炎導に惹かれて   作:ねをんゆう

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18.青い

薬剤を調合しながら、チラと窓の外に目を向ける。

今日もオラリオは活気に溢れていて、人々が笑みを浮かべて闊歩している。

 

誰もが出来る様な物ではない難しい薬剤の調合は率先してノルアが行なっている。そもそも、その薬剤を調合できる様な優秀な人材にはもっと別の場所で活躍して欲しいからだ。

人の前に出られないノルアには出来ることが限られていて、優秀な人材が育つほどに、その仕事もまた減っていく。ここ1週間、ノルアとアミッドが居なくとも仕事が回っていたのがその証左だ。

普通の仕事であるのなら2人がいなくとも既に問題ない。むしろ緊急時であっても、アミッドさえ居れば何の問題もない。究極的に言えば、ノルアは別にこのファミリアに居なくともいい。絶対に必要な人材では決してない。

 

(……そもそも)

 

別にノルアが居なくとも、世界は回る。

明日からもオラリオは存続するし、冒険者達のやることも変わらない。明日死ぬ冒険者は明日死ぬし、生き残る冒険者は生き残る。泣いたアミッドの目を拭うのはノルアでなくとも出来ることであり、結局のところ、こうして生きている現状は全部自分のため。

 

「……たくさん薬を作れば、許して貰えるかな」

 

生きながらえていることに。

今直ぐに死なないことに。

許して貰えるだろうか。

 

「来世は……許して貰えるのかな」

 

普通の人間として、生まれることが出来るのだろうか。

ああして市場を何の憂いもなく笑いながら歩いて、ファミリアの人達と仲良くなって、色々な人達と手と手を取り合って。そんなことが出来る様になるのだろうか。

少し前までは、ほんの僅かな時間ではあったけれど、そんな時もあった筈なのに。今はもう遠い話で、実感すらなくなっていて、想像すら出来なくなっている。

 

部屋から出たい。

 

誰かと話したい。

 

誰かに触れたい。

 

そんな欲求を抑え付けながら、薬剤を作る作業に没頭する。

ああ、これでは誰でも良いみたいに考えているみたいにも思えて、自己嫌悪にも陥る。

 

死にたいとは思わない。

むしろ死にたくなんかない。

けど死んだ方がいいとは思っている。

 

……時々思う。

アミッドと関わったことは本当に正解だったのかと。

 

あの頃は生まれて初めて自分を人間として見てくれる彼女と出会えて、嬉しくて、幸福で、他にどうしようもないくらいに溺れてしまったけれど。そのせいで彼女をこうして傷付けることになってしまってもいる。

もしアミッドが居なければ、とうの昔に自死していたと言い切ることだって出来る。ただ、その方が何もかもが良かったのではないだろうか。

アミッドはノルア・コルヴァスと出会うことなく、ロキ・ファミリアの団員達と仲を深めながら過ごし。男神ディアンケヒトや女神ヘファイストスも余計な気を割く必要がなくなり。フィン・ディムナやリヴェリア・リヨス・アールヴを含めた何人かの冒険者達にも、余計な悩みを与えずに済んだ。

 

(長く生きれば生きるほど、罪は増える……)

 

早ければ早いほど、他者に与える影響は少なくて済む。今やもうどうしようもないところまで来ているけれど、それでも引き伸ばすより今この瞬間に片を付けた方がよっぽどマシな結果になる。

……そう考えて思わずこうして首に手をまわしかけるのも、一体何度目だろうか。結局はやらない癖に、出来ない癖に、こうしてポーズだけは取りたがる。そんな自分にも吐気を催す。

 

(少しでも、役に立って……少しでも、人を救って……最後に迷惑を掛けなければ、それで、許して貰えるかな……)

 

だからノルアは医療者という現状を維持する。

ディアンケヒトに言ったような理由以外にも、この職が直接的に人の命を救うことが出来て、それ故にほんの僅かにでも赦しを貰うことが出来るから。少なくともそうしている間は、自分は人間の味方であり、人という枠の中に入れて貰えている気がするから。続けている。

 

今頃は新薬の治験が別の部屋で行われているだろう。

効果は問題ないと思っている。

その権利はファミリアに帰する。

ノルア・コルヴァスの名前は残さない。

可能な限り、後世に自分の名前は残さない。

思い出して欲しくないから。

薬の命名も他人に任せた。

明日にだって仕事の引継ぎが出来る準備は常にしている。

 

「っ」

 

疾る頭の痛み。

一瞬見えたのは、また、ロキ・ファミリア。

剣姫を含めた何人かが、ダンジョンの中で、あの蔓型のモンスターや前に会った赤髪の女と死闘を繰り広げている光景。それほど遠い話ではない。その中には恐らくヘルメス・ファミリアと思われる人達も居て、何人かの死体も見えてしまう。

 

「……私に、どうしろと」

 

ダンジョンの中で年間何人の冒険者が死んでいると思っているのか。

一度はそれを何とかしようと奔走した事もあったが、結局は逆にその全ての原因がノルア・コルヴァスにあったのではないかと疑いを掛けられてしまった始末。

動けば動くほどに立場が悪くなってしまうのに、こんなものを見せつけて、嫌がらせ以外の何であるのか。

どうせ向かったところで敵の一味だと思われるだけ。

むしろ敵からも攻撃を受けて、危険が増すだけ。

この事を他の人に知らせても、やはり敵の一味だと思われてしまうのだろう。そんなことはもう知っている、何度も体験した事だ。関わりたくない、知らなかったことにしたい、けれどそうしてまた死者の顔を見せられる度に自分は罪深い存在になっていく。

 

「……行くの?本当に」

 

行きたくない。

むしろ何故自分が行って状況が良くなると思うのか。それこそ驕りだ。むしろ自分の存在に驚いたことで状況が悪化する可能性だってある。

だからすべきことは、忠告程度。

 

でも果たして、それでいいのか……?

 

 

 

 

 

【アイズを助けてやって欲しい】

 

 

 

 

「っ……私の助け、まだ必要ですか?」

 

あの時とはもう違って、彼女の周りにはたくさんの、自分とは違ってたくさんの、仲間が居るのに。彼女自身も成長して、強い冒険者になったのに。それより弱い自分なんかが、本当に。

 

 

ノルアは再び調合を始める。

当初のノルマを含めた今の仕事だけでも終わらせて、役割は果たさなければならない。予知を探るのはその後だ。

自分が行って何とかなるのであれば、そうすればいい。考えるのは予知を見た後でいい。だから今は自分の全部を押さえ付けて、只管に、作業へと逃げる。

あと1時間もすればアミッドは帰ってくる筈だ。

それまでは道具のように手を動かす。究極、ノルアが人間性を見せるのはアミッドの前だけでいいのだから。……せめて、心まで人間をやめることが出来ていたのなら、もう少しくらい楽だったろうに。

 

 

 

 

 

 

その日、アミッドは"青の薬舗"を訪れていた。

"青の薬舗"とはミアハ・ファミリアの本拠地であり、アミッドがここを訪れる理由はディアンケヒト・ファミリアとして貸し出している借金の回収のためである。

 

……というのは建前。

実際にはミアハに対して密かに想いを寄せているアミッドが、単に定期的に顔を合わせに行っているに過ぎない。そもそも主神のミアハが知人にホイホイとポーションを配っているお陰で常に火の車であるファミリアの現状、借金だって毎回返せている訳ではない。ディアンケヒトとしては法外な借金を押し付けてミアハが落ちぶれた時点で満足しており、回収出来なかった事を伝えても、ニヤニヤとしながら嬉しそうに嫌味を言うだけ。

なにもかもが建前である。

そしてアミッドが選ぶのは、常にファミリアにナァーザ・エリスイスが不在にしていそうな時だけ。

 

「ああ、アミッドか。久しいな、もう支払日だったか」

 

「はい、お支払いは可能ですか?」

 

「ああ、問題ない。ここにある。……常日頃から苦労しているそなたに、余計な負担を押し付けたくはなかったのでな」

 

「ミアハ様……」

 

アミッドの狙い通り、今この瞬間はミアハ・ファミリアの唯一の団員であるナァーザは不在にしていた。彼女と顔を合わせれば常に口喧嘩をすることになり、それはアミッドとしても決して望むところではない。

迎えてくれたミアハはやはりいつも通り神格者であり、どうやら自分のためにしっかりと準備をしていてくれたらしいことが伺えた。ディアンケヒトのことも考えると、正直こうして支払いがスムーズにいき、かつミアハと2人で話せる状況というは、アミッドにとっては何よりありがたかった。

 

「聞いたぞ、なにやら18階層でまた活躍したらしいではないか」

 

「それは……偶然状況に出会したに過ぎません。事を成したのはロキ・ファミリアの皆様です」

 

「そなたは謙虚だな。しかしそれで助かった命もあると聞く、謙遜も過ぎれば毒だ」

 

「いえ……それに、その場で治療活動をしていたのは私だけではありませんでしたから」

 

「なに、そうだったのか。………なるほど、彼女か」

 

「はい……」

 

どうにも、18階層での出来事は既にオラリオの中でも広まってはいる様であるが、そこにアミッドが治療活動をしていたという話はあっても、ノルアが治療活動をしていたという話はないらしい。

呆れるくらいに、いつものことだ。

嫌になるくらいに、いつものことだ。

ノルアはそんなこと、もう慣れているのかもしれないけれど。

 

「……すまないな。そなたが信頼している相手だと分かっているにも関わらず、どうしても彼女には苦手意識を持ってしまう。公平でいるというのは、これがまた存外難しい」

 

「いえ、きっと仕方のないことなのでしょうから……」

 

仕方ない、などと口走った自分が気持ち悪い。

 

「個人的な感情はともかく、ヘスティアやヘファイストスがあれほど言う相手だ。彼女のことは信頼に足る人物だと、考えてはいる」

 

「……そう思っていただけるだけで」

 

「ただ、彼女がアンフィス・バエナを単独討伐したという噂が既に広まり始めているのは知っているだろうか?」

 

「っ、何故それが!?そのことはまだ何処にも公表していない筈です!」

 

「やはりか……しかしどうも神々の間で、再び彼女を、その、"対処"しなければならないという気合が高まり始めているように感じている」

 

「どうしてですか!?ノルアはまだ何も……!!」

 

「アンフィス・バエナを単独討伐出来るほどの力を持っているとなれば、警戒してしまうのも当然と言えば当然だろう。それに彼女が無傷でダンジョンから出て来ているのを見た者も居たことから、更に尾鰭が付いてしまっている」

 

「ですがそれは!私が治療をしたからで!アンフィス・バエナの討伐だって簡単な話ではありませんでした!!」

 

「分かっている、それは18階層での件も含めれば少し考えれば誰にでも分かることだ。……しかし、彼女に限ってはそうはならない。神々も含めて悪い方向に考えるだろう」

 

「悪い方向……」

 

「今回の一件で、既にアンフィス・バエナを無傷で突破出来るほどにまで成長してしまっていると。手遅れになり始めていると。そう周知されてしまってもおかしくはあるまい」

 

「っ」

 

そもそも、何処からそんな情報が漏れたのか。

そんなの決まっている、ディアンケヒト・ファミリアの内部からだ。

考えられるのは、帰ってきた日の夜。

ノルアがディアンケヒトに報告して、それに対してディアンケヒトが怒鳴り付けた時。中で行われている話を聞いていた人間が居てもおかしくはないし、それを面白半分で広めた者達だって居たのだろう。

 

ディアンケヒトは次の神会にて、今回の件を『ノルアとアミッドによるペア討伐』と報告するつもりだった。そうすれば多少は印象を和らげることが出来ると考えていたからだ。

……しかし、そうなる前に既に話は広まってしまっている。それも最悪な形で、最悪な方向に。

 

「それでは……もし、ノルアのレベルが上がったりしたら……」

 

「十中八九、"対処"の話が具体的な形で上がり始めるだろう。元々、ディアンケヒトやヘファイストスの脅しがあっての現状だ。神々の中には未だに彼女の始末を狙っている者も多い。ここぞとばかりに立ち上がるだろう」

 

「ですが!ノルアはレベルを上げないと死んでしまうんです……!!」

 

「なに?そうなのか……?」

 

「はい……そうだと、聞かされています……」

 

「むぅ……」

 

レベルを上げなければ中の物に食い殺されてしまい、レベルを上げれば周りの人間に殺される。こんなの一体どうしたらいいというのか。何故そうまでして、彼女を追い込もうとするのか。せっかくこうして、帰って来たというのに。

 

「……アミッド。ディアンに彼女のレベルを隠すように伝えるといい」

 

「え……?」

 

「なに、レベルの虚偽報告などヘルメスもやっていることだ。それにアンフィス・バエナの単独討伐に成功したというのであれば、レベル1つ分偽ったところで可笑しく思われることはないだろう?」

 

「それは、そうですが……」

 

「……アミッド、嘘は悪いことだと思うかな」

 

「悪いことでは、ないのですか……?」

 

「少なくとも、家族を守るための嘘であるのなら、私は悪いことだとは思わない」

 

「ミアハ様……」

 

否、そうではない。

現状、それ以外に手がないのだ。

嘘をついて、誤魔化して、偽るしかない。

今から少しずつ『アンフィス・バエナはノルアとアミッドで討伐した』という情報を流しながら、レベルアップの報告を行わず、熱が冷めるのを待つしかない。穏便に済ませるのであれば、下手に情報を発信して有りもしない疑惑をより深めてしまうのであれば、こうするのが一番だ。

……それはつまり、ディアンケヒト・ファミリアがノルアのためにルール違反を1つ背負い込むことになるのだけれど。それでもきっと、ディアンケヒトは頷いてくれるだろう。当の本人のノルアだけは、渋るかもしれないけれど。

 

「……ありがとうございます、ミアハ様。本当に助かりました」

 

「いや、構わない。そなたが苦労しているのは知っているし、彼女にも以前少し世話になったからな」

 

「そうなのですか……?」

 

「ああ、少し前に薬材が枯渇しそうだという情報をヘファイストスを通じて伝えてくれたことがあった。あの時は本当に助かったと、伝えておいてくれないだろうか」

 

「……分かりました、伝えておきます」

 

本当は直接伝えて欲しいけれど。

それが出来ないから、わざわざヘファイストスを通じて伝えたのだ。

 

……アミッドはその後、少しの雑談をしてから、ナァーザが帰って来ないうちに青の薬舗を出た。

今日の支払いはしっかりと貰えたので、このまま帰ってもディアンケヒトが何かを言うことはないだろう。大通りはいつものように商人や冒険者達でごった返しており、その平和な活気は見ているだけでも元気が貰える。

見上げれば気持ちが良い青空。ミアハに色々と話すことが出来たからか、なんとなくスッキリとした気分でアミッドは僅かに漂う雲を見つめた。

 

「……どうして私ばかり、こんな幸福に浸っているんでしょう」

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