6人目の仙衆夜叉   作:貮式

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麒麟の角、不死鳥の翼。

それは、持ち主が信頼に値すると決めた相手にしか触れることの許されない、信用の証。

手入れを任されるとなれば、信頼し、一生愛すると決めた相手にしか許されない、謂わば『愛情の形』である。



布が擦れる音と、羽を掻き分ける音は、二人の家では消えることのない愛情を意味するだろう。


日常編
愛の音


 

 

「んふふ~」

 

「ご機嫌だな」

 

 

 夜。

 大体の人々が眠りにつき始めるであろう時間帯。

 

 僕と甘雨が寝室でただイチャついている……訳ではなく、甘雨の角を僕が丁寧に磨いてあげている。

 

 麒麟が自身の角を他人に触らせるのは、信頼の証だという。そして触らせるだけでなく手入れをさせてもらうとなると、信頼以上の関係が必要になってくるらしいのだが、まぁ、その、甘雨に認めて貰えているようで良かった。

 

 

 後ろ姿だけでも、その声と無意識なのか両足をパタパタとさせている様子からご機嫌なのが伺える。

 

 

 磨くと言っても、宝石のようにブラシなどを使っては傷がついてしまうのは明白。

 なので僕の給料の八割近くを使って購入した最高級のきめ細やかなタオルを使って丁寧に、汚れを残さないように拭きあげていく。

 

 

「兄さまの角磨きは、とても繊細で優しいので好きです♪」

 

「なら良かった…………ほい、終わったぞ」

 

「ふふっ、いつもありがとうございますっ♪」

 

 

 ちなみにだが、この甘雨の角磨きは日課である。

 今までは甘雨が鏡を見ながら一人で行っていたり、仕事が立て込んで忙しい時はしていなかったのだが、結婚して夫婦になったという事で甘雨にお願いされて以降、毎日欠かさずやっている。

 

 最初こそ割れ物を扱うかのように慎重に丁寧にやっていたが、流石に数か月も毎日同じことをしていれば甘雨がどんな力加減が好みなのかも、どこが汚れやすいのかも学習する。

 

 ……とはいえ、なぜ今日に限って甘雨が上機嫌なのかは甚だ疑問なのだが。

 

 

「兄さま、少し後ろを向いていてくれませんか?」

 

「む? 構わないが……」

 

 

 ウキウキとした声で僕にそう促した甘雨の方から、ガサガサと袋を漁る音が聞こえてくる。

 

 何かのサプライズだろうか。しかし、今日は何かの記念日ではなかったはずだ。……僕が忘れているだけだとしたら、その時は全力で詫びよう。

 

 

「いいですよ」

 

 

 そう声がかかったので振り向くと、甘雨の手には見ただけで『高い』と分かる木製の櫛が握られていた。

 

 僕が買ったタオルもなかなか値が張ったが、これはそれ以上に値が張るものだろう。装飾、色合い、形、全てが最高級に相応しい風格を放っている。

 

 

「……うむ? それは何に?」

 

 

 しかし、甘雨の意図が読めない。

 夫婦となって暫く経ち、甘雨の考えていることが言葉にしなくとも大体分かるようになってきたが、こればかりは流石に分からなかった。この櫛を使って髪を梳いてほしいということだろうか。

 

 確かに、甘雨は愛らしさを残す癖毛ではあるが、気になるほどではない。むしろ『甘雨』という人物を語る上で欠かせない可愛らしい要素の一つだ。

 

 本人が梳いてくれと頼んだら勿論喜んでやるが、あまり気が進まない。

 

 なんにせよ、甘雨が何の目的でこの櫛を購入したのか聞かない事には行動のしようがないのだから、僕は甘雨の返答を待った。

 

 

「えっと……兄さまがいつも私の角を磨いてくれているので、お礼に、兄さまの翼のお手入れをしようかと思って……」

 

「……天使か」

 

 

 若干頬を赤く染めながらふわりと笑顔を見せてそう言ってのけた甘雨が、天使に見えて仕方がない。

 

 角を磨いてくれたお礼?

 いやいや、甘雨が僕の嫁として隣にいてくれるだけで、いつもお礼を貰っているようなものなのだ。……というか、変に気遣わせてしまっていたのか。

 

 

「嬉しい言葉ですが、それに甘えて何もしない訳にはいきません。

 共に支え合う夫婦として、私が兄さまに何かをしてあげたいと思ったので、こうしてお手入れをしたいとお願いしています」

 

 

 どこまでも健気で、どこまでも素直で、どこまでも優しい甘雨。

 

 せっかくの優しさを、僕の都合で無碍にする訳にはいかない。

 かつて僕の母親に手入れされたきり、一度も手入れをしていなかった翼を展開させて、「じゃあ、よろしく」と甘雨と一緒にベッドに座りながら右翼を預けた。

 

 

「では、失礼します」

 

「ああ」

 

 

 ふわり、と甘雨の手が僕の翼に添えられ、櫛の先端が僕の羽を掻き分けて入ってくるのを感じる。

 

 そのまま優しく一方向に誘導され、散らかっていた僕の羽は甘雨に大人しく従うように真っすぐになっていく。

 

 

 初めて僕の翼の手入れをしたとは、到底思えない手付きだった。

 

 

 少なくとも初めてやったのならばここまで上手くできない。もう既に記憶が曖昧だが、僕の母親と同じくらいに梳くのが上手だ。

 

 どこかで練習したのだろうか。

 それとも、単純に甘雨の手先が器用なだけなのだろうか。

 

 

「ふふっ。

 兄さまの翼は、やはりいつ見ても美しいです。それの手入れができるなんて、私は幸せ者かもしれません」

 

「……どこかで練習したのか?

 その、初めてとは思えない程に上手いと思うのだが……?」

 

「秘密です……と言いたいところですが、始帰さんに聞きました。

 始帰さん自身は兄さまの翼の手入れをする機会は終ぞ訪れなかった、と嘆いていましたが、兄さまのお母さまから手入れの仕方を教わっていたそうで、私にそれを教えてくださいました」

 

 

 なるほど、母が始帰様に教えていたのか。

 

 不死鳥の一族……だけでなく、僕たちのように翼を持ち空を飛ぶ種族は翼が命だ。安易に触らせていいものではない。それこそ、麒麟における角のように大事なものだ。

 

 だから例えそれが自身の仕える主君であっても、心から気を許した相手出なければ触らせはしない。

 始帰様には申し訳ないが、これは僕の中で未だ残っている種族としての矜持なのだ。

 

 そして今、その命ともいえる翼を、甘雨に任せている。

 

 あの戦争の時代の僕には、考えつかなかった未来。自分が心の底から愛している女性が、自身の翼の手入れをしてくれるなんて、想像したことすらなかった。

 

 

 ……だが、聞いただけにしては些か上手すぎるのではないのだろうか。

 

 

「本当に聞いただけなのか……?」

 

「はい。後は……兄さまの妻としての直感です。

 確証も何もないのですが……兄さまなら、ここを梳かれると気持ちいいかなと直感的に分かるんです」

 

 

 慈母のような笑顔を見せながらゆっくりと僕の翼の手入れを続ける甘雨。

 

 そこにあるのは、結局『愛』だった。

 

 

 

「……僕の事をこんなに考えてくれる妻がいるなんて、僕は幸せ者だな」

 

「私もです……兄さま」

 

 

 

 

 

 虫の声が窓の外から聞こえてくる、静かな夜。

 

 薄い灯だけが灯る僕と甘雨の寝室に、僕たちだけが感じられる幸せの音が響いていた。




日常編はこんな感じでほのぼののんびりやっていければ。

ifはまだかって?
前話で甘雨と結ばれたばっかなのに他の女性とくっつく話が私にかけると思ってるのか!! そんなん書いてるこっちからすればNTRもいいところだぞ!!

……まぁ、既に書き終わってるんですけどね。

もう少ししたら上げる予定ですので、しばし待たれよ。
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