璃月港に夢の魔神が襲来してから、一週間が経った。
二度の魔神襲来を経験してもなお璃月港はその姿かたちを保ち続けており、今も沢山の人々で賑わっていた。
あの事件以降の璃月港で起きたことと言えば、もうすぐ行われる海灯祭の準備で一般人から七星まで毎日忙しそうにしているのと、凝光が群玉閣を再建すると発表して璃月港の商人たちが海灯祭など比じゃないくらいに慌てふためいていることくらいか。
それはそうと、あの時夢の魔神と共に璃月港を襲った岩王帝君は偽物だと璃月の人々は思っている。
まぁ、岩王帝君は事実上死んでいる認識であり、かつ帝君が璃月を襲撃なんてしないからそう思われるのは当然と言えば当然だろう。
あぁ、それと、久劫の存在が七星によって璃月へ公開されたのも一応事件ではあるかもしれない。
太古の璃月を影から守り続けた夜叉にして、魔神の血筋、更には今回の魔神撃破にも一役買っている、と何も知らない一般人からすればひっくり返ってしまうような情報が一挙にどかーんと出されたものだから、講談師や劇なんかはこぞって久劫の話しかしないほどの一大ブームとなっている。
「あはは、何か、自分の話を人に話されているのを聞くと、やはり少しこそばゆい気がするな」
「今の講談を否定しないの、オイラ少し怖いぞ……」
「多少の脚色は入って入るが、あれは紛れもない事実だ。確かに、アイツは強かったしな」
あれから、久劫は璃月港で暮らし始めた。どうやら仙人たちと久々に再会を果たし、話し合った結果の事らしい。
確か今は甘雨の家に居候をしているんだったっけ。
この一週間で何度か久劫を冒険に呼んで一緒に戦ってみたりしたが、やはり璃月最強の仙人の名は伊達ではなかった。
俺たちがスライムを倒したと思えば、後ろから遺跡守衛が倒れる音が聞こえた時はびっくりしたものだ。それも三体も。
当人は事もなげな顔をしていたが、俺とパイモンは開いた口がふさがらなかった。まぁそれも、何度も繰り返すうちに慣れてしまったが。
「……やはり、街は暖かいな」
「ん? 今日はちょっと肌寒いと思うぞ?」
「いや、そうではない。
あの頃の璃月は、皆が魔物や妖魔の脅威に怯えて暮らしていた。仙人が守っているとは知っていても、どこか張りつめた表情をしていて、今のような活気はなかった」
久劫は、取り出した『彝面』を眺めながら優しい笑みを浮かべた。
きっとそれは、常に戦闘が巻き起こっていたかつての時代では見られないものなのだろう。
「……あの後、帝君との『契約』を破棄した。それが
だけど、あの『契約』を履行し続けたことは決して苦ではなかった。むしろ、こうして人々の笑顔を守ることができて誇りに思っている。
いつの時代にも、結局のところ『帰る家』というのは必要だ。僕は、『契約』の最後に大勢の人々の『帰る家』を守れて良かったと思う。
それに、あの二人とは『契約』なんてなくとも大切な『友』であることに変わりはないしな」
璃月の埠頭を眺めながら、久劫はそう語る。
日は直に山の向こう側へと消えていき、周辺の民家から鼻孔を擽るいい香りが漂ってくる。
璃月港に間もなく夜が訪れようとしていた。
かつての久劫たちなら、警戒を強めて常に気を張り巡らせていた時間帯。だけど、今の久劫にとっては――――
「――――兄さま」
俺たちの後ろから声をかけてきたのは、甘雨だった。
最近の甘雨は、頻繁に笑顔を見せるようになった。以前も見せてはいたが、その頻度が比べ物にならないくらい上昇しているのだ。
それに、『仕事』をすることに対して
「仕事終わりか? お疲れ様。空、僕はここで失礼する。また機会があれば共に歩こう。
……今日の夕食は何にする? 甘雨が食べたいものなら何でも作ろう」
「私は兄さまが作った料理なら何でも食べたいです
あっ、でもお肉はちょっと……」
「それくらい分かってるさ。……そうだな、久々に清心でも使った料理を作るか」
「はい! では、帰りましょう♪」
年の離れた兄妹、少し前までそのような認識だったのだが、ここ最近でそのイメージががらりと変わった。
「あれじゃあ、まるで新婚夫婦だぞ……」
「あはは……」
パイモンがジト目で群衆に消えていく久劫と甘雨を見つめてそう漏らすのも納得できる。特に甘雨のデレ具合が凄まじいというか。
一緒に冒険へ出かけても隙あらば久劫の話をするし、あの様子だと刻晴や凝光にもしているのだろう。刻晴が呆れた顔をしていたのも恐らくそのせいだ。
太陽の光が消え始め、人口の光が目立ち始める。
思い返せば、激動の一日だった。
不思議なお面を拾って、鍾離先生に奥さんがいることを初めて知ったと思えば、魔物の襲撃から璃月を守るために甘雨に引っ張られ、そこで暴走した久劫と出会い、甘雨が取り乱したと思ったら、久劫が仙人たちと特にかかわりの深い凄まじい人物だったと知り、先生が倒れて、また魔物が襲撃してきて、と思えば急に夢の魔神なるものが現れて先生を操り、璃月が滅びかけた。
久劫、魈、鍾離先生、甘雨、刻晴、凝光、胡桃、北斗、万葉、煙緋、辛炎、行秋、重雲、香菱。
きっと、誰か一人でもいなかったら今璃月はなかっただろう。
「ん? おい、あれ、鍾離と始帰じゃないか?」
「本当だ。行ってみよう」
久劫と甘雨がいなくなり、どうしようか悩んでいたところへ三杯酔のテーブルで始帰と共に酒を嗜んでいる鍾離先生を見つけた。
「おーい、鍾離ー! 始帰ー!」
「む? 旅人とパイモンか。丁度いいところに来たな。今から講談が始まるんだ。お前らもどうだ」
「本当は二人っきりで食事を楽しみたかったのだけれど……二人なら歓迎だわ」
「おう! お邪魔するぜ!」
「失礼します」
鍾離先生が追加で料理を注文し、それらが俺たちの前へ運ばれてくる。もうすぐ夕飯の時間なだけあって、目の前に運ばれてきた料理が全て胃袋に入ってしまいそうなほど美味しそうに見える。
「あっ、鍾離、それよりモラは……」
「今日は持ってきている。流石に、いつまでも妻に金を支払わせる情けない旦那ではいたくはないからな」
「しょ、鍾離の財布……! オイラ初めて見たぞ!!」
懐から財布を取り出した鍾離先生を見て、パイモンが目を見開いて驚く。
俺もパイモンほどではないが驚き、始帰も「ふふっ」と笑ってはいるが少し驚いているのが伝わってくる。
鍾離先生は俺たちの様子が不服なのか、口を開いて反論しようとしたが、そこへ講談師の声が三杯酔の席へ響き、鍾離先生は声を発する前に口を閉じた。
「さて、今宵語るは巷で話題。太古の昔より璃月を守護した一人の夜叉の話」
今日一日璃月を歩いてきたが、やはりこの人の話し方は他の講談師とは違って入ってきやすいというか、なんというか、こう、言葉には表せない凄みがあるのだ。
――――魔神が封印され、その怨嗟が妖魔を生み出し、璃月を襲いました。
岩王帝君はその妖魔を退治するべく、仙人である夜叉を招集しました。
仙人の中でも戦闘に特化した夜叉は帝君の命に従い、妖魔を退治していきます。
しかし、ただの夜叉ではどうにもならない妖魔が現れたのです。
鍾離先生も始帰も、講談師の話を食事を片手間に真剣に聞いていた。
彼らからすれば、自分の息子のような存在の話などいくらでも聞きたいもののはずだ。
――――魔神の怨嗟の根源と言っても過言ではない凶悪な妖魔は、夜叉たちを倒し、璃月を襲おうとしました。
そこで帝君は、とある一人の夜叉へと声をかけたのです。
帝君の友であった魔神の血を引き、子供のように愛情深く育てた百戦錬磨の最強の仙人。
帝君はその夜叉に『羅刹大聖』という尊称を与え、妖魔退治の最高位である『妖滅夜叉』の位を授けました。
俺からしても、自分の仲間がこうして語られるのは悪い気分はしない。
本人は気恥ずかしそうにしていたが、俺としては久劫の過去の話はずっと聞いていられるほどに色々ありすぎるのだ。
――――『妖滅夜叉』の活躍は凄まじいものでした!
今まで普通の夜叉を何人と殺した凶悪な妖魔を、一瞬のうちに蹴散らしてしまったのです!
疾風迅雷、一刀両断、風のように素早く動き、瞬きのうちに妖魔を両断する『妖滅夜叉』の姿は圧巻の一言。
しかし、強大な妖魔の存在を民衆に知られては、きっと夜も眠れないだろうと判断した帝君は、凶悪な妖魔と『妖滅夜叉』の存在を秘匿しました。
きっとそれは、これからずっと璃月で語られ続けることになるだろう。
――――影よりずっと璃月を守り、妖魔を滅し続けた『妖滅夜叉』は、仙人たちの間ではこう呼ばれていました。
何千年も璃月を守ってきた夜叉の物語なんて、誰もが聞きたがるだろうから。
――――「6人目の『仙衆夜叉』」と。
という訳で、本編『訪招凞王の章』が完結しました!
二週間という短い期間でしたが、完結まで走り抜けられて本当に良かったです。
一週間前のあとがきでも触れましたが、まさかここまで登録者や評価が増えると思っておらず、当初は震えていた夜もありました。
しかし、暖かい激励コメントや評価などに励まされ、何とかここまでたどり着くことができました。本当にありがとうございます!
……とは言っても、この「6人目の『仙衆夜叉』」がここで終わるわけではなく、前々からお話していたif番外編や、これからも更新が続く原作原神のアプデ内容などにも久劫は絡ませていく予定であります。
ネタが思いつけば本編『訪招凞王の章』の第二幕を更新することがあるかもしれません。
とりあえず、本編は完結いたしましたので、明日は一日だけお休みを頂いて、月曜日からはもう旬が過ぎてしまいましたが、原神ver2.4『流るる星霜、華咲きて』編を後日談として進めていく予定です。
甘雨とのいちゃつきを楽しみにしていただいている読者さんたちをぶっ倒す勢いで執筆していきますので、何卒これからもよろしくお願いします。
それでは、また月曜日! ありがとうございました!