炎導に惹かれて   作:ねをんゆう

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15.聖女の無力

18階層の夜は、外と同じように暗くなる。これは天井に存在する水晶の影響であり、こうなると火の様な灯りは必須の物だった。

壊滅したリヴィラの街から少し離れた場所にテントを張り、灯りを付けて食事を終えた。色々と大変なことはあったとは言え、怪我という怪我もノルアの指以外には殆ど無い。それもアミッドが治したことによって、3人は静かな夜を過ごしていた。

 

「ん?なんだ、ノルアは寝たのか」

 

「ええ。寝た……というよりは、寝かせた、と言う方が正しいですが」

 

「睡眠薬でも使ったか?」

 

「いえ、最近また一緒に寝床を同じにしてから気付いたのですが……ノルアは手を繋ぐと安心するのか、直ぐに寝てしまうんです」

 

「……そうか」

 

アミッドの膝の上で静かに寝息を立てているノルア。手はしっかりと繋がれて、頭を撫でられながら心地良さそうに眠っている。……18階層までの強行突破と、リヴィラの街の襲撃。当然疲れはあったのだろう。しかしそれだけではないことも分かっている。

 

「悲しい事があった日はよく魘されているのですが、こうしていれば落ち着きますから……もう少し早くそれに気付いていてあげればと、今更になって思います」

 

「……はっ、まるで子供だな」

 

「ええ、本当に変わっていません。……最初に会った時から、ずっと」

 

一緒に眠るようになってから、なんだか彼女との距離がまた縮まった様にアミッドは感じている。自分の進言で寝床を分けてからは、話すことは仕事のことばかりで、時々部屋に行って話すことはあっても、子供っぽい自分の姿をあまり見せたくなくて、むしろいつも冷静で大人っぽい彼女に少しの対抗心すら燃やしていた。

……実際には、こうして彼女の方がずっとずっと子供のようだったというのに。こんなことについ最近まで気付けなかった自分も、本当に何も見えていなかったのだと思ってしまった。一緒に育って来た、姉の様な相手のことなのに。

 

「正直に言えば、昔は隙さえあれば殺してやろうと考えていた」

 

「……そう、なのですか?」

 

「ああ、あの頃の私は影響を受けていたからな。アリーゼとアストレア様だけは何故か当時から殆ど影響を受けて居らず、こいつとよく話をしていたが……私はどうにも拒否感が拭えず、その笑みが胡散臭く、白々しく感じていた」

 

「………」

 

「だが今こうして見ると、不思議な物だ。あれほど胡散臭かった笑みが、こいつなりに必死に浮かべてるものだと分かる。アリーゼとアストレア様が気に入るのも当然だ。冷静に見えて、こいつは常に必死に生きているからな。……相手の気分を少しでも悪くすれば殺されるやもしれん、そんな環境で育ったのであれば、少しくらい笑顔が下手になって当然だろうよ」

 

ノルア・コルヴァスはオラリオのダイダロス通りの路地裏でボロ雑巾の様になって倒れているところを発見され、ディアンケヒト・ファミリアに運ばれて来たという経緯がある。最初に彼女を見つけて運んで来た人間のことは既に記録にもないが、当時の彼女はそれは多くの傷を抱えていた。日常的に何者かに暴力を振るわれていたことがありありと分かり、彼女を見て抵抗感を抱いていた治療師達も、その小さな子供が抱えるにはあまりに甚大過ぎる損傷の数々を見て、不快感など吹っ飛ばして必死になって治療を行ったという。

恩恵すらない小さな子供が、明らかに大人の手によって痛めつけられていた。そんなことがオラリオで起きていたというのに、大事にはならず、その犯人すら今も見つかっていないのは、やはり単純に彼女が抱えているものが原因となる。ディアンケヒト・ファミリアの治療師達が必死になって治療したのに、その次の日から既に彼女を殺すべきだと多くの神々が口にしていたのだから。

言葉すら辿々しい女子に、心すら壊れていたような子供に、最も酷い方法で殺さなければならないと多くの神々が顔を向き合わせて賛同していた。

密かにそれに同意していた当時のディアンケヒトを思いとどまらせたのも、彼の眷属達の猛抗議以外に他にない。

 

「だが状況は今も大して変わらん。この子は生まれてから死ぬまで、そういう運命だ。……むしろ時が経つに連れ、味方は消えていく」

 

ロキ・ファミリアのように。

 

恐らく、いつかはヘファイストスやディアンケヒトも賛同せざるを得ない状況になると輝夜は踏んでいる。彼等が無意識下でも望んでいるのは、所詮は輝夜と同じだ。せめて今だけは幸福を噛み締め、人並みの幸せを感じ、最後には彼女が満足して、笑ってその生を終わらせられる様に生きて欲しい。

 

輝夜とて世界の滅びまでは求めない。

ノルアが死ななければならないことは分かっている。火の神であるヘファイストスがその危険性を知らない筈など決してなく、誰もが最後にはノルアが死ぬことについては諦めている筈だ。……せめてその過程を幸せに満ちたものにして欲しい、求めているのは本当にそれくらいのちっぽけな事でしかない。

 

「お前はどうだ、【戦場の聖女(デア・セイント)】」

 

「え……?」

 

「お前はこいつの最後を、どうするつもりだ」

 

輝夜のその問いに、アミッドは顔を俯かせる。視線の先にあるのは彼女の寝顔。何も変わらない。彼女はずっとこうして自分の側に居てくれたし、それはこれから先も変わらないはず。そう信じている。

 

「私は……ノルアを死なせるつもりはありません」

 

「放っておけばオラリオを滅ぼすぞ、それは」

 

「ノルアは、そんなことしません」

 

「ああ、しないだろうな。するのはその中に居る奴だ」

 

「……ちゃんと、治しますから。私が」

 

「ならさっさと治せ、治せる物ならな。ホラを吹いて解決出来る問題か?」

 

「それ、は……」

 

「1人の死で済むのなら、こいつにとってもそれはマシな方だ。全てが手遅れになってから、自己嫌悪と後悔に塗れて死なせたいのなら好きにすればいい。だがその選択をするのであれば、私はお前を敵と見なす。……後先を考えろ、せめて人間として死なせてやれ」

 

その言葉を今日まで突き付けて来た人間を、突き付けてくれた人間が、幸いにも、けれど不幸にも、今日の今日までアミッドには居なかった。

……拳を握り締める。今自分の視線の先で寝息を立てている彼女は、アミッドからしてみればただの人間だ。どうしてこれほど嫌われるのか分からない。どうしてこれほど死を望まれているのか分からない。本当の本当に、心の底から分からない。

今日までずっと隣に居た家族で、姉妹の様な間柄で、彼女に頼ったり、彼女に教わったり……掛け替えの無い人だ。

 

「っ」

 

視界にチラつく紅い炎が、まるで彼女の顔を隠す様にして覆い尽くす。一度目を瞑って頭を振ってやればそれは直ぐに消えてしまったが、それが何を意味していたのかは分からない。

いつも何の前触れもなくアミッドの前に現れ、自分が行くべき道を導いてくれるその炎は、今日はまるで彼女と自分を遮る様にして現れた。自分と彼女はもう関わらない方がいいと、そう言っているのだろうか。

 

(そんなことない……そもそも、この炎が本当に正しい道を示していたのかすら…)

 

それまで、その炎の導きに誘われるがままに歩んで来た自分が言える立場ではないけれど。それだけは信じたく無い。それだけは、導きに従いたくない。

 

「……レベルが上がれば、いいんですよね」

 

「それもいつまで続くかは分からん。そもそも、そう容易く上がるものでもない。どころか、上がれば上がるほど他者からの警戒は増すことになる」

 

「ですが、時間稼ぎにはなります」

 

「何の時間稼ぎだ?お前が今からこいつを救う策を練るための時間か?……いくら意図的にノルアがお前に情報を与えていなかったとは言え、行動が遅過ぎる。いっそ最後まで隣で寄り添ってやった方がこいつは喜ぶだろう」

 

「それでも……!」

 

「少なくとも、極東には解決策はなかった」

 

「っ」

 

「向こうの有力な女神にも聞いたのだがな。神が取り憑いているのならまだしも、同時に産まれ、完全に肉体と同化しているとなれば、いくら強力な神具があってもどうにもならん。……言うなればこいつは神の分身、転生体の1つ。神の要素だけを取り除くことなど、絶対に出来ん」

 

「………!」

 

諦めろ。

 

「お前が調べなくとも、お前が今更動かなくとも。お前が呑気に目を背けている間に、既に他の人間は動いている。その上での現状だ」

 

何の意味もない。

 

「時間を浪費するな、愚か者」

 

アミッドだけがノルアを救うことを諦めていない。……のではない。

アミッドだけがその事実から目を背けており、未だに直視出来ていないだけだ。他の者達はもう知っている。ロキ・ファミリアの彼等でさえ、その最期はどうにもならないと、それだけは理解している。

 

「………ノルアは、普通の人です」

 

「何度でも言うが、普通ではない」

 

「私にとっては……ずっと、最初からずっと……」

 

普通の、同い年の、子供だったのに。

 

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