炎導に惹かれて   作:ねをんゆう

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07.彼女の嘘と、彼女の本音

その夜、ノルアは1人静かに書物を読んでいた。それはノルアが昔1柱の神から頂いた物であり、こういう夜には定期的に読み返している物だった。

中身はただの物語。

その人生をただ1人の女への愛に捧げた男が、様々な困難を乗り越えて行くというありきたりな話だ。それでも最後にはその努力も苦しみも報われて、男は女と結ばれ、幸福な世界に辿り着く。……ああ、ありきたりだろう。しかしノルアはそんなありきたりな話が好きで、7年近くも前に貰ったそれを、今もこうして大切にしている。

 

『ノルア、起きていますか……?』

 

汗を流してから読み始めたそれが半ば辺りに差し掛かった頃、ノックと共にそんな声を掛けられる。途中までしか読んでいないが、栞を挟むこともなくそれを閉じる。

 

「起きていますよ、アミッド。入って下さい」

 

「失礼します」

 

失礼もなにも、そんなことは今更だというのに。それでも律儀にそう言葉にして毎回部屋に入ってくるのだから、彼女は真面目なのだとノルアは思う。

少し座る位置をズラして空いたスペースを軽く叩けば、いつもの様にそこに座る彼女。こうしてノルアのベッドの上に並んで座るのは、幼い頃から変わることのない様だ。どうやら彼女も今汗を流して来たばかりの様で、今日は治療院の当番でもないらしかった。

 

「またその本を読んでいたんですか?」

 

「ええ、読みたくなって」

 

「……話は聞きました、大丈夫ですか?」

 

「私よりディアンケヒト様の方が心配ですね、かなり落ち込んでいらしたので」

 

「……その本を読んでいるのは、決まって今日の様なことがある時です。他者に拒絶されて、苦痛を感じないのであればそれは既に病ですよ」

 

「………」

 

「っ、もう……」

 

無言でもたれ掛かってくる彼女に、アミッドは口では文句を言いながらも微笑む。基本的に弱音を吐くことのない彼女ではあるが、こうして行動からはそれが伝わって来る。

 

「アミッドが居れば、私は他には何もいりません」

 

「何の強がりですか、それは」

 

「何も羨ましくなんてありません」

 

「……今度、2人で食事でもしますか?」

 

「したいです」

 

「やっぱり羨ましかったんじゃないですか」

 

「アミッドとだからです」

 

「仕方のない人ですね」

 

そう言いつつも、一番嬉しいと思っているのは他ならぬアミッドなのだから笑みは隠せない。

彼女がこうして弱味を見せてくれることや、こうして自分を求めてくれること。アミッドはそれが何より嬉しい。

姉の様な彼女は、例え治療師として実力が上になった今でさえも、アミッドにとっては届かない存在だから。手が届かなくても、こうして手を伸ばして来てくれる。他ならぬ自分を求めて。それが嬉しくない筈がない。

 

「……正式に、次のロキ・ファミリアの遠征に参加することになりました」

 

「……心配です。恐らく"勇者(ブレイバー)"は貴女を」

 

「そうですね、よくは思っていないと思います」

 

「なぜ、そうまでして遠征に参加するんですか?貴女が行かなくとも経済的な問題は」

 

「少しでも長くアミッドと一緒に居たいからですよ」

 

「………」

 

「これを抑え込むには、恩恵の昇華は不可欠です。年々レベルもステータスも上がり難くなっています、危なくなってから努力したところで追い付きませんから」

 

「……そんなに、危ない状態なのですか?」

 

肩を使っていた彼女は身体を戻し、今度は逆にアミッドの頭に手を伸ばして自分の方へと引き寄せる。肩を軽く叩きながら、何かを誤魔化す様に視線を切る。

 

「根本的な解決の目処は立ってないです」

 

「……ディアンケヒト様が仰っていました。年々、貴女に潜む者の力が強まっていると」

 

「まだ大丈夫ですよ」

 

「まだとは、いつまでですか?あとどれくらい大丈夫なんですか?」

 

「アミッドが私の側に居てくれる限り、でしょうか?」

 

「冗談で言っているのではなく……!」

 

「私も冗談じゃないですよ?……側に居てくれる限りは、頑張るつもりですから。死ぬつもりもありません」

 

「っ」

 

そんなことを言われてしまえば、もう何も言えない。唇に人差し指を当てられ、下手な笑顔をこちらに向ける彼女。もう何度この笑みを向けられたか。昔は少し不気味に思えたそれも、今ではそこに秘められた感情を読み取ることも出来るようになった。

 

(……やはり、ティオネさん達でも)

 

アミッドにとって1番の懸念は、それこそ今正に彼女が言ったことだ。つまり、彼女にとって生きる為の理由というのが自分しかないという点。

もしアミッドが命を落としたら?もし何かの理由で決別することになったら?彼女は命さえ容易く捨ててしまうのではないだろうか?

だからアミッドはティオネ達に"友人になってくれないか"とボカしながらも言葉にしたし、密かに女神ヘファイストスにも彼女をヘファイストス・ファミリアの人間と交流を持たせられないかと頼みもしていた。

……しかし、それもどうやら今日の様子を見るに芳しくないらしい。ヘファイストス・ファミリアの方はともかく、今日の騒ぎを聞くに、恐らくロキ・ファミリアの方はもう駄目なのだろう。彼女が生きる為の理由を与えてくれる様な人は見つからない。

 

「ノルア」

 

「なんですか、アミッド」

 

「生きるのは、楽しいですか……?」

 

「……?そうでなくては生きていないのでは?」

 

「私はただ、貴女に幸福に生きて欲しいと思っています」

 

「幸福ですよ、十分に」

 

「もっと幸福になる方法は、ありませんか?私に何か出来ることを教えて欲しいです。貴女が幸福になるために、出来ることを」

 

「アミッド……」

 

その為なら何でも出来る、アミッドは本気でそう言える。

治療師として同じことをしていても、自分ばかり持て囃され、感謝され、逆に彼女は難癖を付けられて感謝すらされない。アミッドは今日まで何度も何度もそんな場面に晒されたし、治療師としての幸福すら彼女は得られていないということをよく知っている。

もし自分が彼女の立場であったのなら、嘘でも自分が幸福だとは言えないだろうし、人を癒すことすら止めてしまうと思えてしまう。それでも今日も変わらず仕事に勤しむ彼女に、人を癒し続ける彼女に、少しくらいその働きに見合った何かがあっても良い筈だと思ってしまって。だから……

 

「それなら……今日は一緒に寝ませんか?」

 

「え?」

 

「駄目ですか?」

 

思いもよらぬ提案。

想像していたよりもずっと可愛らしくて、小さなお願い。この流れでそんなことを言うのかと思うような話であるが、アミッドが思っていたよりもずっと真剣に、申し訳なさそうにこちらを見る彼女は、もしかすれば本当にそれを願いたかったとでも言うようで。

 

「……構いませんよ」

 

「本当ですか?嬉しいです」

 

「な、なんだか恥ずかしいですね。20近い女が2人で同じ床に入るというのは」

 

「15くらいの頃でしたか、アミッドが急に1人で寝る様になり始めたのは」

 

「そ、それは……!わ、私も、その、周りの目が恥ずかしかったというか」

 

「改めて見ると大きくなりましたね、もうこのベッドでは2人だと少し小さいかもしれません」

 

「……買えばいいじゃないですか、滅多にお金を使わないんですから」

 

「……もしかして、また一緒に寝てくれるんですか?」

 

「た、偶にです。毎日ではありません。……毎日というのは、流石に、その、人の目がありますから」

 

人の目がなければ毎日でもいい、とでも言う様なその言葉に、ノルアは笑みを浮かべて明かりを消し始める。

手に持っていた本を机の上に置き、アミッドを壁際の奥の方へと入れてやると、布団を掛けて自分も潜り込む。

 

「……やっぱり、私がこっちなんですね」

 

「最初の頃に一度ベッドから落ちてしまって、それからは壁際に寝かせる様になったんですよね」

 

「流石にもう落ちません。……それに、こちら側で寝ると逃げ場が無くなるんです。ノルアは直ぐに抱き着いて来るので」

 

「……胸、また大きくなりましたか?」

 

「人の話を無視してどこ触ってるんですか。というか貴女の方がまだ大きいでしょう」

 

「肌も髪も綺麗で、立派な美人になりました」

 

「……当たり前です。ノルアに教えられた通りに、手入れは欠かしていませんから」

 

「これは抱き締めたくなっても仕方ありませんね」

 

「なっ、あっ、もう……」

 

結局こうなる。

腕の中に吸い込まれて、胸に顔を押し付けられて、ぽんぽんと一定の間隔で背中を優しくたたかれて……これでは本当にあの頃と変わらない。こんな事が他の人に知られてしまえば、明日から見せられる顔がない。

けれど、少しは大人になったと思ったのに、そんな昔と変わらないこの状況に安心してしまっている自分も居る。19にもなって姉の様な彼女に甘えている気恥ずかしさはあるが、それでもやはりここが一番落ち着いてしまうのも事実で。

 

「……ノルア」

 

「はい、なんですか?」

 

「どこにも、行かないで下さい……」

 

「……!」

 

「あなたは、わたしの……大切な家族なんです」

 

「アミッド……」

 

「いかないで、ください……」

 

眠りに落ちるまでは早かった。

1人で眠る時よりもすんなりと眠気はやって来て、普段よりもずっと深い眠りへと落ちていく。

……完全に意識を落とす寸前、思い出したのは彼女に1人で眠ることを伝えたあの日の夜。いい加減にいい歳なのだからと大人ぶって、殆ど使われていなかった自分の部屋のベッドに入ったはいいものの、その冷たさに最初は驚愕した。布団も枕も手触りが違い、何より酷い物足りなさと孤独を感じた。結局その日は眠る事が出来ず、次の日の仕事を休んで、仕事に行く前にノルアの部屋で彼女に寝かし付けて貰ったことを思い出す。今思い出してもあまりに恥ずかしい過去。

……あの時、寂しさを感じていたのは自分だけじゃ無かったのだろう。大人ぶって選んだ判断が、結局一番子供染みた選択だったと、今なら分かる。そして、彼女と夜を共にするという、その貴重な時間を失ってしまったのだという後悔もある。

これから少しでも、それを取り戻す事が出来るのか。周りの目より大切な物があるということが分かっただけでも、成長出来てはいるのかもしれない。

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