炎導に惹かれて   作:ねをんゆう

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13.剣姫と剣技

アイズ・ヴァレンシュタインはLv.5の冒険者だった。

とある目的を持って強さを求め、ロキ・ファミリアの一員として今日まで戦い続けて来た。

そんな中で現れた目の前の女は、その単純に凄まじい身体能力によってアイズがここまで積み重ねて来た物を悉くに捩じ伏せてくる。人には使わないと思っていた『エアリアル』をしようしても互角、いや互角にも届かない。一振り一振りが致命的で、それほどの力を持っているというのに動きもまた早い。ならば技術が無いかと問われれば全くそんなこともなく、肉体的な耐久力さえレフィーヤ・ウィリディスの魔法を片手で食い止める程に人離れしている。

 

(私よりも……強いっ!?)

 

「便利な風だな、『アリア』」

 

「っ、どこでその名前を……!!」

 

そして何よりアイズの心を揺さぶっていたのは、目の前の正体不明の女が先ほどからしきりに自分を呼ぶその名前についてだ。その名前は他ならぬ自分の母親のもの、それを知っているのはロキ・ファミリアの幹部達を除いて他には居ない筈。それなのに何故この女は知っているのか、そもそもこの女は一体何者なのか。アイズが取り乱すのも仕方のないことであった。彼女はそれほどの過去を抱えているのだから。

 

(この一撃で……!!)

 

風の魔法を使用した超高速移動を利用した変速攻撃、敵の完全な死界から繰り出す全力の一撃。

 

「……ほぅ」

 

(っ!?)

 

それすらも、避けられる。

 

「人形の様な顔かと思えば……存外動くな」

 

「しまっ!?」

 

敵の大剣が粉々に砕け散るほどの一撃。

なんとか間に合ったガードの上から、まるで爆発の様な音を響かせて吹き飛ばされる。ロキ・ファミリアの幹部であるガレス・ランドロックを思わせる様なその超怪力は、時にはどんな小細工よりも恐ろしい。まさにそれを体現したかの様な存在は、壁に叩きつけられ、剣を落としたアイズに歩き寄る。

 

(……動かない)

 

頭を打ったのか、身体が麻痺しているのか、そもそも腕の骨が折れているのか、それすら分からない様な意識の中で、アイズはなんとか立ち上がろうともがき苦しむ。しかし彼女の身体は動かなかった。ただ近寄って来る女の姿を、その眼に映し出すだけ。

 

 

「はっ、これはこれは……技を試すには打って付けの獣だな」

 

「「!?」」

 

だが次の瞬間、アイズとその女の前に3つの人影が降り立った。

……直後、反応する身体。鳥肌が立つ。そして同時に、困惑と混乱をする。なぜ?どうして?それが言葉に出てこないくらいには、頭の中で色々な情報が巡っている。

 

「治療します。後は任せてもいいですか?『アリア』さん」

 

「「っ!?」」

 

「構わん、早く治してやれ」

 

そして発されたその名前に、アイズの頭の中は今度こそ完全に小爆発を引き起こした。というかアイズを打ち倒した女でさえも、明らかに困惑し、混乱している様だった。

ここからアイズ・ヴァレンシュタインの脳は、目の前の光景を記録するだけの機械へと変わってしまう。

 

「アリア、だと……?」

 

「なんだ、他人の名前にケチを付ける気か?里が知れるな」

 

「……似ても似つかん、偶然か」

 

「まあ貴様の生まれ里など興味もないが……見たところ、剣姫が目的なようだな」

 

「だったらどうした」

 

「こうして話している5秒もあれば、あれは人を癒すぞ」

 

「!?」

 

輝夜の言葉通り、背後ではアミッドによって怪我が完全に治療されたアイズの姿がある。女があれほど戦闘を続けて負わせた怪我が、ここで僅か一言二言交わした程度の時間で癒されてしまっていた。

……呆然とする女とアイズ自身。

ポーションでさえももう少し時間がかかるし、治した直後は違和感だって残るというのに。アイズの身体には本当にそれすら残っていない。オラリオ最高峰の治療師というのは、僅かな余裕すら与えてはいけないほどに、戦場においては影響強かった。

 

「……っ、殺すなら奴からか」

 

「それが出来ればな」

 

「容易いことだ」

 

輝夜がゆっくりと刀を抜く。

女はアイズとの戦闘で剣を無くしてしまったが、その剣以上の硬さを持つ肉体を持って構えを取った。

それを見てアイズは慌てて意識を戻して立ち上がるが、即座にノルアが引き戻し、アミッドが固定する。流れる様な動きで、息のあった動きで、まるでいつも騒がしい患者達に彼等がしているように。

 

「は、離して……!このままだとあの人が!」

 

「問題ありません」

 

「でも……!」

 

「あの方は……強いですから」

 

「え?」

 

アイズのその反応とほぼ同時に、彼等は走り出した。

拳と刀のすれ違い、流れた血は女の物。拳を作った左腕をなぞる様にして傷跡が残り、刀に付いた血を輝夜が振り飛ばす。

 

「この程度か」

 

「っ、調子に乗るな……!!」

 

並の冒険者であれば一撃で粉砕できるほどの破壊力を秘めた拳の連打を、まるでその全てを読み切っているかの様に余裕な表情でのらりくらりと避け、その合間合間に刀を差し込み確実に傷を与えていく輝夜の姿。

彼女の刀は時には目に見えない速度で腹を抉り、時には蛇の様な変則的な動きで女の腕を喰らっていく。

床を崩すために足を振り片足を振り上げれば、その振り上げた方の足を斬ってから距離を取り。当てるために掴み掛かろうとすれば、拳を開いた瞬間に指の一本が飛んでいく。

 

「……すごい」

 

アイズはそんな彼女の姿を、ジッと見つめていた。自分を負かした女を、ほとんど一方的に追い詰めていく女の剣技。ステータスもある、それは十分に分かる。けれどなにより彼女の剣を扱う技術があまりにも常軌を逸していた。モンスターを狩るためだけの剣では、あそこまでのものは生み出せない。あれほど人を追い詰められない。あの件は間違いなく人に向けられるために生み出された物が源流にあった。そしてそれを究極の域まで昇華させられたからこその結果が、正に今目の前にある。

 

「チィッ!第一級冒険者……Lv.6か!!」

 

「……物足りんな、所詮は獣か」

 

「っ」

 

振われた右足を下からの掌底で浮き上げ、残った左足を払って宙に浮かせた輝夜。それに対して即座に身体を捻らせ、女は反撃の回し蹴りを叩き込もうとする。……しかしそれは悪手であると、ノルアは知っている。その様な大技を叩き込むには、あまりにも大きな隙が生まれてしまうからだ。

剣技だけではない。体術にも当然のように秀でている彼女に対して、それはあまりにも悠長が過ぎた。

 

「擬・一閃」

 

「なっ!!?」

 

右足を使った足払いの格好から、身体の回転を利用した擬似的な居合をその腹部に見舞う。咄嗟に直撃地点を右手で庇う女、アイズの攻撃を受けても殆ど崩れることのなかったその肉体が、肉を断ち、骨を断ち、抵抗少なく切り裂かれていくる。

 

「まだだっ……!!」

 

それでもなお、女は痛みに身体の姿勢を崩すことはなかった。痛み分けを狙い、輝夜の頭部を吹き飛ばすことだけを考え、右手と腹部を犠牲にして防御に転じることを拒絶する。刀という武器は打撃能力に乏しい、もしこれが普通の剣で女を斬り付けると同時に吹き飛ばすことが出来ていれば、ここで間違いなく輝夜の勝ちは確定していただろう。

 

「ノルア」

 

「はい」

 

「っ!?」

 

……まあ仮にそうだとしても、次の一手で勝負が決まっていたのだから、特段大きな問題ではなかったのだが。

 

「『人理焼却(Fomalhaut)』」

 

"黒色"の炎を纏ったノルアの拳が、右足が輝夜の頭部に当たるより先に、女の腹部へと突き刺さる。生じる爆発、吹き飛ばされる肉体。皮肉にも先ほど女がアイズにしたように、今度は女の方が対面の巨岩に激突した。

 

「やれやれ、その色の炎を眼前で見せられるのは肝が冷えるな」

 

「………」

 

「……?どうした、ノルア」

 

少しの冷汗を垂らしながら、輝夜はゆっくりと立ち上がる。しかし今拳を放った筈のノルアは、何故か困惑したように自分の拳を見つめている。あの女を殴り付けた、その拳を。

 

「指が折れました」

 

「……なに?」

 

「彼女、人間ではないみたいです。しかし爆発はしたので、確かに人としての要素は持っている様ですが」

 

「…………」

 

瓦礫をかき分けて、女が立ち上がる。右腕を切り裂かれ、腹部に深い傷を残し、更に皮膚が破裂でもしたかの様に弾けた衣服と共に赤く染まっている。

……だが、それでも女は無表情に立っていた。

まるで痛みなど殆ど感じていない様に。体液を垂れ流し続けながらも、傷跡を庇う様な仕草も一切することなく。

 

「流石に分が悪いな」

 

「……貴様は何だ」

 

「それはこちらの台詞だ。……何だ、そこの女は」

 

「っ」

 

わざわざ夥しい程の体液を垂れ流す引き裂かれた右腕を使ってノルアの方を指差す女。言いたいことは分かる、恐らくこの街のどの陣営に所属している、どんな人間でも神であっても、初めて目にすれば同じことを言葉にするだろう。

それが例え、オラリオにとって明確に敵であると判断される様な相手であっても、それは変わらない。事実そのことを、地下水路で顔を合わせたあの男神も言っていた。

 

「貴様は……貴様だけは、滅ぼさなければならない」

 

「………」

 

「何故その様な女がのうのうと生きている。分かっているだろう、その女はこの世界における明確な悪だ。ダンジョンも人間も天上すらも関係がない、何をどうしたところで排除しなければならない存在のはずだ」

 

知っている。

聞き飽きた。

それでも俯き目線を逸らすノルアのその姿は、分かっていてもその事実を直視出来ない自分の感情を明確に表している。

 

「だからどうした」

 

「?」

 

「っ」

 

「それを飲み込んだ上で、私はこの女に力を貸してやると決めている。正義だ悪だのと押し付けがましい上に胡散臭い……恩人の願いを踏み躙らなければ実現出来ないような事ならば、私はもうそんな物要らん」

 

「か……アリアさん……」

 

そう断言した輝夜に対して、苦々しげな顔をして女は睨み付けた。色々と言いたいことはあるが、こういう輩には言葉での説得は通じない。なぜなら既に覚悟というものが固められてしまっているから。かと言って先の通り、今の状態では戦闘力でも敵わない。今この場で何か出来ることもなく、むしろ長居は無用だった。

 

「……アリア、忘れるなよ。私などより先に殺さなければならない者が今お前の目の前に居るということを。手遅れになってからではどうにもならんぞ」

 

「っ!」

 

「あ?アリア?なんだ、私のことか?」

 

「お前ではない。……女、次に会った時には確実に殺す。自ら死を選んでくれるのであれば、私としても助かるのだがな」

 

その言葉を最後に、女はその異常な身体能力を持って全速力で崖から飛び降り、水中へと沈んでいった。それに気付いたアイズが立ち上がり追い掛けようとしたが、それも手遅れ。落ち込んでいるノルアはともかく、輝夜もまたそれを追い掛けるつもりはなかった。

それよりも彼女は背後を向き、ずっとこちらを見ていた2人に対して声を掛け?。

 

「見学は気が済んだか、ロキ・ファミリア」

 

「!」

 

「……やはり、気付かれていたか」

 

「フィン……リヴェリアも……」

 

「おい、ノルアを隠せ。モンスターはともかく、人間からこいつを守ってやれるのは私達だけだ」

 

「は、はい……!」

 

「…………」

 

この世界は敵だらけ。

否、この世界に対してノルアだけが明確な敵。

それに肩入れするということは即ち、この世界を仇す事と同義であると。それを本当の意味で理解している者達が、今こうしてダンジョンの中で、ノルアの目の前に現れてしまった。

 

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