ちなみにver2.5は介在の余地がないので本作では見送ります。裏で原作通り空がなんとかします。
……ほんとは甘雨との日常編とif番外書きたかったとか、そんなんじゃないよ。ほんとだよ。
「準備できたか、甘雨」
「はい。では行きましょう」
二人で絶雲の間から景色を眺めて暫く。
日は完全に落ちきり、満月が東の方角から顔を覗かせていた。
北の方の海には既に明霄が灯っており、夜の海を照らし出している。いつもとは違う璃月の風景に、夜になるまでは決して外を見ないようにしていた僕たちは「わあ」と声を漏らす。
久しく見ていなかった『祭り』の雰囲気に、僕は思わず笑ってしまう。
以前は来れても、ほんのわずかな時間食べ物を少しだけ食べて殺気立つ妖魔を滅しに行っていたから、そこまで祭りを楽しめなかった。むしろ、祭りなどなければこんな面倒なことしなくてもよくなるのに、と嫌悪感すら抱いていた。
ただ、こうして甘雨と共に街を歩いているだけで、心の底から幸せなのだと感じる。祭りというのは、本当に不思議だ。
璃月の街の至る所に屋台が立ち並び、そしてそれを覆い隠すように国内外から訪れた人が璃月の歩道を埋め尽くしていた。
少しでも足元を見誤れば、たちまち人の足を踏んずけてしまうだろう。
普段より歩幅を小さくして、甘雨とはぐれないように甘雨の手を掴む。人々の熱気に当てられたのか、甘雨の顔が赤くなっているが、次第になれるだろう。
唐揚げに、ポテトに、焼き鳥。かすてら、なる未知の食べ物も食べてみたが、中々に美味い。しかし喉が渇いてしまうのが難点か。
食べ物だけではなく、昔はなかった屋台遊戯も充実している。
射的、くじ引き、グッピー掬い。正直グッピーなぞそこらへんの水辺でとれるからやる意味ないだろうと思っていたが、これも『祭り』の影響なのか、普通の釣りとは一風変わった器具を使ってグッピーを捕獲するのはなかなか楽しかった。隣で甘雨もやっていたが、一匹目で器具の膜が破れてしまってしょんぼりしていた。
「兄さま、この焼きそば、すごく美味しいですよ。食べてみます?」
「うん? じゃあ遠慮なく」
甘雨がこちらに向けて焼きそばを掴んだ箸を差し出していたので、遠慮なく焼きそばを口の中へ迎え入れる。
ふむ。僕は味付けが薄めの方が好みなのだが、存外濃いのも悪くはない。今度試しに作ってみるのもいいかもしれない。
「美味いな。……む?」
僕たちが座っているのは人々が歩く屋台通りから少し外れた、休憩用のベンチだ。
既に一時間ほど歩いたし、買ってきたものを座って消化しつつ休憩しようと思い共に座ったのだが、なぜか通りすぎる人々の目線が気になる。
……なんだか、むずがゆくなるような視線だ。
「んんっ……このポテト、さっぱりしてて美味しいですっ!」
「そうか。これも食べてみるか?」
「それは?」
「かすてら、って書いてあったな。少々口の中の水分を持っていかれるが、一つくらいなら問題ないはずだ。ほれ」
「ありがとうございます♪ はむっ……ほんのり甘くて美味しいです~」
口をもぐもぐとさせながら幸せそうに甘雨が顔を綻ばせる。
それはそうと、さっきまで少し多いくらいあった屋台の食べ物の殆どがなくなっているのだが……肉が入っているものは全部こちらに回ってきてはいるが、それでも確かに量があったはずだ。
まぁ、こういう日くらいは遠慮せず食べてもらうか。
甘雨がたくさん食べて美味しさに顔を綻ばせるのを見ているだけで、僕としてはお腹がいっぱいになる。今日この日を迎えられてよかったと思える。
「さて、そろそろまた歩くか。行こう、甘雨」
「ぇ……はい!」
食べ物も大方片付いたので、再びあの人込みに入り込もうと立ち上がる。
はぐれないように差し出した左手に、甘雨が勢いよく右手を差し出して握ると、出たごみを『ゴミはこちらへ』と書かれた袋の中へと入れ、歩き出す。
海灯祭には、まだまだ楽しんでいないものがかなり残されている。
祭り自体はあと三日ほど続くが、甘雨が三日も仕事を休めば、玉京台の仕事が回らなくなってしまう都合上、堪能できるのは今日しかない。
それに、僕も一人璃月に襲い掛かろうとする魔物を祓っている魈の手伝いに行きたいというのもある。
璃月の真ん中にある、二つの料亭に挟まれた広い階段を下っていけば、そこは潮風が肌を撫でる埠頭へと出る。
家から見た時も十分綺麗だったが、近くで見ると明霄の灯がさらに美しく神秘的に見えた。
「綺麗ですね……」
「ああ」
上の屋台が立ち並ぶ通りと比べて、こちらは人が疎らだ。とは言っても、いつもの璃月の数倍以上は人がいるが。
祭りのメインである花火が上がるまではまだかなり時間がある。この埠頭は輝く明霄と共に花火を見る絶好のスポットのため、早くからフォンテーヌで開発された『カメラ』を片手に待っている人もいるにはいるが、その間に祭りを楽しもうと上へ向かう人の方が圧倒的に多い。
ただ、人が少ないとはいえ人通りがある場所のど真ん中で突っ立ていると邪魔になるので、甘雨と共に端の方へ避ける。
余程気に入ったのか、道中また買ってきた清心を粉々にしてふりかけたポテトをもしゃもしゃと食べている甘雨を見ていると、不意にどこかから声を掛けられる。
「おーい、久劫ー! 甘雨ー!」
「もぐっ!? んぐぐぐぐっ……ごくんっ!」
「そんな焦らなくても……」
「く、食い意地を張っていると思われたくないので……」
パイモンが声をかけて来たという事は、空もやってきているのだろう。
隣にいた甘雨がとても焦ったようにポテトを飲み込み、ポテトが入った袋を後ろへ隠した。
僕の前だと気にしないで食べるのに、空の前だと取り繕うようにして『普通の』女の子をする。
……なんだか、心がざわついて落ち着かない。戦ってもいないのに、空に負けた気分になる。
「……ぁ。ふふっ……
私のだらしないところを見ていいのは、兄さまだけですので……」
「――――っっ!!」
「二人ともー、何やって――――「パイモン! 邪魔しちゃ悪いよ!」――――もごーっ!! もがもがっ!?」
甘雨の耳打ちが、まるで猛毒のように全身を侵していく。あたかも感電してしまったかの如く体の自由が奪われ、甘雨が浮かべている蠱惑的な笑みに引きずり込まれていく。
心臓の高鳴りが外まで漏れ出て聞こえてしまうのではないかと思うほどに脈動し、体中を駆け巡る溶岩のように煮え滾る血液を制御しきれず、全身が炎のように熱くなる。
近づいてきていた空とパイモンの事などとうに考えられなくなり、ただただ目の前にいる甘雨に魅了される。
……そして、気付いた。
甘雨と結んだ『兄妹のように思う感情を捨てる』という契約。しかし僕は、今日の今日まで心のどこかでまだ甘雨の事を妹として見ていた。
だからなのか、少しばかり甘雨と話が合わない時も何度かあった。
でも、気付いた、いや、気付かされた。
甘雨のそれは、決して友愛や兄妹愛では出てくることのないもの。
僕がまだ少しでも甘雨の事を妹として見ていてしまっていたことを知ってか知らずか、甘雨は強引に、されどさりげなく自身が本気だと示した。
そしてそれを見て、僕もどうしようもなく甘雨の事が好きなのだと自覚させられた。
情けない話だ。
「行きましょうっ、兄さま」
「……ぁっ、あぁ」
左手をぐいっと引っ張られて、僕と甘雨は璃月の埠頭へと入っていく。
どこかにいたはずの空とパイモンは気付けばいなくなっており、探すのを諦めた僕は立場が逆転して僕を先導する甘雨の顔を見る。
その顔はとても満足気で、楽しそうで――――
――――
(ここまでされて言葉を紡げない男なんて、男として失格だな)
ただの同居人、兄妹、師弟、そんな関係は今日で終わりにさせる。
その関係の壁を僕が飛び越えてくるのを、向こう側で手を広げて待ってくれている人がいる。
飛び越えようとしている僕の背中を、押してくれる人たちがいる。
大きな筒を大量に乗せた帆船が、璃月の船着き場から大勢出航していく。
「……花火、楽しみだな」
「はいっ」
埠頭の喧騒が、次第に大きくなっていった。
エンダーからのドナりますよォっ!
この作品書いてて思ったけど、八重神子引かないで甘雨引いときゃよかったなぁって。
でも神子も欲しかったし、ううむ……。
私の甘雨は作品の中にいるからヨシッ!