アンフィス・バエナを倒す方法。
本来であればLv.5級の冒険者が複数になって倒す様な相手を、単独で倒すために。
必要な方法は単純だった。
「はぁ……はぁ……」
「ノ、ノルア……!!」
「無茶なことを……!!」
27階層の滝壺。
そこからずぶ濡れになりながら輝夜によって引きずり出されたノルア。背後には灰になりながら沈み始めたアンフィス・バエナの巨体と、その肉体を食い荒らし始めているモンスター達の集団。そして輝夜に蹴散らされた肉片。
「っ」
「自分から飲み込まれに行くとはな……」
「動かないでください!今治療をしますから!」
身体のあちこちに骨折、消化液や熱による火傷と溶解の痕。どれだけ事前に対策をしていようとも、そんなものは気休めにしかならない。一歩間違えれば死んでいたし、むしろ生きていたことの方が奇跡と言ってもいい。巨大なモンスターに飲み込まれるというのは、実際想像以上に危険なことだからだ。狭い喉を通り、炎袋を通り、溶解液の溜まった酸素の少ない胃袋に落とされる。噛み砕かれなくとも普通であれば死に絶える。内側からの攻撃は通りやすいことは間違いないが、そもそもその攻撃を出来る余裕がないというのが本来。
「うっ……アミッド、ありがとうございます……」
「なんであんな無茶をしたんですか!開幕早々に飲み込まれに行くなんて!!」
「唯一、勝てる未来が、見えた、方法なので……」
「……正直に話せ。本当に"確実に"勝てる方法だったのか?」
「……私の精神力次第でした。一度試してみた時には胃袋の中で混乱して死んでしまいましたが、次に試した時には何とか倒すことが出来たので。つまりはアミッドのおかげですね」
「またそれですか!?」
「全く……もし体内から魔石を破壊するのがあと少し遅れていれば、まず間違いなく死んでいた」
しかし、それくらいの橋を渡らなければ成し遂げられない偉業であったことも間違いない。
戦闘時間僅か3分。
時間もそうであるが、これだけの実力差の相手に対してこれだけの被害で勝利を得られたというのは、あまりに運が良過ぎた。その後に輝夜とアミッドによる助けがあってこその策であったため、本当に1人の力で勝てたかと言われるとまたそこも何とも言えないところではあるが、プラスとマイナスを天秤に掛けてみれば、あまりにもプラスに偏った結果。
(……否、その道筋を見つけ出すことこそが、試練の一つだったということか)
一日中瞑想をして、鼻血を出しながら何度も気を失って、色々な罠を図面から作って試しては、それを破棄する作業。最後はそれら全部を投げ捨てて、あまりに原始的な策を自らの肉体だけで行うことになったのだから、皮肉な話だ。
「……偉業に、なったでしょうか」
「これでならなかったのなら、最早どうしたらいいのか分からんな」
「まあ、確かにその、客観的に見ると、色々と速過ぎて何が何だかという感じでしたが……」
「別に劇的でなくともレベルは上がる。モンスターの集団に襲われて必死に逃げていたら上がっていたということもある。それに比べれば十分だろう」
「ステータス、足りてませんが……」
「……まあ、そこは追々だな」
「ひ、一先ず帰りましょう?目的はこれで達成出来たということで良いですよね?」
「ああ、これ以上ここに居る理由もない」
「よかった……」
治療は終えたが、まだフラフラとしているノルアを支えながら、アミッドは安堵の息を吐く。これでやっと帰ることが出来る。これでやっと命のやり取りをしないで済む。それは当然自分のことではなくて、ノルアが。ノルアが無茶をせずに、ただ普通の、普段通りの、1人の人間として生きている時間が戻って来る。
「ノルア」
「はい」
「気付いているか?」
「……はい」
「?な、なんの話ですか……?」
「この方法を続けることは現実的ではない」
「!!」
「そもそも、以前よりペースが上がっているという時点で分かっていた話だ」
「……そうですね。ステータスに余裕がない状態でレベルを上げ続ければ、レベルに見合ったステータスが得られなくなる」
「Lv.5になるために必要な偉業を、Lv.3程度のステータスで望むことになると言った方が分かりやすいな。その上、ステータスの伸びにも限度がある。お前の中の物モノの成長速度と、ステータスの成長速度が引っくり返った瞬間に、お前の死は確定する」
「………!!」
「私の個人的な感覚ですが、Lv.5になれるかどうかが別れ道だと思います」
「そんな……!!」
「……生きるためには、治療師をやっていられる暇もないかもしれんぞ」
「……分かっています」
なんで、どうしてそんな事を言うんだろう。
この2人は。
アミッドは先程までの感情と一転、胸が締め付けられる様な感覚を抱きながら、ギュッとノルアの腰を抱き寄せる。
せっかくこうして問題が半分解決して、明日からまた普通の生活が戻って来ると思えたところなのに。どうしてそんな辛い話ばかりをするのだろう。
「ノルア……」
「はい?どうかしましたか、アミッド」
ノルアは笑う。
優しい笑みを浮かべて、アミッドを見る。
他人はこの笑みのことを胡散臭いだとか白白しいとか言うけれど、アミッドはそんな風には思わない。幼い頃から見慣れている、優しいこの笑みを、白々しいだなんて思わない。
……ただ、今はその笑い顔が苦しかった。
その、自分が死ぬことなんて少しも恐れていなくて、むしろアミッドを気遣う方を優先している様なその笑みが、恐ろしいくらいに辛く感じてしまう。
「……帰りましょう、とにかく」
「ええ、そうですね」
そうしてアミッドはまた目を逸らす。
いつかは直視しなければならないその事実から目を背け、ノルアからも目を逸らし、ただ自分の見たいものだけに目を向ける。
ノルア・コルヴァスはいつかは死ななければならないし、それは決して遠い話でもない。その事実は決して覆るものでもなければ、避けられるものでもないのに。
「……何をして来た」
「アンフィス・バエナを、倒して来ました」
「……"大和竜胆"とか?」
「いえ、その、1人です」
「………」
「………」
「………」
「あの、ディアンケヒト様?」
『こんの馬鹿者がァァアアアアア!!!!!!』
深夜のディアンケヒト・ファミリアに響く主神ディアンケヒトの怒鳴り声。
一体何事かと団員達が騒めくが、彼の部屋に入っているのが誰であるのかという話が広まるにつれて、皆同様に納得をして部屋に戻っていくのだから仕方がない。
そして当のディアンケヒトは、自分の怒鳴り声にも顔色ひとつ変えずに頭を下げる目の前の女に対して、ただ感情を抑えることに終始する。
「なぜ、そんな無茶な真似をした……!!」
「輝夜さんが居てくれたので、無茶をするのであれば今しかないと思いました」
「だからと言って……!!」
「これで遠征中に無茶をする必要がなくなりましたから、間違った選択では無かったと思っています」
「………」
「明日からはロキ・ファミリアとの遠征まで仕事に集中する予定ですが、仕事の進捗を見てダンジョンに潜るためのお休みも頂こうと思っています。今月は売上に対する貢献が低いですが、材料の補充も完了したため、明日より早速新薬の治験を行う予定です。認定を受けることが出来れば、仮に私が居なくなったとしても今後一定の収益を見込めるので、どうかご容赦ください」
淡々と話す。
売上が低いことへの謝罪。
自分がいなくなるということを当然のように。
ディアンケヒトの怒りは増すだけ。
ダンジョンに潜るなとは言わない、輝夜と一緒であるのなら文句を言うこともしない。あれが付いているのなら万が一も無いと知っているからこそ、意見もしない。
事情は知っている。
ステータスが必要なことも。
そうしなければ生きられないことも。
だから売上などなくとも、むしろ仕事なんか後回しにしてでも、それを優先させればいいというのに。眷属1人を犠牲にしてでも金が欲しいなどとは、ディアンケヒトは一度たりとも思ったことはない。
「ロキ・ファミリアの遠征に着いていく必要はあるのか。あとはステータスを上げればいいだけだろう」
「……本音を言えば、ロキ・ファミリアとの遠征までにレベルを上げておきたいと思っています」
「何を馬鹿なことを!!」
「……アミッドが嬉しそうなので」
「?」
「私と普段通りの生活をしていると、アミッドがそれだけで嬉しそうなので。なるべくそういう時間を作りたいんです。だから出来るだけ余裕を作るために、集中的に専念したいと思っています」
「……それで死んでは意味がないだろう」
「今のところ、そういう未来は見えていません」
「全てが見えている訳ではないだろうが!!」
「フィンさん達を信じていますから」
「っ」
「今度会った時に伝えるつもりです。最後は自死をするつもりだと、他の誰の手も汚させないと。……深層への遠征に拘っているのは、それが理由の一つでもあります。道筋を覚えたいんです。失敗して解き放ってしまっても、深層でなら地上の人達が逃げる時間くらいは出来ますから。それが誰にとっても最善です」
ディアンケヒトは、遂に脱力した。
もう何も言い返すことが出来なかった。
言い返す気力すら、奪われてしまった。
……正しいことを言っている。
こいつの言っていることは正しい。
だが正しいことが必ずしも良いことではないように、こいつの言っていることが必ずしも受け入れられる内容ではない。
自死など、神として、親として、最も許せない行為の一つだ。子供に対して、最もして欲しく無い行為の一つだ。
だがこの女はそれを進んでしようとしている上に、その行為が他の誰からも望まれていることであると理解してしまっていて、それを受け入れてしまってもいる。
……そのための努力を、しようとしている。
自死のための努力を、始めようとしている。
「……部屋に戻れ。休みもお前の好きに取れ、売上を気にする必要もない。そんなもの、儂が居ればどうとでもなる」
「承知しました。それでは、失礼いたします」
ノルアが部屋を出て行く。
目の前から、化け物が姿を消す。
そしてその瞬間をディアンケヒトは下唇を噛みながら待ち、扉が閉じた瞬間に思いっきり頭を机に打ち付けた。
……最悪の気分だった。
いつも最悪の気分だ。
あの馬鹿女とこういった馬鹿げた話をした後、扉が閉じた後、襲って来るのは本当に最悪の気分だ。
扉を閉じた瞬間に、化け物は消え、先程まで目の前にいたのが1人の人間の女であるのだと理解させられ、吐きそうになる。
あんなことを言っていたのが悍しい怪物ではなく、自分の可愛らしい眷属の1人であるのだと本当の意味で理解させられて、それまで抱えていた感情を数倍にも増して叩き付けられるのだ。
怒りも増す。
悲しさも増す。
後悔も増す。
神である自分の心が大きく乱される。
「クソッ!クソッ!!クソがァッ!!」
何度拳を叩き付けたところで、変わることは何もない。今日まで何も変わりはしなかった。出来ることなど何もなくて、ただこの無力感に浸されるだけだ。何度この全知零能な肉体を憎んだだろうか。全知零能などと言いながら、決して全てを知っている訳では無い自分自身を罵倒しただろうか。
神力を使ったところで、解決はしない。むしろ根本に対して影響を与えてしまい、事態が悪化する可能性すらある。
だから未だ天界に居る神の誰もが干渉していないし、願っているだけ。何事もなくあの女が死ぬことを。
「……ああ、また酒の量が増えるな」
こんな時、愚痴を言える相手が居たらいいのにと。思わずそう思ってしまうくらいに、ディアンケヒトは弱々しくなる。
そんなことが出来る相手など、自分で突き落とし1柱くらいしか思い浮かばなかったが。