……え、いつも目立つって? はい、すんません。
渦の余威は璃月海域から姿を消し、海原の奥地へ消えていった。
海の底で共に戦っていた申鶴と一緒に弧雲閣の島へと降り立ち、肩で息をしている申鶴へと声をかける。
「大丈夫?」
「ああ。少し力を使いすぎてしまっただけだ。問題はない」
体をこちらへとむけて、大丈夫だと示すように笑顔を向けた。
あの威力の技を「少し力を使いすぎてしまった」で済ましていいのかはさておき、どうやら申鶴にとっては俺がついてくるのは予想外だったらしく、本当ならば申鶴一人で跋掣と対峙しようとしていたらしい。
そして、俺たちによって深手で負わされた跋掣がこの地に近づいてくることはこの先なくなったらしい。
「――――先ほど、海の底で一体何が?」
そこへ、千岩軍や群玉閣を撤退させた凝光が俺たちの元へやってきた。
海の底での決戦だったからか、空の上や地上からは水中の様子は見えなかったらしく、俺たちは申鶴の功績をたんと語ってやろうと思っていたのだが、
「すでに解決した。水中にもぐる前から傷を負っていた故、我もあまり手を焼かずに済んだ」
申鶴は事のあらましを説明する訳でもなく、淡々と結果だけを述べた。
俺としては毒気を抜かれた気分だが、まぁ、申鶴の性格からすれば語ることの程ではないのだろう。
そして凝光はその返答に「そう」と答え、安心した表情で礼がしたいと申鶴を群玉閣へ招いた。一瞬ちらりとこちらへ向いた双眸は、暗に俺たちも招待するから安心しろと語っていた。
「凝光様」
「……あら、随分と早かったわね。状況は?」
「はい―――」
凝光の後ろからやってきた、一般的な千岩軍の制服より少し豪華な隊服を着た、恐らく隊長格であろう千岩軍が、凝光と状況の確認を行い始めた。
水の魔物は弧雲閣一体から去り、周辺海域は正常な状態へ戻ったこと、予め準備していた薬と刻晴の指揮のお陰で負傷者は少数で済み、被害が最小限に済んだこと。
「勿論、助けに来てくれたこの方にも感謝を。千岩軍を代表して、心よりお礼申し上げます」
急に話を振られたことで、申鶴はキョトンとした顔を見せる。
申鶴にとっては、自らが望んでやったことであり、別に助けるとかそういう感情はひとかけらもなかったのだろう。
「申鶴が、みんなを守ったんだ」
「そうか……それなら何よりだ。雲先生の劇を観た時、彼女へ送られる称賛を素直に受け取れるようになるかもしれぬな」
『その少女は語られているほどに勇敢ではなかったように思う』と、かつての自分を思い出しながら神妙な面持ちで語っていた申鶴と同一人物なのか疑うほどに、今の申鶴の表情は晴れ渡っていた。
あの戦いの中、申鶴の中で彼女の心の中の扉を開くきっかけがあったのだろう。
「ただ……我は英雄になりたかったのではなく……主を守りたかっただけだ」
仙人に育てられた影響か、申鶴は世情に疎い。それに人ではなく仙人と接してきた時間が長いため、人間の感情にも疎い。さらに留雲借風真君の話も加味すれば、彼女は自身の感情ですら理解できていない。
女性に守られるとは、男としてなんたる不覚。
思わず顔を赤くして俯くと、パイモンが「あはは……」と苦笑いしていた。うぅ、パイモン……。
凝光は、後ろに控えていた千岩軍にまだ警戒はしておくことと兵士に休息をとらせるように命令すると、徐に腕を組んで弧雲閣の切り立った山を見上げた。
「長いこと影から見ていたようですが……何か結論は出ましたか?」
凝光の言葉と視線に釣られて山の上を見てみれば、そこには留雲借風真君の姿があった。昨日からずっと見ていたらしい。
「ふっ、妾
「……『たち』?」
しかし、凝光に問われた留雲借風真君から返ってきた答えに違和感を持ったのか、凝光が再び訪ねた。
「――――どうやら、僕の存在は気付かれていなかったようだな」
留雲借風真君が立っていた岩山の根本。それに背中を預けるようにして腕を組んでいた久劫の存在に、声を出されてから気が付く。これには凝光も驚いているようだった。
「以前に留雲と会ったときに、見るのならば二つの観点から点数を付けた方が良いと話し合ってな。
留雲は弧雲閣から、僕は璃月港から君たちに戦いを観察させてもらった」
「……言っておくが、妾と久劫の採点は厳しいぞ。お前らが望む結果は出ないことを予め言っておく」
「ええ。それも承知の上です。例え満点でなくとも、あなた方が私たち七星なら璃月港を任せてもいいという最低基準に達していればいいですから」
しかし、いつまでも驚いている凝光ではない。すぐにいつも通りに戻ると、留雲借風真君と久劫に結論を求めた。
「そうだな。……もし今回の戦に申鶴がいなければ、此度はそう簡単に事は運ばなかっただろう」
「否定はしません。しかし、彼女がこの場にいなくとも、最終的には我々が勝利を収めていたでしょう。……無論、戦いは苛烈を極めていたとは思いますが」
「跋掣はオセルと同じく荒れ狂う波を手中に収め、それを武器として扱ってくる。
もし今回申鶴の活躍がなければ、璃月港へ襲来していた可能性が極めて高かった。その対策として七七を港に置いていたようだが、指示が曖昧過ぎた。
……もう少し申鶴が来るのが遅ければ、今頃七七はキョンシーではなく正真正銘の死体となっていただろう」
久劫が語った事実に、俺たちは目を丸くする。
彼から発せられる空気が、明らかに冷たいものとなっている。久劫は七七の事を娘のように溺愛しているのは俺たちにとって周知の事実。そればかりは一度久劫と七七と共に冒険へ出かけたことのある凝光も知っているはずだ。
「策としては十分だ。津波が来ればただ見上げることしかできない兵士を攻撃へと充て、迎撃できる七七のみを港に残す。
だが、僕の顔を見てもらえれば分かるが、これは僕が封印している最中に元素枯渇によって何度も死にかけたことによって生まれた罅だ。
僕は運よく生き残れたが、元素力を一定以上使いすぎれば体中からエネルギーを吸い取られて文字通り塵となる。『璃月港を守る』という勅令のみが与えられた七七は、自身の元素使用可能量を遥かに超えた爆発を発動しようとしていた。
……先程も言ったが、申鶴がいなければ今頃七七は塵となっていた」
「それは……申し訳ありません」
凝光が頭を下げる。
久劫は片手をヒラヒラと振りながら、「要改善点だな」と言っていた。
そしてその後も、仙人たちの講評は続いていく。
帰終機の改良の評価点、攻撃が襲ってきたときの対処、跋掣が怯んでからの対応、等々。
「……前回から、大分進歩したようだ」
「オセルの戦争を僕は見た訳じゃないが、まぁ、仙人の圧倒的な力を抜きにした戦いにしてはよくできた方だろう。
尤も、岩王帝君の圧倒的な蹂躙を見て来た僕らにとっては、ちと物足りないくらいだったが」
……なんだか、久劫の口調が昨日と少し違う気がする。何か気になることでもあるのだろうか。
「今回は及第点としておこう。これからも数多と試練が訪れるであろう。妾たちはずっと見ておるぞ」
「天権の座にいる限り、璃月の平和は私が守ります」
凝光が力強い目線で留雲借風真君にそう宣言する。
二人の仙人は軽く頷き、そして留雲借風真君は申鶴の方へと顔を向けた。
「数年前、お前がこっそりと山を下り、悲しみに満ちた表情をして戻ってきたのを見た。
……今回、お主の中で何か変わったか?」
留雲借風真君は、申鶴を人間社会へ戻すのだと語っていた。
仙人に育てられたとはいえ、申鶴は人間。いつまでも仙人の傍にいるのではなく、寿命も同じ程度の人間の街へ帰るのが好ましいという判断の元らしい。
「ああ。変わった……しかし、うまく言葉にはできない」
申鶴は胸に手を当てながら、俺とパイモン、そして久劫に目をやりながら首を振った。
「なら良い。旅人、申鶴の事は任せたぞ。
……ふむ、話をしていたら、申鶴の子供の時の話を思い出したな」
あ、不味い。こうなった留雲借風真君はペラペラと語りだし止まらなくなるのだ。
「ちょっと待て」
しかし、それを止めたのは申鶴本人でも凝光でもなく、ましてやパイモンでもない、留雲借風真君と共に今回の戦いの批評を行っていた久劫だった。
「……その、だな、甘雨は今……どこにいる?」
顔には現れていないが、口調が恋愛初心のそれだった。
「ぷふっ……」
「ふふっ」
「ははははっ!!」
「……?」
「はぁ……」
吹き出すパイモン、お淑やかに笑う凝光、隠すことなく大笑いする留雲借風真君、なぜみんなが笑っているのか理解できていない申鶴、ため息を吐く俺。
良くも悪くも、戦いの直後で力が抜けきっていない俺たちの凝り切った肩をほぐすには、久劫のそれはちょうどよかった。
久劫の口調が変わってたのは甘雨に早く会いたくて仕方がなかったからだよ!
決して作者が口調迷子になったわけじゃないよ! 本当だよ!! 信じて!!
漸く次あたりから本格的に甘雨といっちゃいっちゃどっろどろできる……長かった……。
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