紅。
紅い炎が灯る。
一寸先も見えない闇の中でも、果てしなく底の見えない水底に沈んでいても、私の前にはいつも眩い程に輝く一筋の炎が道を照らしていた。ダンジョンで危機に陥った時、治療中に手順に困った時、その炎は違わず私の行くべき先を導き示す。
他の者達には……それこそディアンケヒト様やミアハ様を含めた神々ですら、その炎を見ることは出来ず、感じることも出来ていない。
幻想、錯覚、そう断じるにはあまりに正確なその導きを、果たしてどう扱えばいいのか。私は自分自身で何度も何度も思案し、その度にその暖かさに身を浸し、深い眠りの中へと誘われる。
もしその炎が私にとって不利益に働いていると言えることがあるとするなら、それは……
「……はい、これで治療は終わりです。10日もすればまた自分の足で歩けるようになります」
「そ、それは本当か"白焔(レフ・フローガ)!?助かった!今回ばかりは流石に駄目かと思ったんだ!」
「いえ、今は治療の設備や道具も整っていますから。生きてさえいれば、大抵の怪我は治せます」
「そ、それなら俺の連れの方は……!」
「アミッドが担当しています、そちらも問題はありません」
「……ああ!良かった、良かった!!」
まだまだ歳の若い冒険者。
経験もない、知識もない、実力もない、あるのは勇気と無謀だけ。その末に危機を乗り越え生きて帰ってくることが出来た、そして怪我も治ると保証される。
……運が良かった、恵まれている。同じような状況に陥り、助かることのなかった者達は大勢居る。それを考えれば彼の喜びようは、些か足りていないと言わざるを得ない。
今の命を、今日の命を、感謝し、喜び、より一層の愛を持って接しない限り、接するための意識を作らない限り、彼はまた同じことを繰り返すだろう。こうして助かった結果、それでも反省せずに、無駄に命を散らす。正に目の前の男の様な者達も過去には大勢居た。彼は決して1人目ではない。
「貴方は、冒険者として生きるには甘いですね」
「っ……あ、甘い?」
「考えが甘いです」
「い、いきなり何なんだ……!」
「自分より賢い人間を引き入れる事をお勧めします。サポーターでも構いません。貴方に指揮を取る素質はありません」
「っ、偉そうに言いやがって……あんたに何がわかるんだ!!
「今日までに命を落とした多くの冒険者達の顔を知っています」
「っ」
「一度命を落としかけたんです、今日を境に生まれ変わっては如何でしょう。手始めに、ご自身の不足と無知を受け入れることから」
「おッ前……!」
「それでは、失礼します」
病室のカーテンを閉めて、背中を向ける。直後に背後から聞こえて来るベッドを叩く音、それに少しの興味も示す事なく部屋を出た。
「……言い過ぎではないですか、ノルア」
「早かったですね、アミッド。流石です」
「そんな話はしていません。先程の貴女の態度は、患者に対してあまりに失礼な……」
「あのままでは彼、次の冒険で死んでいたので」
「っ……それも、いつもの勘ですか?」
「ええ。……ああ、そうでしたアミッド。そろそろロキ・ファミリアが戻りますから、準備をした方がいいですよ」
「……準備とは、何の?冒険者依頼の報酬の用意なら既に」
「今回の遠征、多分上手くいかなかったと思います。吹っかけられますよ、それもかなり」
「貴女が、同行しなかったから……?」
「いえ、まさか。適当に私の名前を出して遇らうことをお勧めします。……それでは、私はこれからギルドに用事がありますから、また後で」
去っていくその後ろ姿。
白銀の髪に薄っすらと赤色を混ぜた様な彼女。
(……っ、また)
炎が見える。
彼女と自分を繋ぐ紅の炎の線が。
(……眩しい)
いつからだろう、こんな物が見える様になったのは。
いつからだろう、こんな風に炎が自分と彼女を繋ぎ始めたのは。
(なんでも、知ってるみたいに……)
そんなことばかり言って。
そんな風に、自分にばかり導きを与えて。
(気に食わない……)
いつか絶対に見返してやるのだと。
そう考えてもう、何年が経っただろう。
(救われるべきは……)
癒されるべきは。
……貴女なのに。
ノルア・コルヴァスはディアンケヒト・ファミリアに所属しているLv.4の眷属である。
治療系ファミリアに所属する眷属達の中では言うまでもなく屈指の実力者。鍛治系ファミリアのヘファイストス・ファミリアにおいて、最上級鍛治師の称号を冠する椿・コルブランドがLv.5であることと、よく並べて称される様な人物だった。
……しかし決して冒険者ではない。
彼女は治療師だ。
それなのに妙にレベルが高い。
それでも治療師としての腕前は"戦場の聖女"アミッド・テアサナーレには及ばない。椿の様に"最上級治療師"とは呼ばれない。オラリオ最高の医療者は間違いようもなくアミッドであるからだ。
そんな中途半端な人物が彼女だった。
だから彼女を軽んじる声もある。
アミッドではなく彼女に治療される事を、ハズレと称されるのも良くあることだ。
そして何より彼女がアミッドと比較されるのは……
『あの女には感情がない』
そう言われること。
『目だけが笑っていない』
誰もが口々にそう言う。
『白々しい、人を人と思っていない』
『気持ちが悪い、関わりたくない』
『モンスターの方がまだ可愛げがある』
そんな言葉を咎めることはあれど、否定されることは殆ど無い。それがノルア・コルヴァスという人間であり、極力関わりを拒む者が多く居た。本人はそれを聞いても"白々しく"笑うばかり。
興味がないのか。
実は心の底では怒っているのか。
それすら誰にも分からない。
……そう、誰にも。
神にも、同僚にも、誰にも。
「こんにちは、エイナさん」
「っ!?コ、コルヴァス氏……!?きょ、今日はどうされたんですか!?」
「次の怪物祭に向けて、当日の治療師達の動員体制表を持って来ました。万が一の場合に備えてギルドでも周知をお願いします」
「な、なな、なるほど……そ、そういうことでしたか!」
エイナ・チュールもまたその女が苦手だった。
行動の全てが模範的、協力的。
言葉遣いも丁寧で、常識がある。
こうして仕事は早い段階で終わらせてくれるし、気も効く。
それなのに、苦手だった。
「複数枚刷って来たので、良ければ街中に貼り紙としてお願いしたいです。一応当日は私も陰ながら巡回していますが、何か起きないとも限りませんし、念のために」
「え、ええ、そうですね。ね、念のため……念のために……」
白々しいから。
彼女がそう言うということは、恐らく何かが起きるのだろうに。ギルド長のロイマンもその会話を盗み聞き、隠す事なく顔を顰めて、睨み付ける。
見た目で人を判断するつもりはない。
確かに見た目は大事だ。
見た目で人の印象は大きく変わる。
けれど内面が優れていれば見方は変えるべきだ。
エイナは常々この職業をしているとそう思う。
……そう思うのに、彼女だけは別だった。
「あ、あの……わ、わざわざこれだけのためにご足労いただき、あ、ありがとうございました。こ、コルヴァス氏」
「いえ、ギルドの皆さんにはいつもお世話になっていますから。これくらいは足を動かしますよ。……それでは」
そう言って振り返り、出口の方へと足を進める彼女。職員達はその様子を見てホッと胸を撫で下ろす。決して何かをされる訳でも、されたことがある訳でもないにも関わらず。
「……あぁ、そうでした」
「「「!?」」」
そんな彼等の様子に気付いたのかそうでないのか、しかし彼女はやはりいつもの様に目だけが笑っていない白々しい笑みを浮かべてエイナの元に戻って来る。
そして冷汗を垂らしながら困惑するエイナの耳元に顔を近付けて、小さく囁いた。
「彼は無事ですよ」
「え……?」
「それでは、また」
「え、あ、えぇ……!?」
そんな不穏な言葉を残して、ノルア・コルヴァスは今度こそギルドを去っていった。そしてその直後、エイナ・チュールの担当であるベル・クラネルが返り血で真っ赤に染まったままダンジョンから戻って来る様なことがあったが……そこに関連性を見出せるかどうかは職員内でも意見が分かれる……などと言うこともなく。見事に彼のことを示していたのだと一致した。そしてまた気持ち悪がられた。