炎導に惹かれて   作:ねをんゆう

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21.信用

「いやはや、まさか怪物進呈(パスパレード)をされるとは、運が良いなノルア」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「くく、流石にキツいか」

 

「……モンスターを、倒さない方が……苦しいん、ですね」

 

「当然だ。倒せば余裕が生まれる、逃げ場が生まれる。だが倒さずに逃げ続ければ追い詰められるばかりだ、そうして命を落とす冒険者も多い。怪物進呈から生き延びるコツは、逃げながらも適度にモンスターの数を減らすことだ」

 

23階層から24階層へと繋がる階段の中腹部分、盛大に息を切らして疲弊しているノルアを見て輝夜は笑う。

18階層を素通りし19階層へ入ったところ、突如として現れた大量のモンスターを引き連れながら逃げてきた冒険者のパーティ。そのパーティの中には何人か怪我をしている者も居たことから、大量発生したモンスターに追われているというのは疑いようもないことであり、ノルアと輝夜はそれを押し付けられたのである。

 

『モンスターを倒すなよ、ノルア』

 

釘を刺す様にそういった輝夜に対して、ノルアは冷汗を流して只管に走った。24階層までには振り払わなければならないのに、わざとらしく速度を抑えて走る輝夜。それに合わせていればモンスター達に追い付かれてしまって、倒さない程度に蹴ったり殴ったりしつつ猛攻を防ぐ。そうして23階層をなんとか踏破したところで、ようやくモンスターを殲滅する許可が出たというのが事の経緯だ。

 

「さて、目的の階層に着くには着いたが……確かにここからでも分かるくらいには少々騒がしいな」

 

「……ふぅ。時間的にはそろそろ最終局面といったところです、今から走ればタイミング的には丁度ですね」

 

「僅かに遅れる異常事態の原因は怪物進呈だったという訳か」

 

「それを利用した輝夜さんの扱き、の間違いだと思います」

 

「はっ、この機会を逃す手はないだろうが。ほら、さっさと行くぞ。1人は救うのだろう?」

 

「ええ、それと白炎を出して行きます。これがあれば少しは印象もマシな筈なので」

 

「……常に出していれば良いのではないか?」

 

「いえ、その、魔力が尽きるよりポーションで私の腹が満たされる方が先になるかと……」

 

「それもそうか」

 

「……次の遠征では出しっぱなしにしていないといけないと言われてるんですけどね。今のうちに最低出力での維持をコントロール出来る様にしておかないといけません」

 

薄らと掌に白炎を馴染ませながら、ノルアは24階層の奥へと走り出す。次第に見えてくる緑色の壁、そして徐々に大きくなっていく地響きと破壊音。入口は完全に閉じられており、侵入するには壁を破壊するしかない。

 

「ぶった斬る、先に行け」

 

「お願いします」

 

瞬間、一瞬の閃光と共に4度の斬撃が緑壁を襲う。四方形に切り裂かれたそれをノルアは蹴り飛ばしながら突入し、輝夜もそれに続いて後ろに付いた。しかし切り裂き突入しても壁はまた存在し、やはり目的地に突入するのはそれほど容易いことではないらしい。

 

「チッ……『深き夜の獄底に、神の愛子に見止められ、直く愚かし人の道。濁り燻るみ心を、今見にしめて己のため、いそしむ吾を許しませーー滅死開闢、アカノキドウ』」

 

「っ、魔法……?」

 

ノルアも知らない輝夜の魔法、居合と共に放たれた斬撃の嵐。遠距離攻撃の、範囲攻撃の、斬撃攻撃。その切れ味は凄まじく、容易く壁を引き裂いていく。

 

「あとは好きにしろ!ここから先はお前の仕事だ!」

 

「はい」

 

 

 

 

 

『レア・ラーヴァテイン!!!』

 

 

 

 

「タイミング完璧です」

 

大きく空いた壁の穴のその先で、轟く魔法と炎獄柱。この瞬間を待っていた。

……全てを、なかったことにしてはいけない。その犠牲も、悲しみも、そしてその末の成長も。だからノルアが突入するのはこの瞬間でなくてはならなかった。

ここまで来れば勝利は確定し、苦痛も刻まれ、成長という実も成る。だからそれとは関係のない、否、影響の少ない犠牲だけは掬い取る。今回はそれが少ししかなくて、自分の都合を加味すれば1人分しかなくて、だから助けると決めていた。この後に様々な疑惑を立てられることになると分かっていても、異様な目で見られ、また疑われることになると分かっていても。自分の都合で見捨てる人間が生まれる代わりに、その犠牲を決して無駄にすることはなく、救えるだけのものは救おうと。

 

「地理焼却(Fomalhaut)」

 

「ぇ……?」

 

倒れているエルフの少女と、そんな彼女に覆い被さる様にしているドワーフの女性。

……助けられるのは、彼女だけだった。

既に死亡寸前であり、心臓、肺、食道、脊椎、胸椎への損傷に加えて出血多量。これほどの損傷を受けていながら即死でなかったのは、このタイミングであれば間に合ったのは、間違いなく彼女自身の屈強な肉体のお陰に他ならない。

 

「……その状態で助かるのか?本当に」

 

「助かりますよ。というより、助けます。脳くらい緻密な物はアミッドの力を借りないと難しいですが、心臓を治すことくらいなら私1人でも可能です。……ここまで酷いと流石に障害は残る可能性が高いですが」

 

「……十分だろう」

 

魔法による心臓の修復を行いながら、肺への損傷による窒息を防ぐための処置を施し、血に塗れながらも治療に最も効率の良い手順を思考する。一瞬でも、一歩でも間違えれば彼女の今後の人生が大きく変わってしまう。

ノルアの魔法による治療は損傷後の即使用が最も効率良く、遅れれば遅れるほど効力が下がる。

アミッドであれば纏めて治せるものも、ノルアは一部分一部分を解析し、手順を組み立て、最善を尽くし、時間を尽くし、それで漸く1人を救えるのだ。その分、修復の精度は高かったりするが、単純に命を救うという点に関してはノルアはアミッドに敵わない。こんな風に血みどろにならなければ、人を救うことが出来ない。

 

「あ、貴女は……」

 

「話しかけるな」

 

「えっ……」

 

「そいつに話しかけるな」

 

身体を起こしたレフィーヤに、輝夜はそう釘を刺す。人の命を1つ救うことが、そう容易いことではないと輝夜は知っている。実際にそれを受けた他でもない自分だからこそ、その難しさを良く知っている。

何時間もそのことだけを考えて、自分の怪我も負担も何もかもを無視して、驚異的な集中力で気を失いそうになるくらいに向かい合って、そうして漸く、1つを掬い上げることが出来るかどうか。生きている人間に構っている暇などない。死んでいる人間に構っている暇もない。

 

「輝夜さん」

 

「なんだ」

 

「この後、この空間が崩落します。それまでに延命措置を何とか完了させますので、完了と同時にこの人を外に出すのを手伝って下さい」

 

「分かった」

 

「崩落?………っ!?」

 

直後、ノルアの言葉通りに空間全体が揺れ始める。階層全体に広がる巨大なヒビ、そしてそうなると当然そうなると言う様にパラパラと振り落ち始める小さな瓦礫達。

 

「こ、これって……」

 

「………完了です!!輝夜さん!!」

 

「ああ!」

 

「え!?あ、あのっ!?」

 

「レフィーヤさんは私が連れて行きます」

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

問答無用、情けなし。

瞬間、元居た場所に降り落ちた人間の身体の何倍も大きな瓦礫群。輝夜は自らが切り裂いた穴の元へと走り飛び込み、ノルアもそれに続いてレフィーヤを担ぎながら飛び込む。レフィーヤにしてみれば突然現れた人間に攫われて、しかもその人が例の奇妙な人で、明らかに燃えている白い炎によって自分の足が焼かれているという凄まじい状況ではあるが、彼等がレフィーヤを守ってくれたドワーフの女性を治療し、今もこうして自分を助けてくれているということは確かだった。

背後からはヘルメス・ファミリアの生き残り達やアイズ達も同様に走って来ているのが見えて、それにも同様に安堵する。

 

「あ、外に……」

 

「レフィーヤさんごめんなさい、下ろします」

 

「え?あ、ひゃんっ!?」

 

思っていたよりも乱暴に降ろされてしまい、軽く尻餅を付いたレフィーヤは恨めしそうにノルアの方向を見る。しかしその間にも彼女は未だ意識を取り戻さないドワーフの女性の治療に戻っており、額に汗を滲ませながらも鞄から取り出した様々な器具と魔法を両立させて手当てを行なっていた。

 

……正直に言えば、不思議な気持ちだった。

レフィーヤはロキ達から彼女についてのことをそれなりに聞いていたし、今だって彼女に対する本能的な嫌悪感を感じている。彼女に触れられた部分を無意識に摩ってしまっているくらいには拒否感もあるし、信用出来ないという思いだって強い。……しかしそれなのに、あの白い炎があるからか、以前よりも少しは冷静に彼女の存在を見ることが今は出来ている。

確かにこれは不思議な感覚だった。

 

例えるのであれば、今回の騒動の原因となったあのオリヴァスとかいう男。あの男が道端で必死になって自分の恩人の治療をしているのを見てしまったとすれば、同じような感覚に陥るだろう。

事実、彼女はこうして自分を助けてくれたドワーフの女性の命を救うために懸命になっている。こうして自分を助けてもくれた。それは紛れもない事実だ。

しかし一方で得体の知れない根拠のない嫌悪感だけが、その事実に対抗しており、そんな風に思ってしまう自分の異様さを自覚していながらも、この感覚をどうにもすることは出来やしない。

 

「レフィーヤ!大丈夫だったか……!」

 

「フィルヴィスさん……!」

 

「っ、この女は!?」

 

「ま、待ってくださいフィルヴィスさん!この人は、その、よく分からないんですけど治療してくれていて……!」

 

背後の穴から同じように出て来たフィルヴィスとヘルメス・ファミリアの者達が、その光景を見て一斉に再度の戦闘態勢に入る。レフィーヤはそれを見て必死に止めようとして、それでも冷静さを失っていたヘルメス・ファミリアの団員達が駆け出そうとしたところに、輝夜が立ち塞がった。

 

「邪魔をするのであれば全員斬り伏せるが」

 

「「「っ」」」

 

その間違いようもなく格上の雰囲気と殺気に、団員達は呑まれて動けなくなる。レフィーヤだけでなく、フィルヴィスもまた腕を震わせていた。それほどに今の輝夜という人間の実力は研ぎ澄まされている。束になっても敵わない、もし勝てるとすれば……

 

「……治療、してるの?」

 

「そうだ、阻止するか?」

 

「……ううん、しない。その人はきっと、助けてくれるから」

 

「……そうか」

 

唯一勝ちの目がありそうなアイズがそう言ったことで、団員達もまた武器を仕舞い始める。アイズに肩を貸されながらも鋭く輝夜を睨み付けていたベートもまた、舌打ちを切って目を背ける。

 

「輝夜さん!私のバッグから青い液体取って下さい……!手が足りないです!」

 

「な、なに?ま、待て……これか?こっちか?」

 

「そっちです!」

 

「こっちか!」

 

右手に取った物と、左手に取った物、正解は鞄の中に残ったもう1本の方だった。そんなら漫才のようなことをしながらも、次第に表情に余裕が出来てきたノルアを見て、どうやら大分状態は良い方向に近付いて来たことを悟る。

事前に情報を集めて用意しておいた輸血パックを輝夜に指示をして準備し始めたことを考えるに、止血も大分進んで来て、心臓の修復は完了した。

 

「……これで一先ず、命は大丈夫です」

 

「「「おお」」」

 

……先程まであれほど疑っていたにも関わらず、いざ仲間の命が大丈夫だと言われるとこういう反応をしてしまうのだから、現金なものだと輝夜は思ってしまう。実際に自分が同じ立場であればそうするだろうし、実際過去にそうなっただけに表には出さないが。分かっていても、納得出来るかどうかはまた別の話し。

 

「ここからは後遺症をどこまで減らせるかの勝負ですね……」

 

問題は脊椎の損傷、これの修復をどれだけの精度で行うことが出来るか。こういう作業は本来、それなりに技量の高い治療師が複数人で確認しながら行うものだ。アミッドが居れば後遺症など殆ど残らないくらいに完璧に仕上げることが出来るが、流石に今回の件に彼女を巻き込む気はなかったのだから仕方がない。

 

「……これを……これと、これに……配列のパターンが、ドワーフだから、こっちのこれが……じゃなくて、3番目の、その……」

 

もうここまで来ると素人には何がなんだかサッパリ分からないので、色々な器具を使い意味の分からない言葉を呟き、さっき以上に集中し始めたノルアを放って、輝夜は一応持って来ておいたポーションの入った鞄をレフィーヤに向けて投げ付ける。

 

「請求先はロキ・ファミリアとヘルメス・ファミリアで良いか?」

 

「あ、それは……」

 

「全てヘルメス・ファミリアで構いません。……エリリーの治療費もまた、いくらでもお支払いします。ですからどうか、どうか彼女を助けて下さい。白焔(レフ・フローガ)」

 

「……頼まれなくともアイツは助ける。金よりも精々あのバカの悪評を取り払ってやれ、それ以上は望まん」

 

「…………」

 

そうしてそれから10分ほどで、漸くノルアの治療は完了した。

治療が終わると同時にその場で大の字で寝転ぶノルア。

目頭をぐしぐしと解しながら、彼女はドワーフの女性:エリリーに駆け寄っていく団員達を微笑ましげに見守る。

 

「……ありがとうございました、白焔(レフ・フローガ)」

 

「アスフィさん……」

 

「……貴女とこうして顔を合わせるのも、いつ以来でしょうか」

 

「アスフィさん、無理しなくてもいいですよ」

 

「っ」

 

「私達、もう帰りますから。私なんかのことより考えないといけないこともあるでしょうし、感じなければならないこともあると思います。……私への気遣いは無用です」

 

その言葉通り、彼女は本当に帰り支度をし始める。本当にこれだけをしに来た様に見えるが、実際にこれだけをしに来たのだから仕方がない。これだけの戦力、帰りも問題ない筈だ。

それより長く接している方が負担を掛けてしまうということは知っているのだから、さっさと前から姿を消すのが先決であるというもの。自身の手に宿した白炎はそのままにして、ノルアは一瞬ふらつきながらも輝夜の手を借りて立ち上がる。

 

「それではまた」

 

「……ええ」

 

そんな2人を見送ったアスフィは、一瞬仲間達に囲まれる未だ気を失っているエリリーの方への目線を向けると、直ぐにまた俯いて思考を回し始める。

……見透かされている、というよりは、内心を読み取る以前にそもそも展開を事前に予測してそれを前提に動いているというような感じ。仮にも仲間の命を救って貰ったのだから、それが例えどんな相手でも表面上は取り繕わなければならない。そんなアスフィの無理を、必要ないと言われた。これをどう捉えるべきなのか、判断に困る。

 

(それに……"輝夜さん"ですか)

 

治療の最中に彼女から出たその名前。

片腕、片目、髪型や服装も変わっている。しかし何処となく感じた既視感、そして隠し切れない美貌と所作。何より黒髪に極東風味の刀武器、そしてあの殺気と実力と来れば、その正体は他にはあり得ない。

 

(生きていた?あの状況で?だとしたらリオンは知っているのでしょうか?……いや、知っている筈がない。知っていたらあんな事にはならなかった)

 

これをリュー・リオンに伝えるかどうか、それは非常に悩ましいところだ。本当に生き残っていたのであれば、あの凶行に走った彼女を止めていた筈だし、今日の今日まで彼女に会いに行かないなどと言うことがあるのだろうか?

そして彼女のノルア・コルヴァスに対するあの異様な入れ込み様。ノルア・コルヴァスに対して嫌悪感どころか、むしろ受け入れ、助力をしている。……あまり言いたくはないが、洗脳されているとか、手下にしているとか、そういう想像も頭を過ってしまう。

 

「……昔ヘルメス様と接触した時には、もう少しマシだったんですが」

 

神ヘルメスは当初からノルア・コルヴァスの討伐を支持している、それは彼女という歪な存在が英雄となり得る芽を潰してしまう可能性があるからだ。彼女はこの世界にとっての激毒であり、その内面が普通の少女であればあるほどに、英雄という存在にとって害悪にしかならない。英雄という存在を折るのに十分な要素となってしまう。

 

漸くエリリーが目を覚ましたのか、喜び笑い合う仲間達を横に、"輝夜"と共に歩いて遠ざかっていく小さな背中。滅ぼすことこそが正しいことなのだと、アスフィは知っている。きっとこの街の大半もわかっている。問題は、ただ正しいことをすることが本当に間違っていないのか。その自信だけが存在しないこと。

本当に殺してしまってもいいのか、本当に彼女を始末すれば全てが丸く収まるのか、その根拠だけが何処にも存在しない。

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