「ロキ・ファミリアを助けに行く、か……お人好しも大概にしておけよ、馬鹿者」
「返す言葉もありません」
溜息を吐きながら輝夜はノルアを睨む。
時間を見つけて予知を繰り返し、ある程度の状況を掴めば、恐らくことが起きるのは2日後。全貌はまだ分かってはいないが、24階層の最奥:食料庫(パントリー)で恐らくは闇派閥との抗争が起きる。既に死者が出ることは確認しており、知る限りではそれはヘルメス・ファミリアの方からだった。
「……一応聞くが、お前が行く意味はあるのか?」
「タイミングにもよりますが、5人の死者を4人まで減らせます」
「それでも命1つ分か」
「事の最序盤から突入すればより多くの命を救えますが、私の個人的な目的のためにそれはしません」
「……というと?」
「予知が狂うんです。かなり先の未来で常に確定させている幾つかの事柄があります、今回の件は干渉し過ぎるとそれがブレるんです」
「なるほどな……」
「予知が狂わない中で、最大限動けても死者を1人減らすのが精一杯でした。残り2日間で他の可能性を模索してみれば分かりませんが……」
「碌なことにならんだろう」
「………」
「いつもの如く、何故もっと早く来なかったのかと罵られるだけだ」
分かっているとも。
何度も経験したことだ。
それでもなお、見えてしまったのだから仕方がない。見えてしまったのなら、1人でも救えると分かってしまったのなら、動かざるを得ない。
救えるのに見過ごすというのは、殺したと同義に思えてしまうからだ。少なくとも治療師として、そんなことは許されない。そうでなくとも2人は、自分の目的のために見殺しにすることになるのだから。
「……分かった、戦闘はするのか?」
「いえ。かなり激しい戦闘になりますから、私が前触れなく参戦すればむしろ犠牲者を増やしてしまいます。かと言って最初から参加すれば、予知が狂ってしまうんです」
「つまり、突入は戦闘が終わった直後か」
「はい、そこで1人は救えます」
「……食料庫を訪れる理由はどうするつもりだ?」
「……どうしましょう」
「おい」
「ごめんなさい、それについては本当に何も考えていませんでした」
「やれやれ……」
輝夜は呆れたように首を振る。
まあ別に理由としてはどうとでもなることだ。実際ステータスを上げるためにダンジョンに潜るつもりなのだから、鍛錬だのなんだのと言い訳すればそれでいい。
「襲われる危険性は本当に無いんだな?」
「今のところは」
「なら構わん、仕方なく付き合ってやる」
「ありがとうございます」
「……結局、闇派閥と関わることになるのか」
「申し訳ありません」
「まあいい、どうせ何れは相対することになっていただろうからな。……闇派閥と聞いて、あの愚か者が黙っている筈もない」
今は酒場で働いている、リュー・リオン。
きっと闇派閥の活動が増し、その話が彼女の耳に入ってしまえば、また派手に何かをやらかすのだろうと輝夜は考えている。その時になれば流石に輝夜は動くつもりであり、そうなれば彼女自身にも色々と面倒な事が巻き込んで来るのは間違いない。
輝夜としてはノルアを優先するつもりであるが、リュー・リオンが命の危機に陥るようなことがあれば話は別だ。今はノルアを優先するために生きていることすら明かしては居ないが、必要であればそれもしなければならない。
「私が生きている間に、闇派閥だけでもどうにかなるといいんですけどね」
「そこは微妙な線だな」
「フィンさん達も居ますし、私さえどうにかすれば、オラリオは大丈夫だとは思ってます」
「それもどうだろうな。ダンジョンの到達階層の更新は止まったまま、黒龍も残っている。お前が居なくとも未来は暗いままだろう」
「黒龍はともかく、ダンジョンの方はロキ・ファミリアの皆さんが頑張ってくれるでしょうし」
「何れはあの女もダンジョンに連れて行かれるかもしれんな」
「……できれば、そうなって欲しくはないです」
「お前が遠征で活躍すればするほど、ダンジョン内での治療師の有用性も広がることになる」
「意地の悪いことを言うんですね」
「事実だ」
「正しい選択というものが、分かりません」
「そんなもの誰にも分からん、お前が決めることだ」
それならば多分、自分は間違っているのだとノルアは思う。
ノルアはアミッドの幸福を一番に望んでいるのだから。
そのための努力こそが正しい選択であり、それ以外は間違っている。けれどこうしてまたアミッドとは関係のない場所に行こうとしているし、またアミッドに余計な心配を掛けようとしている。
「……来世は、普通の人間に生まれたいんです」
「?なんだいきなり」
「もし救える命があるのに救わなかったら、やっぱり許して貰えないと思いますか?」
きっとそこの踏ん切りが出来ていないから、間違った道を進んでしまっているのだろう。
アミッドの幸せと、来世の自分の幸せ。
その2つを天秤に掛けられていないから、こうして中途半端な選択ばかりを繰り返す。
「……お前は今日まで生きて来ただけで褒められるべき人間だ。むしろ神々の方からお前に謝罪が必要なくらいだろうよ」
「それこそ申し訳ないですね」
「もし次もまた同じように生まれて来たのなら、その時こそ滅ぼしてしまえ。神も、人も、お前の中の物も含めてな」
「ふふ、流石にそんなことは出来ませんよ」
「お前には常にその選択肢があるということだ」
「………」
「その選択をしなかったというだけで、お前の存在は何千何万もの命を救っている。今更1人や2人見殺しにしたところで、誰がお前を責められるよ」
もしノルア・コルヴァス以外の人間が、同じ立場になっていたら。もし選ばれた人間がノルア・コルヴァスで無かったら。
それは彼女を知っている人間であるのなら、一度は頭に浮かべなければならないことだと輝夜は思う。この女は確かに脅威ではあるが、その脅威を抑え込んでいる立場でもあるのだと。
「そもそも、お前より地獄に落ちるべき人間が他にどれだけいると思っている。自意識過剰も加減しておけよ、馬鹿者」
「……ありがとうございます」
来世に期待が持てるだけ、持とうとしているだけ正しい生き方が出来ているのだ。来世に対する期待など当に捨てた人間が、この街には多く居るのだから。
「ノルア・コルヴァスさん……ですか?」
「うん、ディアンケヒトのところの副団長をしているみたいなんだけどね。少し前にヘファイストスに紹介して貰ったんだ」
とある廃れた教会の地下、そこが最近生まれた小さなこのファミリアの本拠地。色々と特徴的な1柱と2人は、なんとなしに広がった話の中で例の女の話題を出していた。
「サポーターくんは彼女のことを知っているかい?」
「ええ、まあ。"白焔(レフ・フローガ)"と言えば、むしろリリのような日陰者にこそ有名なお方ですから」
「そうなのかい?」
「はい。あのお方は、その、見るだけで頭がボーっとしてしまうくらい嫌な感じのする方なのですが……」
「見るだけで!?」
「偶に貧民街に来ると、そんなリリ達を治療してくださるんです。何も言わずに黙々と治療だけをして、いつも無言で去ってしまうのですが」
「えっと……良い人、なんだよね?」
「正直よく分かりません。ただ、ディアンケヒト・ファミリアの最高位の医療師の治療なんて、お金がなければ絶対に受けられませんから。治療と一緒に何か悪い魔法を掛けられている、なんて話もありますが」
「え、えぇ……」
リリルカ・アーデという小人族のサポーターが加わったのは、それこそ今日の今日の話。紆余曲折はあったものの、女神ヘスティアの唯一の眷属であったベル・クラネルに最初の仲間が出来た記念すべき日だ。そのような日に女神ヘスティアがわざわざあの女の話を出したのには、理由がある。
「サポーター君がそう思うのも仕方ない、彼女は恐ろしい爆弾を抱えているからね」
「爆弾……?ヘスティア様は何か知っているのですか?」
「うぅん、なんて言えばいいのかな……例えば3大クエストが地上における最大の目標であるのなら、彼女という爆弾の処理は天界における最大目標な訳さ」
「「………???」」
ヘスティアのその言葉に首を傾げる2人。
思ったよりもスケールが大きい話だった。
そして意味がよく分からなかった。
ヘスティアも腕を組んで唸りながら言葉を出す。
「そうだなぁ……例えば僕はこれでも天界ではかなり重要な立場に居たんだよ。それこそ12神の代表に選ばれるくらい、まあそれは辞退したんだけど」
「そ、そうだったんですか!?」
「なんか、意外ですね」
「おいおい、意外ってどういうことだい?失礼しちゃうな。……まあとにかく、僕は炉の神だからさ、特に火に関しては神の中でも相当に強い権能を持っていたんだよ」
「なるほど」
「彼女の中に居る爆弾は、そんな天界に居た頃の僕の大体1,000倍くらいやばい」
「「………え?」」
え?
「彼女の中に居るのは本体の分身みたいなものだから、そこまで強い力は持ってないんだけど……本体の方がかな〜り不味い。分かりやすく例えるなら、太陽そのものかな」
「た、たたっ、太陽ですか!?」
「例えが大き過ぎて分からないのですが!?」
「そうだよサポーター君、大きいんだよ。だから本体がそのままの姿で召喚されたら、地上も天界もその瞬間に諸共消滅してしまう」
「神様がたくさん住んでる場所ですよね!?」
「相手も異界の神だからね、しかも司る規模が違う。もし現実的な対処法を考えるなら、巨大な星を1つ使って無理矢理封印するとかになるのかな」
「現実的ってなんですか!?」
やはり神様や天界の話になると規格外というか、現実的な話が現実的には見えなくなってくる。しかしそうなると問題は……
「そしてそんな怪物の髪の1本が、ノルア君になる訳さ」
「……あの、それって、かなり不味いのではないですか?」
「う〜ん……そこが微妙なところなんだよ。所詮は髪の一本、されど髪の一本だ。髪の毛を一本抜いたとして、相手がどう反応するのかは相手次第だろう?何処までが許容範囲なのか分からないから、天界も僕達も手をこまねいている」
「もしかして、神様が地上に降りて来た理由って……」
「いや、それは普通に僕の趣味だけど」
「あ、そこは普通に違うんですね」
とは言え、天界から降りて来る前にその辺りの話をチラと聞かされていたのは本当だ。直接会ってみれば何か他にわかる事があるかもしれないとヘスティア自身も思ったのだが、実際には正直知りたくないことも知ってしまった。
「まあそういう理由で、神々や地上の子供達が彼女に嫌悪感を持ってしまうのは仕方ないんだけど……ベル君、多分僕の眷属である君は別だ」
「え?」
「どういう事です?」
「ヘファイストスの眷属もそうみたいなんだけど、火に関する権能を持つ神の子達は、炎の影響を受けにくい……というより、炎に隠されたものが見える様になるらしいんだ」
「つまり、あの嫌な感じをベル様は感じないということですかね」
「速い話がそうなるね。さっきも言った通り、僕はヘファイストスより強い火の権能を持ってる。だから理論上、ベル君がこの街で一番彼女を人として見ることが出来る訳だ」
「なる、ほど……?」
火の眷属であるのなら、むしろ火の本質が見えてしまい、余計に悪くなるのではないかとも思うが、実際のところそれも当たっている。より正確に言うのであれば、彼女という人間と、彼女の持っている炎を分けて見ることが出来る。つまり「なんだか悍ましい女」から「なんだか悍ましい物を持ってしまっている可哀想な女」という認識に変わる訳だ。
「つまりヘスティア様は、ベル様に"白焔(レフ・フローガ)"と仲良くして欲しいということですか」
「そこはベル君に任せるよ、気が合う合わないはあると思うし。……ただ僕の個人的な願いとしては、彼女に絶望して欲しくないんだよ」
「絶望……」
「彼女から爆弾を取り除く方法はない、彼女は近いうちにそれを抑え込めなくなって命を落とすことになる。だからきっと、仲を深めれば悲しい思いをすることになるんだろう」
「…………」
「それでもさ、やっぱり最後は人として死なせてあげたいんだ。直接会ってそう思った。だからベル君には、仲良くならなくてもいいから、同じ人として扱ってあげて欲しい。サポーター君には難しいかもしれないけど、せめて、そういう事情があるってことだけは知っておいてくれないかな」
「……本当に、危ない人じゃないんですよね?ヘスティア様」
「ああ、断言しても良い」
「そういうことなら、どうせ話すことも出来ないリリからは何も言うことはありません」
あくまで男神ソーマの眷属であり、耐性の無いリリルカ・アーデは土俵にすら立っておらず、それ以上に口を挟むこともない。ただベルに危害が及ばなければ良い。そしてベルを大切に思っているヘスティアが、彼を危険な人物に近付けるようなこともしないと分かっている。
「ベル様はどうするのですか?」
「え?いや、それはその、会ってみないと分からないっていうか……神様がそこまで言う人なら会ってみたいけど、ディアンケヒト・ファミリアの副団長さんに会うことなんて早々出来ないし」
「まあ、それもそうですね」
「その……やっぱりその人、助からないんですか?」
「……うん、少なくとも僕には思い付かない。神の権能で無理矢理引き剥がそうと干渉すれば、むしろ本体を刺激しかねないからね」
「つまり、全滅ってことですね」
「そうだ。天界としては、彼女に関しては地上だけでどうにすることを求めてる。本体が現れることを想定して、向こうでも色々と準備をしないといけないから」
「どうにかって、どうにかなるんです?」
「その方法を、彼女に聞かないといけない」
「聞くって……」
それはつまり、相手に対して、どんな風に殺せばいいのかを直接聞くということ。人間として扱って欲しいと言っておきながら、そんなのはまるで人間に対してすることではないし、そもそもベルにそんなことが聞けるはずもない。……それに。
「なんだかんだ言いながら、ベル様をスパイに使うつもりなんじゃないですか?」
「いや、それを聞くのは僕の役目だ」
「!」
「君達はそんなこと気にしなくてもいい。そういう事情があることだけは知っておいて欲しいけれど、彼女と関わる中でそんな後ろめたさを感じて欲しくない」
「神様……」
「きっと彼女と関わることで、君は最後に悲しい思いをすることになるだろう。けど僕はそれをして欲しいと思っている。それはもちろん君自身の糧にもなるだろうけれど、生まれてからずっと犠牲になり続けている彼女の死を、1人でも多くの子供達に悲しんで欲しいからなんだ」
例えその死が望まれていることであったとしても、喜ばれるものであって欲しくはない。少しでも多くの人に惜しまれ、悲しまれるものでなければならない。
そしてその死の瞬間も、出来るなら、出来ることならば……
「ヘスティア様はどうして、それほど彼女のことを……?」
「……彼女は1から10まで僕たち神の被害者だからね。火の関係だから僕も色々と会議に参加させられたけど、立場上、色々悩んだものさ」
「責任を感じてるってことですか?」
「知れば知るほど、考えれば考えるほど、思い入れが強くなるのは当然だろう?全知全能の神にとって、出来ないことや無力を感じるっていうのは、結構ダメージが大きいものなんだぜ?」
実際のところ、ヘスティアが天界から降りて来た理由として大きいのはどちらなのか。どちらにしても、ヘスティアでは直接解決できないということは地上に降りて来て確定した。ならばもう、何も出来ることはない。
彼女を殺して、彼女の中から出てくる怪物をも殺す。
若しくは、彼女しか知らない様な解決法があるのであれば、それを聞き出す。
どちらにしても、楽しい話にはならないに違いない。
時系列的にリリが仲間に加わるのはアイズ達が食料庫で戦闘した後の話になります。その辺り少しズレてますのでご注意ください。