リヴィラでの一件の後、フィン達は一度地上へと戻っていた。リヴィラで起きたことをギルドやロキに報告し、街の人々を地上に一度送り返すためにも必要だったからだ。直ぐにまたダンジョンに戻るつもりではあったのだが、何より一つ確かめたいこともあった。
「大和竜胆が生きとったぁ!?」
「ああ、あれは恐らく彼女で間違いない。偽名を名乗っていたし、服装や容姿もかなり変わっていたけれど……声はそのままだった。話し方も彼女が仲間内だけで会話をする時のもので、実際に彼女の隣で戦った事のあるリヴェリアも同意見だったよ」
「マジか……あの子が助けとったんか?だとしても、隠す必要性なんかどこにも」
「それと彼女、恐らくLv.6に到達している」
「それもマジか!?」
「大真面だ。アイズよりも強いのは明らかで、ステータスはさておき、近接戦闘での実力は僕と同等と考えていい。……まあ、5年前の時点で彼女の技術は殆ど完成していたからね、それについては然程驚く事ではないかもしれないが」
彼女が存命していたという件については、フィンの想像通り、やはりロキですら知らないことであったらしい。今は酒場で働いている当時の同僚である疾風でさえも、あの様子では恐らく知らないのだろう。突然現れた彼女というイレギュラー、これは現状の情勢を大きく揺るがしかねないと言える。
「……もしアストレア・ファミリアが残っとったら、ほんまに相当な戦力になっとったかもしれんな」
「今はその戦力がノルア・コルヴァスの元にあるのが気掛かりだ。無いとは思うが、下手をすれば疾風もあちらに着く可能性がある」
「他に生き残りが居る可能性は?」
「分からない。もっと言えば、彼女という例外がある以上、過去に亡くなっている筈の冒険者がノルア・コルヴァスの味方についている可能性も出て来た」
「……死人を生き返らせて使役しとるって言いたいんか?」
「アストレア・ファミリアの最後は……その凄惨さは、とてもではないが生き残りが居るとは思えない様なものだったろう」
「………」
「生き返らせた本人に嘘の記憶を植え付けているのかもしれない。彼女に抵抗感を持たない人間は、皆彼女に生き返らされているという共通点があるのかもしれない」
「……珍しく憶測ばっかやな、フィン」
「彼女と相対するのであれば、そういった"かもしれない"を積み重ねておく事が大切だと思うからね。気付いた時には周囲の大半が彼女の下に付いていた、なんて事態は絶対に避けたい」
表では無害を装い、その裏で大きな事を計画している。そういったことはよくある。アミッドを隠れ蓑にしていて、アミッドすらも既に亡くなっており、強引に蘇えらせて使役しているということだってあり得るだろう。
「あの子自身は善人でも、無意識のうちに操られとる……確かにそういう道筋もあるかもな」
「……正直に言うと、僕もどうすればいいのか分からないんだよ。ロキ」
「まあ、そうやろな」
「彼女に関しては、自分の勘が何を示しているのか分からないし、その道筋も辿れない。自分が今彼女に影響を受けているのかも分からないし、冷静な思考が出来ている自信もない」
「弱気やな、また珍しく」
「恐ろしいんだ、本当に。………昔は、優秀で素直な子だと、可愛がっていた時もあったくらいなのにね」
「……そんな頃も、あったなぁ」
何も知らなければ、あの頃のままで居られたのだろう。だが自分達はそれを良しとしなかった。まだ幼い彼女を拒むことを決めた。……彼女がそんな自分達のことをどう思っているのかなんて、考えたくもない。どうか忘れていて欲しい、恨んでいて欲しいと、思わざるを得なくて。
「……見とるだけやと、あの頃から全く変わっとらんのがまた辛いところやな」
「今はもう彼女のことが何一つとして信用出来ないけど」
「そか」
(……だからもし、本当に彼女自身には何もなくて、本当に彼女はただの被害者で、言い訳の出来ないくらいの善人なのだとしたら)
そんな彼女を追い詰めて殺すことしか出来なかった自分は、永久に"本物の英雄"になることなど叶わなくなるのだろう。とは言え、それはもうそれでもいい。自分の志した夢は、例え偽物であったとしてもいいのだから。小人族の繁栄のため、偽りであっても英雄となる。その目的のためならば、決して本物になどならなくともいい。
……口だけでなら、そう言うことは簡単だった。
けれど違う、だってフィンだって男で、かつては英雄に憧れ、目指した子供だった。今でもそれに対する憧れはあるし、これから下す自分の行動が"英雄"という存在に全く相応しくないものであると、むしろ真逆のものであると、理解して、今も心の中に居る幼い自分が哀れなものを見るような目をこちらに向けて来ているように感じている。
「……本物の英雄なら、彼女を信じて、彼女を救うために必死になって、奔走するのかもしれない。嫌悪感なんて気合で捩じ伏せて」
「けど、まあ、そうはいかん」
「ああ、そうはいかない。彼女のために、仲間達を犠牲にすることは出来ない。……彼女を救おうとする英雄は居なかった、これはただそれだけのことだ」
そう、言い訳をするしかない。
今でも時々思い出す。
『アイズを助けてやって欲しい』と彼女に伝えたあの日のことを。『無茶をしたら止めてやって欲しい』と軽い気持ちでお願いしたあの時のことを。
その結果、無茶ばかりをしていた当時のアイズを、自分達の代わりによく叱ってくれていた。そして彼女は今でも、アイズの治療をする時には、彼女のことを叱ってくれる。
それなのにアイズは彼女のことが苦手で、避けていて、アミッドと交友を築いて彼女に治療をして貰うようになってからは、会うことも説教を受けることも滅多になくなってしまって……その上で彼女に抱く嫌悪感が強くなってしまったことで、もう2度と彼女の真意に気付くことすらなくなってしまうのだろう。
何年も前にお願いしたことを、彼女は今でも守ってくれている。これだけ拒絶しているのに、どんな時だって頼めば治療をしてくれる。こちらの都合だけを押し付けても、文句すら言わない。リヴィラの街で顔を合わせた時もそうだった。彼女の表情には憎悪の感情など決してなく、むしろそこには……
ーーーーーッッ!!
フィンは拳を自分の膝に叩き付ける。
この頭は、少し油断すれば勝手にそんな思考を作り上げてしまう。目を逸らしたい真実を、目を背けている事実を、無意識に目の前に突きつけてくる。
あの子は悪魔だ。
生きていてはいけない存在だ。
早急に殺してしまわなければならない。
裏では何かを企んでいるに違いない。
そうでなくとも操られて何かしているのだろう。
ーーーーそうとでも、思わなければ。
「フィン、今日はもう休み。疲れとるんや、明らかに冷静やないで」
「……ああ」
「別にフィン1人が気負わんでええ。あの子を今まで野放しにして来たんはオラリオ全体の責任や。……あの子を助けられんかったんも、ウチ等全員の責任や」
「……分かってる」
『あの、ふぃんさん。……これ、おれい、です。つくって、みました』
本当に。
もっと早くに殺していれば、楽だったのに。