炎導に惹かれて   作:ねをんゆう

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08.生き残りの女と、死に行く女

「これで今日の目標分は終わり。当番表の更新も終わったし、薬材の数量確認もお願いした。後は……あぁ、器具の点検簿がまだ来てない。それと判断を仰がれてる案件がこっちにあったような」

 

ノルアの執務室は、他の団員達とは異なる部屋に存在する。彼女が居ると仕事にならないため、彼女とアミッドだけは共有の部屋を与えられていた。

それでも団長と副団長が同時にこの部屋に居るということはあまり無く、2人も極力どちらかはこの部屋に居るように意識していた。もちろん、ノルアが居る時よりもアミッドが居る時の方が団員の出入りは多いし、ノルアが居る時には外から書類が投函されることの方が多い。

団員達としては彼女の能力は理解しているし、本当に困っている時には思い切って声を掛けるが、そうでもない時にはあまり話をしたいとは思わない。それをノルアも分かっているから指示は極力紙面で行い、他の団員達の執務室には余程のことが無い限りは訪れなかった。ベテランの治療師であればいい加減に慣れているが、新人〜中堅程度の治療師はそうもいかない。余計な事故を起こさないためにも、ノルアは緊急時以外は治療室にも入らない。

 

『ノルア様』

 

「?はい、どうしましたか」

 

『お客様がいらっしゃっております、お通ししてもよろしいでしょうか?』

 

「お客様……?」

 

書類を読んでいた手を下ろし、首を傾げる。ノルアに対しての客など滅多にない、というよりは1年に1人居ればいいくらいだ。それにそんな約束をしていた訳でも、何かしら思い当たる節もない。

 

「……分かりました、そのままお通し下さい」

 

『承知しました』

 

その言葉と同時に、ドアが開かれる。応対してくれた団員は中に入ることなく、中に通された"彼女"だけが目を開けて部屋の中に入って来た。

隻腕、隻眼、衣服は極東特有の紅い桃色。顔に大きく入った傷痕に、髪は後ろで粗雑に結び、腰に付けた小刀もまた色々と手入れが杜撰になっている様に見える。

 

「……どうでしたか、極東の様子は」

 

「はっ、相も変わらず腹黒ばかりだ。見知った顔にも会ったが、この顔を見て直ぐに逃げた。……住う場所が欲しい、頼らせろ」

 

「ええ、任せて下さい。ただ、それより今は汗を流して来た方が良いと思います。せっかくの美人が台無しですから」

 

「あほぅ、皮肉もそこまでいくと清々しいわ」

 

「替えの服も直ぐに届けますから。浴場の場所は分かりますね」

 

「あぁ、借りる」

 

何の躊躇もなく小刀と財布をノルアに放り投げて、部屋から出て行く彼女。ボサボサの長い黒髪は、汚れていても極東生まれの証。その雰囲気から感じ取れる明らかな彼女の実力、それは以前にこのオラリオを出た時よりも明らかに上がっていた。

 

「輝夜さん」

 

「ん?なんだ」

 

「女神様には会えましたか?」

 

「……お前のおかげでな」

 

「それは良かった」

 

ゴジョウノ・輝夜。

元アストレア・ファミリアの団員であった彼女は、多くの物を失って、肉体を大きく欠損し、しかしそれでも尚、間違いようもなく今この世界で生きていた。

 

 

 

「仕事はいいのか?」

 

「ええ、緊急時でもなければ私が居なくとも回るようにはなっています。……それにしても、またレベルが上がった様ですね」

 

「極東というのは見方を変えればダンジョンを超える魔境、行って戻って来た時には上がっていた」

 

「そんなに暴れて来たんですか?」

 

「神の顔を殴り飛ばしてた程度でまさか兵を出して来るとは、本当に短気なアバズレ共で」

 

「追手は?」

 

「八裂き」

 

「門番は?」

 

「袈裟斬り」

 

「最後に?」

 

「一文字」

 

「ふふ、流石ですね」

 

「言わせたのはお前だろう、くくっ」

 

本当に、本当に自然にノルアと話す輝夜。

我が物顔でソファにもたれ掛かり、注がれた茶を飲み干す。湯を浴び汗を流したからか髪は以前ほどでなくとも艶を取り戻し、雑に着た衣服からは彼女の美肌が溢れ落ち掛かっている。

来ている物は一先ず患者用の衣服であるが、やはり右腕はヒラヒラと風に舞うばかり。しかしそんなことも、それどころか自分の容姿にすらも、彼女は何も気に掛けない。

 

「それで、住う場所の宛というのは?」

 

「ダイダロス通りの辺りに、以前隠れ家目的に個人的に安く買い取った家屋があります。買った当時に掃除と最低限の補修はしてありますので、そこなら生活に問題はない筈です」

 

「ほう、それは上々」

 

「お金についてはどうしますか?ダンジョンに?」

 

「養ってくれと言えば、出してくれるのか?」

 

「構いませんよ、どうせ他に使い道もありませんし」

 

「はっ、冗談だ。それくらい自分で稼ぐ」

 

しかしチラと目を横にやれば、大きく刃こぼれした小刀が一本。着ていた衣服もお世辞にも状態が良いとは言えず、財布の中も殆ど空に近いこの状態。そうして差し出されたのは、封筒に入った少しの金。汗を流している間に用意をしてくれていたのだろう。思わず顔を顰めるが、背に腹は変えられない。

 

「……すまん」

 

「いえ、祝金だとでも思って受け取って下さい。それか、傷を完全には治せなかった謝礼とでも」

 

「何が謝礼だ。蘇生に近しいことをされた時点で、この人生にはお前への借りしかないわ」

 

「私は救える人を救おうとしただけです。最終的に奇跡を起こしたのは輝夜さんですよ」

 

「……お前以外の誰が胴体が真っ二つになって瓦礫に潰されていた人間をまだ救えると思えるよ」

 

「事実救えましたから、それでいいじゃないですか」

 

「"戦場の聖女(デア・セイント)"が本当にお前以上の治療師なら、オラリオは安泰だな」

 

「安泰ですよ、アミッドは凄いんです」

 

まあ嬉しそうに言うものだと、嘆息を吐く。

輝夜としては、もうしなければならないことと、解決しなければならないことについて、個人的なものに関しては全て終わっていた。その為の長い旅だった。だからこの街に戻って来たのは、残して来たエルフと、殆ど味方の居ないこの女の力になってやるため。

世界の敵とも言えるこの女を、その世界から少しでも長く生かしてやるため。

 

「……生き残りが揃いも揃って手配書に載るかもしれんとは、アストレア様に向けられる顔が無いな」

 

「?なにか悪いことでもしたんですか?」

 

「いや、気にする事でもない。……ところで、最近は何か変わったことはあったか?」

 

「いえ、それほど大きく変わったことはありませんよ」

 

「お前についての話だ、たわけ」

 

「え?ああ……」

 

オラリオがそれほど大きく変わった訳ではないと輝夜とて知っている、なにせあの勇者が居るのだから。あれが管理している限りは、美の女神の一団が何かしらしでかさない限りはこの街に大きな変化は無いだろう。

真剣な目で問いただす輝夜。

それに対して彼女は、少しの間をおいた後に、観念した様に話し出す。

 

「……恩恵の昇華の必要があります」

 

「なんだ、もう限界なのか。Lv.4になったばかりと聞いたが」

 

「正直、時間がありません。このままではあと1年も保たないと思われます」

 

「……待て、それではこれまでのペースと合わないだろうが」

 

「はい、だから困っています。一先ず強引にロキ・ファミリアの遠征について行く約束は取り付けましたが、そもそものステータスが不足しているので、Lv.5まではまだまだ遠いです」

 

「それを他に話したか?」

 

「アミッドにはそれとなく話に出しましたが、緊急性があるということは伝えていません。他の誰にも勘付かれているとは思えませんが、フィンさんだけは分かりません」

 

「……また危険な綱を渡ったな、愚か者め」

 

「自覚はあります」

 

だとするならば、輝夜がこのタイミングで帰ってくることが出来たのは最善と言えたかもしれない。当然、もう少し早く帰って来れば彼女がその綱を渡ることを防げたかもしれないが、それほど緊急の事態となっているのなら、何れは結局渡ることになっていただろう。

輝夜は思考を巡らせる。

ロキ・ファミリア……問題はそこではない。

 

「気付いているだろうが、勇者(ブレイバー)はお前を確実に殺す気だ」

 

「はい」

 

「理由はいくつかあるが、7年前。ヘラとゼウスの残党が揃って口にした言葉が1番の原因だろう」

 

「……はい」

 

「『あの銀炎の小娘は必ず殺せ、そうでなければ世界に平和など決して訪れない』だったか。間近で聞いていた身だが、あれは真に迫っていた」

 

「……」

 

ノルアだって、その頃にはもうディアンケヒト・ファミリアで働いていた。あの日を境に自分に対する目線が一層に酷くなったことは覚えているし、それまでは何かと配慮をしてくれていたロキ・ファミリアが全くと言っていいほどに関与して来なくなったのもあの日から。

……ロキ・ファミリアもフレイヤ・ファミリアも敵だと思っていい。ゼウスとヘラの眷属達が何の迷いもなく、最期の言葉としてそんな言を残したのだから。それは確実なことだと言っていい。

 

「本当に、行くのだな?」

 

「……どちらにしても、このままでは私は死にますから。それなら少しでも希望のある方を取りたいです」

 

「馬鹿者が」

 

「すみません」

 

「せいぜいステータス上げくらいしか付き合ってやれんぞ」

 

「十分です、助かります」

 

深々と頭を下げる彼女に、息を吐きながらその頭をわしわしと乱暴に撫でる輝夜。もし遠征に着いて行けるのならば守ってやることも可能だが、そういう訳にもいかない。ゴジョウノ・輝夜はオラリオでは既に死んでいる人間なのだから。この部屋を出る時には変装はせずとも、自分だと分からない様にしておく必要もある。

……あのエルフにも何れは顔を合わせなければならないとは言え、それは今ではない。輝夜の気分が乗った時にすればいい話だ。今はそれより優先すべきこともある訳で。

 

「一先ず、服を貸せ。それと髪を切る、形は好きにしろ」

 

「いいんですか?」

 

「このナリを見て気付かれるとは思わんが、念の為だ。今はその方が都合も良い」

 

「分かりました。……それでは毛先を整えて、前髪を少し変えてみましょうか。後髪は勿体無いので結んで貰うとして」

 

「……殆ど変わらんな」

 

「服装と前髪を変えれば、人は殆ど別人ですよ。輝夜さんならより明確に、眼帯もあるので誰にも分からない筈です」

 

「まあ、そう言うのであれば信じるか。……他でもない、主神サマの仰ることだからな」

 

「……もう、その呼び方はやめて下さいと言ったのに」

 

そうしてノルアは床に必要の無くなった髪を広げ、彼女をそこに座らせる。静けさの残る部屋の中で、鋏の音だけが鳴り響く。

正しさとは何なのか、正義とは何を示すのか、その多くの思考の末に今この関係はここに在った。

 

「ノルア」

 

「はい」

 

「笑って死ねよ」

 

「……はい」

 

せめて安らかな死を。

満足の行く死を。

そんなものは決してあり得ないと知りながらも理由にしているのは、歪ではあっても、間違っているとは思わない。




輝夜さんもかなり達観しています
感情的になることが殆どなくなりました
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