炎導に惹かれて   作:ねをんゆう

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16.告白

リヴィラの街への襲撃から4日が経った。

ダンジョンの30階層までを目標とし、ステータスを伸ばす為に自身に縛りを課しながらも戦闘をこなしていくノルア。主に素手による打撃と鋼線を利用した罠を使って戦闘を優位に進めていく彼女であるが、やはりダンジョンに入って5日ともなれば疲労の色も見えて来る。

 

「ノルア……大丈夫ですか?」

 

「ええ、なんとか……アミッドが居ますから、大丈夫ですよ」

 

「またそういうことを」

 

「………」

 

いくらアミッドが居るとは言え、精神的な疲労までは癒せない。むしろこういう時だからこそ成長がし易く、それは輝夜が言うまでもなくノルア自身が理解していることでもあった。

ステータスは最低限で良い、レベルさえ上がればノルアの場合は問題ない。この調子でいけば、リミットには間に合うと輝夜は睨んでいた。しかしそうなると問題はレベルを上げるための偉業の方。こればかりは簡単にはいかない。確かに時間さえかければファミリア単位で階層主を倒しているだけでも達成出来るが、そんなことをしている余裕はどこにもない。

死なないためにレベルを上げているというのに、そのために死を覚悟とした無茶をしなければならないというのだから、矛盾も甚だしい。しかしやらなければ生き残れない。恐らくそういった重圧もまた、ノルアの精神に負担を掛けているのであろう。

 

「……ノルア、偉業をどう稼ぐかは決めているのか?」

 

「ええ、ゴライアスを魔法を縛った状態で単独で倒します」

 

「「!!」」

 

「というより、直近でロキ・ファミリアに関係しない偉業となるとこれ以外にはありませんでした。昨晩あらためて予知を集中して見ていたのですが、まあ本当に……」

 

「それって意図的に見れるものなんですね……」

 

「本来は意図的に見るものではないので、その分だけ色々と消費してしまいます。ただ、これに関しては早めに知っておくに越した事はないので」

 

その辺りの詳細をノルアは絶対に語ってくれないので、いつも通りアミッドは話を流すが、ノルアがここまで披露していた理由の一つが分かったというもの。むしろそれを目的にノルアは自分の身体を追い込んでいたのではないか、そうとすら今は思えてくる。

 

「ゴライアスには具体的にどう勝つつもりだ?次の復活は恐らく1週間後だろう」

 

「ええ、復活の時期は既に分かっています。後はどの程度で偉業となるかの見極めですね。魔法を縛るとなると武器を使うしかないので、攻撃力のある大剣を使うことになるでしょうか」

 

「相手は推定Lv.4の階層主ですし……そもそも魔法を縛る必要があるんですか?」

 

「魔法を使えば苦戦はしても勝てますから。言い切れては駄目なんです。9割勝てないと思える様な状況でない限り……アンフィス・バエナ相手となれば魔法を使っても10割殺されますし」

 

その辺りの見極めこそが大切だ。

手頃な相手が居ないのだから、自分自身を弱体化させる以外に他にない。しかしそうなるとまた1週間後に休みを取らなければいけないのだが、そこはまたディアンケヒトに頼み込んで……

 

「ノルア」

 

「はい……?」

 

「アンフィス・バエナを殺れ」

 

「え……?」

 

しかしそんな風に悩み混んでいるノルアに対して輝夜が言い放った言葉は、そういった彼女の工夫や苦悩を完全に消し飛ばすものだった。

 

「ど、どういうことですか!」

 

「喧しいわ、【戦場の聖女】」

 

「……聞かせて下さい」

 

「単純な話、そうして倒したところで偉業として認められるかは微妙だ。ならば倒したことのない相手を倒した方が間違いない」

 

「私に倒せるでしょうか?」

 

「無理だな」

 

「む、無理なんですか!?」

 

「当然だろう、あれは水上ではウダイオスと同等の存在。単独討伐など正常な成長をしたLv.6でもなければ不可能だ」

 

そもそもが水上、相性もある。基本的に近接戦闘しか出来ず、剣姫の様な飛行手段も無いとなれば、レベルだけあっても勝てない相手だ。加えてノルアは実際のところ、殆どステータスの積み重ねがない。Lv.4というのは建前で、その実力は通常のLv.3と変わらない。魔法で一撃を加えても、反撃で殺されるのが関の山だ。だとしたら……

 

「確かにお前では正面からあの龍を叩き潰すことは不可能だ。……だが、正面からでなければどうだ」

 

「……なるほど」

 

「……罠を張る、ということですか?」

 

「そうだ、お前が考え付く限りの罠を張って徹底的に叩き潰せ。それでも殺し尽くせはしないだろうが、手傷は与えられる」

 

「そこで私でも倒せるくらいまで引き摺り下ろすのが、最低条件ということですね」

 

「例え罠を張ったとしても、それはお前の努力の結果。別に傷を負わなければ偉業にならないという訳でもない。圧倒的な上位者を無傷で倒す事が出来たとするならば、それこそ偉業と呼ぶべきだ」

 

輝夜のこの意見には、アミッドでさえも頷かざるを得ない。怪我をする事が前提というのが間違っている。推定Lv.6の相手を、実力的にはLv.3程度の冒険者が無傷で打ち倒した。魔法の特殊性を加味したとしても、これは間違いようのない偉業であるだろう。しかも先手を取れるとは言え、場所は敵の本拠地。確かにこれが出来たのなら、偉業となることは間違いないだろう。

 

「ノルア……?」

 

「……ええ、そうですね。やるなら徹底的に、無傷での突破を目指します」

 

「!!私も協力しますから……!」

 

「輝夜さん、今日はこのまま18階層に戻ってもいいですか?具体的な策を考えたいですし、調達したい物もあります」

 

「ああ、お前の好きにしろ。やりたい事があるのなら、いくらでも手を貸してやる」

 

「ありがとうございます。……アミッドも、ありがとう」

 

「……私とノルアの仲ですから」

 

策を用いてアンフィス・バエナを倒す。それは決して現実的な話ではないけれど、それを現実的なものにするために、ノルアはまた頭を回し始めた。

 

 

 

ノルア・コルヴァスの予知能力は、やはりと言うべきか、そこまで万能な物ではない。しかし予知であるからして未来の結果は確実だ、そしてそれはノルアの行動次第で変えることも出来る。

例えばノルアが目の前の人間を殴ろうとして、それは失敗すると予知で見る。ならば殴るフェイントをかけてから蹴るという意思に変えたとすれば、再度の予知で見える光景も変わってくるという訳だ。そこで当たらなければ、別の手を考えれば良い。確実に攻撃が当たるまで、事前に予知で確認し続ければ良い。

だからこそ、ノルア・コルヴァスにとって罠というのは魔法以上に強力な武器であった。この能力さえあれば事前に準備をこなした戦いでは、絶対に負ける事がない。

……そう、理論上は。

 

「……アミッド?」

 

「起きましたか?ノルア」

 

「あ……また気絶していましたか」

 

「ええ、驚かせないで下さい。買い物から帰って来たらテントの外で倒れているものですから、一体何事かと」

 

「……ごめんなさい」

 

クラクラとする頭を持ち上げようとして、アミッドに押さえ付けられる。……完全に、意図的な連続の予知による弊害が出ていた。

この予知能力、そもそもは意図的に使って良いものではない。何か物事を聞いたり見たりした時に、唐突に僅かな部分だけ見えるというのが本来の在り方だ。

例えば数日前のリヴィラの街の襲撃の際も、リヴィラの街を見た瞬間に15秒後の襲撃の様子が見えて。その後にリヴィラの街に向かっている途中に、アイズが赤髪の女にトドメを刺されそうになっている光景が見えた。

見える物も見える時も、本来ならば定められるものではない。自分の意思で捻じ曲げられるものでもない。……だからそれを捻じ曲げる為には、己の記憶と思考と意思を徹底的にそれだけに完結させる必要がある。

 

「……まさかずっと瞑想していたんですか?」

 

「瞑想……というより、迷走ですね。生半可な罠では傷すら負わせられそうになくて」

 

「なんというか、奇妙な話ですね。本来なら心を落ち着かせるための技術なのに、貴女はそれでむしろ疲労するんですから」

 

目を閉じ、外界からの情報を全て捨て、徹底的にアンフィス・バエナとの戦闘に関する事だけを脳内に走らせる。半端な思考では余計な雑念が入ってしまうため、本当に全力で思考を巡らせるのだ。だから決して無意識で居てはならない。ノルアはその瞑想の最中、心の中で常に独り言を話し続け、ここに戻ってくるまでに見た26階層の詳細と、張ろうとしている罠の詳細を組み立て続ける。そうして偶に見えた予知によって、その結果を測るという訳だ。……これを只管に徹底的に繰り返す。ロキ・ファミリアの今後の動向を見た時も、この方法だった。そしてこんな方法を長時間に渡りし続けていれば当然ながら疲労は溜まるし、鼻血も出る。具体的には自分の衣服と近くの地面に自分の血が固まってしまっているくらいには。顔には付いていないことを見ると、アミッドが拭いてくれたのは間違いない。

 

「……普通の人間には、こんなことは出来ないでしょう」

 

「そうでしょうか……」

 

「ええ、そこまでする理由がなければ絶対に出来ません」

 

「それなら、私とて同じです。そこまでする理由があるから、やるんです」

 

「?どんな理由なんですか?」

 

「アミッドの隣に居たいので」

 

「……それは私も同じですよ」

 

ノルアの目に手を当て、治療魔法をかけるアミッド。事前にもかけていたというのに、これ以上何を治療する必要があるというのか。そんなことはアミッド自身が一番よく分かっているけれど、こうでもしないと今の自分の顔を見られてしまう。そしてそれはノルアも同じだったからこそ、何も言わずに受け入れた。

 

「……アミッド、ずっと謝らないといけないと思っていた事があります」

 

「謝らないといけないこと……?」

 

「私は間違いなく、長くは側にいられません」

 

「っ!」

 

「だから、きっと、近いうちにアミッドに悲しい思いをさせてしまいます。貴女をきっと、泣かせてしまいます。そうなってからでは謝れないと思うので、今のうちに謝らせて下さい。……ごめんなさい」

 

「……そんなこと」

 

「私が居なくなった後も、涙を拭いて、ちゃんと幸せになって下さいね。私はそれ以外には求めません。……むしろ私のせいでアミッドの人生まで壊してしまったら、本当に」

 

どうして生きていたのか、分からなくなる。

……そこまでは言ってくれなかったのが、尚更に辛い。言ってくれれば、強制してくれれば、アミッドだって少しは楽なのに。ノルアにそう言われたから、そう生きていくのだと、支えを持つ事が出来るのに。彼女はそれすら持たしてはくれない。

 

「ノルアがずっと、隣に居てくれれば……それでいいじゃないですか」

 

「この街に居るどんな神様だって、私を殺す以外に他にないと仰っています。それは即ち、そういうことなのでしょう」

 

「それでも!……それなら、せめて、少しでも長く」

 

「ええ、そうですね。ですから、今のうちにアミッドにも覚悟を決めておいて欲しいです」

 

「……その為に、最近になって、私にこんな話ばかりする様になったんですか?」

 

「そうですよ」

 

「……本当に酷い人です、貴女は」

 

こちらの思いも知らないで。

勝手に自己満足して。

残される側の気持ちも知らないで。

怒ることが出来ないことも、分かっている癖に。

いつもいつもそうやって、全部分かっているみたいにして。本当に、本当に……。

 

「輝夜さんにも、言われました」

 

「?」

 

「覚悟が足りないと、時間を浪費するなと。……私はもっと、現実を見るべきだと」

 

「彼女は厳しいですから。他人にも、自分にも」

 

「でも、私は……そんな現実、見たくない」

 

「………」

 

「なんで、どうして貴女なんですか?ノルアは悪いことなんて、何もしてないじゃないですか」

 

「………」

 

「どうして貴女ばかりこんな目に遭わないといけないんですか?どうしてその半分でも他人が請負う事が出来ないんですか?……なんで、一番辛い思いをして来た人が……最後まで、こんな……」

 

既に魔法も発動していなくとも、遮られている視界の先で彼女がどんな顔をしているのかはノルアにも容易く想像が出来た。ノルアの頬に温かな水滴が落ち、やはり泣かせてしまったのだと理解する。

泣かせたくはなかったけれど、事前にこの段階を踏まなければ、彼女はもっと酷いことになっていただろうから。

 

「辛いだけの人生ではありませんでした」

 

「……嘘です、そんなの」

 

「嘘ではありません。だって私、アミッドの前でだけは普通の人間で居られましたから」

 

「でも、だからこそ、辛いものではないんですか?」

 

「……私は、生まれた時から異物だったので」

 

「………」

 

「もう記憶にも殆どないですが、私は両親から放置された様な形で育ち、物心ついた頃には捨てられていたと思います」

 

「そう、だったんですか……」

 

「ええ。その後は何処に行っても殴られて、蹴られて、殺されかけて……ああ、自分は皆と同じではないんだなぁと。人間ですら無いんだなぁと。それが最初の自分への認識でした」

 

ノルアのそんな話を、アミッドは今日の今日まで聞いたこともなかった。そもそも彼女自身がそういうことを他人には話さなかった。……いや、そもそもアミッド以外にそんな事を話す相手が居なかったという方が正しいだろう。そんなアミッドが聞かなかったのだから、誰も知らなくても仕方がない。

 

「アミッドは私が悪いことなんてしてないと言いますが、当然盗みもしてました。私がディアンケヒト・ファミリアに拾われる切っ掛けとなった怪我も、盗みがバレて店主の怒りと憎悪を買ってしまったからです」

 

「そんなのは……!」

 

「むしろそこで私を殺さなかっただけ、あの店主さんは理性があった方だと思いますよ。私はそもそもそういう存在ですから。愛想がないという理由だけで普通の人に刃物を持たせる様な異物です、相手は悪くありません」

 

悪いのは私なんです。

 

アミッドは自分の下唇が切れてしまったことを自覚する。きっとノルアの目を覆っている手も、震えてしまっているのだろう。けれどそんなの仕方ないではないか。怒りを抱いてしまっても、仕方ないではないか。そんな風に彼女に自覚させてしまう何もかもに怒りを抱いてしまっても、それでも。

 

「だから、私を見ても何も思わないアミッドやフィンさん達と出会って……本当に嬉しかった」

 

「ノルア……」

 

「フィンさん達は今は影響を受ける様になってしまったけど、それでも私に向き合ってくれている。それに何より、アミッドだけは今でも変わらず私を愛してくれている」

 

「……そんなの、当たり前です」

 

「当たり前かもしれないですけど、私にとってはそれが何よりの救いなんですよ。アミッドがこうして私に触れて、私のために怒ってくれて、私を想って泣いてくれる。……これ以上に幸せなことなんて、ある筈がない」

 

その温もりを感じたのは、今度はアミッドの方だった。彼女の目を覆うその掌に、伝っていく。震える様なその声に、自分の心まで震わされる。

 

「だから……そうやって私に何よりの幸福をくれたアミッドには、誰よりも幸せになって欲しい」

 

「……貴女だって、もっと幸せになっていい筈です。私なんかよりも、もっと、もっと幸せな事が、この世界にはある筈なんです」

 

「例えそうだとしても、私はもう満足していますから。アミッドが私のことを、こんなにも大切に思ってくれている。この事実以上に幸福なことがあるなんて、私はむしろ知りたくないくらいです」

 

ノルアの手で、彼女の顔を覆っていたアミッドの手を握られる。露わになる互いの表情。……本当に、酷い顔をしていた。美人が台無しだと、お互いに思って、ヘタクソに笑う。アミッドはノルアの涙を拭って、ノルアは自身の魔法でアミッドの唇を触れて治して。見つめ合う。

 

「アミッド……わたしはもうすぐ、死にます」

 

「ノルア……わたしは絶対に貴女を、死なせません」

 

言葉も、想いもすれ違って。

それでも2人は微笑んだ。

……微笑みながら、泣いていた。




書き溜めは昨日で終わっているので、今後のペースは未定です。
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