくれないんだ?」
ベンチで横たわったまま、目の前のブランコに腰かけてる彼女に問いただす。
……やば、パンツみえそう。
目とじよ。
「順序がバグるから、って言いませんでしたか」
「その言い方じゃわかんねぇよ。もっとプレイヤーに優しい説明してくれ。お前は四周目でも俺はこれが初周なの」
「まぁ……たしかにそうですね。もっと詳しく語るべきだったか」
こほん、と咳払い一つ。
咳かわいい。目を閉じてる分こいつのきれいな声音がよく聞こえるわ。
……だめだ、疲れてるな俺。
「先輩。一周目の先輩は”未来”を知っている状態だったと思いますか?」
「普通に考えれば……知るわけないな」
「その通りです。共通ルートっていうのは別に迫りくるイベントに対してうまく立ち回ろうとして出来上がった道じゃなくて、先輩が普通に学園生活をおくりながら自分の意志で行動した結果として構築されたルートなんですよ」
例えば、と続ける天宮。
「あした高校の曲がり角で先輩とヒナミさんがぶつかっちゃうとします。それを知った先輩はぶつからないよう、あした必ず曲がり角で一度止まるようになりますよね」
「そりゃそうだろ。ぶつかったら痛いし」
「ダメなんですよ、それが」
「……痛い目に逢えってことか?」
「広義の意味ではそうなるかな。例え話の続きですけど、先輩とぶつかったヒナミさんがペンを落としちゃって、あなたがそれを踏んづけて壊した。で、先輩はそれを弁償するためにヒナミさんを文房具店に連れていきます。──はい、デートイベント発生。逆に避ければこれは起きません」
言わんとしていることは理解できた。
つまり予定通りに動けって話だろう。
「予定通りに動けって話じゃないですよ?」
ちがったらしい。じゃあなんだ。
「未来を知っているがゆえに不幸を避けたりとか、逆に無理やり帳尻を合わせようとすると、否が応でも変なルートに突入しちゃうんですよ。まったく知らない未来に変貌してしまったら私もナビゲートが厳しくなる可能性があります」
「じゃあどうすればいいんだよ……」
「なるべく普段通りに生活してください。先輩が”ああしたい”とか”こうするべきだ”って自分で考えて選んだ道こそが正解になりますから」
「……もし、それでお前の言うところの変な方向に曲がったら?」
起き上がって目を開けるといつの間にか天宮は目の前にいた。
そしてやはりというか、彼女の表情は余裕綽々といった雰囲気で、俺のことを見おろしている。
「ま、そのときはそのときですね。現状ベストな選択が先輩に任せることなんで、それ以上の具体的な案はなんとも」
「大雑把だな……そんなことでいいのかよ。俺たち、一応あの二人の人格を崩壊させないために動いてるんじゃないのか? 未来の二人については早く対処したほうがいいんじゃ……」
「目下研究中なのでそこを急かされても困りますー。幸い
「まったりねぇ……」
鷹揚な天宮の態度に少々の不安を抱きつつも、急かされなかったことに関しては素直にうれしい。
俺のペースでやっていいのならその通りまったりやらせてもらおうじゃないか。
「……参考程度に聞いておくけど、今日ここで俺と天宮が会話してるのは正しい歴史の流れなのか?」
解散しようとした彼女をわざわざ引き留めてまで質問した。
明日以降のことは自分で考えるつもりだが、まもなく終わりを迎える今日くらいは正解を聞いても問題ないだろう。
「あー……」
なぜか苦笑する天宮。
もしかして大切なイベントとかあった感じ……?
「会話の内容は違ってますけど、いまここでこうしてること自体は一周目と同じですね。ちなみに先輩はいま立ち上がると足がもつれます」
「なにそれ」
「要するに私を巻き込んですっ転んだ結果ラッキースケベを体験することになるって話です。もうがっしり胸を揉まれちゃいますね、私」
「…………ここから一歩も動きません」
震え上がるほどの恐ろしい未来を聞いた俺は無害を主張するために再びベンチに寝転がった。
ラッキースケベなんかしません絶対に。
不可抗力とか関係なくああいうのただのセクハラだからな。
「あ、そうだ先輩。怪我とかしてないんであれば明日の球技大会は参加してくださいね」
「球技大会……?」
そういえば担任がなにか言ってた気がする。
新しいクラスになったばかりの生徒たちが絆を深めるための、とかなんとか。
たしか種目はドッジボール……あぁ、なるほど。
赤嶺か青島どちらかとのイベントがあるのかもしれない。
かといって何が起きるのか事前に知っていると妙な行動をとりかねないから、天宮は『参加しろ』と言うだけで留めたのだろう。
願わくばさくらとヒナミが出てきませんように。
おそらく無意味であろう祈りを胸に抱えながら、天宮が俺と十分に距離をとってから公園をあとにした。