「……くっ」
「はぁ、すまぬ……。はぁ、はぁ、助かった」
「巻き込んだのは僕だ。共に戦ってくれている以上、怪我をさせるわけにはいかぬ」
名も知らぬ仙術と陰陽術使いの少女と共に戦い始めてから既に三時間以上は経とうとしていた。
あの魔神の眷属は今この瞬間も増え続けているらしく、むしろ戦い始めた時より増えているといっても過言ではない。
個々の力が弱まってはいるから対処ができないわけではない。
ただ、何度も言うが問題なのはその尋常ではない『数』だ。
現に術使いの少女の息は上がり、術の精度も落ち始めてきている。このままでは不意を突かれて殺されてしまうのがオチであろうことは簡単に想像がつく。
彼女を戦いに巻き込んでしまったのは僕だ。
今回の戦で彼女が怪我、最悪死んでしまった場合、僕は残してきた仲間たちに示しがつかなくなってしまう。
あの時、あの魔神を始末できていれば、今この瞬間彼女は苦しまずに済んだはずだ。
僕が止めを刺そうとして気が緩んだ一瞬、ヤツは
人の精神に影響を与える魔神が、そんな芸当できないわけがないことをすっかり失念していたのだ。
何年間格闘していたのかは分からない。気が遠くなるような時間の中、僕とヤツは精神世界で戦い続けたのだ。父から授かった魔神の肉体や能力ではどうにもならない、延々と精神を蝕まれるような激痛と怨嗟の声に耐え続け、ようやく見えた光。
魔神本体が憑依しており、光が見えている状態でも魔神は精神世界で僕の事を攻撃し続け、体は思うようには動かなかったが、それでも体は『契約』だけを履行し続けた。
あの時、甘雨の声に反応してまたしても魔神の前で気を許してしまったのは一生の不覚だろう。
体の支配権を一時的に奪われ、危うく甘雨を両断してしまうところだった。あの時甘雨に声をかけたあの人物には一生感謝してもし足りないだろう。
……そして、少女が施した浄化の術が僕を完全に支配しようとしていたヤツの最後の侵入を妨げ、僕の体を乗っ取るのを諦めて外へ出た。
恐らくも何も、こうして眷属を増やして僕に向けさせているのは十中八九僕を消すためだろうが、――――ここから一気に片を付ける方法はあるにはある。
既に肩で激しく息をしている彼女を戦わせるのは無茶であることは明白。これ以上彼女を戦わせれば多かれ少なかれ彼女は弱ったところを蹂躙されて死ぬ。
だから、確実にヤツを仕留められるようにと温存しておいた切り札を切るしかない。
ここで僕も彼女も死んでしまえば本末転倒。
そんなの、お前が許すわけないよな……!
――――『我らは魔を滅するだけ。そこに個人の苦しみや痛みなど存在しない』
斬ッ――――
「っ……!!」
背後、密集していた仮面をかぶった魔物が突如複数吹き飛んだ。
草木を揺らすのは、彼が得意とする刃風。
魔を滅するのは、彼が生み出した風の槍。
妖魔が恐れるのは、悍ましい形相をした面。
僕を兄上と呼び慕ってくれていた、僕の自慢の弟子。
「……魈っ!!」
「兄上……聞きたいことは山の如くあるが、今はそう悠長な与太話をしている暇はないだろう。我も加勢する」
相変わらず、自身の感情を表に出すのが苦手なのは変わっていないようだった。
魈は自身の儺面を付け、静かに一言――――
「『靖妖儺舞』……!!」
その術は、自らに絶大な力を与える反面、強烈な痛みを伴うもの。心身を激しく摩耗し、魈も余程のことがなければ敵地で見せることのなかった代物。
「僕も、魈の期待に応えなければな」
自分の弟子がこうして痛みを伴って加勢に来てくれているのに、僕一人がただその様子を見ているだけでは魈の師匠として立つ瀬がない。
痛み? 苦しみ? そんなのどうした。
僕がいない間も璃月を守っていた魈の方がそれをよく知っている。僕のこの程度の苦しみなど、魈のものと比べたら砂粒の如く軽い……!!
「……『
息が上がり切っていた彼女に『そこを動くな』と僕と魈の間で休ませ、僕は氷元素の力と自身に流れる魔神の力を最大出力で放出する。
耐え難い激痛が、苦痛が、鈍痛が、頭痛が僕を襲う。
……考えるな。何も感じるな。『契約』を履行せよ。魔を滅せ。
この世に存在するありとあらゆる魔を祓い、常に守るべき人としての不変の道を照らし出せ。
「行くぞ、魈」
「承知した。兄上」
魈が天高く跳躍するとともに得物へ風元素を集約し、僕は自身の得物を構えると同時に氷元素と魔神の力を載せる。
魈の『和璞鳶』が緑色に力強く発光し、僕の『不倶戴天』が水色に勇ましく発光する。
「ここだ!」
「ぬんッ!」
背後にいる魈の事はこれ以上気にかけてはいられないが、恐らく相当な数の魔物が風の槍に貫かれて絶命していることだろう。
あれだけ密集しているのであれば効果は絶大であること間違いなしだ。恐らく一撃で20以上が魈の風の槍でその命を散らしている。
僕は氷元素と魔神の力を纏わせた『不倶戴天』を、激痛を伴いつつ底上げした力で素早く振り、周囲に氷元素の攻撃を振りまくと同時に魔神の力によって生じた衝撃波が経路上の魔物の命を刈り取っていく。
一振りするだけで魔物が蹴散らされ、見ていて気持ちがいいがそれ以上に襲い掛かる激痛に思わず倒れてしまいそうになる。
長くても持って30秒が限界だろう。
だからそれよりも前にここにいる魔物どもを蹴散らしてヤツの後を追跡しなければならない。
ここは場所から見て絶雲の間にある『太山府』付近。ヤツが歩いて璃月港に着くまでにざっと5時間ほどくらいしか猶予はない。
ヤツがこの場所を発ってから既に3時間。
僕が余力を残したうえでヤツに追いつけるほどに体力を温存するとなると、『祓魔彝照』を使える時間はあと残り10秒前後。その残り時間でここにいるすべての魔物を斃せるか……?
「追加の眷属が……くっ……いな……い……?」
発生した衝撃波で蹴散らされた魔物の奥に、増援は確認できなかった。
つまり、ここにいる魔物たちだけで最後ということになる。ならば、予測残り時間いっぱい使えば、全て倒せる。ペースを上げるか。
ギリ、と苦痛に悶えながら『不倶戴天』の柄を握り締め、攻撃の速度を上げる。
魔物が吹っ飛び、血が飛び散り、肉片が飛び交う。
最後の魔物を切り伏せて僕が『祓魔彝照』を解除するのと、魈が最後の魔物の群れへ向けて跳躍するのはほぼ同時だった。
『祓魔彝照』の反動で体のあちこちが痛み、思わず膝がついてしまうのを見た術使いの少女が「大丈夫か」と近寄ってくるが、心配はいらないと返す。
それより、こんなところで膝をついているよりも早くヤツを追わなくては。
少女と同じく近寄ってくる魈にも同じことを伝え、いざ追いかけようとした時、
璃月港がある方から、
ということは恐らく、向こうでヤツとの正面衝突が始まったということ。
そしてこちら側に魔物が来なくなったのは、璃月港へすべての戦力を向けるため。
「急がないと不味いな……魈、余力はあるか?」
「当たり前だ。兄上が消えてからも鍛錬をしなかった日などない」
魈へ確認を取り、いざ璃月港へ……の前に、
「――お嬢さん、貴女がいなければ、僕は恐らくあの場で肉体も精神もヤツに支配されていたはずだ。
僕を助け出してくれたこと、共に戦ってくれたこと、礼を言おう」
「申鶴。ここからは仙術を修めたとはいえ凡人であるお前が出られる幕ではなくなる。兄上の看病、ご苦労だった。行くぞ、兄上」
「申鶴……そうか、申鶴というのか。感謝する申鶴。全てが終わった後、また会おう」
「! 待っ――――! ……行ってしまったか」
術使いの少女、申鶴へ別れの挨拶と感謝を告げ、僕と魈は戦地へと赴く。
1000年以上にも渡る我々岩王帝君勢力との確執に、いい加減蹴りを付けるために。
とりあえず全部のキャラのルートへ行くための分岐地点は書き終えました。
あとは完結に向かってラストの『夢の魔神戦』を突き進むだけ……!!