「……はぁ、相変わらず心臓に悪いわ」
「ね、ねぇロキ?さっきのって……」
「ん?おお、雰囲気壊して悪かったな。ほれ、みんな続き続きぃ!食べて飲まんと勿体ないで〜!」
2人が出て行った後、店内は再び直ぐに活気を取り戻した。本当に、さっきまでの静けさが嘘の様に。客や店員達は当然、ロキ・ファミリアの一部の者達までその有様だった。それに違和感を感じる者達も居るし、見て見ぬ振りをする者達も居る。
当然、席に戻ってきたロキに食い付いたのはレフィーヤ達だった。ただアイズだけは別のことに落ち込んでいて、ロキ達が何かを言っているのもボンヤリとしか聞いていなかったらしい。彼女だけは今も別の席で足を抱えている。
「ロ、ロキ……?さっきのは一体」
「ん?なんや、レフィーヤも気になるんか?成長したんやなぁ」
「?それはどういう……」
レフィーヤの疑問に同様に視線を向けたのはティオネとティオナの姉妹、そして丁度その背後で片付けを行っていたリュー・リオンである。彼女も幾らか事情は知っていたが、その詳細までは知らなかった。それ故にわざと片付けをゆっくりと行い、静かに話に聞き耳を立てる。
「あれが"白焔(レフ・フローガ)"、ディアンケヒトのところの副団長や」
「えっ!そうだったんですか!?」
「私達は知ってたけど……でも、なんか前より近寄り難くなかった?」
「うんうん!立ってるだけなのに、こう……怖かったよね!目も隠してたけど、怪我でもしたのかな?」
「怪我やない、あれは目隠しとるだけやろ」
「そうなの……?」
「神も子供もその内側は目によう映る。せやから目を隠して誤魔化しとったんや。アレ外したらもっと悍ましいで?」
「お、悍ましいって……」
「ん?……ああ、悍ましい思うんはウチ等だけやったっけ。あれの表現はほんまに困るわ」
クイッと酒を飲み干すロキ。
そろそろ団員達もグデグデに酔っ払って来ており、ロキ達の会話を聞いている者も少ない。せいぜい酒を飲まないリヴェリアや、介抱に回っている少しの者達くらい。他の客も減って来た。こんな話をこの場でするのも忍びないが、こんな場でもなければ話難い話でもあって、ロキは言葉を続ける。
「ねぇロキ、結局あれは何なの?突き放したり遠征に誘ったり、よく分かんないんだけど」
「ん〜、せやなぁ……簡単に言えば、爆弾や」
「ば、爆弾!?」
「せや、生まれながらに爆弾を持っとる。それも下界を揺るがす様なとんでもない威力の爆弾や。爆ぜたら間違いなくオラリオは壊滅するで」
「な、なんでそんなの放置してるのよ!?そんなのさっさと…………あ」
「やから言うたやん、必要があれば潰すって」
「……でも、アミッドさんの御友人なんですよね」
「せや。しかも本人は聖人も聖人、能力も高いし頭も回る。そうやんな?リヴェリア」
「……少なくとも私は、治癒師としても、冒険者としても評価はしている。アイズを含めた何人かも世話になった。恩はあるだろう」
「でもその恩、闇討ちはしないって返し方をするのよね?あんまり気持ちの良い話じゃないわよ……」
これが救い様のない人間であったのなら、何の容赦も同情もする必要は無かったろう。することもなかった。
ただ、つい先ほど見た彼女の姿を思い出してしまうと、それがどうにも……
「……あれ。でもなんであたし、さっきまであんなに怖いと思ってたんだろう」
「ティオナさん?」
「いや、今思い出すとさ、あの子ずっと謝ってたんだよね。何も悪いことなんてしてないのに、ずっと頭下げてた……それなのに、あの時のあたし、何があんなにも怖かったんだろうなぁって」
「それは、確かに……」
思い出そうとすればするほど、あの時の異様な状況が理解出来る。今考えれば、本当にあの状況はなんだったのか。客も店員も全員が非難するように訝しげな目線を彼女1人に向け、彼女はただそこに居ただけだというのに、誰よりも深く頭を下げ真摯に謝罪をしていた。そんな彼女を、彼女の主神以外は誰も庇う様子も見せず、淡々と、あまりに冷ややかに見つめるだけ。……そして当然ながら、自分もまたその1人になっていて。
「うっ……」
「レフィーヤ!?」
「水を飲め、レフィーヤ。余計な事は考えるな、お前は悪くない」
「で、でも……わたし、な、なんで?どうして顔もしらない人に、あんなこと……」
明確に記憶が蘇る。そしてその時の自分を今の自分と重ね合わせてしまい、そのあまりの違和感にレフィーヤは吐き気を催した。
リヴェリアはそんな彼女に水を手渡し、無理矢理にでも飲み込ませる。まるで全く別の自分がそこに居た様な、自分の身体が誰かに奪われていた様な、そういった乖離感。繊細な者ほど影響は強い。リヴェリアはそれをよく知っている。
「アレに、あまり関わるな」
「で、でも……」
「関わったとしても、何の得もない。正直に言えば遠征に連れて行くことすら私は反対している。確かに治癒師としても冒険者としても優秀ではあるが、あれは私達に害しか与えない」
「リヴェリア様……」
あのリヴェリアがそこまで言うほどの相手だということが、レフィーヤにはあまりに衝撃が過ぎた。だってロキだって言っていた、彼女自身は善良な人間であると。ただ生まれた時から何かを抱えていたというだけで、それでは彼女自身は何も悪くはないではないか。リヴェリアだってそんなことは分かっている筈なのに、それでも"自分達には害にしかならない"と言って拒絶する。
「その爆弾って、どうしようもないって事ですよね……?」
「そうだ。生まれた時からその身に宿る力、引き剥がすには根が深過ぎる」
「正直、ただ殺して済む問題なのかも分からんわ。せやから結局、解決を先延ばしにして、今も生かしとるっちゅう訳やな」
「ね、ねぇ、それってあの子がその爆弾を食い止めてるって事じゃないの……?」
「ま、そうとも言うやろな」
「……なんか、可哀想」
「治療師でありながらもレベルが高いのも、恐らくは檻となる自分の肉体を強化するためだ。あれは日を増すごとに力を増している。前より近寄り難かったというのは、そういうことだろう」
「「「…………」」」
先延ばしにするほど力を付けているのなら、さっさと殺すべきだと。そう考えている神々も多い。しかしそれに対して猛反対しているのがヘファイストスやディアンケヒトの様な主に都市の要ともなる主要な商業系ファミリアの主神達であり、流石に彼等の意見を無視する事はダンジョン探索を主流とする神々には出来なかった。
「ねぇ、ロキはどう思ってるの?」
「うん?んなもんさっさと殺すべきやろ。ウチ等はまだしも、フレイヤのとこを入れても殺せんくなったらマジで終わりやし。多少の被害は覚悟の上で、今直ぐにでもやったらええと思っとる」
「まあ……そうよね、私もそう思うわ」
「実際、暗殺紛いのことを仕掛けとる馬鹿もおるわ。全部失敗しとるみたいやけどな。……せやけど、結局み〜んな考えとることは同じや」
さっさと殺せ。
結局、誰も彼もが同じだ。
最初の1人になって商業系ファミリアからの恩恵を受けられなくなることを怖がっているだけで、誰かがその一歩を踏み出してくれないかと思っている。あわよくば陰から仕留める事で、その称賛を受けられないかと企む者達も居る。
彼女に味方をしている様な顔をしている神も、所詮はディアンケヒトやヘファイストスの恩恵を受けたいがために味方面している者ばかりだ。本当の味方など殆ど居ない。
「……なんだか、すごく嫌な気分になりました」
「助けてやりたいと思うか?」
「それは、まあ……」
「だがそれは不可能だ。結局、彼女の前に立てばお前はまたこの世界の存在として当然な拒否反応を引き起こす。相当に強い感情でも持っていない限り、あれを克服する事は決して出来ない」
「じゃ、じゃあさ、アミッドはなんで大丈夫なの?」
「それこそ、何かしら彼女に対して強い感情を持っているからだろう」
「まあ、そんな奴はアミッドくらいしか居らへん。ディアンケヒトも抵抗しとる方やけど、あれも結局は神やからなぁ。どんだけ大切にしようとしても、見えてまう。心底から受け入れる事なんて絶対に出来へん」
何も知らない神々からすれば、最初に見えるのが爆弾で、そこから少しずつそれを抱えている少女が見えて来る。初めてこの街に来た神々の多くは彼女を見た途端に恐れ慄くし、その異常な光景に混乱する。
「あの、じゃあヘファイストス様に預けるっていうのはどういうことなんですか……?」
「ん?ああ、火を司っとる神なら平気なんや」
「?どういうことー?」
「爆弾の正体なんやけど、異界の火の神の断片なんよ。同じ火の神なら、その炎に惑わされる事なく、あの子を見ることが出来る。つまりファイたんなら普通の子供達と同じ様に見れる訳や」
「へぇ、でも火の神なら沢山居るんじゃないの?」
「半端な神やとあかん。ウチかて元々は火の神なんやで?せやけど異形がチラついて仕方ないし」
「そ、そうだったんですね……」
「ま、この街やとせいぜいファイたんと、ヘスティアのドチビくらいなもんやな。あれはマジもんの火神やし。特にドチビはファイたんより見えとる筈やで、もしかしたら元の異神もな」
ならば彼女の問題を解決(生死を問わず)するための糸口になるのは、もしかすればヘスティアになってくるという可能性もある。
古の大英雄であるエピメテウスはその身に原初の火を宿し戦ったとされるが、その身に異神の火を宿していると捉えれば、プロメテウスもまたその火に干渉出来るかもしれない。まあそもそも彼に関しては未だ所在も正体も不明であるし、同様に強い力を持つ極東のカグツチなんかもオラリオに干渉してくることは早々無い。
「せやから、少なくともディアンケヒトが受け持つべきやないわ。眷属にも少なからず影響すること考えれば、ファイたんところに居った方がええに決まっとるんやから」
「……え、それじゃあ私達ってまだマシな方ってことよね?ロキも火の神なんでしょ?」
「せやで」
「え、これでですか?」
「これでや」
「そもそも自分の違和感に気付いている時点でマシな方だ。普通ならば違和感すら持てず、元の生活に戻っていく。周りの客達がそうだったろう」
「た、確かに……」
「……そういえば、アストレアだけは火の神やないのに割と抵抗なかったな。【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】なんか普通に話しとったし」
「もしかすれば火を得意とする眷属にも抵抗力があるのかもしれん。他には思い付かないが」
その会話に反応したのは未だチマチマと片付けをしていたリューである。だとすれば、彼女がこうしてこの話に聞き耳を立てていた理由も分かるというもの。そうでなくとも、かつての団長であるアリーゼ・ローヴェルと仲良くしていたなどという話を聞かされてしまえば、動揺もする。
「ま、そういうことやから。あんまり深く関わり過ぎんようにな。仲良く出来るんならしてもええけど、潜在的には敵や。死刑が決まっとる相手やと思って、話したりせんほうがええで」
何も悪いことをしていないのに刑という表現もおかしいけれど。しかしそんな話を聞いて納得出来るほど簡単な種族ではなかった、エルフというのは。そして同様に思い悩み、結果的に失敗し、諦めてしまったリヴェリアだからこそ、同族である彼女達の反応に目を配る。
今なら断言出来る。
彼女とは絶対に関わるべきではない。
苦しくなるだけで、どうしようもないのだから。
余計な心労を抱えるくらいならば、最初から知らない方がずっと良いに決まっている。