炎導に惹かれて   作:ねをんゆう

4 / 23
04.彼女の実情

 

「……何をしたら、いいんでしょう」

 

活気のあふれる大通りに佇む。

いつもは何か目的を持って歩んでいるこの道も、今日ばかりはまるで違う世界の様に見えた。

たいした私服など持って居らず、いつも通り真っ白な外出用の医療服を着てここに居る。いつもと違うのは目を隠す様に頭に巻かれた黒い布だけ。

 

『ノルア、試しにこの布を目に巻いて1日過ごしてみろ。多少は何かが変わるかもしれん』

 

朝早くに思い付いた様にディアンケヒトに手渡されたそれを、ノルアは特に拒むこともなく受け入れた。布と言ってもそれほど厚いものではなく、軽く巻いているだけなので視界も多少悪くなる程度。

ディアンケヒトはこれで何かが変わるかもしれないと言っていたが、ノルアには彼の思惑がサッパリ何も分からなかった。何をして、どうして欲しいのか。何を求めているのか。ノルアにはそれが分からない。

 

「……お土産でも、買っていきましょうか」

 

アミッドに。

 

 

 

「あら?貴女……」

 

「……ヘファイストス様?」

 

そうして何件かの土産屋を周り、アクセサリー等が売っている小物売店に入った時。そこでノルアは思いもよらぬ人物と顔を合わせた。

鍛治系ファミリアの最大手:ヘファイストス・ファミリアの正に主神、女神ヘファイストス。滅多に会わない、どころの話ではない。彼女ほどの神物がこんな小物売店に顔を出していると言うのは、そのイメージからしてもあまり考えられないことだった。そして彼女自身もそれを自覚しているのか、今の自分の姿を知り合いに見られて恥ずかしそうに目を背けている。それもまたなんだか珍しい。

 

「何かお探し物ですか、ヘファイストス様」

 

「え、ええと……ほら、そろそろ神会があるでしょう?装飾品のアイディアが欲しくて」

 

「そうでしたか。そうとも知らず、お邪魔してしまい申し訳ありません」

 

「い、いいのよ別に。私もそろそろ途方に暮れてたところだったもの。……それより」

 

「?」

 

ヘファイストスに顔を覗き込まれる。

こうして顔を近付けられるということはノルアにとってあまりあることではなく、ノルアは困惑しながらもそれを受け入れる。彼女が見ているのはノルアの眼だ。しかし今日はそれを隠しているのだが……

 

「……目を隠すだけで随分と雰囲気が変わるのね、貴女」

 

「そうでしょうか?あまり自分では自覚がありませんが」

 

「やっぱり元が美人なのね。正直見違えたわ」

 

ヘファイストスのその言葉に、ノルアは珍しく驚いた。まさかディアンケヒトのあんな思い付きが、ここまでの効果を発揮するとは夢にも思っていなかったからだ。

 

「目隠しをしていれば、私は普通ですか?」

 

「……いいえ、そんな簡単な話じゃないわ。前にも言ったでしょう?貴女のことをまともに見て居られるのは、オラリオでも私を含めた少しの神くらいだって」

 

「そうですか」

 

「ねぇ、前にも誘ったけど、私のところに来ない?私の眷属達となら、少なくとも今よりはまともな生活が出来ると思うの」

 

「………」

 

ヘファイストスの言葉に、ノルアはゆっくりと首を横に振る。

その言葉に対する返答もまた変わっていない。

有難い話ではあるが、別にノルアは現状を憂いたりしてはいないし、不満もなかった。こうして時々ディアンケヒトから訳の分からない指示を出されると困ったりはするが、それでも彼は良い神様だと言える。正直に言ってしまえばノルアには、わざわざファミリアを変えるほどの意味が現状に見出せない。

 

「そう……ごめんなさいね、勝手に同情していたわ」

 

「いえ、ありがたく思います。こうして仕事以外で他の方と会話をすることも滅多にありませんから」

 

「貴女ね……っ」

 

ふと気付き、周囲を見渡すヘファイストス。

店内に居た客は店員を含めてこちらを、否、彼女の方を見ており、その目線はやはりと言うべきかあまり良い物ではなかった。

……ここまで酷かったかと、ヘファイストスは顔を顰めながら思案する。最近は顔を合わせる機会はなかったが、彼女の仕事や功績に関しては耳に入って来ていた。レベルを上げたとか、薬品を開発したとか、遠征にも参加していると。だからこそ少しくらいは周囲に認められて来たのではないかと思っていたのだが、どうやらそう言う訳ではなく、むしろ悪化していたらしい。

 

「こっち来なさい」

 

「?」

 

ヘファイストスは彼女の右手を引いて店を出る。そうすれば一瞬でこちらに集まる外を歩く街の人々の視線。彼女は今日ここに来るまで、自分がずっとこの視線に晒されていたことに気付いていなかったのだろうか?

 

(……違う。慣れてしまったのね、もう)

 

通りを走り抜け、向かったのは薄暗い路地裏。人手が通らない、それだけは間違いないそんな場所にヘファイストスは彼女を連れ込む。

相変わらずされるがままのノルアは、本当にこれっぽっちの危機感も抱いていない様に見えた。

 

「貴女……普段、普通にこの通りを使っているわよね?仕事とかで」

 

「はい。あまり外に出る様な仕事を頼まれることはありませんが、市場の流通を知るために定期的に歩いています」

 

「……それ仕事?」

 

「薬材の安定供給を図るのは仕事かと」

 

「……ま、まあそこはいいわ。それより、貴女もしかしていつもあんな風に周りに見られてるの?」

 

「はい」

 

「はい、って……」

 

当たり前のようにそういう。

実際、当たり前になってしまっているのだろう。このことをディアンケヒトは知っているのだろうか?

 

(知っているからこそ、外に出す仕事はあまり押し付けない様にしてるのね)

 

そんなディアンケヒトの思いも知らず、肝心の本人は自分の時間を使って仕事の為にここに来て悪目立ちしていたという訳だが。

 

あの嫌悪とまでは行かなくとも、異物を見る様な嫌な目線。あんなものを四六時中受けていたら、普通の子供なら狂ってしまうのではないだろうか?少なくとも、こうして気にせず買い物をしに来るというのは明らかに普通ではない。

……ここまで来ると、同情くらいさせて欲しいものだとヘファイストスは思う。せめてファミリア内でくらいは良い関係を築けているといいのだが、その望みも薄いのだろう。そうでなければあのディアンケヒトがここまで彼女を特別扱いする必要がない。

 

「貴女、これから用事は?」

 

「特にはありません。今日は休暇を頂いたのですが、仕事もダンジョンも禁止されてしまいましたので。夜にディアンケヒト様にお供するまでは暇を持て余しています」

 

「そう……それなら、少し着いて来なさい。貴女に紹介したい神が居るの」

 

「紹介したい神様、ですか?」

 

「ええ、最近オラリオに来た女神なの。あの子なら多分、貴女のことをしっかりと見ることが出来るわ」

 

「!」

 

ここに来て漸く、彼女から反応らしい反応を得ることが出来た。そのことにヘファイストスは少しだけ気分を良くしながら、主に裏路地を中心に彼女をとある廃教会へ向けて連れ出していく。

……なぜそこまでディアンケヒト・ファミリアに拘るのか、ヘファイストスは問いたかった。もし自分のファミリアに来てくれるのであれば、こんな視線や悪評からも守ってあげられるし、皆と同じ人間として愛してあげられるのに。

それでも彼女がそれを望んでいないのなら、ヘファイストスに出来るのはこれくらいしかなかった。いくら他派閥の子供とは言え、大事な子供達の1人であることに間違いはないのだから。……何の罪もない子供であることに、間違いはないのだから。

 

 

 

 

「遅くなってしまい申し訳ありません、ディアンケヒト様」

 

「ガッハッハ!構わん!!眷属が待ち合わせに少し遅れた程度で機嫌を悪くする儂ではないわ!」

 

「ありがとうございます」

 

「しかし!なぜ遅れたかに関しては後でじっくり聞かせて貰うことにするがな!酒のツマミはいつだって会話よぉ!ハッハッハッハ!」

 

「……?」

 

夕暮も沈み始めた頃。ノルアは待ち合わせ時間を少し遅れて、拠点の前に仁王立ちしていたディアンケヒトの元へと辿り着いた。

昼頃はヘファイストスに紹介された女神ヘスティアと言葉を交わし、その後はヘファイストスによって鍛治工房の見学をさせて貰っていたのだ。そうして色々と鍛治というものについて学んでいれば、気付いた時にはこの時間。これは不味いと思い走って帰って来た訳なのだが……しかし意外にも、ディアンケヒトの機嫌はむしろ良かったりもする。待たされていたというのに、どうしてこうも嬉しそうなのか。それほど酒を飲むのが楽しみだったのだろうか。だとすれば、むしろ怒っていそうなものでもあるが。

 

「ディアンケヒト様、今日はどちらの店へ?」

 

「うむ、"豊穣の女主人"という店は知っているか?」

 

「はい。あまり詳しくはありませんが、確か女性の店員の多い店と聞きました」

 

「そこへ行く」

 

「よく行かれるのですか?」

 

「そんな訳がなかろう!何故儂があんな庶民の店で庶民に紛れて酒を飲まねばならんのだ!」

 

「それでしたら何故……?」

 

「ふんっ、貴様の様な酒の楽しみも分からん未熟者に、高い酒を飲ませるのが勿体ないからに決まっておろう」

 

「普通は高く美味しい酒を飲ませて、そこから酒の良さを教えるのでは?最初に不味い酒を飲んでしまい、酒自体を忌避する様になったという話もよく聞きます」

 

「……わ、儂の思いやりを否定するか!!」

 

「いえ、その様なことは」

 

「ええい!お前は黙って着いて来ればいいのだ!余計なことは考えんでいい!!」

 

「承知しました」

 

それきり、静かにディアンケヒトの3歩後ろを着いて来るノルア。これで隣を歩いて会話の一つでも投げてくれるのであれば可愛げもあるというものを。まあそれも今更、ディアンケヒトはもう何も言わない。

 

「……下賤な庶民共め」

 

それにしてもやはりというか、集まる目線が鬱陶しいことこの上なかった。大通りを歩いているのだから当たり前ではあるが、この時間になると店も客を入れ始め、昼よりも更に多い人混みを掻き分けることとなる。

しかもすれ違うだけならまだしも、本当に目に付く場所全ての人間の目線がこちらに……否、彼女に向いているのが分かってしまう。最初からこれを承知の上だったとは言え、まあ不快だ。せめて憧れや好奇の視線であるのならば良いものを、10年も生活しているのになおこれだ。

 

「まあ、予約を取っておいて正解だったな」

 

ふと振り向けば普段通り顔色一つ変えることなく、避けるまでもなく避けられながらディアンケヒトの後ろを着いて来るノルア。その目には朝指示した目隠しが今でも巻かれており、まあよくもまあ暗くなった通りを歩けるものだなと感心すらするが、正直ディアンケヒトとしてはそこまで忠実に守れと言った訳ではない。邪魔なら普通に取ればいいし、丸一日中付けている必要なんて実際ない。

 

「ノルア」

 

「はい」

 

「目隠しを取っても構わん」

 

「……いえ、このまま付けておきたいと思います」

 

「?何故だ」

 

「目を隠していれば雰囲気が変わると言われました、周りの方々からしてもこちらの方が良いのではないかと」

 

「……ならば好きにしろ」

 

「はい」

 

ディアンケヒトとて、それは否定できなかった。彼女がそれでいいのなら、それでいいとも思う。無理にやめさせる必要もないし、それで少しは緩和しているのなら続ければいいだろう。

 

そうこうしているうちに2人は"豊穣の女主人"へと辿り着いた。

今日もディアンケヒトが以前に見た時と同様に繁盛しており、様々な種族の女性店員達が愛想良く働いている。美人が多いという点だけで言えば、ディアンケヒトは満足だった。

……とは言え、今日はそんなことを単純に楽しめる日ではないということも分かっている。今日の酒飲みの主役はディアンではない、彼の眷属の方なのだから。

 

「邪魔するぞ」

 

「「「……………」」」

 

「チッ」

 

まあ大方の予想通り、静まり返る店内。

予想出来ていたことだとは言え、いざ直面すれば不快になるのは当然だ。

店員達もまた一瞬こちらに視線を向けたが、次の瞬間には姿勢だけでも仕事に戻ってくれただけマシというものか。

ズカズカと店に入り込んでいくディアンケヒト、ノルアも静かに頭を一度下げた後、彼の後ろを着いていく。

 

「何処に座ればいい?」

 

「あの角に座らせな、その横にアンタが座るんだよ。そんで対面にアタシが立ってれば少しはマシだろうさ」

 

「ハッ、少し狭いが仕方のないことか。ノルア、あの席だ」

 

「はい」

 

店の角のカウンター。

最初からそういうつもりであったのだろう。

色々と物が置いてあり、横にディアンケヒト、対面に店主のミアという身体の大きな2人が陣取れば、完全に死角になる様な場所が作られている。

騒がしくも温かい雰囲気に加わることも出来ず、角の方へと追いやられる彼女であるが、居場所を用意して貰えているというだけで有難い話だ。

特に表情を変えることもなく作られた専用の席に座り、ディアンとミアによって完全に姿を隠されると、途端にさっきまでの活気が戻ってくる店内。再びディアンの舌打ちが聞こえてくる。

 

「注文は?」

 

「一番高い物を持って来い、酒もだ」

 

「あいよ、アンタは?」

 

「……あの、ディアンケヒト様」

 

「好きな物を頼め、今日ばかりは儂が出してやる」

 

「はい……」

 

近くにあったメニューを手に取ってみるノルア。相場よりは高めだろうか、しかしディアンケヒトが選ぶ様な店だ。その味はどれだって保証されている様な物なのだろう。

 

「……焼飯の定食と、葡萄酒を」

 

「なんだい、アンタ小食かい?」

 

「はい」

 

「……ディアンケヒト?アタシはアンタ等が金を使うって聞いたから頼まれたんだよ?」

 

「ならば席代でも付けとけ、これはこういう奴だ」

 

「ったく、最近の冒険者は食が細いったらありゃしない」

 

そう文句を言いながらも彼女が自らの手で食事を用意してくれるのは、ディアンケヒトという神が席代すら払うと言っているからだろう。

目の前に立つミアという店主は、ノルアに対してもおかしな反応を示さない。否、最初に顔を見た時にはしていたが、直ぐに普段の彼女へと戻った。

 

……店の中は騒がしい。

今日の冒険はどうだとか、好きな女がどうだとか、そういう話が聞こえて来る。

それに向かい側のカウンターに誰かが店員と座ったのか、ミアは身体をそちら側に向けて快活に笑った。そんな笑みをノルアには決して見せてくれなかったことを考えるに、やはり彼女もまた多少は影響されているのだろう。仕方のない話、それを悲しいとは思わない。

 

「ふむぅ……まあまあだな」

 

「?お酒ですか?」

 

「うむ、貴様も飲め。酒は飲めるのだろう?」

 

「はい、酔ったことはありませんが……頂きます」

 

「ほう、酔ったことがないのか。どれくらい飲んだ時の話だ」

 

「んっ、エール瓶10数本ほどだったかと思います」

 

「じゅっ……!?」

 

「18階層で食事をしていた際に見知らぬ方々から勧められたことがあるのですが、その時に。どうも酒に酔わせて私を殺そうとしていたようです」

 

「い、いつの話だ!?」

 

「1年ほど前でしょうか」

 

「何故報告しなかった!?」

 

「特に怪我もありませんでしたので」

 

「お、お前は……」

 

話を掘れば地雷しかないのかと、というか普通にそれくらい報告しろと、ディアンケヒトは頭を抱えて酒をかっくらう。

こういうのは飲んで忘れてしまうに限る。

しかし、話を聞く限りでは彼女はどれだけ飲んでも殆ど酔うことのない体質なのかもしれない。となると酒の楽しみを教えるのは難しいだろう。やはり酒特有の楽しみとなれば酔いだからだ、味なり製法なりは別に酒でなくともいい。……というかディアンケヒト自身、酒の酔いを教えたいと思っていた。早速計画が1つ狂った形になる。

 

「ま、まあよい。……ところで、今日は何をしていた?お前が時間に遅れるとは珍しかろう」

 

「申し訳ありません。本日はヘファイストス様にヘスティア様の紹介を受けた後、鍛治工房の見学をさせて頂いておりました」

 

「……ヘファイストか。なんだ、鍛治に興味でも湧いたか」

 

「後学のためにとお願いしたのですが、とても興味深く思いました。私が想像していた以上に繊細で、熱に溢れていました」

 

「ふんっ、鍛治師に転職するのも悪くなかろう。今からでもな」

 

「いえ、私は治療師として努力を続けていきたいので」

 

「……ならばダンジョンに潜るより地上で励め」

 

「出来ることは多い方がいいかと」

 

「その中に鍛治まで増やすつもりか?」

 

「出来ることは多い方がいいので」

 

「やれやれ、馬鹿な眷属を持つと苦労するわい」

 

一朝一夕で出来るようになるものでもないだろうに。それでも一度やると言ったら始めるのがこの女だ。そうして結局いくら時間を掛けてでも出来る様になった末に、このレベル。ならばきっと出来る様になるのだろう、鍛治も。

出来ることが増えれば仕事が増えるのは当然の話だが、こいつはむしろそれを望んでいる。その末に何を求めているのか、口にも出しやしない癖に。何を見て、何を目指しているのか、誰にも悟らせてはくれない。

 

『おお、ロキ・ファミリアだ……!!』

 

「っ、なに?」

 

そして今宵もまた、混乱は起きる。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。